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50. 空が割れた日

 今やハーリアルレースは飛ぶ鳥を落とす勢いで売れているが、更なるバリエーションの増加のために、レースに使う糸の研究も並行して行う話が持ち上がった。


 糸工房と協力して他の魔物の素材を試してみたり、魔蚕の糸と違う素材を組み合わせて、違った質感だったりより低価格の糸ができないか模索していくことになる。

 今までも靴下のつま先等に使われる綿混の糸はあったのだが、よりレースに適した割合や組み合わせを探したい。

 最高級のハーリアルレースは無理でも、ちょっとしたプレゼントだったりおめかし用のレースのハンカチや付け襟など、平民でも手の届く安価なラインができたらいいなと思っている。


 今日は糸工房の人と糸問屋のホラーツさん、レース職人のリラ、そして商会からユーリと私で糸の研究に関する打ち合わせをしてきたところだ。


 「デニスさんてかっこいいわよね。落ち着いてて、仕事ができて、紳士的だし。古参の従業員に聞いたんだけど、ずいぶん前に奥さんが亡くなっちゃってずっと独身なんだって。恋人がいないなら、私が立候補してもいいと思わない?」


 糸工房の方で行われた打ち合わせが終わって、少し休憩してから帰ろうとリラとユーリと私の年の近い三人組で屋台の飲み物を買ってベンチに腰を下ろしたのだが、なぜか急に恋バナが始まってしまった。

 私は前世を含めて恋愛経験が皆無なので恋バナなんて初めての経験である。

 しかも相手はデニスさん。恋バナ初心者にはハードルが高すぎて、なんて返したらいいのかわからない。


 「君、男は嫌いとか言ってなかった?」


 「うるさくて乱暴な子供っぽい男の子は嫌いって言ったのよ。その点、デニスさんは優しいし大人の振る舞いが身についてて、まさにあたしの理想のタイプなの!」


 「大人の振る舞いって、大人なんだから当たり前じゃん。おじさんが君みたいな子供を相手にするとは思えないんだけど」


 「あたしだって、今すぐどうこうとは考えてないわ。でも、大人になるのなんてあっという間なんだから! 今から自分を磨いて数年後にはマダムみたいな素敵な女性になって彼にアタックしてみせるわ」


 リラは自分からアタックする肉食系女子らしい。

 私の友達は、恋愛においてもかっこいい。


 リラを尊敬の目で見ていると、ユーリが私をじっと見つめているのに気が付いた。


 「どうしたの?」


 「リリーは?」


 「え?」


 「リリーの理想のタイプは?」


 「あたしも知りたい! リリーはどんな男の人が好きなの?」


 恋愛経験ナシの私には難問過ぎる質問がきてしまった。

 でも、せっかく話が盛り上がっている(?)のに、空気の読めない返事をして場をしらけさせたくない。

 両側から興味津々にじっと見つめられ、おずおずと口を開いた。


 「えっと、お兄ちゃんみたいな人、かなぁ……?」


 「お兄ちゃんみたいな人って、リリーはまだまだお子様ねぇ。ていうか、リリーのお兄さんって、ちょっと怖くない? あたし初対面で睨まれたんだけど」


 「え、お、お兄ちゃんは優しいよ。ちょっと過保護なだけで……」


 「そのお兄さんの、どんなところが好きなの?」


 無理矢理絞り出した回答は残念ながらお子様認定されてしまったが、それよりもカインが初対面で睨んでくる怖い人という認識だったことにショックをうけて弁明しようとすると、ユーリから更に質問が飛んできた。

 会話の中でユーリがこんなにぐいぐい聞いてくるのも珍しい。


 「お兄ちゃんは、すごくがんばり屋さんで、騎士学校の時間以外でも剣の練習を毎日がんばってるし、私のこともいつも気遣ってくれて言わなくても私の気持ちをわかってくれるよ。あと、よくぎゅってして『大好きだよ』って言ってくれる」


 ここぞとばかりにカインのいいところを挙げていくと、ユーリは何かを考えこむように黙ってしまった。


 「平民出身の騎士見習いで将来有望、気遣いもできて愛情表現も欠かさない……。そうやって聞くと、超優良物件ね。あたしの好みじゃないけど。あんたのお兄さん、モテるんじゃない?」


 「うん、ものすごく……」


 カインを狙って近付いてくる女の子達のギラついた様子を思い出し、遠い目になってしまう。

 リラは何かを察したのか「あんたも色々大変なのね」と背中を摩ってくれた。


 飲み物も飲み終わり、そろそろ戻ろうと立ち上がった。

 「じゃあ、またねー!」と元気よく工房の方へ走っていくリラを見送り、さて私達も商会に戻ろうかといったところで、なぜかユーリがその場から動かない。


 「ユーリ? どうしたの?」


 ユーリの顔を覗き込み声をかけると、突然ぎゅうと抱きしめられた。

 え、な、何!?


