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56. 今日から私は

 目が覚めると、目に入ったのはまたしても豪華な天井だった。


 ああ、そうだ。ここはお城で、私はもうあの家には帰れないんだ。


 今寝かされているベッドは大きくてふかふかで寝心地はとてもいい。なのに、なぜだか少し寒く感じる。


 家のベッドは狭くて硬くて寝心地は良くなかったけど、みんなでくっつき合って眠ってあったかかったな。


 このままだと、また涙が込み上げてきそうだったので、やる気の起きない体を無理やり持ち上げた。

 泣きすぎて瞼が重いし、頭がガンガンする。


 コンコン


 「聖女様、お目覚めですか? 入ってもよろしいでしょうか」


 ノックの音がして、おそらく昨日お世話をしてくれたイングリットさんであろう声がした。


 「はい。大丈夫です」


 入室を許可すると、入ってきたのはやはりイングリットさんだった。

 私にとっては馴染みのある黒髪を低い位置でぴっちりとお団子にした、真面目そうな雰囲気の背の高い女性だ。

 年齢は私の母よりも少し年上くらいに見える。


 「まぁ、大変。目が腫れていらっしゃいます。すぐにお湯で温めた布をお持ちしますね」


 私の顔を見て、慌てたように部屋を飛び出したイングリットに蒸しタオルを当てられ、食事やお風呂など、再び至れり尽くせりのお世話をされた。

 心にぽっかり穴が開いたようで何もする気になれなかったので、こうしてされるがままでお世話をしてもらえるのは正直ありがたかった。


 「聖女様の髪は艶やかで、とても美しいですね。髪結いのし甲斐がありますわ」


 私の髪を櫛で梳かしながら、イングリットがそう言った。

 確かに、私の髪や肌は特に何の手入れもしていないのに、いつもサラサラのつるつるだ。

 顔の造形はこれといった特徴のない平凡な顔立ちだが、その点だけは密かな自慢だったりする。




 再び綺麗に飾り立てられた後、領主様から改めて話があるとのことで昨日と同じ部屋に呼び出された。


 「目覚めたばかりでまた呼び出してすまぬな。まだ気持ちの整理はこれからであろうが、今後は親子としてよろしく頼む」


 「よろしく、お願いします……」


 まさにおっしゃる通り、気持ちの整理がついていない。

 はい今日からお父さんですよと言われても、一体どうしたらいいのかわからない。


 「昨日の今日で申し訳ないが、至急話さなければならない事がいくつかある。まず、貴女の名についてだ」


 「名前……?」


 「ああ。リリーという名はあまりに平民的すぎて、貴族としては少々障りがある。貴族らしい名に改名する必要があるのだが、何か希望はあるか?」


 どうやら私は名前まで失ってしまうらしい。

 ひとつずつ自分の持っていたものが手のひらから零れ落ちていって、最後には何もなくなってしまいそうだ。


 「貴族らしい名前と言われても、どんな名前がいいのか私にはわかりません」


 「それもそうか。……では、リリアンナというのはどうだろうか? これなら愛称がリリーだから、違和感なく馴染めるのではないか?」


 特に異論はないので、領主様の提案にこくりと頷いた。


 「うむ。ではリリアンナ、これから私のことは養父(ちち)と呼ぶように」


 「わかりました。お養父様(とうさま)


 今日から私はリリアンナ。

 全くもって実感はない。


 「次にリリアンナ、其方の側近を紹介する。イングリット、アードルフ、ここへ」


 入室してから部屋の隅に控えていた二人がお養父様の座る椅子の横に並んだ。


 「この二人とは既に顔を合わせているな。これからイングリットが其方の筆頭侍女、アードルフが筆頭護衛騎士として側で仕える事になる。この二人は親子で、我が一族の傍系にあたる家の信用できる者たちだ」


 二人は親子だったらしい。

 確かに二人とも黒髪で背が高く、真面目そうな雰囲気はとても良く似ている。


 二人が私の前に跪いた。


 「改めまして、イングリット・ボーデと申します。リリアンナ様のお世話をさせて頂けること、誠に光栄に思っております。息子共々、これからよろしくお願いいたします」


 「アードルフ・ボーデです。この度は領地を救って下さり、誠にありがとうございます。騎士の名に懸けて、必ずお守りすると誓います。よろしくお願いいたします」


 兄や皆の憧れの騎士様であるアードルフが私なんかの護衛騎士だなんて、いいのだろうか……。


 「アードルフ様、昨日は伝えられなかったけど、シスターを守ってくれて、ありがとうございました。私の護衛騎士なんて、本当にいいんですか?」


 「リリアンナ。護衛騎士に対して様を付ける必要はない。今後はアードルフと呼び捨てるように。これから貴族としての立ち居振る舞いも学んでいくことになる。慣れぬとは思うが、徐々に身に着けていってくれ」


 「リリアンナ様。今回の件は是非ともと志願させて頂いたのです。貴女様の剣となることを、どうかお許し下さい」


 呼び捨て……。違和感がすごいけど、慣れるしかないんだろうな。

 アードルフの方は、昨日からもう既に切り替えていたみたいですごいなぁ。


 「聖女の側近となる事は誉なのだ。希望者は掃いて捨てるほどいるだろうが、選定は慎重に行っている。領主の娘の側近としては少なすぎるが、信頼できる者を追々任じていく予定だ。しばらくは不便をかけるが、この二人なら信頼できる上、腕も確かなので、安心して頼りにすると良い」


