49. 星空色のドレス
それからリラは注文通りの、いやそれ以上のレースを完成させるべくひたすらレースを編み続けた。
すぐに食事や睡眠を抜こうとするリラに適度に休息を取らせるのが私の仕事だ。
レースができてくると、マダムデボラとのやり取りも増え、マダムの工房にリラが直接レースを持って足を運び、ドレスにレースを縫い付ける作業をさせてもらったりしていたようだ。
マダムはリラの事をかなり買ってくれているようで、違う工房の所属ながら、ドレスの作成に関しても教えてくれたりしているらしい。
「リラがタイガーリリー商会の工房所属であることが残念でならないわ。うちの工房であれば、あたくしが手塩にかけて一流のデザイナーに育て上げることもできたというのに。工房を移りたくなったらいつでも言ってちょうだいね。歓迎するわ」
などと直接の勧誘があったようで、リラが浮かれていた。
今リラに抜けられてしまうとうちのレース事業が破綻してしまうので非常に困るのだが、「貴族のドレスを作る」というリラの夢にはマダムデボラの工房は最高の環境と言える。
マダムの工房に移りたいかとリラに聞くと、返ってきたのはとても漢らしい答えだった。
「移らないわよ? 最初にあたしを見つけて、力になってくれたのはリリーだもの。その恩をまだ全然返せていないのに、そんな不義理できるわけがないじゃない。確かにマダムの工房は魅力的だけど、あたしはあたしの力で一流のデザイナーになって、この工房をマダムの工房に負けないくらいのすっごい工房にしてみせるんだから見てなさいよ!」
やばい、私の友達が最高にかっこいい。
そう宣言したリラは、有言実行と言わんばかりに隙あらばマダムの工房に足を運び、職人さん達の背中からできるだけ多くのものを学ぼうと目をギラギラさせているらしい。
リラのやる気に触発されて、マダムの工房の職人さんたちにも良い刺激になっているようだとマダムが言っていた。
まだしばらくはハーリアルレースはうちの工房の専売にしておきたいので、レースの製法を漏らさないようにリラには厳命してある。
ただ、ハーリアルレースが名産品となれるまで育ち、領地の一大産業にするとなれば、さすがに一つの工房だけでは賄いきれないので、製法も広く公開していく予定で調整している。
マダムの工房では、その時を心待ちにしているらしい。
それもあって、リラにも技術を秘匿するようなことはせず、快く見せてくれる人が多いとの事だ。
うちの工房でドレスを作れるようになるのも、そう遠くない未来なのかもしれない。
そして、ついに関係者が総力を挙げて制作したドレスが完成した。
完成の連絡を受け、マダムの店で見せてもらったドレスはとても見事な出来だった。
夜空のような深い紺色のドレスで、前身頃の中心部分に大胆にハーリアルレースが貼られていて、レースの光沢のある白と紺のコントラストでハーリアルレースの繊細な模様がよく映えている。
首元や生地の切り替え部分、袖口にも金に近い色に染められた魔蚕の糸を使ったレースがついていて、所々に小さな宝石が縫い付けられ、上品かつ華やかな仕上がりになっていた。
ブリュンヒルデ様にものすごく似合いそうである。
レースが光の角度によってキラキラと七色に光るので、宝石の輝きも相まってまるで星空のようだ。
このドレスを着てシャンデリアの明かりの下でダンスを踊ったりしたら、とてもきれいだろうなと思った。
このドレスは形としては、マダムの店がうちの商会からレースを買い取り、完成したドレスをブリュンヒルデがマダムの店から購入することになる。
残念ながら私は実際にブリュンヒルデがこのドレスを着たところを見ることはできなかったのだが、リラはどうしてもとマダムに頼み込んで、黙って後ろについているだけと約束して、夜会の当日、着付けに同行させてもらっていた。
リラの話だと、ドレスを身に着け、ヘアメイクやアクセサリーで完璧に着飾ったブリュンヒルデ様は、それはそれは美しかったそうだ。
一部分とはいえ、少し前までは夢のまた夢だった貴族のドレスを作り、実際に着ているところを目にすることができて、思わず涙がこぼれてしまったと言っていた。
