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39. 騎士アロイスの奮闘② <アロイス視点>

 騎士団長室を辞し、領主様の護衛騎士二名と共に魔物討伐戦用の鎧を身につけ、馬を駆り森へ急いだ。

 森の入口が近付いてくると、今まさに森に入ろうとしている二つの人影が見えた。


 「待て! お前達、そこで何をしている!」


 大声で引き留めると、怪しげな人影は森には入らず律儀にも私達が追いつくのをその場で待っていた。


 森の入口に着くと、人影はなんとリリーの父親と兄だった。

 私はユリウス様の警護でリリーの家にもついていったので二人の顔は知っている。だが、この二人がなぜこんなところにいるのだ。


 「こんなところで何をしている? この森は危険だ。騎士ではない者が入っても死ぬだけだと知らぬわけではないだろう?」


 「娘が、攫われたのです……」


 人を殺しそうなほど凶悪な顔をしてリリーの父親オイゲンが絞り出すように答えた。


 待て、それだけではわからないだろう。

 私は事情を理解しているし、目の前の男が誰かも知っているが、相手が何も知らない騎士だったら全く伝わらないではないか。


 というか、その手に持ったやけに大きな包丁はなんだ?

 まさか、その包丁で魔物と戦おうというのではあるまいな!?


 想像以上に口下手なリリーの父に対して何と言ったものかと混乱していると、詳細な情報は兄のカインからもたらされた。


 リリーが攫われた時、カインは騎士学校に向かっていたがユリウス様のお声を聞きつけ急いで引き返したのだという。

 戻ってきた時にはリリーが麻袋に入れられ男達が逃げようとするところで、カインはすぐに後を追った。しかし途中で撒かれてしまい、行方が分からなくなってしまった。

 カインは一旦家に戻り両親に妹が攫われたことを伝え、母親は念の為家に残り、オイゲンとカインで兵士の詰所に向かった。

 そこで既に門は閉鎖され、兵士による捜索がなされていることを知る。怪しげな馬車が北に向かったとの情報もあり、犯人たちは北の森を抜けるつもりだと予想した二人は、リリーを救出するため、今まさに森に入ろうとしたところだった。


 待て待て待て。なぜそこで自分達が森に入るという発想になるのだ!? 危ないだろうが!


 「事情はわかった。だが、お前達が森に入るのは危険すぎる。気持ちはわかるが騎士である我々に任せて一旦家に帰れ」


 「いいえ、自分も行きます。騎士様たちの邪魔はしません。自分の身は自分で守れます」


 お前、そんな長文も喋れたのか。

 眼光が鋭すぎて、本人にそのつもりはないだろうが睨まれているように感じる。

 絶対に行く、という気迫が伝わってきて、この者に諦めさせるのは骨が折れそうである。


 「そうは言っても……せめて息子は家に帰せないか? 子供が魔の森に入るには危険すぎる」


 「いえ。息子はまだ卵とはいえ騎士を志す者。一番大事な者を(おの)が剣で守れずに何が騎士でしょうか。ここで妹を助けに行かないのなら、自分は力づくで騎士学校を辞めさせます」


 「俺なら大丈夫です。まだ騎士学校の学生の自分では魔法剣を持ち出すことはできませんでしたが、訓練用の模造剣は持ってきました。自分の身を守る位はできます。俺は、リリーを守れる騎士になりたくて毎日訓練しているんだ。今リリーを助けに行けないなら剣を磨いた意味が無い」


 顔立ちは全く似ていないのに、そっくりな意思の宿った二対の瞳に射貫かれて思わずたじろいだ。


 二人の言葉に正直グッときた。

 今の辺境伯騎士団にこれほどまでに騎士としての矜恃を持った者がどれほどいるだろうか。

 下町の飯屋の店主と、騎士を目指しているとはいえまだ少年である飯屋の息子が、騎士の魂を有していることにひどく驚いた。

 二人の言葉を否定することは、私にはもうできなかった。


 「……わかった。そこまで言うなら同行を許可するが、決して我々の側を離れないように。魔物や犯人一味と遭遇しても無理はせず、私達の後ろに控えていろ。それが条件だ」


 「わかりました!」


 「アロイス! あちらで地面に馬車の車輪と思われる跡を見つけた! 馬車でこの森に入るなど、普通であればまずしない。目撃証言のあった幌馬車に違いない。すぐに追うぞ!」


