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43. 商機

 今日は、カールハインツ商会に顔を出し、帳簿の確認をする日。

 間違いがないか確認するだけなのですぐ終わってしまい、今は家までの道をユーリと連れ立って歩いているところだ。


 ユーリ自身も最近まで知らなかったそうなのだが、実は心配した親に護衛をつけられていて、腕の立つ大人が陰からユーリを守っていたらしい。

 それを聞いた時、気になって周囲を見回すと少し離れたところからこちらを見ている顔を布でぐるぐる巻きにした護衛さんらしき人物と目が合った、ような気がした。手を振ってみると小さく手を振り返してくれた。

 あの見た目では逆に目立つと思うのだが、あれでいいのだろうか……?


 「僕だけじゃ頼りないかもしれないけど、僕といればあいつがもれなくついてくるから、安心して僕に送られて」


 そう不服そうに言うユーリは、目の前で私が攫われた時に何もできなかったことが悔しかったのだそうで、私たちのような子供が大人に敵う訳がないのに、カインといい私の周りの男の子は正義感の強い優しい子ばかりだな、と思いながら、どうか気にしないでほしいと伝えた。




 「それでね、そのリラって子とお友達になれたんだけど、すごくおしゃれで可愛いんだよ」


 街を歩きながら、ユーリに最近できたお友達自慢をするも、返ってきたのは「ふぅん」というつまらなさそうな返事だった。

 ユーリも友達が少なそうだから、もしかしたらぼっち仲間として一歩先に行ってしまった私のことが面白くないのかもしれない。

 ごめんね、ユーリ。私は大人の階段を先に一段上がってしまったようだ……。


 「リリー!」


 心の中でユーリにマウントを取っていると、今まさに話題に上がっていた女の子の声が聞こえた。


 「リラ」


 街で偶然会えたリラに嬉しくなって、駆け寄って両手をぎゅっと握りあう。

 これ、なんかすっごく友達っぽい……!


 「こんなところで会うなんて偶然ね! 実はあんたに見せたいものがあったの。会えてよかったわ!」


 「見せたいもの?」


 「そう。今、時間はある?」


 「家に帰ろうとしていただけだから、時間はあるよ」


 「よかった! じゃあちょっと座って話しましょうよ!」


 前回の時と同じ勢いで、近くのベンチに向かって腕を引かれたが、もう片方の腕を反対側に引かれ、つんのめってしまった。


 「わぁ」


 振り返ると、私の腕をつかんで頬を膨らませたユーリがこちらを睨んでいる。


 「ちょっと、リリーは今僕と話してたんだけど」


 「はぁ? あんた誰よ? もう家に帰るところなんでしょ? じゃあ友達のあたしとおしゃべりしてたっていいじゃない」


 「僕だって、リリーの友達だし」


 「えっ」


 「えっ!?」


 私達って、友達だったの? と驚くと、ユーリは物凄く悲しそうな顔をした。

 ユーリは、なんと私のことを友達だと思ってくれていたらしい。


 「ご、ごめんね、私、お友達がいたことなかったから、どうしたらお友達になるのか、わかってなくて……。ユーリがそう思ってくれてるなら、お友達だよ」


 ユーリがあまりに泣きそうな顔をするので、おろおろとフォローの言葉をかける。


 「ふん、あんた、友達と思われてなかったじゃないの。 リリーの友達第一号のあたしに、この場は譲りなさいよ」


 「……僕の方が先にリリーと会ってるんだから、第一号は僕でしょ」


 「友達と思われてないんだから、無効よ!」


 がるる、と睨み合う二人に挟まれておろおろする私。

 ここは「私のために争わないで!」と言うべきなのだろうか。


 キッと睨みつけていたリラだが、ユーリを上から下までジロジロと見ると、ふんと鼻を鳴らした。


 「まぁいいわ。センスは悪くないみたいだし、男の子だけど、あんたはギリギリ合格。あたしたちの会話に混ざる事を許してあげる」


 そう言うと、リラはベンチに向かってスタスタと歩き出した。


 現在のユーリは、私を家に送るために商会の制服から私服に着替えている。

 はじめて会った時のようなひらひら多めの金持ちお坊ちゃんスタイルで下町を歩くと、身代金目当てに今度はユーリが誘拐されかねないと説得し、今はシンプルなシャツとズボンだ。

