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63. 聖女様御一行の地方行脚

 ユーリはその後もそのまま眠り続け、次の日に目を覚ました。

 目覚めたユーリはケロッとしていて、むしろ調子が良さそうなのは私の時と同じようだった。

 彼自身にも絶対に無理して魔力循環をしないように、必ずアロイスのいる時に様子を見て少しずつ行っていくように言い含めた。

 この時の自分は、とてもお姉さんっぽかったと思う。




 しばらくして、領主であるお養父様から領地全体に向けて、ヴァルツレーベン辺境伯領が自治区となったことが発表された。

 

 具体的には今後、ヴァルツレーベン辺境伯領は今までと変わらずエルデハーフェン王国に属しながらも、王家に対して納税義務はなくなり、王家から何かしらの要請があったとしても撥ね退ける権利を持つそうだ。


 この国、エルデハーフェン王国って名前だったのか……。


 お養父様は最初、国からの独立を宣言したそうなのだが、王家の猛反対にあい、ならば国には属してやってもいいが自治を認めろと押し切ったらしい。

 広大な辺境伯領からの税金がなくなるのでもちろん王家は難色を示したが、国全体に向けて王家の不義理を公表するぞと脅すと、王家の権威が失墜することを恐れた彼らはしぶしぶ受け入れたのだという。


 まぁ、普段偉そうに税金をむしり取っていくくせに、困った時には助けてくれない王だというのが世間に知られれば、そりゃあ批判は免れないでしょうねぇ。


 お養父様曰く、今は下手に出て自治を認めていても、人々の記憶が薄まった頃にまたしれっと国に取り込んでくる可能性が高いのだという。


 辺境に属する全貴族が城に集められ、お養父様自ら今回の王家の不義理と自治区になった経緯を説明し、今一度領地全体の結束を強める必要性を説いた。


 少なくとも今の王の代のうちは、領地外の貴族の嫁入り・婿入りは認めず、逆にこちらから嫁入り・婿入りする場合は一族との縁を切った上で身一つで向かう場合のみ認めると宣言された。

 婚姻によって王家に再び取り込まれないようにするのと同時に、スタンピード等を起こした黒幕の手の者が領地に入るのを防ぐ目的もある。


 急な取り決めに反対の声が上がりそうなものだが、元々辺境の者は田舎者と蔑まれるので他領との仲は悪く、ここ最近は領地外の貴族との婚姻はなかったので、特に反対する人はいなかった。

 むしろ王家のやりように皆腹を立てていて、「今の王に捧げる忠誠はない! 領主様はよく決断してくれた!」と好意的に捉えている者がほとんどだった。


 他領と今ほど仲が悪くなる前に婚姻等によって他領と繋がりがある一部の人達に関しては、他領に属するか辺境に属するか自分で選択できるという。

 しかし、既にその地に根差して何十年も経っている人がほとんどで、今の場所でそのまま暮らしていくことになるだろうとのことだった。


 そして、その場で私の領主の義娘としてのお披露目も行われた。

 私を紹介したお養父様は聖女と明言はしなかったが、このタイミングで領主と縁付いたことでその意味を誰しもが察しているらしく、非常に熱烈に歓迎された。


 爵位が上の人から次々に挨拶に来てくれたのだが、全員に跪いてお礼を述べられた。

 聖女とは明言していない私にそれに関して何かを言うことはできなかったが、皆理解しているように気にした様子もなく、挨拶を終えると後に続く人に場所を譲っていた。


 貴族の名前なんて誰が誰だかさっぱりわからないし、笑顔一つ作れない無表情で本当に大丈夫だろうかと心配していたが、緊張しているのだろうと皆さん好意的に受け止めてくださり、お養父様とお養母様がガッチリ横を固めてフォローしてくれたので、なんとか問題なくお披露目を終えることができた。


 落ち着いたら本格的に私の貴族教育が始まるらしく、淑女のマナーや貴族の名前や歴史を覚えていくことになるそうだ。

 貴族の名前って無駄に長ったらしくて覚えられる気がしないんだけど……。






 「ほらリリアンナ、あーん」


 レオンがニコニコと私の口元に持ってきたナッツのキャラメリゼをポリポリと噛み砕く。

 さすが、城の料理人渾身の作。甘すぎず、ほんのりと苦みもある大人の味で、ナッツとカラメルのバランスも丁度良く、くどくないのでいくらでも食べられる。

 正直言って好みど真ん中の味である。


 桃以外にナッツ類が好物だという事をなぜ把握されているのだろうか……。

 誰にも言ったことがないし、両親やカインだって知っているかどうか怪しいのに。


 ちなみにミルは同じものを先に与えられ、先程からレオンの膝の上でポリポリと嬉しそうに食べている。

 私とミルの味の好みは非常に似通っているらしい。


 レオンにすっかり懐いてしまったうちの子に、現金な奴め、と恨みがましい視線を送っていると、新たなナッツが目の前に現れた。

 その手の持ち主をじっと見つめると、「ん?」と色っぽい笑顔で小首を傾げてきた。

 くっ、本当にこの兄弟は顔が良い。


 餌付けされているのは私も同じか、と諦めの境地で口を開けてポリ、と噛み締めた。

 美味しい……。



 ガタン ゴトン



 私達は今、貴族用の豪華な馬車で移動中である。

 馬車の中にはレオンと私とミル、それに私達の側仕えがそれぞれ一名ずつ。

 馬車の外では馬に騎乗した騎士たちが前後左右隙なく守っていて、後にはフュルヒテゴッドや側仕え達、私達の荷物などを乗せた馬車が数台続いている。かなりの大所帯である。


 向かう先は街の外、辺境の村々だ。

 これから一、二週間程かけて辺境の村を回り、機能を停止した結界の子機を起動していくのだ。

 ハーリアルの森を除けば、街の外に出るのは初めてなので、少しワクワクしている。


 一度街の結界が割れた際に、全ての村の結界魔導具が停止したそうだ。

 現在、街の大きな結界以外、辺境の結界は全て機能していないのだが、ケラウノスの雷を恐れてか、あれ以降魔物が人里に全く現れないので、村人たちは街に避難せず村で待機しているのだそうだ。


