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41. リラ

 今日から第三章、起業編の始まりです。

 よろしくお願いいたします!

 「神の御力(みちから)を感じ、体中に行き渡らせるのです」


 誘拐事件からしばらく経って、私はすっかりいつも通りの日常を過ごしている。


 今日は礼拝の日。

 怪しい宗教のような言い回しにももう慣れたものだが、その声はシスターエミリーとは違う別のシスターのもので、違和感が凄い。


 シスターエミリーを攫った犯人も髭おやじだと思っていたのに、それは別件だったようでシスターはまだ見つかっていない。

 アードルフにはまだ会えていないが、私を助けてくれた騎士様にシスターも行方不明になっていることを伝えたら、そちらも捜査すると約束してくれた。

 早く無事に見つかってほしい。


 シスターエミリーの優しくて綺麗な声がまた聞きたいよ……。 


 あの日、なぜ私が誘拐されたのか理由はまだわかっていない。

 ハーリアル様は気絶させただけと言っていたが、犯人達を騎士様が見つけた時にはすでに息が無かったのだという。何者かに口封じされた可能性が高いらしい。


 髭おやじの方は、私が声を聞いたという証言だけでは捕まえることはできないそうだ。

 悔しいけれど、騎士団がエグモント商会に監視をつけてくれるそうなので、ひとまずは安心だろうとのことで自由にさせてもらっている。


 ハーリアルに貰ったリボンがあることも、精神的にかなり安心につながっていると思う。

 彼が言っていた効果が発動したところをまだ見てはいないが、アドバイス通り寝る時やお風呂に入る時も手首に巻いて肌身離さず身につけるようにしている。

 にも拘らず、リボンは濡れたりよれたりすることもなく新品のようにピカピカのままである。

 さすが森の(ぬし)様に貰ったファンタジー素材だ。


 リボンは今日ももちろん私のポニーテールでふわふわと揺れている。

 目覚めた時にカインに「そんなリボンつけていたっけ?」と不思議がられたが、ハーリアルについて話すわけにはいかないので、なんと言ったものかと迷った末に、謎の旅人に助けられ、誘拐されて怯えている私を励ます為にリボンをプレゼントだと言って頭に結んでくれたのだと説明した。


 嘘は言っていない。

 誘拐されて物騒なので防犯的な何かが欲しいと言った私に、ハーリアルが頭に結んでくれたのだから。


 それを聞いたカインや騎士様は、「そこは贈り物ではなく、安全な場所まで送り届けるところだろう!?」と謎の旅人の無責任な行動に対して憤慨していた。

 彼はちゃんと家族のところまで送り届けてくれたのに、私のせいであらぬ風評被害が生まれてしまった。

 ごめんね、ハーリアル様……。






 ……なんだか、すっごく見られている気がする。

 礼拝の時間、あまり集中もできなくて悶々と考え事をしていたところ、先程から斜め後ろの席の方からの視線をビシバシと感じる。


 ちらりとそちらの方を盗み見ると、同じ年くらいの女の子がこちらをガン見していた。

 パチッと目が合ってしまい、慌てて前を向く。


 めちゃくちゃ睨まれている。

 な、なんでぇ……?


 私に関心を持ってくる女の子といえば、兄のカインと仲良くなりたくて下心を持って近付いてくる子か、本人は全然大したことないのにかっこいいお兄さんがいてずるい、と私に敵愾心を抱いている子のどちらかなので、正直嫌な予感しかしない。


 背中に刺さる視線を気にしないふりをしてなんとかやり過ごし、ようやく礼拝の時間が終わった。

 もたもたしていると絡まれそうだと思い、カインに早く帰ろうと伝え急ぎ足で教会を出ようと席を立つと、後から小さな手にガシッと肩を掴まれた。


 「ねぇ、ちょっと」


 間に合わなかったかぁ……。

 恐る恐る振り向くと、そこにいたのはやはり先程から私を睨んでいた女の子だった。

 ふわふわした赤毛をハーフツインにした、緑色の瞳でつり目の気の強そうな子だ。


 「な、なにかご用ですか……?」


 「あんたにちょっと話があるんだけど。顔かしてくれない?」


 私の肩を掴んだまま、クイッとあご先で教会の庭の方を示している。

 よ、呼び出し……?