 「好きだよ、リリー」


 唐突に告白された。


 「あらあら、可愛らしいカップルね。うふふ」と道行く人々に微笑ましいものを見るような目で見られている。

 わけがわからずそのまま数秒固まっていると、しばらくして体を離したユーリは「これでよし」という風になんだか一人納得したような顔をしている。


 「えっと……ユーリ?」


 ユーリはこてんと首をかしげて「こういうの、好きなんでしょ?」と聞いてくる。

 どうやら先程の兄の話を聞いて、同じことを実践してみたらしい。

 ユーリがあまりにも飄々とこういうことをするのが意外だったのと、素直な好意が嬉しくて思わず吹き出してしまった。


 「ふっ、ふふっ、ありがとうユーリ。私も大好きだよ。お友達になってくれて、本当にありがとう」


 「笑った……」


 「え?」


 「リリーが笑った顔、初めて見た」


 無表情がデフォの私だが、今はどうやら自然に笑えていたらしい。

 ぐにぐにとほっぺをこねてみるが、自分ではあまりよくわからなかった。


 「まぁ、珍しいものも見れたし、今はそれでいいや。これからがんばるから」


 「?」


 ユーリはよくわからないことを呟いて、また一人で納得している。


 「もういいから。ほら、帰るよ」


 そう言って私の手を引き歩きだした。






 「ユーリは、やりたいこと見つかった?」


 「目標はできたけど、まだ秘密」


 手を繋いで商会への道を歩きながら、ずっと聞いてみたかったことを聞いてみると、そんな返事が返ってきた。

 それ以上は教えてもらえなかったが、いつか教えてもらえたらいいななどと考えていると、「ピシッ」と何かがひび割れるような音が上の方から聞こえてきた。


 「ん?」


 何だろうと上を見上げると、何もない空にひび割れのような線が走っている。


 「見ろ! 空が!」


 周りを見渡すと、皆驚いたように空を見上げている。




 パリーーーーーーーーーーーーン




 突如大きな音が鳴り響き、空を覆っていた透明な何かが壊れたように見えた。

 ガラスの欠片のようなものが降ってくるかと身構えたのだが、不思議なことに空からは何も落ちてこなかった。


 何が起こっているのか分からず呆然としていると、周りの人たちがざわざわと慌て始めた。


 「まずい、街の結界が壊れちまった! 逃げるぞ!」


 「逃げるってどこに!? 結界がないんじゃ安全なところなんてないわよ!」


 「まさか、街の結界まで壊れるなんて……」


 慌てふためく人々の言葉からすると、どうやらこの街を守っていた結界が壊れてしまったらしい。

 さっきのが、噂の結界だったのか……。


 「そんな、村単位の小さな結界はまだしも、街を守る結界が壊れるなんて、ありえない……」


 ユーリも信じられないといったように目を丸くしていた。


 「ユリウス様!」


 どこからか走り寄ってきた男の人が、突然ユーリの前に跪いた。


 「失礼いたします。ご覧になった通り街の結界が崩壊いたしました。緊急事態です。至急、城の方に避難をお願い致します。もちろん、リリー嬢もご一緒に」


 よく見たらこの人、地味な服装をしているけど誘拐された時に探しに来てくれた騎士様だ。


 え、ユリウス様? 城に避難? なんで騎士様がここに?



 グウォォォォォン



 状況がわからなくて頭にハテナマークを飛ばしていると、何か大きな生き物の鳴き声のようなものが鳴り響いた。


 その直後、「きゃぁぁぁ!」と悲鳴があちこちから聞こえ始めた。


 「お下がり下さい!」


 騎士様の背に庇われ、鳴き声がした方を見ると、大きな狼のような何かが数匹、非常に殺気だった様子で、きょろきょろと辺りを見まわし何かを探しているようだった。


 「魔狼だと!? 馬鹿な! いくら結界が壊れたからといって、このような街中に、いくらなんでも早すぎる!」


 突如現れた魔物によって街は阿鼻叫喚と化し、人々が悲鳴を上げて逃げ惑っている。

 近くにいた人間に襲い掛かり、噛みつこうとしていた魔狼がふと何かに気付いたように顔を上げ、こちらを見た。

 血のように真っ赤な瞳と目が合ったような気がして、体が硬直する。



 魔狼はグウォォンと大きく吠えたかと思うと、物凄いスピードでこちらに向かって駆けてくる。


 騎士様が応戦しようと剣を抜いた。


 足が竦んで動けない。

 

 隣にいたユーリに力一杯抱きしめられた。


 向かってくる魔狼の動きが何故かスローモーションのように感じる。



 魔狼が私達に襲い掛かろうと目の前で跳躍したその時、



 その体が炎に包まれた。



 「え」


 断末魔をあげることもなく、一瞬で炭になった魔狼がボトッと地面に落ちた。


 「大丈夫かい? ユーリ、リリー、ミル」


まるでなんてことのないように軽い調子で現れたのは、炎を纏った剣を携えたレオンだった。






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