40. 男の約束 <カイン視点>
「カイン、話がある」
俺達はさっき騎士団の馬車に送られ、家に戻ってきたところだ。
再び寝てしまったリリーをベッドに寝かせ、心配していた母さんに事情を説明した後、父さんにそう言われた。
店の方に来いと言われ、父さんの後について階段を下りていく。
今日の事に関係する話だと思うけど、一体何を言われるんだろう……?
今日は、本当に大変な一日だった。
朝、いつものように商会にリリーを送っていったけど、騎士学校の時間に遅れそうで、途中でリリーを一人にして訓練に向かったんだ。
俺はバカだ。
なんで、ちゃんと商会の前までリリーを送り届けなかったんだ。
いくらリリーが行くように言ってくれたからって、すぐそこなんだから商会まで送っていったって時間は大して変わらないじゃないか。
俺と別れて商会前でユーリと合流するまでのわずかな時間、リリーが一人になった時にあの子は攫われた。
騎士学校への道を急ぐ中、ユーリがリリーを呼ぶ悲鳴が聞こえて急いで来た道を戻ったら、眠らされた妹が袋に詰められ、連れ去られるところだった。
必死に後を追いかけたけどすぐに見失ってしまって、怖くて怖くてたまらなかった。
リリーが、攫われた。
俺が目を離したせいで……。
絶対にリリーを守ると誓ったのに、そのために毎日厳しい訓練も頑張っているのに、本当に、何やってるんだ俺は……。
後悔と自分への失望が止まらなかった。
なぜか騎士様が動いてくれて、ハーリアルの森でリリーを見つけることができたけど、騎士様がいなかったらどうなっていたかと思うと、恐ろしくてたまらない。
騎士様は、今回の誘拐事件の裏には他領の貴族が関わっているかもしれないと言っていた。黒幕がはっきりして全て解決するまでは、リリーに陰から護衛をつけるとも。
騎士様が護衛をしてくれるなら頼もしいけど、俺は、自分の力でリリーを守りたいんだ。
もっと、もっと強くなりたい。
貴族からも、どんな危険からもリリーを守り抜けるくらい、強く。
今のまま騎士学校の訓練を頑張ってるだけじゃ、俺の望む強さは手に入れられない気がする。
アードルフ様は毎日の地道な鍛錬が大事って言っていたけど、それだけじゃ足りないんだ。今のままじゃ、リリーを守れない。
いったいどうすれば、強くなれるんだろう?
店のテーブルに父さんと向かい合って座る。
父さんと二人きりでこんな風に改まって話をするなんて初めてのことだ。
「お前に、話しておく事がある。俺が、この街に流れてきて腰を落ち着ける前の話だ」
「え?」
父さんは、元々この街の出身じゃないらしいというのは話に聞いていた。
この街に来る前にどこで何をしていたのか聞いてみたことはあるけど、絶対に答えてはくれなかったし、多分母さんでさえ知らないんじゃないかと思う。
身元もわからない無口でいかつい父さんとなんで母さんは結婚したんだろうと不思議だったんだけど……。
なんで、今急にその話をするんだろう?
「俺は、ここへ来る前、王都で騎士をやっていた」
「……え!?」
「魔力量は多くはなかったが、幸い剣の方は才能があったらしくてな、平民出身の騎士にしちゃ珍しく筋がいいと言われ、上にも結構目をかけてもらっていたと思う」
「えぇーっ!?」
嘘でしょ……。
まさか、父さんが元騎士だったなんて。
そんな大事な事、なんで今まで教えてくれなかったんだ!
「でも、それをよく思わない奴がいた。そいつは貴族で、俺と同時期に騎士団に入った騎士だった。俺は魔力量は貴族より少ないが、それを剣技で補ってそいつや他の貴族騎士にも試合で勝ったりしていたんだが、それがそいつのプライドを傷つけたらしい。執拗な嫌がらせを受けた」
「そんな……」
「私物を隠されたり壊されたり、最初はそんな可愛いもんだった。でも俺がそれほど堪えてないとわかるとどんどんエスカレートして、人気のないところに呼び出されて散々罵られたし、数人で囲まれ暴力を振るわれたりもした」
「民を守るはずの騎士がそんなことするなんて……!」
「この領地の騎士はどうだかわからんが、少なくとも俺の知ってる貴族なんてそんなもんだぞ。差別意識が強く、平民を見下し、虐げてもいい存在だと思ってる。けど、俺は気にしちゃいなかった。平民で魔力を持って生まれた自分を特別な存在だと思っていたし、自分は家族を、貴族の騎士が見捨てる平民たちを守る事ができる騎士であろうと、強い誇りを持っていたからだ」
「父さん……」
知らなかった。まさか父さんにそんな過去があったなんて。
父さんの言ったことは、俺にもすごく覚えのある感情だ。
そんな騎士の誇りを持った父さんが、どうして今はこんな辺境で飯屋なんかやってるんだ?
