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45. 老舗商会の企業理念 <デニス視点>

 今回は少し短めです。

 「ヨナタン、お前は少し残ってくれ」


 新商会の立ち上げが決定し、とりあえず今日のところは解散ということになり、集まっていた者達がぞろぞろと退室し始めたところで、私はヨナタンを呼び止めた。


 全員が退室し、イーヴォが入れ直した茶に口をつけようやく一息つくことができた。

 先程リリーに見本として見せられた魔蚕のレースを思い出す。


 「あのレースは、凄いな」


 「ええ。僕はあれを見せられた時に、これからとんでもなく忙しくなる未来が予想されて頭が痛かったのに、そんな僕をそっちのけでリリーとユーリは『すごいねー、可愛いよねー』なんてのほほんと会話しているんですから、僕の方がおかしいのかと自信をなくしかけましたよ。幸い、商会長が同じ反応をしてくれたので、やはり僕の感覚に間違いはなかったと証明されたわけですが」


 大きな利益を生み出す可能性のある金の卵を前にしてのほほんとしている二人が容易に想像できてしまい苦笑する。

 リリーというあの少女は、商機を見極める目は持っているはずなのに、それがどんなにすごいことなのか、大きな利益を出した今でもあまり理解していないようなアンバランスさがある。

 本当に不思議な子だ。


 「リリーをハンバーガー事業の事務から締め出して、新規事業の構想に時間を割くように言ったのはお前なんだろう? それに一枚噛ませてほしいとも。お前の望んだ通りの結果になったじゃないか」


 拗ねたようなヨナタンの態度が面白くて思わずからかってしまう。


 「ええ、ええ! 僕の望みどおりですよ! でも、庶民向けの軽食事業から、次が急に貴族向けの利幅の大きい高級品の事業だなんて思わないじゃないですか! しかも、領地の命運をかけた一大事業!? そこまでのことは想定していません!!」


 「じゃあ、他の奴に譲るか?」


 返ってくる答えはわかっているが、敢えて挑発するように言った。


 「譲るわけがないでしょう! これは僕の人生に訪れた一大チャンスなんです。必ずものにしてみせますよ。ただ、これから始まるであろう怒涛の日々を想像して武者震いしていただけです」


 「はは、状況を正しく理解しているようで何よりだ。お前の想像通り、今後は非常に忙しくなるだろう。ハンバーガー事業も軌道に乗ったことだし、今受け持っている全ての仕事をできる限り速やかに他の者に引き継いで、新しい商会の方に専念してほしい」


 「白パン事業の方は大丈夫なんですか?」


 「ヨナタンが抜けるのは正直痛手だが、こっちの方は大分形になってきたから何とかなるだろう。レースの方は流石に兼務できるほどの余裕はないだろうからな。いずれお前にも身につけてもらうつもりではいたが、レース事業を始めるなら貴族対応の習得は急務となる。業務の引継ぎと並行して、イーヴォから学んでくれ。イーヴォ、既に色々頼んでいるところに更に追加して悪いが、早急に形になるようにしてほしい」


 「わかりました」


 「かしこまりました」


 若干疲れたような顔をしているが、簡潔に承諾の返事をした二人とも、目の奥に決意の色が見て取れる。

 良い従業員に恵まれたものだと、心の中で自画自賛する。


 「永らく民の安全を守り続けてきた結界に綻びが見え始め、避難民や領地の経済等の問題で国中が混乱している現状だが、いや、このような大変な時期だからこそ、自分達の利益だけではなく、領地全体に大きな利益をもたらすべく経済を動かすのは、初代辺境伯の時代から領地に寄り添い続けてきた我がカールハインツ商会の責務であり、誇りでもある。魔蚕レースの事業は、今後ますます増えていくであろう辺境の村からの避難民の雇用問題、保障費等の財源問題に頭を悩ませている領主様の一助となるはずだ。商会は分かたれても、ヨナタンには我が商会と同様の誇りを持って、事業を進めてほしい。やってくれるか」


 ヨナタンの年齢ではまだまだ自分のことばかりで、商会の理念などピンとこないかもしれない。

 だが、心のどこかで、彼に私の想いを受け継いでほしいと考えていたのは事実だ。


 実は、いつかこの商会で、子供のいない自分の後を継ぐのはヨナタンになるかもしれないと思うくらいには、若い頃の自分にそっくりなこの若者に目を掛けていた。

 時間をかけてじっくり育てていこうと考えていたのだが、リリーという不思議な少女と出会ってから物事がとんでもないスピードで回り始め、じっくりなどと言っている余裕は完全になくなってしまった。

 それが良い方向に回り始めたのだから、この激動の時代を我々が生き抜く為には、勢いを止めるのではなく、荒波に振り落とされないようなんとか船にしがみついていくしかない。


 私の言葉にヨナタンはぽかんとした表情で固まっていたが、ぎゅっと眉間に力を入れると、力強く宣言した。


 「お任せください。今後とも、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い致します」


 深く頭を下げるヨナタンのつむじを見下ろしながら、商会の跡継ぎの当てが外れて残念な気持ちと、うちの商会に並ぶ一大商会に成長するかもしれないというわくわくとした気持ちがないまぜになった複雑な感情が沸き起こり、まぁこういうのも悪くないなと思った。


 ヨナタン、以前お前に言った言葉を撤回するよ。

 お前は私に全然似てなんかいない。

 私がお前の年くらいの頃は「俺が俺が」と自分勝手に突っ走りまくって、多くの失敗をしたし多くの商機も逃してきた。

 それに比べて、状況を瞬時に判断する目も、決断力も、必要なら人に教えを乞える謙虚さも、私よりもよっぽど賢く優秀だ。


 将来は国全体を股にかける大商人になるかもしれないなと思いつつ、そうなるためにはまだまだ足りないところの多いこのひよっこ商人だ。

 このひよこを竜に育て上げるために、まだまだ現役で頑張り続けなければいけないようだと、最近重く感じるようになってきた腰をとんとんと叩き、運動でも始めるか、と今後の予定に思いを巡らせた。





 これまでのデニス視点を見直すと感慨深いものがありますね。

 乗るしかない、このビッグウェーブに。



 お読みいただきありがとうございます。

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