 同行の許可を出し、カインが元気よく返事をしたところで、二人の対応を私に任せ付近を探索していた騎士仲間から、奴らの痕跡を見つけたと報告が上がった。

 私達はすぐさま森に入り、車輪の後を辿っていく。


 魔物を警戒しながらしばらく進むと、幌馬車とその周囲に三人の男が倒れているのを発見し、慌てて駆け寄った。


 「……死んでいる。剣で心臓を一突き。即死だろう」


 「こっちもだ。剣でバッサリとやられている。これは魔物ではなく人間の仕業だ。一体誰が……」


 「馬車の荷台の近くに麻袋とロープが落ちている。恐らく少女がこれで拘束されていたのだろうが、その本人は一体どこに行ったのだ」


 誘拐犯の三人は何者かに切られ既に事切れていた。

 リリーが拘束されていたであろうロープや麻袋は見つかったが、肝心のリリーが見当たらない。


 状況が読めないが、何らかの理由で拘束を解かれたリリーが付近に身を隠している可能性を考えて、付近を捜索することにした。


 「リリー! どこだー!」


 「リリー! 君を助けに来た! 返事をしてくれ!」


 大声を出す事で魔物に気付かれる危険はあるが、弱い魔物なら逃げていくし、仮に襲ってきたとしても必ず返り討ちにしてくれる。私達は声を張り上げ続けた。


 しかし、捜索開始からしばらくたってもリリーは見つからない。

 いまだ魔物に遭遇していないのは幸運であるが、リリーの生存が危ぶまれる。

 子供の足ではそう遠くまで行けるはずもないし、既に魔物に襲われたか男達を殺した何者かによってまたどこかへ連れ去られたのかもしれない……。


 絶望感漂う中、諦めることもできず呼びかけ続けていると、小さな返事が返ってきた。


 「ここにいます」


 「!? 今声が聞こえたぞ! こっちだ!」


 リリーだ! 生きていた!