 だがよく見れば服の生地は上質なものだし、仕立てもよくディティールにこだわられていることがわかる。

 ユーリの服装は、おしゃれなリラのお眼鏡に適ったらしい。

 ユーリは「なんだよ、偉そうに……」とふてくされながらも、リラの後をおとなしくついていった。


 ベンチに私を真ん中にして三人で腰を下ろすと、リラはゴソゴソと鞄から何かを取り出した。


 「見て! この間スケッチさせてもらったリボンの図柄を真似して編んでみたの。結構似てると思わない?」


 リラが見せてきたのは、生成りの糸で編まれたレースだった。

 よく見ると、確かに私のリボンと同じ模様になっていた。素材が違うので全く同じではないが、こっちも手作り感があってとても可愛い。


 「す、すごい。見ただけでこんな風に作れちゃうの?」


 「完璧に再現とまではいかないけど、ここはこうすればいいのかしらって編み方を考えながら少しずつ編んでいったの。昼間は家の工房の手伝いがあるから中々時間が取れなくて、おかげさまで最近寝不足よ」


 ふわーっとあくびをするリラの顔をよく見ると確かに目の下に隈ができていて疲れが色濃い。一体どれほと睡眠時間を削ったのだろう。

 作り方もないのにここまで再現できるとは、ものすごい才能と執念である。


 ユーリも顔をのぞかせて、感心したようにリラのレースを見つめている。


 「でも、家にあった余り物の糸じゃこれが限界。こんなに細かい図柄を編もうと思ったらどうしても厚みが出ちゃうし、ゴワゴワしてリリーのリボンとは全然違うわ」


 私はとても可愛いと思ったのだが、リラとしては納得のいく出来ではないらしい。


 「もっと細い糸があればいいの?」


 「これでも、家にある中では一番細い糸を使ってるのよ。これ以上細くしようと思うと、強度が足りなくて、すぐちぎれちゃうと思うわ」


 「じゃあ、違う素材の糸で試してみるとか」


 「うーん、強い素材の糸かぁ。何かあるかしら……?」


 素人考えで申し訳ないが、何かひらめきの役に立てたらいいな、と思い質問してみると、リラは心当たりを思い返すようにうんうんと唸り始めた。


 「あ! 魔蚕(まかいこ)の糸!」


 「魔蚕?」


 「うん。うちの商品で一番丈夫な靴下は、穴の空きやすいつま先とか踵の部分に魔蚕っていう魔物の素材を混ぜ込んだ糸を使っているの。魔蚕の糸って魔物素材だけあって、頑丈な上にしなやかだから、もしかしたら普通の糸より細くしてもちぎれないんじゃないかしら」


 魔蚕。急にファンタジー素材が出てきた。

 いいね、さすが異世界!

