54. 領主様と面会
お待たせいたしました。第四章スキルアップ編の開始です。
目が覚めると、見覚えのない豪華な部屋にいた。
カーテンや壁紙、その他部屋に置いてある全てが凝ったデザインの高価そうな物ばかりで、見たことはないけれど、貴族の部屋というのは多分こんな感じなんじゃないかと思う。
私はこれまた豪華で大きなベッドに寝かされていて、枕元でミルが丸くなって寝息を立てていた。
ハーリアルのリボンが畳んだ前脚の下敷きになっていたので、もしかしたらミルが拾ってきてくれたのかもしれない。
リボンをそっと取ると、ミルが目を覚ましたので小さく「ありがとう」と伝えると、「みぃ」と眠そうな返事が返ってきて、また眠り始めた。
豪華な部屋というのは天井まで豪華なのだなぁと、美しい天井の模様を見上げながら「知らない天井だ」とどこかで聞いたような台詞が頭に浮かんだ。
ここは一体どこだろう?
最後の記憶は、魔力切れを起こしてミルの背中から落ちてしまったところまでだ。
こうして五体満足で生きているという事は、地面に激突は免れたのだろう。
ミルが助けてくれたのかな。
とりあえず体を起こそうともぞもぞ動くと、ドアが開き、落ち着いた色合いのドレスを着た女の人が入ってきた。
「聖女様! 目を覚まされたのですね! どこか具合の悪いところはございませんか?」
聖女様……?
それは絶対に私じゃないと思うのだが、がっつり私に向かって言っているし、一応ふるふると首を横に振って応えた。
「お腹は空いていらっしゃいませんか?」
そう聞かれると、返事をするようにお腹がくぅと音を立てた。
恥ずかしくなってお腹を押さえると、女の人はくすっと優しそうに笑った。
「丸一日意識を失っていらっしゃったのですもの。無理もございません。すぐに何か消化に良いものをお持ちいたしますね」
なんと、丸一日も眠っていたらしい。
言われてみれば体はカチコチだし、寝すぎて頭がずーんと重い。
踵を返して部屋を出ようとする女の人を慌てて引き留めてせめてこれだけは、と尋ねる。
「あ、あの! ここはどこですか?」
女の人は驚いたように振り向き、戻ってきてベッドの脇に膝をついた。
質の良さそうな生地のドレスが汚れてしまわないかハラハラするが、彼女はそんなことお構いなしに私に目線を合わせて安心させるように穏やかな口調で話し始めた。
「説明が足りず、大変失礼いたしました。ここはヴァルツレーベン城の客室でございます。気を失われた聖女様を、僭越ながらこちらでお世話させていただいておりました。わたくしはイングリットと申します。聖女様、この街を救っていただきありがとうございます。聖女様が竜を倒してくださったおかげで、わたくし達は今もこうして生きていられるのです」
そう言うとイングリットさんはその場で深く頭を下げた。
聖女様というのは私のことで間違いなかったらしい。
たしかに竜を倒したのは私かもしれないけど、それで聖女と呼ばれるのはどうなんだろう。
この場合、竜殺しとかドラゴンスレイヤーとか、そういういかつい二つ名がつきそうなものなのに。
その後、部屋に運んでもらった食事を頂いて、メイドさんにお世話をされながら湯あみをし、綺麗なドレスを着せられて全てが至れり尽くせりの大歓待であった。
ちなみに、ヘアセットまでしていただいたのだが、髪飾りだけはハーリアルのリボンを使ってほしいと無理を言ってつけてもらった。
お世話をして下さる皆さん共に「聖女様」とキラキラした目で感謝してくれるので、ありがたいのだが居たたまれない。
一体いつ家に帰れるのだろうと思いながらされるがままになっていると、この城の主、つまりは領主様から話があるとの事で応接室に案内された。
部屋の中にいたのは数人の騎士とがっしりとした体格の美丈夫だった。
短く刈り込んだ赤銅色の髪に日に焼けた肌、鍛え抜かれた体躯は領主というより歴戦の猛者といった感じだが、身につけている服装の豪華さからいってこの人が領主様なのだろう。
……この人、城門の前で会った人だよね?
ユーリはこの人のことを父上と呼んでいたのではなかったか。
……。
ユーリって、領主の息子さんだったの!?
ってことはレオンも!?
驚いて目を丸くしていると、領主様が私の前にやってきて跪いた。
周りの騎士達も後ろで同じく跪く。
「聖女よ。此度は我が領地の危機を救って頂き、全ての領民を代表して、領主である私から感謝申し上げる。厄災の魔物である竜が現れたというのに大きな被害がなかったのは、全て貴女のお陰だ」
とても偉い方に頭を下げられてしまい、どうして良いかわからずわたわたしていると、そんな私の様子を見てくすりと笑った領主様がソファに座るよう促してくれた。
「聖女はどうやら畏まった場は好まれないようだ。大恩ある聖女に対して不敬などと言い出す者はおらぬので、どうか楽にしてほしい」
そんな風に言われても、貴族に囲まれたこの状況で楽にできるはずもなかったが、淹れてもらったお茶にちび、と口をつけ落ち着いたふりをした。
わ、桃のフレーバーティーだ。美味しい……。
「私はディートハルト・フォン・ヴァルツレーベン。このヴァルツレーベン辺境伯領の領主だ」
領主様はとても威圧感のある外見をしているが、優しく穏やかに話してくれているので怖さは感じなかった。
「リリーです。あの……ユーリのお父さん、ですか?」
「そうだ。竜を倒してくれたこともそうだが、ユリウスのことでも感謝している。ユリウスは、貴女と出会ってからとても明るくなった。それから長男のレオンハルトは、いつも楽しそうに貴女への土産を選んでいたよ。妻のブリュンヒルデもハーリアルレースによって派閥の強化ができたと喜んでいた。そのレース事業によって、領地の財政も潤った。おそらく貴女が思っている以上に貴女が私の家族や領地に与えてくれた影響は大きい。貴女が現れてから、物事が全て良い方向へと向かっている。貴女は、ヴァルツレーベン、そして私にとっての救いの聖女だ」
待って。
今「妻のブリュンヒルデ」って言った?