 「君、誰? 悪いけど妹は一人では行かせられないよ。俺が一緒でもいいなら話くらいは聞いてあげるけど」


 カインが間に入りその背に庇ってくれた。

 いつも穏やかな兄にしては珍しく尖った口調だ。


 「はぁ? あたしはこの子に話しかけてるんだけど。お兄さんだか何だか知らないけど、女の子同士の話に割り込まないでくれる? 男の子はおよびじゃないわ。あっちいって」


 「誰かもわからないやつと大事な妹を二人きりにさせられるわけないだろ。俺たちはもう帰るんだから、君がどっか行きなよ」


 「妹、妹って、小さな子供じゃないんだから。その年で妹にベタベタ付き纏って、気持ち悪いわよ」


 「なんだって!?」


 バチバチバチィッと二人の間に火花が散っている幻覚が見える。

 お、お兄ちゃんの目が今までに見たことがないくらいに冷たい……。


 周囲を見渡すと、なんだ喧嘩か? と注目を集めてしまっている。

 いかん、カインは平民の希望の星として近隣住民の期待を背負う人気者なのに、このままじゃ小さな女の子をいじめているなんて噂が立ってしまうかもしれない。

 私のせいで、兄の評判に傷がつくなんて決して許されない。


 「いいよ、私、お話聞くよ」


 「リリー!?」


 「お兄ちゃんから見えるところで話すから。それならいいでしょ?」


 「……はぁ、わかったよ。……君、妹に何かしたら許さないからな」


 カインにはなんとか納得してもらい、赤毛の子と二人で教会の庭の隅の方に移動する。


 誘拐事件があってから、兄は一瞬でも私が一人にならないように過剰なほど気を配っている。

 誘拐された時に自分がその場を離れたことを後悔しているみたいだ。


 たまたまその時だっただけで、いずれどこかで連れ去られることにはなっていたと思うし、お兄ちゃんのせいじゃないよと伝えても、あまり響いてはいないようだった。

 それどころか、今まで以上に自分を鍛え始めて、少しの時間でも空くと裏庭で剣を振っていたりする。

 そこに父がいる事もあって、かなりのスパルタ指導でカインはいつもボロボロになっている。


 というかお父さん、剣とか使えたんだ、と思っていたら、なんと元騎士だったらしい。

 どうりで、料理人にしては筋肉もりもりでいかついわけだ。

 衝撃の事実である。


 「あんた、なんて名前?」


 他の事を考えていたら、赤毛の子に話しかけられてビクッとする。

 おっといけない、今はこの場をなんとか切り抜けないと。


 「リリーだよ。あなたは?」


 「リラ」


 赤毛の子はぶっきらぼうに答えると、ジィっと見つめてくる。

 ほ、本当に何の用なんだろう、この子。


 「ねぇ、あんたがつけてるそのレースのリボン、かわいいわね。ちょっと見せてくれない?」


 カツアゲ!?

 パッと頭に手をやってリボンを守る。

 これは大事な護身グッズで、私の心の安定剤だ。取られるわけにはいかない。


 「えっと……その、これは人から貰った大事なものだから、外せないんだけど、えっと、つけたまま見るだけなら、いいよ……?」


 「いいの!?」


 リラは私の返事にぱぁっと顔を明るくして、私の手を引いて近くのベンチに座らせ、隣に座ってリボンを観察し始めた。

 それでいいんだ……。


 もしかして、あの視線はずっとリボンを見ていたのだろうか。

 そういえば、このリボンは悪意のある人は私に近づけないってことだったのに、この子はさっき肩に手を置いてきたんだった。

 もしかして、本当にただリボンを見たかっただけ?


 「すごい! こんなに繊細なレース初めてみたわ! 模様もすっごく綺麗……。ここは、何かの葉っぱを模しているのかしら?」


 私の頭部から一切視線をそらさずうっとりしている。


 「リラちゃんは、リボンが好きなの?」


 「リラでいいわよ。ちゃん付けなんて性に合わないし。リボンだけじゃなくて、フリルとか、刺繍とか、可愛くておしゃれなものは全部好き! ねぇ、触らないから、このレースの図柄をスケッチしてもいい?」


 外さないなら全然いい。こくりと頷きで返すと、リラはバッグからスケッチブックを取り出し、リボンの模様を嬉々としてスケッチし始めた。

 ちらりと手元を覗くと、細かい模様がわかりやすくとても綺麗に模写されていてびっくりだ。私にはない才能である。


 改めてリラを観察してみると、裾に可愛らしいお花の刺繍が入ったオリーブグリーンのワンピースにエプロンドレス、ハーフツインの髪は丁寧に編み込まれてワンピースと同系色の細いリボンで飾られている。

 身に着けているもの全てが調和していて、リラにとてもよく似合っている。


 「リラは、おしゃれさんだね」


 「ありがと。このワンピースは、あたしが一からデザインして、自分で縫ったのよ。可愛いでしょ」


 「え、すごい……」


 「たいしたことないわよ、このくらい。あたしの夢はね、いつか貴族が着るような豪華なドレスを作る事なんだから! ……なーんて、今はただの平民用の靴下工房の娘なんだけどねー」


 「靴下屋さん?」


 「そう。力仕事のおじさんとかが履くシンプルで丈夫な靴下を作る、家族経営の小さな工房なの。可愛さのかけらもないわ……」


 リラはうんざりしたしたようにそう言うと、シュッシュッと動かす手は止めずに少しだけ目を伏せた。


 「家族は叶わない夢なんか見るのは早く諦めて、家の為に一つでも多く靴下を編めなんて言うのよ。夢見る乙女に対して酷いと思わない? 平民の靴下を馬鹿にするわけじゃないけど、あたしは可愛い女の子を飾る可愛いレースやフリルを作りたいの。足のくさいおっさんが履く靴下なんて、テンション上がらないわよ」