良かったね、リラ。
それにしても、着飾ったブリュンヒルデの姿は私も見てみたかった。
下町お出かけ用のシンプルなドレスでもオーラがあったのに、夜会の為にフル装備した彼女は絶対に美しいに決まっている。
噂によると、城で行われた夜会に姿を現したブリュンヒルデは、見慣れぬデザインの星空のようなドレスを着こなし、堂々と振る舞う様子が夜の女王の如く、美しさでその日の主役をかっさらっていたそうだ。
ブリュンヒルデは次から次に参加者たちからドレスやレースに関して聞かれ、その際にタイガーリリー商会の名前を出してくれたようで、夜会の次の日から、商会にハーリアルレースに関する問い合わせが殺到した。
初動としては、大大大成功である。
今後の方針としては、毎度今回のドレスのようにオーダーメイドというわけにはいかないので、既製品のレースを買い取ってもらい、各自のお抱えの工房でドレス等につけて頂く形となる。
顧客に関しても、まだ職人が育っておらず数が多くは作れないので、しばらくはブリュンヒルデの紹介状を持つ貴族のみに販売することになった。
貴族対応に不慣れな私達にとって、彼女の知り合いで力が及ぶ貴族であればまだ安心だし、自身の派閥を強化したいブリュンヒルデにもメリットがあるので、広告塔となってくれたお礼にもなるそうだ。
例の夜会から数か月。
現在、辺境伯領の社交界では、ハーリアルレースが爆発的に大流行している。
貴族の婦女子たちはハーリアルレースを買うために、ブリュンヒルデの紹介状を手に入れようと躍起になっているらしい。
おかげで派閥が大きくなると同時に結束力も高まったと、ブリュンヒルデから直々にお礼の手紙と贈り物が送られてきた。
貴族にとって派閥の力関係というのはとても重要な事なのだとデニスが言っていたが、貴族というのは知れば知るほどめんどくさそうだなと思ってしまう。
ちなみに、私に対してお礼だと送られてきたのは、お抱え料理人が作ったというピーチタルトだった。
見た目も美しいそのタルトはほっぺが落ちるほど美味しかったのだが、なぜ私の好物を知られているのだろうか?
貴族の情報網は侮れない……。
リラ以外の職人もいくつかの決まったデザインであれば編めるようになってきたが、それでも今は在庫が生まれた先から買われていくような現状である。
ハーリアルレースはかなり高価なのだが、ドレス全体につける程たくさんは買えない貴族も、ドレスの一部分だけにつけたり、帽子やハンカチなどの小物にあしらったりして身分や経済状況に合わせて使い方を変えることができるのが、多くの貴族にうけているらしい。
女性だけではなく男性も、ポケットチーフやタイに使う貴族が増え、ハーリアルレースをどこかしらに身に着けていることが辺境貴族のステータスとなっているそうだ。
貴族相手の高級品は利幅が大きいと聞いてはいたが、出た利益を見て目ん玉が飛び出るかと思った。
ハンバーガー事業とは桁が違う。
書類を見て固まる私を見てヨナタンが呆れていた。
「何を今さら。貴族相手の高級品を取り扱うと決めた時点でこの程度の利益は想定の範囲内です。僕はもう腹をくくっているんです。今後は王都の社交界にも売り出して、領地どころか国中を股にかける大商会を目指すんですから、しっかりしてくださいよ、商会長」
これほどの大金をこの程度とは、副商会長が頼もしすぎる。
今後は、この調子で産業を育て、地力を高めてから機を見て王都に乗り出すことになる。
そうなったら、いったいどれほどの利益になるのか想像もつかない。
どうやら老後の心配はしなくても良さそうなのは嬉しいけど、商会長とは名ばかりで、周りが優秀な人ばかりなおかげで利益を頂けているので申し訳ない気持ちもある。
お金や権力を手に入れると人が変わったようになってしまうこともあると聞くし、なんだか少し怖い。
商会の力を自分の力だと勘違いしないように気を付けて謙虚に生きていこうと思った。
私の最終的な目標はあくまでも慎ましやかなのんびり隠居ライフなのだから……。




