61. 家族の晩餐会
部屋に戻ると再びお風呂に入れられ、晩餐用のきらびやかなドレスに着替えさせられた。
水色のふりふりがたくさんついた可愛らしいドレスは、ブリュンヒルデが幼い頃着ていたものを実家から超特急で取り寄せてくれたものらしい。
初めて会った時に着ていたドレスも水色だったし、注文いただいたドレスも紺色で、彼女は昔から寒色系が好きなのかもしれない。
私が着ても正直服に着られている感が否めないが、このドレスを着た幼い頃の美少女ブリュンヒルデ様はさぞ可愛かったんだろうなと思う。
ぶっちゃけ私よりユーリの方が似合いそうである。
……一回着てくれないかなぁ?
想像のユーリに「絶対ヤダ」とぷいっとそっぽを向かれたので難しそうだなと諦めて、同じくお風呂に入れてもらい、ふっかふかのもっふもふになったミルを思う存分もふって晩餐までの時間を過ごした。
案内された食堂に入室すると、そこにはすでに領主一家が全員揃っていた。
ブリュンヒルデは私に見せるためにわざわざ着てきてくれたのか、リラのレースを使った星空色のドレスがとてもよく似合っているし、きちんと貴族らしく着飾ったレオンとユーリは、タイプは違えど二人ともまるで王子様みたいだった。
ドレスに着られている私とは大違いで少し気後れしてしまう。
「リリー!」
ユーリが駆け寄ってきてぎゅうぎゅうに抱きしめられた。
とても心配をかけてしまっていたようだ。
「ユーリ、心配してくれてありがとう。私は平気だよ」
そう言って抱きしめ返すと、返事はなく、さらに腕の力が強まった。
「こらこら、ユーリ。リリアンナが困っているよ」
レオンは私にしがみついていたユーリをベリッと引き剥がすと、私の両手をそっと握りしめた。
「リリアンナ。君みたいな可愛い妹ができて嬉しいよ。俺のことはレオン兄様と呼んでほしいな。これからよろしくね」
そう言って片手を持ち上げると、指先にチュッとキスをした。
凛々しい顔もできるのに、チャラいところは相変わらずらしい。
「ミルも。リリアンナが俺の家族になったということは、君も俺の家族だ。一緒に暮らせてうれしいよ。よろしくね」
レオンは私の足元にいたミルの前に跪いて前脚を持ち上げて握手をするように軽く振った。
普段ミルは私以外の人に触らせることは滅多にないのだが、レオンに関しては完全に餌付けされてしまっているので、されるがままになっていた。
ちょっと、ジェラシー……。
「君好みのおやつをたっぷりと用意するから任せてね」
「えっ、待ってください。これ以上食べさせたらデブになっちゃいます。ほどほどにしてください」
レオンの言葉にミルの目がキラキラしだしたのであわてて制止する。
別に、レオンに嫉妬してるわけじゃないから! ミルの健康の為だから!
何がツボに入ったのか大笑いしているレオンと引っぺがされてむすっとしているユーリ、ミルに「食べ過ぎちゃ、めっ!」と忠告している私をにこにこして見つめていたブリュンヒルデがパンパンと手を叩いた。
「ほらほらみんな。仲がいいのは良い事だけれど、それではいつまでたっても食事が始められないわ。さぁ、席についてちょうだい」
そう言われても、どこに座るのが正解なんだろう、と思っていると、レオンが流れるように私の手を取り、席までエスコートしてくれた。
レオンって何となく遊び慣れてる感があるし、エスコートもし慣れているのだろうか。
出遅れたユーリがなんだかわなわなしている。
私達が席に着くと、給仕の人たちによって料理が次々とテーブルの上に並べられた。
全て並べ終えたお給仕さんたちは静かに退室していった。
「普通は給仕の者が控えていて料理も順番に運んでくるのだけれど、それだと貴女は気が休まらないでしょう? それで今回はこのような形にしたの。好きなものを好きなように食べて頂戴ね。それで怒る人はここにはいないわ」
そのお気遣いはとてもありがたいけれど、だからといって見苦しい食べ方で食べたらドン引きされそうなのでなるべく丁寧に食べることを心がけたいところである。
食事が始まると、さすが城の料理人、どの料理も見た目にも綺麗だし、味もとても美味しかった。
ただパンだけは硬い黒パンなのは貴族も変わらないようで、白パンを作ったら売れそうだなぁと思った。
「あらためてリリアンナ、領地の危機を救ってくれてありがとう。わたくし、実は娘が欲しかったのよ。本当の母だと思って甘えて頂戴ね。息子達は二人共、すっかり大人びちゃって最近はちっとも甘えてくれないの。子供の成長は嬉しいけれど、わたくし寂しくって」
「母上……」
拗ねたような顔をするお養母様とそれに呆れた顔をするレオンは、やはり親子というより姉弟のように見える。
十代の可憐な少女に見える彼女と、くまさんのように体の大きなお養父様が夫婦だなんて、ちょっと犯罪臭がしないでもない。
「ブリュンヒルデ、あまり構い過ぎぬように。其方は気に入ったものへ向ける愛情が少々度を超す時があるからな」
「まあぁ! ディートハルト様ったら! ご自分ばかりリリアンナとたくさんおしゃべりして、わたくしには控えるようにだなんて、ずるいわ!」
