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57. 聖女のお仕事

 「早速だがリリアンナ。其方に至急で頼みたいことがある」


 ひとしきり笑った後、そのように告げたお養父様に連れられ、護衛騎士を伴って別室に移動する事になった。


 目的の部屋は城の最上階にあるらしく、階段をどんどん上がっていく。

 ハァハァ息を切らせながらお養父様のペースについていこうと必死になっていると、「失礼いたします」との一言の後、アードルフに抱っこされた。


 「ありがとうございます。重くないですか?」


 「私に礼など不要です。むしろすぐに気付かず申し訳ありません。リリアンナ様は羽のように軽いですよ」


 わぁお、紳士的!

 そういった甘い言葉はシスターエミリーに向けてほしいものである。


 抱き上げられたことで距離が近くなったので、今がチャンスと気になっていたことをこそりと耳打ちする。


 「本当はシスターエミリーを守る騎士になりたかったんじゃないですか? 無理していませんか?」


 「んなっ!?」


 アードルフの体がビクゥッと揺れた。それでも落ちそうにならないのは流石の安定感である。

 いつもの鳴き声を出した彼は、赤い顔でコホン、と小さく咳払いをして私にだけ聞こえるくらいの小さな声で呟いた。


 「エミリーと出会わせて下さったリリアンナ様には感謝しています。彼女からも貴女を守ってほしいと言われておりますし、最終的に護衛騎士に志願したのは自分の意志です。決して無理などしておりません」


 おや?

 シスターの呼び方が、呼び捨てに変わっている。

 どうやら彼女を保護してから二人の関係に変化があったらしい。

 これは、詳しく聞き出さねば……!


 私からの生暖かい視線を感じ取ったのか、アードルフは気まずそうに視線をそらしている。

 仕方がない、今日はこの辺にしといてやるか。

 次のチャンスがきた時には根掘り葉掘り聞いてやろうと心に決めた。




 「ここだ」


 最上階にたどり着くと、そこには大きな扉がひとつ、ででんと鎮座しており、その両側を騎士が守っていた。


 お養父様が懐から取り出した立派な鍵を鍵穴に差し込むと、穴から全体に向かって光が走り、扉がズズズ、と音を立てて内側に向かって勝手に開いていく。


 全員が部屋の中に入り、鍵を抜き取ると扉はまた勝手に閉じられていった。

 すごい。ファンタジー自動ドアだ。


 部屋の中心にはとても大きな黒い石が半分埋まっていて、その周りに円を描くように不思議な文様が床に彫り込まれている。まるで前世のアニメや漫画で見た魔法陣のようだ。


 部屋の隅では背の高そうな男の人が何かを紙に一心不乱に書きつけていた。かなり集中しているのか、私達が入ってきたことに気付いてもいないようだった。


 「この部屋全体が巨大な古代遺物アーティファクトなのだ。許可された者以外の入室は許していない。鍵は私が管理しているが、これから其方はこの部屋に何度も足を運ぶことになる。自分の側近以外の人間を決して入れぬように」


 「わかりました。……アーティファクトってなんですか?」


 「神の怒りによって多くの技術が失われる以前に、極めて高度な技術を用いて作成された魔導具のことだ。今では作成できる者は誰もおらず、その原理も構造もほとんどが明らかになっていない」


 「神の怒り?」


 「その辺りは追々説明するとしよう。まずはこちらが先決だ。……フュルヒテゴッド!」


 ハーリアルがぷんすこ怒っている姿を想像していると、お養父様は部屋の隅で書き物をしていた男の人に呼びかけた。

 ……しかし、男性はこちらをちらっと見ることもなく、フル無視である。


 「はぁ。申し訳ございません、ディートハルト様。今連れてまいります」


 なぜかアードルフが申し訳なさそうにして男の人に駆け寄ると、声を掛けることなくズルズルと容赦なく引き摺って連れてきた。

 紳士的な彼らしからぬ乱暴さに驚いてしまった。


 「申し訳ありません。兄は集中し始めると、周囲の音が全く聞こえなくなるようでして……。ほら兄上! 領主様がお呼びですよ!」


 男の人はアードルフのお兄さんだったようだ。

 身長が高いところは確かに似ているが、お兄さんの方はひょろっと痩せているし態度もどこかおどおどしていて、逆に言うと身長以外に似ているところが全然ない。

 ぼさぼさの前髪に目元が完全に覆われていてどんな顔をしているのかわからない。


 連れられてきたお兄さんは流石に私達を認識したらしく、指をいじりながらぼそぼそと話し出した。


 「あ、りょ、領主様、こ、こんにちは。な、何か、ご用ですか……?」


 「兄上! 領主様の前ですよ! もっとシャキッとしてください!」


 「構わん。元より礼儀など求めておらぬ。フュルヒテゴッド、聖女を連れてきた。これより結界の起動を行う」


 「っ!! やっとですか! あっ、君が聖女? 待ちくたびれたよ! さぁこっちこっち。ここに座って!」


 フュルヒテゴッドはそれまでのおどおどした態度が嘘のようにハイテンションでグイグイと私の腕を引き、魔法陣の中の床の色が一部変わっているところに私を座らせた。


 「あ、あの、フュル、ヒテゴッド、さん?」


 「長いしフュルさんでいいよ!」


 「フュルさん、これはなんの魔導具なんですか?」


 「結界の魔導具だよ。この間街の結界が割れたのは、壊れたわけじゃなくて魔力の枯渇が原因なんだ。一度停止してしまうと、起動にはある一定以上の魔力量が必要らしくてね。そこで、膨大な魔力を内に秘めていると言われている聖女である、君の出番というわけさ!」


