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62. リリアンナちゃんのシスター式魔力トレーニング【改】

 晩餐会の次の日、私の部屋の用意ができたとの事で、部屋を移動することになった。

 今まで過ごしていた部屋は客間だったそうで、それまでも十分豪華だと思っていたのに新しい部屋はさらに広くて豪華で、花柄の壁紙など全体的に可愛らしいお部屋だった。

 ミル用のふかふかのクッションまである。


 私が領主の養女になる事が決まってから急いで準備したので、イングリットとしては納得がいっていないらしく、これから時間をかけて私の好みを反映した理想の部屋へ変えていくのだそうだ。

 私としてはこの部屋で何の文句もないのでわざわざ変える必要はないと伝えたのだが、イングリットは「なんて謙虚な方なのでしょう……!」と謎に感激し、普段の私の反応から好みを完璧に把握してみせると逆に決意に燃えていた。

 主の過ごしやすい部屋に整えることは侍女の腕の見せ所らしい。

 本当に今の部屋で十分なんだけどな……。


 新しい部屋は、城の上階、領主一家の部屋がある区画のユーリの部屋のお隣にある。


 余談だが、ユーリの本名はユリウスといい、下町で過ごすにあたって素性を隠すためにユーリと名乗っていたのだそうだ。

 私もユリウスと呼んだ方がいいのかと思ってそう呼んだら、眉をへにょんと下げて捨てられた子犬のような顔をしていたので、引き続きユーリと呼ばせてもらっている。

 元々、愛称がユーリでお養母様やレオンはそう呼んでいるから違和感はないらしい。


 なんだか最近ユーリのあざとさが増している気がするのは気のせいだろうか?

 確実に自分の可愛さを理解してうまく利用している節がある。

 くっ、顔が良い……!






 城の内部を案内されたり、リリアンヌとして生活するのに取り急ぎ必要な知識をイングリットとアードルフから教えてもらいながら数日過ごし、今日は魔力の増やし方についてお養父様たちに教える日だ。


 城の会議室のような部屋に関係者が集められた。

 部屋にいる人数はそう多くなく、お養父様、お養母様、レオン、ユーリ、私にその側近が一、二人ずつ、そしてシスターエミリーで十人ちょっとだ。

 お義父様は内容を伝えずに招集したらしく、一体何が始まるのだろうと皆が困惑した顔をしている。


 最初にお養父様が教壇のような一段高い場所に立ち、経緯の説明が始まった。


 「皆の者、良く集まってくれた。これから、リリアンナを城に迎えたことで判明した事実を伝える。領地の今後にも関わる重要な話だ。今日、ここで話した内容は決して口外してはならぬ。心して聞くように」


 ただならぬ雰囲気で話し始めたお養父様を見て、誰かがごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。


 お養父様は、虹色病や貴族の持つ指輪がどのようなものなのか、そして魔力は増やしていくことができるということを説明していった。


 「そ、そんな……」

 「これが、そんなものだったなんて」

 「魔力が、増やせる、だと!?」


 突如もたらされたそれまでの常識を覆すような情報の数々に、部屋にいる者達は一様に驚愕し、騒めいている。

 ユーリは目を丸くして自分の指輪を見つめていた。


 「ディートハルト様……」


 複雑そうな顔でお養父様を見ているのは、お養父様と私で指輪の話をした時にはいなかった領主の護衛騎士だ。

 魔力が足りず苦悩する姿を一番近くで見ていたであろう彼は、今になってもたらされた情報にやるせない気持ちになっているのかもしれない。


 お養父様は既に割り切れているようで、自分の護衛騎士にこくりとひとつ頷くと、正面に向き直り再び口を開いた。


 「今話したことが事実であるということは、虹色病でありながらそれを克服し、聖女となれるほどに魔力を増やしたここにいるリリアンナという存在が何よりの証拠となる。この事実を公表すれば、貴族社会に大混乱が訪れることは必至。まずは情報を秘匿した上で、今ここにいる者達で実際に魔力を増やすことができるのか、検証することとする。今後の領地の結界を支える領主一族とその側近の魔力増加は極めて重要である。各自、全力で事に当たれ。よいな」


 「「「はっ!」」」


 お養父様の指示に全員がバッと椅子から立ち上がり、胸に拳を当てて返事をした。


 さすが領主様、部下に命令する姿が堂に入っている。

 この前のぺしょぺしょな様子とは別人のようだ。


 「実際の魔力の増やし方については、これからリリアンナとこちらのシスターエミリーから指導がある。記録を残すことは認めないので集中して聞くように。ではリリアンナ、よろしく頼む」


 お養父様に促されて壇上に上がると、全員の強い視点が私に一気に突き刺さる。

 一文字たりとも聞き漏らすまいと、ギラギラした瞳でこちらを見つめる参加者達のあまりの熱量に後ずさりしてしまう。

 私にとって魔力というのは今までミルのご飯でしかなかったけれど、貴族にとって魔力量というのはとても重要な事らしい。


 「ただいまご紹介に与りました、リリアンナです。今から実際に私が魔力を増やしたやり方を説明します。全員指輪を一旦外してもらって、シスターの声に合わせてゆっくりと魔力を動かしてみてください。椅子に座ったままでも大丈夫ですし、自分が一番楽な姿勢でやってみてください。大事なのは、魔力を体の中で循環させることです。始めは少しずつ魔力を流して、流す量を増やしていくことで自分の中の魔力の器が成長し、より多くの魔力を蓄えることができるようになるそうです。流し慣れていないと一気に流れすぎて制御できなくなる場合があるので、その時はすぐに指輪をはめて下さい」


