59. かみさまがおこったわけ
勢いよく城を飛び出し、なるべく高く飛びながらハーリアルの森の方へ向かう。
下から何か声が聞こえたような気がして見下ろすと、私に気づいた街の人達がぶんぶん手を振りながら何かを大声で叫んでいる。
顔は見えないけどぎりぎり内容が聞き取れるくらいの高さまで高度を下げてみた。
「おーい! 聖女様ー!」
「聖女様、街を救ってくれて、ありがとうございます!」
「竜を倒してくれて、ありがとう!」
「聖女様、ばんざーい!」
街の人達は口々に聖女へのお礼を叫んでいた。
ふりふりと手を振り返すと、「わぁっ」と歓声が上がった。
気恥ずかしくなり、慌てて高度と速度を上げた。
自分が聖女だなんてやはり実感は持てないけれど、さっきの人達が元気そうでよかった。
街が救われたといっても、魔物の被害はゼロではないはずだ。きっと亡くなってしまった人だっている。
街の人が少しでも明るく前を向けたらいいなと思うし、私にできることはがんばろう、と気合いを入れた。
「おお、よく来たな! 今日はどんな土産話を聞かせてくれるのだ?」
キラキラと幻想的なハーリアルの棲み処に到着すると、いつもと変わらない様子で、うきうきと土産話をせがんできた。
「早く早く」と子供のようにおねだりする様子を見ると、やはり神様とは思えない。
「最後にお話してから本当に色々なことがあったので、思い出話はたっぷりあるんですけど、それより先に聞きたいことがあるんです」
「ん? なんだ?」
「ハーリアル様って、神様なんですか?」
「まぁ、そう呼ばれていたこともあるな」
「え?」
「別に、我が神だと自分から名乗ったことはないのだ。気付いた時には、人の子が勝手に我を神と呼び、信仰していただけのこと」
「そう、だったんですか……」
「聞きたいことというのはそれだけか?」
「はい。ハーリアル様からもらったこのリボンの奥の手を使ったら、領主様にそれは神の権能で、それをくれた人は神様だと言われたので」
「ああ! そういえばケラウノスを派手に使っておったな! 奥の手であるあれを使うとは余程のことがあったのであろう? 一体何があったのだ」
私は、突然街の結界が壊れたこと、街の中に魔獣が押しよせてきたこと、竜が現れたので奥の手を使って倒したことなど、あの日にあったことを順序立てて説明した。
「確かにあの日は何故か魔物たちが興奮していて皆一様に人の住処の方に向かうので、何事かとは思っておったのだ。魔物寄せを使われておったのか」
「そう聞きました。その魔導具はもう壊して使えなくしたけど、誰がそんなことをしたのかはわからないそうです」
「……我は森の主ではあるが、森の魔物たちのすることに関して基本的に不干渉だ。この森自体が荒らされない限りは我が口を出すことはない。ただ、我は魔物を縛り従わせるような類の魔導具は好かぬ。もしまたそういった物を見つけたら、二度と使えぬよう壊してくれぬか?」
普段の無邪気な様子と違って難しい顔をしているハーリアル様が何かに苦しんでいるようにも見えて、その言葉に私はこくりと頷いた。
「あの、今聞くことじゃないかもしれないんですけど、ハーリアル様、千年前にケラウノスを国中に三日三晩降らせたんですか?」
「ぬ!? いや、あれは……そんなに降らせたか? ち、違うのだ! あの時はあまりに腹が立って、加減が効かなかったのだ……」
さっきまでの真面目な雰囲気から一転、なぜかしゅんとして言い訳のようなことを言い始めた。
国を滅ぼしたのはハーリアルにとっても不本意なことだったらしい。
「そんなに怒るなんて、何があったんですか?」
「その時の王が、当時の眷属の契約者を騙して我に隷属の魔導具をつけさせたのだ。先ほど話に出た魔物寄せの魔導具の上位互換のようなものだな。その魔導具は我を完全に支配することはできなかったが、かなり強力でその支配下から逃れるのにそれなりの時間を要した。魔導具の影響で王の前に膝をついた我を見て、自分のせいで我が害されたと思った契約者は自責の念に堪え切れず、自らの命を絶ったのだ。笛の腕前に優れ、いつも面白い話を聞かせてくれる良き人間であったのに……。そのことに怒った我は魔導具の呪縛を力尽くで引きちぎり、怒りに任せてケラウノスを発動させたら……その……」
国が滅びちゃったんですね。
巻き込まれた国民はたまったものではないが、完全に当時の王様の自業自得である。