 とは言っても、いつまた魔物の脅威に晒されるかわからないので村の結界の起動は急務だったのだが、この度ようやく私の護衛体制が整い、村を回る旅に出発する事と相成った。


 ミルに乗って飛んでいけばすぐなので、ちょっと行って起動してこようかと提案したのだが、「一人で行かせられるわけがないだろう!」と全員の大反対にあい、準備ができるのを待っていたのだ。


 同行者になぜレオンがいるのかというと、難航していた護衛選びに名乗りを上げ、自分が同行すれば戦力アップになるし、自分の護衛騎士を動員することができるとお養父様に熱心にアピールし、メンバーに組み込まれることとなったのだった。


 ニコニコと楽しそうな様子からして、旅行だと思っていそうだと思わなくもない。


 レオンの同行を聞いたユーリが「僕も!」と手を挙げたのだが、「其方が行けば更に護衛を増やさなくてはならないではないか」と一蹴され、ぶっすうぅ、と頬をぱんぱんに膨らませていた。

 何かお土産を買っていってあげた方がいいだろうか……。


 レオンが持参したおやつで餌付けされたり、木と草だけのほとんど変わらない窓の外の景色を眺めたり、あれこれ考えたりしているうちに、もうすぐ街から一番近い村に到着するとの声がかかった。




 「聖女様! バンザーイ!」

 「聖女様、ありがとうございます!」


 一行は村の手前で一旦停車し、私は聖女っぽい白いドレスに着替えさせられ、頭にヴェールを被って顔を隠し、成獣化したミルに横乗りして村に入るようにと指示された。

 わかりやすく聖女であることをアピールし、村人達の協力を得やすくしたり、希望を与える意図があるのだそうだ。


 微妙な顔をしているのがわかったのか、「演出は大事だよ?」というのはレオンの談。

 スタンピードの時に普段と違う雰囲気で民衆に指示を出していた彼が言うと、説得力がある。


 そして現在、神獣に乗った私を先頭に現れた聖女一行は、村人たちに熱烈歓迎を受けている。

 お上品な所作を心掛けて手を振り返していると、結構なお年のお爺さんが一歩進み出て跪いた。


 「聖女様、皆様。この度はホルン村に足をお運び下さりありがとうございます。私は村長を務めておりますゲアトと申します」


 「歓迎、感謝する。ゲアト、早速だが結界の魔導具のある場所へと案内してほしい」


 一行の責任者を務めるアードルフが代表して口を開いた。

 村長さんの案内で、私、アードルフ、レオン、レオンの護衛騎士、フュルヒテゴッドで移動し、他はお留守番だ。

 皆は徒歩だが、私だけミルに乗ったままである。


 「神獣様、かっこいい!」


 と子供たちがキラキラした目をミルに向けている。


 そうでしょう、うちの子かっこいいでしょう。

 かっこいいだけじゃなくて、可愛くて、賢くて、毛並みが最高なんだよ!


 自慢したい気持ちを抑え、なるべく聖女っぽく見えるようにミルの背でおすましを続けた。


 案内された村の中心には、小さな古びた社のようなものがあった。

 村長さんが鍵を差し込んで社の扉を開けると、中には金色の(さかずき)が置かれていた。

 中をよく見ようとフュルヒテゴッドが覗き込んでいる。


 「こちらが、この村の結界の魔導具でございます。聖女様、どうかよろしくお願い致します」


 村長さんの場所を譲られたので社の正面に立つ。

 金色の杯は黒い石がついていて、城の最上階のあの部屋の雰囲気とどことなく似たようなものを感じる。


 「何にも難しいことはないよ。君はただこの杯に魔力を込めるだけでいい。一定以上の魔力が溜まれば結界は再び起動するはずだ!」


 ハイテンションモードのフュルヒテゴッドの指示に従い、杯を両手で包み込むようにして魔力を流すと、杯が光りだしなぜか勝手に水が溜まっていく。


 水が溢れるすれすれまで溜まると、杯から小さな光の柱が立ち上った。

 街の結界を起動したときにもあったやつの小規模版という感じだ。

 この光景を初めて見た村人たちはどよめいている。


 光の柱が立ってすぐ、キンッと音がして一瞬空に幕が張ったように見えた。

 柱もすぐに消え、キラキラと光の粒が降ってくる。


 「これで結界の起動完了だ! 何度見ても美しい光景だね!」


 元気なフュルヒテゴッドの声に村人達から「わあぁ!」と大きな歓声が上がった。




 無事に結界魔導具の起動が終わると、フュルヒテゴッドが紙に何かを一心不乱に書き付け始めた。

 とてもインドア派に見える彼だが、今回は村にある結界魔導具を見るために嬉々として同行を願い出たらしく、とても生き生きとしている。


 彼の作業が終わるのを待っていると、村長さんが真剣な顔つきで近付いてきた。

 アードルフがザッと私の前に出る。


 「聖女様、貴女様にお渡ししたいものがあります」







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