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51. 人生は、何が起こるかわからない

 ※残酷な描写あり

 「兄上!」


 あ、兄上……?

 兄上ってあの、すごい天才でなんでもできちゃうっていう例の?

 え? レオンってユーリのお兄さんだったの?


 もう何が何だかわからないよ!


 「間に合って良かった。今、街の中に魔獣が次々と入ってきて暴れている。ここは危険だ。君達は急いで城に逃げるんだよ」


 「あ、兄上は……?」


 「俺は街に侵入した魔獣を討伐して回る。アロイス、二人を頼んだよ」


 「はっ!」


 レオンの言葉にアロイスと呼ばれた騎士様がユーリを抱き上げた。


 「失礼いたします」


 私の方もどこからともなく現れた男の人に突然抱き上げられた。


 「私は貴女の護衛です。すぐに安全な所へお連れします」


 私の護衛? この人も騎士様? どういうこと?


 「皆の者、慌てるな! 街に入った魔獣は騎士が討伐する! 皆は家や近くの建物内に速やかに移動し、しばらく音を立てずに大人しくしているように!」


 レオンは声を張り上げ、逃げ惑う民にきりりと指示を出している。

 いつもの軽いノリと打って変わって、人の上に立つ威厳のようなものを感じる。

 チャラいだけじゃなくこんな顔もできたのか……。


 「炎の剣……魔剣レーヴァテインだ!」


 「レオンハルト様!」


 「ありがとうございます、レオンハルト様!」


 どうやらレオンは有名人なのか、皆がレオンハルトと呼んでいる。

 それまで逃げ惑っていた人々は、レオンをまるで救世主のように憧憬の眼差しで見つめ、指示に大人しく従っていた。


 それを横目に、私達を抱いた騎士たちは猛然と走り出した。

 本当に人が走っているとは思えないほど凄いスピードである。

 足元を見ると、走る騎士様の横にぴったりとミルが並走している。


 ビュンビュンと猛スピードで通り過ぎる景色の中、逃げ遅れた人が魔物に襲われている姿が目に入った。

 人々を逃がすために光る剣をもって戦っている騎士様の姿もある。


 一体、何が起こっているの……?


 「これほどの数の魔物が一斉に街になだれ込んで来るなど、ありえない! スタンピードか!? 嘘だろう、こんな時に……!」


 ユーリの護衛の騎士様がそんな風に叫んだが、決して速度は緩めない。


 血まみれで倒れている人が目に入り、ヒッと息をのんだ。


 「見るな」


 私の護衛だという人は、私の顔を胸に押し付けるようにして周りを見えないようにし、さらにスピードを上げた。


 目を瞑っていても、人々の悲鳴や魔物の咆哮が聞こえてくる。


 怖い、怖い、怖い……。


 訳も分からず、震えながら護衛の人に身を任せ、目と耳を塞ぐことしかできなかった。




 押さえつけられていた頭を離され、目を開けると、もう城のすぐ近くまで来ていた。この辺りにはまだ魔物は来ていないようだ。


 城門に差し掛かった時、鎧で武装した騎士の一団がちょうど中から出てくるところだった。


 先頭で馬に騎乗した一際体の大きな司令官のような人物が私達に目を止め、馬を降りて近付いてきた。

 その人は兜を外すと、地面に降ろされたユーリの前に膝をついた。


 「ユリウス、無事だったか」


 「父上……」


 今度はお父さんが出てきた。

 もう本当にわけがわからないが、ユーリもレオンも私が思っていたよりもずっとすごい人だったということはわかった。


 「街の結界が壊れたこのタイミングでスタンピードが発生し、街に魔物の大群が押し寄せてきている。緊急連絡で王都に救援を要請したが『辺境の事は辺境で何とかするように』とのことだ。どうやら王家は辺境の民を見捨てるつもりらしい」


 「そんな……」


 「これより騎士団総出で討伐にあたり、私も指揮官として出る。既にレオンハルトは先に行っている。お前は母と共に城で待っていろ」


 「父上……」


 ユーリのお父さんが一度ユーリを軽く抱きしめてから、決意の宿った表情で立ち上がる。


 え、これ、死亡フラグじゃないよね……?

 大丈夫なんだよね?