 わくわくしてきたぞ。


 「ただ、魔蚕って安定供給されてないし、百パーセント魔蚕の糸って多分すごく高いわ。私のおこづかいじゃ、夢のまた夢の素材ね……」


 リラは現実に思い至ったのかしゅんと肩を落とした。


 ちょっと待った。問題が金銭面なら、そこそこ潤沢な資金を蓄えている友達が、あなたの隣におりますよ。


 「魔蚕の糸って、普通にお店で売ってるものなの? 値段だけでも確認しに見に行ってみない?」


 「多分糸問屋さんにあると思うけど……。付き合ってくれるの?」


 お財布になる気満々でリラの言葉に頷き、そうと決まれば、と立ち上がると当然のようにユーリも一緒に三人で街の糸問屋さんへ向かう事になった。




 いろいろなお店の並ぶ区画の中でも職人街に近い場所にそのお店はあった。

 リラは慣れた様子で店の中に入っていったので後を追うと、中には色々な素材や太さの色とりどりの糸が並んでいた。


 「いろんな糸があるね」


 「そうでしょ? 私、ここで糸を見るのが大好きなの。何時間でもいれちゃうわ」


 はじめての糸問屋さんが新鮮でキョロキョロと店内を見回していると、リラはふふんと嬉しそうな声を出した。


 「ははは、好きだねぇ。リラほど糸が好きなお客さんは中々いないよ」


 リラの言葉に、カウンターにいたお店の人が笑っている。

 サンタさんみたいな白いお髭がチャーミングな穏やかで優しそうなおじいさんだ。


 「こんにちは、ホラーツさん。ねぇ、魔蚕百パーセントの糸って、この店にあるかしら?」


 「魔蚕? 混紡じゃなく百パーセントとは、また今日は珍しいものをお求めだね。数は少ないが、あるにはあるよ」


 「見せてくれる?」


 「はいよ。ちょっと待ってな」


 店主のホラーツさんはがさごそと店内の引き出しを漁り、糸を一束取り出してカウンターの上に置いた。

 つやつやとした光沢のある真っ白な糸だ。


 「これが魔蚕の糸だ。素材そのもののこの色しか在庫はないが、追加料金で希望の色に染めることもできるよ」


 「これじゃ太すぎるわ。もっと細いものはないの?」


 「これより細いってなると医療用になる。店頭にはないよ。倉庫の方なら探せばあるかもしれんが」


 「その医療用のものも見せてもらえませんか?」


 「ええ? そんな細い糸、一体何に使うんだい?」


 「レースを作りたいんです」


 「レース? わはは、いいね、魔蚕のレースか! そいつは素敵なレースができそうだ。すぐに探してくるよ」


 ホラーツさんはめんどくさがることもなく快く細い魔蚕の糸を探しに行ってくれた。


 キラキラとした目で魔蚕の糸を見つめるリラはとても楽しそうだ。


 「この糸でレースを編んだら、ツヤツヤで綺麗なレースになりそうだね」


 「買えるほどの値段なら、だけどね」


 諦め顔で肩をすくめているところ悪いが、私はいくらだろうと魔蚕の糸を買う気満々である。

 金ならある。どんとこい。


 「おぉい、あったぞ。一束だけだが、倉庫に在庫があった。ほれ」


 ホラーツさんが倉庫から持ってきてくれた医療用の魔蚕の糸は、さっき見せてもらったものよりもずっと細かった。

 柔らかくて手触りも良さそうだ。


 「素敵! これなら絶対、繊細で可愛いレースが作れるわ!」


 「この糸はおいくらですか?」


 「一束五万ギルだな」


 渡された糸を見てパッと咲いたリラの笑顔が一瞬で萎れてしまった。

 うちのハンバーガーが百個買える値段だ。

 裕福でもない平民の子供のおこづかいで買えるわけがない。だが、私の予想より全然安い。


 「買います」


 「ちょっとリリー!? 何考えてんの! こんな高い物、買えるわけないでしょ!?」


 私の言葉に驚いて私の肩を掴んで揺らすリラに、ユーリが呆れたような声を出した。


 「買えるよ。リリーには、僕達でやってるハンバーガーの事業で得た利益があるんだ。糸を一束買うくらい、痛くもかゆくもないよ」


 リラは私を揺さぶる手を止め、ぽかんとしている。


 「ハ、ハンバーガーって、最近評判の、茶色のしっぽ亭の……?」


 「そうだよ」


 「付け合わせの揚げ芋が美味しいっていう?」


 「そこまで知ってて、なんでリリーが立ち上げた事業だって知らないんだよ。友達なのに」


 「知らないわよ! 会ったのはこれで二回目なのよ!?」


 「じゃあ、やっぱり僕がリリーの一番の友達だ。僕の方がリリーのことをよく知ってる」


 「これから知っていくもん!」


 「まって、まって二人とも。話がそれてる」


 再び始まってしまった喧嘩に仲裁の声をかけると、二人はハッとしてばつが悪そうに口をつぐんだ。

 ホラーツさんは「仲が良いねぇ」とのほほんと笑っている。

 リラは少し顔を赤くしてこほん、とわざとらしく咳払いすると、気を取り直したように口を開いた。


 「あ、あんたって、思ったよりもすごい子だったのね。でも、いくらリリーがお金持ちだからって買ってもらうわけにはいかないわ。だって、それじゃまるであたしがお金目当てにあんたに近付いたみたいじゃないの。あたしは、友達にたかるようなそんなダサい真似はしないわよ!」