 ぷりぷりと愚痴るリラの言葉に、靴下片手にニカッと白い歯を見せて笑うヤンさんの顔が脳裏をよぎった。

 丈夫な靴下も大事だとは思うけど、リラが作ったという服は本当によくできているし、その腕を振るう機会があまりないのはもったいないことだなと思う。


 それからもしばらくリラの愚痴やおしゃれの話の聞き役をしながらスケッチが終わるのを待っていると、しびれを切らしたカインがやってきて、今日のところは解散ということになった。


 「今日はありがとうリリー! 珍しいレースを間近で見ることができて、大満足よ! またお話ししましょうね!」


 「なんだ、リボンが見たかっただけなのか。だったら最初からそう言えばよかったのに。なんであんなに睨んでいたんだよ?」


 「にっ、睨んでなんかいないわよ!? 話しかけるのにちょっと緊張してただけで……」


 「思いっきり睨まれてるようにしか見えなかったよ? な、リリー?」


 お兄ちゃん、そんなはっきり言わなくても……と思ったが、睨まれていると感じたのは本当のことなので小さく頷く。

 リラは「ガーン」という効果音がつきそうなほどショックを受けた顔をしている。


 「そんな……。しょ、しょうがないじゃない! 今まで友達なんてできたことないし、どんな風に話しかけていいかわからなかったのよ!」


 「リラは、おしゃれで可愛いし、お話し好きで人から好かれそうなのに、なんでお友達がいないの?」


 あまりに意外過ぎて、素直な疑問が口から飛び出してしまった。

 ちょっと失礼だったかもしれない。


 リラは私の言葉は気にしていないようでもじもじと話し始めた。


 「だって……おしゃれ好きな女の子はいるけど、みんなあたしほど好きじゃないのよ。好きな生地やデザインの話をしても、そこまでじゃないって、いつも引かれちゃうんだもの……。あたしは目つきが悪いから怖がられるし、男の子はうるさくて乱暴で嫌いだし……」


 あぁ、なんとなくわかるかも。

 リラは凝り性というか、オタク気質なんだろう。

 さっきも、おしゃれに疎い私にはよくわからないデザインの拘りなんかのディープな話をマシンガントークしていたし、いくらおしゃれ好きな女子でも、普通は気になったレースの図柄を唐突にスケッチし始めたりはしないだろう。

 同じくらいのオタクレベルじゃないと、話が合うのは難しそうだ。


 「でも、さっきは二人で楽しそうに話してたじゃないか。おしゃれの話をしていたんだろう? リリーも楽しそうに見えたし。友達ができて良かったな」


 「え!?」


 「えっ」


 カインの言葉に驚いてリラと顔を見合わせた。


 「待ってる俺のことを忘れるくらい好きなことの話に熱中して、次も会っておしゃべりする約束をしていたら、もうそれは友達じゃないか?」


 追い打ちをかけるように言われたカインの言葉が、じーんと胸にしみてくる。

 と、友達……? 本当に?


 「私、お友達ができたの、はじめて……」


 前世を含めて、正真正銘はじめての友達だ。

 感無量である。


 うわぁ、友達が、できちゃった。


 「え!? リリーも友達がいなかったの!?」


 「うん。私はあんまり表情が変わらないから、顔が怖いって、よく言われるよ」


 「わかりづらいだけでよく見ていれば、気持ちの変化はちゃんとわかるのにな。まぁ見る目がない奴らのことはおいといて、目つきが悪くて怖がられる君と、無表情で怖がられるリリーは似た者同士かもしれないな。自分のやりたい事に突っ走っていくところとかも、君たちちょっと似てるかも」

 

 えへへ、そ、そうかなぁ?

 はじめてできた友達に気分が浮かれあがってしまう。


 「で、でも、リリーはおしゃれにあんまり興味がないんでしょう? あたしはリリーが話を聞いてくれて嬉しかったけど、リリーは、あたしの話、つまんなくない……?」


 おそるおそるリラがこちらを伺ってくるので、ふるふると首を横に振る。


 「おしゃれのことはあんまりわからないけど、楽しそうにレースとかの話をしていて本当に好きなんだなって思ったし、好きな事を楽しそうに話してるリラが可愛いなって思ってたから、つまらなくなかったよ」


 「んなっ!?」


 いつぞやのアードルフ様みたいな鳴き声をあげて、リラの顔がみるみると赤く染まりプルプル震えている。


 嘘じゃない。

 スケッチをしながら、どこの店の服がかわいいとか、最近の流行りの型についておしゃべりするリラの緑色の瞳はキラキラと輝いていてとても魅力的で、私も楽しく話を聞いていたのだ。

 こんなに可愛い女の子の友達ができるなんて、めちゃくちゃ嬉しい。


 いまだプルプルしているリラの手をそっと取る。


 「お友達になってくれて、嬉しい。また、お話しようね」


 リラは真っ赤な顔でこくりと頷いてくれた。可愛い。

 「よかったな、リリー」とカインもニコニコしている。


 今日、ずっとぼっちだった私に、なんとはじめての友達ができました。





 リリーとカインはお互いに相手のことを「はっきり言うなぁ……」と思っています。

 割とずけずけ物を言う、こちらも似た者兄妹。



 お読みいただきありがとうございます。

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