 多分、貴族の指輪は最初はこのために作られたものではないかと思う。

 魔力トレーニングで危なくなった時に抑える安全バーみたいなものだ。

 それが段々と命の危険を冒してまで魔力トレーニングをする人が減って、常に指輪を身に着けることが増えていった結果、今に繋がっているのだろう。


 「魔力循環は命の危険を伴います。私も最初は何度か死にかけました。地道にこつこつと続けていくことが大事なので、最初から飛ばしすぎず、危なくなったらすぐに言ってください」


 前のめりな皆さんにしっかりと釘を刺してから、シスターにバトンタッチする。

 ユーリの方を見ると、私が何度も死にかけたという言葉に驚いたのかびっくり顔で私を凝視していた。


 「それでは、目を閉じて、己の中にある神の御力(みちから)を感じて下さい。ゆっくりと息を吸って、吐いて。暖かく、優しくも力強いその御力を、体の隅々まで行き渡らせるのです。体の中心から右手へ、そして右足、左足、左手、頭、そしてまた中心へと、流れていきます。深呼吸をして、焦らず、ゆっくりと、体の中で循環するのを想像してください……」


 私にとっては聞き慣れたいつもの調子でシスターが語り始めた。

 彼女は長年自分が話していた内容が魔力を増やすためのものだったことを知り驚いていたが、皆の前で同じように話すことを快く引き受けてくれた。


 受講者たちは各々その場で目を瞑りながら集中したり、立ち上がってみたり、床に座って壁に寄りかかったり、各々好きな体勢で実践し始めた。


 やはり言葉だけでイメージするのは難しいらしく、ほぼ全員が頭に「?」を飛ばしていて中々うまくいってはいないようだ。


 私は部屋の中をぐるりと周りながら、危なくなったらすぐ助けられるように注意深く皆を見守る。

 心はさながら夏の海のライフセーバーだ。


「「おおっ!」」


 しばらく様子を見ていると、一部で小さな歓声が上がった。

 そちらの方を振り向くと、椅子に座ったレオンの体の周りにぴったりと張り付くように、薄い靄のようなものが七色に揺らめいていた。

 レオンは苦しそうな様子もなく、不思議そうに自分の纏う靄をしげしげと眺めている。


 「言われた通りにしてみたんだけど、これで合っているのかな?」


 「私が最初に魔力が溢れそうになった時は、虹色の靄が上に立ち上る感じだったそうなので、体の周りに留められているということは、それで大丈夫だと思います」


 「おお! さすがレオンハルト様!」


 レオンの護衛騎士が我が事のように喜んでいる。

 さすが噂に聞く天才少年。魔力循環もすぐにできるようになってしまったようだ。


 「今日は無理のない範囲で流す魔力の量を増やしていって、これをできれば毎日、一日五分とかでもコツコツ続けるのがいいと思います。必ず護衛騎士とか、側に事情を知る大人がいる時にするようにしてくださいね。神様が言うには、体の成長と共に魔力も増えていくそうなので、今が成長期のレオン兄様やユーリはこれからぐんと伸びるかもしれませんね」


 「本当かい? それは楽しみだな。ありがとう、がんばるよ!」


 私の言葉にレオンは、ワクワクと嬉しそうな顔をした。

 いつもの色気混じりの笑顔ではなく、カブトムシ少年のような無邪気な笑顔だ。

 私はこっちの顔の方が好きだな。


 普段、魔法剣に魔力を流し慣れている騎士達は魔力を循環させるコツを掴むのも早いようで、護衛騎士の中にもできるようになった者がちらほらと出始めた。

 といっても護衛騎士達は表面が微かに揺らいでいるような気がするくらいで、魔力量はダントツでレオンが多そうだった。


 「うわああああぁっ!」


 突然、ユーリが苦しみだして椅子から崩れ落ちた。


 体から虹色の靄が立ち上っている。

 魔力が器から溢れ出しそうになっているんだ!

 

 「ユリウス様!」


 「早く指輪を!」


 護衛騎士のアロイスに抱き起こされたユーリにすぐに指輪をするように指示を出す。


 しかしユーリは、ものすごく苦しそうに荒い息を吐きながらふるふると首を横に振った。


 「ユリウス様ッ!!」


 アロイスから悲鳴のような声が上がる。


 この、負けず嫌いさんめ!


 「アロイス、床に仰向けに寝かせてください。ユーリ、苦しいと思うけど、大きく深呼吸して。外に溢れ出しそうな魔力を抑えつけて、ゆっくり体の中で循環させていくの。全部溢れたら死ぬからね。危なくなったらすぐに指輪をするんだよ」


 ユーリは眉間をきゅっと寄せながら目を瞑り、必死に言う通りにしようとしている。

 私は傍らで魔力を流さないように気を付けながらユーリの手を握り、がんばれ、大丈夫だよ、と声を掛け続ける。

 ユーリの手は信じられないほど熱くなり、だらだらと汗を流しながら体内の魔力と必死に戦っているのがわかる。




 危なくなったら無理やりでもはめるようにユーリの指輪を持ったアロイスを傍らに待機させ、皆が心配そうに見守る中、次第に立ち上る靄の量が減っていき、呼吸が落ち着いてきた。


 すうっと靄が消えると、強張っていたユーリの体から力が抜け、眉間の皴もなくなった。


 「ユリウス!」

 「ユリウス様!」


 お養父様が駆け寄り抱き起こすと、ユーリは安心したようにすやすやと寝息を立てていた。

 見守っていた者達がほっと息をついた。


 なんとか無事にユーリは己の魔力に打ち勝つことができたようだ。

 全く、ひやひやさせる。


 アロイスには、魔力循環に慣れるまではまだまだ危険が伴うので、負けず嫌いなユーリが陰でこっそり練習しないようにしっかり見張っておくよう言い含めておいた。


 アロイスは険しい顔で眉を寄せ、「必ずや……!」と膝をついた。

 





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