つまり、ブリュンヒルデ様はユーリのお母さんってこと?
……似ているわけだ。
今思えば、デニスさん達も知ってるっぽかった。
名前もユーリじゃなくて本当はユリウスというみたいだし。
なんで誰も教えてくれなかったの。
身近な人達の真の素性を急に次々と知らされ、自分だけ仲間はずれにされていたような気がして少し面白くない。
……ふん、もうこの後何がきても絶対驚くもんか。
というか、領主様になんだかものすごく感謝されている。
ユーリが元気になったのはそうなったらいいなとは思っていたけど本人が頑張ったからだし、派閥や財政の件に至っては、結果的にそうなっただけで狙ってやったわけではない。
このお城で一番偉い人に頭を下げさせていることが申し訳なさすぎる。
「あの、私がやりたくてやった事なので、気にしないでください。あと、私は聖女じゃないので……」
「いや、貴女は聖女だよ」
居たたまれないので聖女呼びをやめてもらおうと思ったら、思いの外強く否定されてしまった。
「感謝を伝えたかったというのも本当だが、今日はその辺りのことを説明したくてこの場を設けさせてもらったのだ」
それから、聖女という存在についての説明が始まった。
曰く、聖女とは神に最も近い存在である。
空を駆ける白い獣、神獣を使役し、神から与えられた人外の力を振るい、人々の平和と繁栄に寄与してきた。
聖女は一代に一人であり、神獣に選ばれることで聖女となる。
最初の聖女が女性だった為形式的に聖女と呼ばれるが、男性でも聖女に選ばれることはあったらしい。
確認されている最後の聖女がいたのが千年以上前で、その時期に国中で大きな災害があり、詳しい記録はほとんど残っておらず、本当にいたかどうかも不明の伝説の存在であるそうだ。
「でも、それじゃあ私が聖女かどうかなんてわからないんじゃ……」
「貴女が竜を倒した時に操っていた緑の雷は、伝承に残っている神の権能であるケラウノスに違いない。貴女は一体どこであの力を手に入れたのだ?」
それを説明するにはハーリアルのことを話さなければならない。
彼は私やミルが良からぬことを考える人に利用されることを心配していたけれど、目の前にいるこの人なら、きっとそんなことにはならないだろうと思い、口を開いた。
「森の主のハーリアル様という人に貰ったんです。ここにいるミルはハーリアル様の眷属で、私はその契約者なのだと教えてもらいました。眷属の契約者になった人の願いを一つ叶える事にしているから欲しいものはないか聞かれて、誘拐されたばかりだったので身を守る物が欲しいと伝えました。このリボンは普段は悪意のある攻撃を跳ね返してくれるというので常に身につけるようにしていたんですけど、魔力を込めれば攻撃にもなると言われたのを思い出したのでそれで……」
「…………」
ハーリアルのリボンを貰った経緯について話していたのだが、領主様の眉間にどんどんしわが寄っていき、ついには額を押さえて俯いてしまった。
な、なにかまずいことを言っただろうか。
領主様は「はぁ~~~~~」と大きく息を吐き、顔を上げた。
なんだかどこかで見たことがあるような反応だ。
「……神獣のことを眷属と言い、ケラウノスを貴女に授けた者がいるというなら…………それは神だ」
「えっ?」
…………。
頭の中で全身真っ白の超絶美麗なハーリアルが、傾国の微笑でテッテレーのBGMと共に「ドッキリ大成功!」と書かれた看板を掲げている。
この世界、神様って本当にいたんだぁ……。
先程もう驚かないと決めたばかりなのに、早速その決意を破ってしまった。
「そもそも、どこで神と出会ったのだ?」
領主様に尋ねられ、ハーリアルとの出会いを説明した。
一通り話し終えると、領主様は脱力したようにソファに沈んでいた。
「……よもやこの街のすぐ隣の森に神が住んでいようとは。神のご近所さんだと、喜ぶべきであろうか」
遠い目をしながら、厳めしい顔に似合わず冗談なのかわからない事を言う領主様に笑って良いのかわからず、「ハーリアル様のおうちは、キラキラしてすごくきれいなところでしたよ」とだけ伝えると、さらに深くソファに沈み込んでしまった。
「護衛が一度貴女を見失ったことがあったが、神獣に乗って神の庭に行っていたのか……」
「私に護衛がついていたんですか?」
「ああ。まだ聖女かもしれないという可能性の段階で、表立って守るわけにもいかず、陰から騎士に護衛させていたのだ」
「そうだったんですか……。誘拐されたのも、私が聖女だからですか?」
「そのことについても説明しなければならないが、まずは会わせたい者がいる」
領主様が近く騎士に目配せすると、騎士は一度退室し、すぐに戻ってきた。
騎士と共に部屋に入ってきたのは、私のよく知る人物だった。
今日から第四章終了まではまた毎日更新の予定です。
よろしくお願いいたします。