「その後も怒りが収まらずしばらくは人の子の顔も見たくなかったので、次の眷属が生まれるまではふて寝することにして、ここ最近まで眠っておったのだ。まさかここまで時間があくとは思わなかったが」
ハーリアルは自分が国を滅ぼしたことに気付いていなかったのか……。
さすが神様というべきか、やはり感覚が人間とは違う。
一国を滅ぼすほどの強大な力を持ちながら、人間とは違った感覚を持つ生き物。その危うさに気が付き、はじめて目の前の存在が少し怖くなった。
その後はとりとめもなく色んなことを話した。
リラの作ったレースのドレスが本当に素敵だったこと、身近な人の意外な血縁関係の発覚、聖女だと言われて領主の養女になったこと、家族と離れ離れになったこと……。
「むぅぅ。やはり、人の理はよく解らぬ。なぜ一緒にいたい者と一緒にいてはならぬのだ」
本当にね……。
「それでいつもと違う服装をしていたのだな。前に其方が言っていた身分で服装が変わるというやつか。うむ、前の服装も良かったが、今日の格好も似合っておるぞ」
「ありがとうございます。そういえば、養父になった領主様が、ハーリアル様にくれぐれもよろしくと言っていました。神様と敵対するつもりはないので、してほしいことがあれば教えてほしいそうです」
「特にはないな。昔は人の子の開いた宴に参加したりもしたが、距離が近すぎたせいで我を意のままに操れるなどと思い上がった考えを持ってしまったのだろう。もう我は人の子らと関わる気はない。其方らが偶に遊びに来て、土産話をしてくれればそれで良い」
そう言って小さく笑みを浮かべるハーリアル様はとても寂しそうに見えた。
おしゃべり好きで寂しがり屋のこの神様のことだから、本当はもっと人と関わりたいのかもしれない。
「任せてください。いっぱいお土産話と美味しい物を持ってまた遊びに来ますね」
その言葉にハーリアル様は「うむ」と今度こそ心から嬉しそうな顔をして笑った。
「あぁ、ただひとつだけ。もしリリーやミルを害するようなことがあれば、其奴の家にでかい雷を落としてやると伝えておけ」
ハーリアル様はそう言って肉食獣を思わせる凄みのある笑みを見せると、鋭い八重歯がギラリと光った。
私はブルブルと震えながら大きく頷いた。
そういえば、もう一つ聞こうと思っていたことがあったのだったと思い出した。
魔力を増やす方法に関してだ。
領地の結界を維持する魔力不足の問題は私がいることで一応解決はされたけど、私が死んだ後はまた同じ問題に悩まされることになるだろう。
なので私が魔力を増やした方法をお養父様に教えようかと思ったのだが、あくまで自己流である。
長生きしているハーリアルならもっと効率の良い方法や正しいやり方を知っているかもしれないと思ったのだ。
それまでの経緯を説明して良い方法を知っていたら教えてほしいと尋ねると、ハーリアル様はきょとんとした顔で首を傾げた。
「人の子らは魔力を増やしたいのか? てっきり増やしたくないのかと思っていたぞ」
「え? そんな事はないと思います。ハーリアル様はどうしてそう思ったんですか?」
「いつの頃からか、人の子らがこぞってつけ出した指輪型の魔導具。あれは余剰魔力を外に放出する物だろう? 増えた魔力を循環させて器を大きくしていかなければならぬのに、増えた先から放出していてはいつまで経っても器は育たぬではないか」
「……」
指輪型の魔導具って、お養父様やユーリがつけていたあの指輪のことだろうか?
ただの指輪ではなかったのか。
魔力を増やしたいのにそんな物をずっとつけているなんてなぜなのだろう。
「帰ったらお養父様に指輪について聞いてみます。魔力を増やす方法はどうですか?」
「其方のやり方で良いと思うぞ。ただ、其方の兄とやったように互いの魔力を流し合うのはやめておいた方が良い。其方らは兄妹故、魔力の波長が似ていて問題なかったが、魔力の波長が合わない者同士で同じことをすれば激痛を伴うだろう」
そうだったのか……。
気付かず危険な事をしていたようで、背筋が寒くなった。
良かったぁ、私とお兄ちゃんの魔力の波長が似ていて。
聞きたい事も全部聞けたので、その後は皆でおやつを食べた後、ハーリアルが満足するまでブラッシングをしてから城へと戻った。
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