 「すまないな、リリアンナ。フュルヒテゴッドは対人関係においては難があるが、こと魔導具の研究に関しては領地一の天才なのだ。悪気はないので慣れてもらえると助かる」


 お養父様が私達のいる場所へ近づいてきて苦笑していたが、ふっと笑みを消して頭を下げた。


 「本来ならば私がやらなければならぬことを、まだ年端もゆかぬ其方に背負わせてしまうこと、不甲斐なく思っている。しかし、今、この魔導具を起動できるほどの魔力を持つ者はおそらく其方しかおらぬのだ。街に住む民の安全を守るため、どうか、よろしく頼む」


 お養父様は悔しそうに拳を握りしめているが、街の安全の為と言われれば、私で良ければ力を貸すのはやぶさかではない。

 いまのところ私の魔力の使い道はミルのごはんしかないので、ミルの分を残してさえくれれば、私的にはなんの問題もないのだ。


 「わかりました。私は何をすればいいですか?」


 「私が合図をしたら、ここに手をついて魔力を流してほしい。さ、この子以外の皆は陣の外に出るよー」


 フュルヒテゴッドはそう言うと、お養父様達の背中を押して魔法陣の外に出した。


 「はい、もういいよ! 魔力を流して!」


 合図を聞いてから、ぺたりと床に手をついて魔力を放出した。


 床に掘られた文様が次々と光り、その光が中心にたどり着くと、黒い石が虹色に輝き始めた。

 魔力が吸われている感覚はあるが、その量は奥の手のケラウノスを使った時に比べたら全然少ない。

 最近育ち盛りなのか、食欲旺盛なミルが食べる量の方が多いくらいだ。


 中央の石の光がどんどん強くなっていき、魔力が一度つっかえた感覚があったかと思うと、その直後、どーん! と光の柱が石から立ち上った。


 光の柱はすぐに消え、光の残滓がキラキラと落ちてきた。


 きれいだなぁと眺めていると、魔力の吸われる感覚がなくなったので、これで終わりかと若干拍子抜けしながら魔法陣から手を離した。


 この後どうすればいいんだろう? と後ろに控えていた皆の方を振り返ると、全員が口をぽかんと開けて茫然としていた。


 言われた通りにしたはずなのだけど、どこか違っていただろうかと戸惑っていると、フュルヒテゴッドが弾かれたように飛び上がった。


 「すごいすごいすごい! これが聖女の魔力なのか!? なんと美しい! あぁっ、魔力が満ちて輝く魔法陣のなんと優美な事か……! これが……これが君達の本来の姿なのだね。やっと会えた……!」


 すごいすごいと子供のように飛び跳ねていた彼は、しまいには魔法陣に話しかけながら這いつくばって頬擦りし、咽び泣いていた。


 あまりの常軌を逸した様子に若干引きながら、助けを求めてお養父様達の方を見ても、彼らは気にした様子もなく立ち尽くしていた。

 この人はこれが通常運転なんだろうか……。

 いつもこれはちょっと嫌かも、と思っているとようやくフリーズがとけたように護衛騎士達が騒めきだした。


 「まさか、これほどまでとは……」

 「これが、聖女。桁違いの魔力量だ」

 「ああ、これで我が領地は救われた……!」


 騎士達は肩を叩き合って喜んでいるが、お養父様はまだ微動だにしない。


 騒めいていた騎士達もお養父様の様子に気付き、次第に静まっていった。


 お養父様は震える手で目を覆うと、その頬に一筋の涙が伝うのが見えた。


 「……いくらこの身を削り魔力を注いでも、魔導具は徐々に光を失っていく。代々受け継いできたこの地の宝を、私の代で失ってしまうのではないかと、不安でたまらなかった。……この魔導具は、本来このように美しく輝くのだな」


 「ディートハルト様……」


 お養父様はぐいと涙をふくと、大股で私の前まで歩いてきて跪いた。


 「聖女よ。この地に生まれてくれて、感謝する。竜を討伐してくれただけではなく、領地の宝である結界の魔導具までも蘇らせてくれた。其方は真実、ヴァルツレーベンの救世主だ。義を重んずるヴァルツレーベンの民はこの恩を決して忘れない。この先、何が其方の敵となろうとも、我らが必ず守ると約束しよう。この剣に誓って」


 そう言って腰に差した剣を抜き、胸の前で剣の紋が見えるように両手でチャキッと構えると、剣が黄色に光りだした。


 「「「この剣に誓って!」」」


 お養父様の後ろに跪いた護衛騎士達も同じポーズをとると、騎士達の剣も色とりどりに光り始めた。


 こんな時にどうするのが貴族の作法かなんて、わたしにはわからない。

 皆の様子に、もしかしたら私はとんでもないことをしてしまったのではないかと、わたわたと慌てる事しかできなかった。





 私、何かしちゃいました?



 お読みいただきありがとうございます。

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