「い、いや、私は雑談していた訳ではなく、領地に関する重要な話をだな……」
ほっぺをぷくっとして拗ねているお養母様を前に、お養父様がタジタジになっている。
なんとなく、この夫婦の力関係がわかったような気がする。
「ところで、なぜ兄上がリリーと知り合いなのですか? 僕は何も聞かされていないのですが」
ぶすっとした顔でユーリがレオンに聞いている。
「俺は茶色のしっぽ亭の常連なのさ。最初は警戒心が強くて中々近寄らせてもらえなかったんだけど、足繁く通って、ようやく心を許してもらえたんだ」
レオンはまるで恋焦がれる相手を想うような芝居がかった声色でそう言うと、特別に用意された桃のコンポートをはぐはぐと食べていたミルに向かって「ねっ」とウインクした。
水を向けられたミルはフル無視である。
「私も、レオン、兄様がユーリのお兄さんだったなんて驚きました。うちにご飯を食べに来たのは偶然だったんですか?」
「いやあ、実はアードルフが何やらこそこそしているからちょっと聞いてみたら、聖女と神獣かもしれない者達が下町にいると言うんだ。そんなの、会ってみたいじゃないか! アードルフの親戚ということにして、会いに行ったというわけなんだ」
にこにこと楽しそうに話すレオンの後ろに、何故か疲れた顔をしているアードルフの幻影が見えた。
お養父様がはぁ、とため息をついてレオンを窘める。
「ちょっと聞いてみた、なんてものではなかっただろう。締め上げて吐かせようとしたというのが正しい。親類で気安い関係だとはいえ、あまりアードルフを振り回さぬように。リリアンナ、アードルフはレオンハルトに詰められても最後まで口を割ろうとはせず、見かねた私が事情を説明したのだ。決して口が軽いというわけではないので安心しろ」
もしかして、あの燃える剣で脅したのだろうか?
あとでアードルフにミルの癒しの肉球を触らせてあげた方がいいだろうか。きっと私から頼めばおりこうさんのミルなら触らせてくれるはずだ。
「リリー」
アードルフをどうねぎらおうかと思案していると、ユーリに名を呼ばれた。
今でもリリーと呼んでくれる、そんな些細なことが今はとても嬉しい。
「リリーが聖女だなんて、びっくりした。急に家族だと言われて、もっとびっくりだ。リリーは……大丈夫?」
聖女だと言われてから、目まぐるしく色んなことがあったけど、初めて人に心配された気がする。
涙が溢れそうだ。
でも私はユーリのお姉さんなので、情けない姿は見せられない。
なんとか涙をこらえて平気そうな声を出す。
「急に家族と離れてさみしいけど、我慢するよ。こうするのが一番いいって、ちゃんとわかってるから」
私の強がりの返事に、ユーリから聞いてきたのに黙ってじっとこちらを見ている。
「……僕、城に戻る」
ようやく口を開いたと思ったら、唐突にそんなことを言った。
お養母様は「まぁ、本当!?」と嬉しそうだ。
そういえば、なぜ領主の息子さんがカールハインツ商会に預けられていたんだろう?
これって聞いてもいいものだろうか。それに……
「ユーリのやりたいことは、いいの?」
「やりたいことをする為に城に戻るんだよ。商会の仕事があるからすぐには無理だけど、引継ぎを終えたらすぐに戻ってくるから。なるべくリリーのそばにいるよ、さみしくないように」
「ユーリぃ……」
優しい心遣いに我慢していた涙がこぼれてしまう。
私の隣に座っていたユーリが席を立って、優しく抱きしめてくれた。
お兄ちゃんに抱きしめられるのが好きといったのを覚えていて、兄代わりをしてくれているつもりなのだろうか。
その話をしたのは二日前くらいのことなのに、まるでずっと前の事のように感じるほど色々なことがありすぎた。
私の方がお姉さんなのに情けないが、ありがたくユーリの胸を借りてひとしきり泣いて、心を落ち着けた。
波立った心が落ち着いてくると、ユーリに「もう大丈夫」と伝え、晩餐を中断させてしまったことをお詫びして食事を再開した。
「そういえば、タイガーリリー商会はどうなるの? みんなは無事? 私はスタンピードで死んだことになるって聞いたけど……」
「商会関係者はみんなピンピンしてるよ。デニスおじさんとイーヴォ、あとヨナタンとリラには絶対に口外しないように言った上で事情を伝えてある。タイガーリリー商会はリリアンナ名義に書き換えたから、タイガーリリー商会の会長は君のままだ。商談の体で城に呼び出せば、おじさんやヨナタンには会えるよ。流石にリラは今はまだ難しいかも知れないけど」
いつの間にか、ユーリが色々手を回してくれていたらしい。
相変わらずしごできである。
デニスさんやヨナタンにまた会えるのは正直嬉しい。
わざわざ来てもらうのは申し訳なくもあるが、生活が落ち着いたら絶対に呼び出させてもらおう。
姉としての威厳はしょっぱなからもうゼロに等しいが、ユーリが私のことを心配して支えようとしてくれているのを感じて、なんとかやっていけそうだと少しだけ前向きな気持ちになる事ができた。
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