 「北の空を見ろ!」


 突如、騎士の一人から鋭い声が上がった。


 北のハーリアルの森のある方角を見ると、何か黒い鳥のような影がこちらに向かって飛んできているのが見えた。


 「竜だ……!」


 「嘘だろう!?」


 「ここ三十年程は目撃情報などなかったというのに、なぜ今この時なのだ……!」


 騎士達が騒然としている間にも黒い影が近付いてきて、私の目にも竜の姿が見えるようになってきた。

 長い首に大きな翼を持ち、黒い鱗の爬虫類のような見た目は絵本の挿絵に書いてあった竜そのもののような姿だった。


 この世界に竜が実在すると知って、カインに竜とはどういうものなのか尋ねてみたことがある。

 竜はそもそもの個体数が少なく伝説レベルの存在で、一説では街一つを一瞬で滅ぼしたこともある程圧倒的な存在らしい。

 手の届かない空からブレスを吐かれたら為す術もなく、地に降りたとしても鱗は非常に硬く騎士の魔法剣といえども傷ひとつつける事さえ容易いことではない。

 竜という脅威に対する策が人間にはないに等しく、災害のようなものなのだそうだ。


 地平線の方から徐々に近付いてくる人類の脅威……まるで特撮映画のワンシーンのようで現実感がない。

 どこか他人事のように呆然と空を見上げていると、ドサッと騎士が膝をつく音が聞こえた。


 「もう駄目だ……。この街は終わりだ……」


 「神よ、一体どうしたら……」


 普段、平民達から絶大な憧れと信頼を寄せられている騎士達が皆絶望の表情を浮かべ、成すすべなく立ち尽くしている。


 皆ここで死んでしまうのだろうか?

 私の人生、ここで終わりなの……?




 ――そいつをくらえば竜とてひとたまりもない。




 不意に、ハーリアルの言葉が脳裏をよぎった。


 そうだ、一撃必殺の奥の手!


 そういえば、ハーリアルから貰ったリボンに魔力を全力で込めれば竜も倒せる攻撃になると言っていた。

 最後の手段だと言われたが、今こそそのカードを切る時ではないだろうか。


 この街には私の大好きな人たちがいるのだ。

 レース事業だってようやく軌道に乗ってきたところだったのに、こんなところで台無しになんかさせられない。


 「ミル! 行こう!」


 「みー!」


 ミルに声を掛けると、それだけで理解したように成獣化し、乗りやすいように私の前に伏せた。


 突然大きくなったミルを皆が驚愕の表情で見ているが、今は説明している時間がない。

 奥の手を使えば地面に大穴が開くそうなので、竜が街に入る前に使わなければいけないのだ。

 急いでミルに跨り、宙を駆け上がる。


 「リリー! 待って!」


 ユーリの引き留める声が聞こえ、一旦空中で停止する。


 「ちょっと待ってて、ユーリ。今竜をやっつけてくるから」


 それだけ伝えて、竜に向かって全速力で飛んでいく。

 言わなくても私の意思通りに動いてくれる、ミルは本当にいい子だ。


 竜と戦うことなんて絶対にないと思っていたのに、人生とは、わからないものである。

 こんなことなら、怖がらないで奥の手を試しに一度は使っておくんだった。


 過去を悔いていてもしょうがないので、怖いけれどぶっつけ本番でなんとかやってみるしかない。




 街と森の境の上空、竜の手前で停止し、頭から引き抜いたリボンを両手で握って思いっきり魔力をこめた。


 バチッ


 バチバチバチバチッ


 「わ、わ、わ」


 リボンは魔力をこめるや否や、バチバチと帯電したように火花が散り、その形を変え、大きな三叉(みつまた)の槍になった。

 槍はごてごてと装飾のたくさんついた金属製に見えるが、不思議と重さは全く感じない。



 晴天だったはずの空には暗雲が立ち込め、雷がゴロゴロと鳴っている。



 その間にも槍はぐんぐん魔力を吸い、バチバチと緑色の雷を帯びたように光っている。

 痛くはないけれど、こんなに目の前でバチバチしているのはちょっと怖い。


 「うわ、わ」


 これ、大丈夫なの!?

 全力で魔力は込めてるけど、一体いつまで!?

 これで竜に攻撃するんだよね?

 私の非力な腕で投げて竜に届くかなぁ!?


 どんどんと大きくなっていく雷のバチバチに怖くなって大混乱していると、一瞬槍が緑色にふわっと光り魔力が飽和したことが分かった。

 今だ。


 「えいっ」


 自分なりに力をこめてえいやっと槍を投げると、槍は吸い込まれるように竜目掛けて一直線に飛んでいき、ぷすっと眉間に突き刺さった。


 私が持つととても大きく感じたのに、竜に刺さった槍はまるで爪楊枝のように小さく見えるな、などとどうでもいいことを考えた瞬間、




 ドカーーーーーーーーーーーーーーーン




 とんでもなく大きな雷が竜に落ち、鼓膜が破れるかと思うほどの轟音が鳴り響いた。


 あまりの眩しさに瞑っていた目を開くと、竜は跡形もなくなり、真下の森には大きなクレーターのようなものが出来上がっていた。


 「うわぁ……」


 大穴が空くというのはこういうことだったのか。

 人類の脅威を一撃で塵にしてしまった奥の手のあまりの威力にビビり散らかしながらクレーターを見下ろしていると、すうっと体から力が抜けていくのを感じた。


 「あれ?」


 徐々に体が(かし)いでいく。

 そういえば、使った後は倒れると、言って、いた、ような……


 体を支えることができずミルの背から滑り落ちてしまうが、襲ってくる眠気にどうすることもできず、森に向かって落ちていく中で意識がブラックアウトした。







 お読みいただきありがとうございます。

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