 リラはふんと腕を組んで宣言した。


 やばい。私の友達がかっこいい。

 しかし、私も別に善意で買ってあげようというのではないのだ。


 「リラ、ありがとう。リラみたいなかっこいい子とお友達になれて本当に嬉しい。でもね、これはただ買ってあげるんじゃなくて、投資なの」


 「投資……?」


 「うん。この魔蚕の糸でレースができたら、きっとすごい商品になると思うの。私は魔蚕のレースが売れたらその利益の一部をもらうから、そのための先行投資なんだよ。リラならきっとすごいレースができるって信じてる。急がなくていいし、もしうまく完成しなくてもお金を返せなんて言わないから、私に出資させてくれないかな?」


 そう、こちらも打算なのだ。

 リラが作ったというレースを見た時にビビビッときた。まだまだひよっこだが私の商人としての勘が告げている、これは商機だ、と。

 急に始まった商売の話に、リラは「え? え?」と目を白黒させている。

 

 「でも……魔蚕の糸でうまくいくとは限らないし、そもそもあたしにそこまでの腕がないかもしれないわ。なんでリリーはあたしにできると思うのよ」


 「できるよ。だって、リラはもう素敵なレースを自分で考えて作ってるんだよ? そんなの誰でもできることじゃないと思う。リラはすごいよ! さっき見せてもらったのだって私は十分素敵だと思ったのに、リラはもっと良くできるって思ってるんでしょ? いつになるかはわからないけど、リラは絶対自分で納得できるくらいの可愛いレースを作ることができるよ。その為の材料や道具は私がお金を出すから、まかせて」


 私はぽんと胸を叩いてお財布宣言をする。


 リラは目を丸くして私の話を聞いていたが、何か言おうとするも言葉を詰まらせて俯いてしまった。

 これ以上なんて説得したらわかってもらえるかな、と思案していると思わぬところから助け舟が出た。


 「良かったじゃないか。優れた職人にはパトロンがつくものだ。わしもここまで服飾に情熱を捧げるリラは靴下職人に収まる器じゃないと常々思っておったんだ。リラ、お前は貴族のドレスを作るんだってずっと言っていたじゃないか。最高級のレースは、当然貴族のお嬢さん方の着るドレスに使われる。目標への第一歩じゃな。わしはこの街で色んな職人を見てきたが、出世する職人つうのは、腕だけじゃなく良いパトロンとの出会いも重要だぞ? わしの見たところ、この嬢ちゃんは中々良いパトロンになると思うけどねぇ」


 のんびりとしたホラーツの言葉にゆるゆると顔を上げたリラの瞳には、決意が宿っていた。


 「……わかったわ。あんたの出資を受ける。みんながびっくりするくらいのすごいレースを作っちゃうんだから、見てなさいよ!」


 「うん。でも夜更かしはほどほどにして、ちゃんと寝てね」


 私達のやり取りにホラーツさんは満足そうに目を細めて髭を撫でている。


 私は張り切って魔蚕の糸のお会計をしようと思ったのだが、ここまで高額の買い物を想定していなかったので現金の手持ちがないことに今更ながら気が付いたのだった。

 焦る私を見て呆れたユーリが立て替えてくれた。

 くっ、友達の前でスマートに支払いしたかったのに、私、かっこ悪い……。


 ちなみに、今まで事業関係の支払いは商会に請求がいっていたので知る機会がなかったのだが、高額の買い物の場合は商業ギルドのカードを見せて小切手にサインすることで支払うこともできるらしい。

 小切手で支払いだなんて、一気にお金持ちになった気分だ。

 ギルドカードは絶対に無くさないように気をつけなければ……。





 リリーに顔バレしてしまったアロイスは念の為顔を隠して護衛しています。

 (ママー、あの人なにしてるのー?)

 (しっ、見ちゃいけません!)


 お読みいただきありがとうございます。

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