いや、飯屋をバカにしてるわけじゃないけど、王都の騎士なんて花形中の花形で、王様を近くで守る名誉ある仕事なんじゃないのか?
それを、同僚からのいじめがあったからといって、自分から辞めるものなのか……?
「王の御前での魔法剣技大会。その試合で奴は俺の剣に魔力を流せないように細工をした。剣技が得意とはいえ、魔法剣と普通の剣じゃまともに打ち合う事も出来ずあっけなく俺は負けた。『平民は魔力が少なすぎて、魔法剣を起動する事も出来ないのか』と大勢の観衆の前で笑いものにされたよ。その試合で俺は肩を深く切られ、その傷が原因で剣を持てなくなり、騎士を辞めざるを得なかった」
「そんなの、ひどすぎるよ!!」
なんで、父さんがその人に何かしたわけじゃないのに、ただ気に入らないってだけでそんな酷いことができるんだ!
しかも、高潔であるはずの騎士が!
悔しくて、涙が出そうになるのをグッと拳を握って堪えた。一番悔しかったのは父さんだ。
「傷は、もう大丈夫なの……?」
「傷自体は治っちゃいる。リハビリで包丁くらいは問題なく握れるようにはなったが、ふとした時に引き攣ることがあるし、激しく動かせば痛む。騎士としては、致命的だ」
父さんは自分の右肩に手を置いて、目を伏せた。
「奴が手を回したことで、俺は怪我が原因で騎士を辞める時に貰えるはずの手当も受け取れず、身一つで騎士団を放り出された。宿舎を出て行く時、奴は『家に戻ってもこの王都で働き口があると思うなよ』とニヤニヤ笑っていた。『平民風情が分不相応な夢を抱くからこうなるんだ』とも」
「そんな……そんなこと、できるものなの?」
「そいつの実家は貴族の中でもかなり権力のある家で、周りの奴らは奴の言いなりだった。騎士団の内部は実力主義とは名ばかり、権力者に阿る奴らが出世し、不正や汚職が横行し腐敗しきっていた。奴の一言で、俺に支払われるはずの金がどこかに横流しされるくらいにはな」
騎士に対する憧れの気持ちがガラガラと音を立てて崩れていくのを感じる。
分不相応な夢……。自分が言われたわけじゃないのに、ぐさりと胸にナイフを突き刺されたような気持ちになる。
「貴族なんて胸糞悪いやつらばかりだが、持っている権力は本物だ。ちょっとでも気に入らなきゃ、蟻を踏みつぶすみたいに簡単に平民の人生をぶっ壊せる力を持ってる。騎士団を出た俺は、実家にまで奴の手が及ぶのを恐れ家族とは縁を切り、なるべく王都から離れようとこの辺境に独り逃げてきた」
堪えていた涙がこぼれてしまう。
父さんが、俺が騎士になるのを反対するのは当たり前だった。
父さんの事情も知らず、俺は、なんで俺の気持ちをわかってくれないんだって、自分の事ばっかりで家を飛び出して……。
父さんは、あの時一体どんな気持ちだったんだろう。
「平民が貴族に混じって騎士としてやっていくのは、想像以上に過酷な道だ。俺は、自分の子供に俺と同じ思いをさせたくなかった。だが、お前は騎士の道を選んだ」
父さんの強い眼差しが俺を射抜いた。
無意識に背筋が伸びる。
「リリーを誘拐した奴らの背後には他領の貴族がいる可能性があると、さっき騎士は言っていたな。騎士の護衛をつけてくれると言っちゃあいたが、貴族にとって平民は取るに足らない小さな存在だ。いつ手のひらを返してくるかわからねぇ。俺は騎士を信用していない。リリーは、お前が守れ」
「えっ……」
てっきり、だから騎士になるのを諦めろと改めて言われるのかと思っていたら、思ってもみない事を言われてびっくりした。
「俺が守ると言えねぇのは情けない話だが、お前は騎士になって領地を、家族を守ると決めたんだろう。男が一度そう決めたなら貫いて見せろ。俺は己の道を貫くことはできなかったが、俺の持つ全てをお前に託す。明日から、空いた時間にお前に剣の稽古をつける。手加減はしねぇ。覚悟はあるか?」
「望むところだ!」
気がついたら返事をしていた。
リリーを守る強さがほしいと思っていたところだ。迷う理由なんてあるもんか。
王都の騎士団で一目置かれるほどの剣技なんてきっとすごいに違いない。
絶対に、自分のものにしてやる。
「進む道は決して平坦ではないだろうが、お前は誰よりも強くなって、妹を守ってやれ。いいな」
「うん。俺は、絶対に強くなって、リリーを守る騎士になるよ!」
この日、俺に頼もしい剣の師匠ができた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
第二章、新規事業編はこれにて幕引きです。
次回からは、第三章、起業編が始まります。
お楽しみに〜!
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