 「……リリアンナです。貴族の立ち居振る舞いなんてわからないことだらけですが、がんばって覚えますので、間違ったことをしていたら遠慮なく教えて下さい。私の側近になって下さってありがとうございます。これから、よろしくお願いします」


 こういう時にどう振る舞うのが正解なのかわからないが、とにかく真摯な態度を心がけてぺこりと頭を下げた。

 その私を見て、お養父様が「ふむ」と満足そうに頷いた。


 「話に聞いていた通り、年齢にそぐわぬ落ち着きぶりだな。これであれば、領主一族としての立ち居振る舞いもすぐに身につくであろう。また、今後はリリアンナのことを聖女とは明言しない方針でいく。このタイミングで私の養女となれば、其方が聖女であることは明白であるが、こちらから明言しなければしらを切ることができる」


 「しらを切る……?」


 「そうだ。其方が聖女であると公表すれば、聖女は教会の所属であるべきだと王都の教会に連れていかれたり、王子の伴侶にと王家に望まれる可能性もある。こちらも簡単に譲るつもりはないが、面倒事を避けられるに越したことはない。聖女を寄越せと言われても、そんな者はいないと突っぱねてしまえばいい。……それとも、王子と結婚したかったか?」


 ぎろりと鋭い眼光に刺され、ぶんぶんぶんと勢いよく首を横に振った。

 平民から貴族になったことだってまだ受け止めきれてないのに、王子様と結婚だなんて自分には絶対にできる気がしない。


 「それは良かった。現在、ヴァルツレーベンと王家の関係は緊張状態にある。スタンピードが起こった時、私は王家に救援を要請した。しかし奴らは我が身可愛さにこの辺境を見捨てた。普段は税を徴収し偉そうにしておいて臣下の窮地に手を差し伸べぬ、義のかけらもない不心得者達に、其方の恩恵にあずかる価値などない」


 お養父様のオーラがとんでもないことになっている。

 元々歴戦の猛者のような風格があるので、怒るととても怖い。

 国の上に立つ者として不義理をした王家に、相当お怒りらしい。

 でも、それなら……


 「独立してしまえばいいんじゃないですか?」


 「なんだと?」


 「王様は土地を与え困った時は助ける、臣下は税を納め忠義を尽くす。王様と臣下というのはそういう関係のはずです。先に約束を破ったのは王様の方なので、こちらが税を納める必要も忠義を尽くす必要もないと思います」


 封建制度とはそういうものだと、前世の世界史の授業で習った記憶がある。


 私の言葉に、お養父様はぽかんと口を開けたまま固まっていた。

 つい思ったことを考えなしに口に出してしまったが、そんなに簡単な問題ではないのかもしれない。

 余計な事を言ってしまったことを謝ろうと口を開く前に「ふっ」と思わず息を漏らしてしまったような音が聞こえた。


 「はーっはっはっはっはっはっはっ!!!」


 先程まで怒っていたお養父様が今度は突然大口を開けて豪快に笑い出した。

 わけがわからなくて目を白黒させてしまう。


 「確かに、其方の言うとおりだな。我が領には其方の加護がある故、王家の庇護はもはや不要。これからどうしたものかと思っておったが、存外簡単な問題だったらしい。我が娘となった人物は、大人しそうに見えて中々豪胆な気質を持っていたのだな。私は其方という娘を得られたこと、非常に嬉しく思うぞ!」


 何がツボに入ったのか、目尻に涙までにじませながら可笑しそうに笑っている。


 「決めたぞ。我がヴァルツレーベン辺境伯領は国から独立する。王家は勿論引き止めてくるであろうが、負い目があるのはあちら側なのだ。独立を認めないというならば、こちらに有利な条件を山と呑ませてやろう」


 お養父様はそう言って獲物を見つけた肉食獣を思わせる獰猛な笑みを見せた。

 そんな、領地の重大決定を小娘の思い付きの言葉ひとつで決めてしまってもいいものなのだろうかとは思ったが、獲物を前に舌なめずりする肉食獣に口を挟む勇気は、私のような小動物にはないのだった。


 「そういえば、知っているか? 竜を倒したところを見た者たちが、其方の事を『雷鳴の聖女』と呼び始めているらしい。格好良いではないか。良かったな」


 にこにこと上機嫌で教えてくれたが、聞き捨てならない。

 雷鳴の聖女? 私が?

 一体どうしてそんなことに。


 「代々の聖女には、それぞれ神より貸し与えられた権能から二つ名が付けられるそうだ。過去には疾風の聖女や氷刃の聖女、剛腕の聖女などがいたと聞く」


 ……それは本当に聖女の二つ名なんだろうか。

 聖女っていうならもっとこう、慈愛の~とか、癒しの~とか、ふんわり優しそうな感じではないのか。

 まるで勇者にでもつけるようないかつい二つ名ばかりで、聖女のイメージがガラガラと崩れていく。


 どうやら私は、今日から「雷鳴の聖女リリアンナ」になってしまったらしい。

 一体誰なんだそれは。


 全く自分の事とは思えず遠い目になった。




 話タイトル回収。


 独立の件ですが、リリーも思った通りそんな簡単な話でもありません。デメリットもあります。

 ただ、様々な条件を総合的に見た結果、独立するのは悪くない、と領主様は判断したようです。

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