 草むらをかき分け声のした方へ向かうと、そこには記憶の通りの少女が白い子猫を連れキョトンとした表情で立っていた。


 「良かった! 君がリリーだね? 怪我はないかい?」


 リリーは私の存在を知らないので初対面を装い、手早く怪我の有無を確認する。

 服は薄汚れて多少の擦り傷はあるものの、大きな外傷はなさそうだ。

 リリーは突然知らない大人が現れたことに驚いたのか、目を丸くして固まっていた。


 「リリー!!!」


 私の声を聞きつけたオイゲンが草むらをかき分けやってきた。


 「リリー、良かった……」


 ようやく見つけ出した娘を抱きしめるオイゲンの声は震えている。

 本当に良かったな……。


 「心配かけてごめんなさい。探しに来てくれて、ありがとう」


 リリーは普段通りの無表情でオイゲンを抱きしめ返している。

 誘拐されたというのにこの落ち着き加減。さすが我が主の大恩人、肝が据わっている。


 普段と変わらぬリリーの様子に感嘆の目を向けていたが、私の考えが間違っていたとわかるのはすぐだった。


 「うっ、うぅー、怖かったよー! ふえーん!」


 すぐ後にやってきたカインに抱きしめられ、大声で泣きじゃくる姿はただの子供そのものだった。

 恐怖を押し殺し、気丈に振る舞っていたのだろう。


 何とか間に合った……。

 同僚の騎士たちと肩を叩き合い、主の笑顔が再び失われることを防げたこと、そして一つの家族の笑顔が守られたことに安堵の息を漏らした。


 リリーが泣き疲れて眠ってしまったため、全員で騎士団本部に移動することにした。

 状況がつかめず、犯人達以外にもまだ刺客が潜んでいる可能性もあり、まだ家に帰すわけにはいかない。


 犯人たちの乗ってきた幌馬車の荷台に奴らの遺体を乗せ、御者台にリリーを抱いたカインを座らせ馬を引いていく。


 森の入口からは一応馬車の運転ができるというオイゲンが御者をし、私達が馬に乗って周囲を護衛しながら城へと向かった。


 騎士団長にこれまでの経緯を報告し終えると、念の為医務室で診察されていたリリーが目覚めたと報告が入った。

 医務室に入るとベッドで上体を起こしているリリーと、傍らで椅子に座るオイゲンとカインがいた。


 「リリー。私は騎士団のアロイスという者だ。目覚めたばかりで申し訳ないが、何があったのか教えてもらえないか?」


 「わかりました」






 リリーの事情聴取を終えた後、私は先程辞したばかりの騎士団長室にすぐさま戻り、聴取内容を共有した。

 後回しにはできないほどの情報があったのだ。


 「リリーの話によると、森に入ってしばらくすると男達の悲鳴が聞こえ、旅の剣士のような風貌の男に助けられたのだそうです。男は名乗りもせずすぐに消えてしまったとのこと」


 「助けたなら安全なところまで連れていくべきだろう。助けるだけ助けて危険な森の中に放置とは、男の風上にも置けぬ!」


 私の報告に団長が憤慨する。私もその通りだと思う。


 「森に一人置き去りにされたリリーは街に帰ろうと移動しましたが、来た道が分からず迷ってしまい、森の中で困っていたところ私の声が聞こえたのだそうです」


 「とにかく無事でよかった……。それにしても、門が封鎖されたとはいえ、ハーリアルの森に入るのは無謀すぎる。奴らは一体どういうつもりだったのだ?」


 「リリーによると奴らは『あのお方から借りた魔物除けの魔導具がある』と言っていたそうです。それがあれば魔物に襲われる心配はないと」


 領主様と団長が眉をしかめた。


 「魔物除けの魔導具だと? そんなものが存在するとしたら神の怒りによって古代の技術が失われる以前の遺物、アーティファクトではないか。そんな貴重な代物を有しているなど、高位の貴族くらいのものだ」


 「奴らの幌馬車も隈なく調べましたがそれらしい物は見当たりませんでした。それにリリーの話では、旅の剣士は“犯人たちは気絶させただけで明日の朝には目覚める”と言っていたそうです。口封じのために犯人たちを殺害し、魔導具を持ち去った者が別にいます」


 「裏にいるのは高位貴族か……」


 「リリーが目覚めた時、麻袋に入れられていたため声しか聞いていないそうですが、実行犯の男以外にエグモント商会のカスパルという男の声がしたそうです。エグモント商会は本店が王都にあり、数年前に辺境伯領にやってきた支店をまとめるのがその男とのこと」


 「であれば、王都在住の高位貴族が最も怪しいな……」


 「しかし、少女が声を聞いたという証言だけではその男を捕らえることは出来ぬ。聞き間違いだと言われればそれまでだ。恐らくその商会に騎士団権限で無理やり押し入ったところで何か証拠が出てくる可能性は低いだろう。ならず者の男たちどころか、その商会の男も使い捨ての可能性が高い。自分に繋がる糸を徹底的に排除し辿れないようにする、高位貴族のやり方だ」


 「使われた馬車もよくあるもので、エグモント商会との繋がりがわかるものではありませんでした」


 「ならばその男は暫く泳がせましょう。監視の騎士をつけます」


 「うむ。……目的はわからぬ上にどこの誰かも知らぬが、息子の恩人に手を出されたのだ。全力で相手をしよう。どこの領地に喧嘩を売ったのか、裏で糸を引いている者に思い知らせてくれる」


 にやりと獰猛に笑う領主様に同じ笑みを返す団長。

 私も似たような表情をしているに違いない。


 凶暴な魔獣が溢れる魔の森に隣接する我が辺境伯領の信条は質実剛健。

 騎士達は領地を守る為日々実直に己を磨き、受けた恩義は必ず返す。

 どこの貴族か知らぬが、我が領地に手を出したこと、必ず後悔させてやる!


 リリー誘拐は今回失敗に終わったことで相手は一旦引いたと見て、リリー達家族は帰宅させることになった。

 だが相手の目的が分からぬ以上、手を変えまた連れ去ろうとしてくる可能性もある。

 不安にさせぬようリリーに詳細は伝えず、黒幕が捕まるまでは騎士が影から護衛することをオイゲンとカインには了承を貰っている。


 諸々の対応を終え、ユリウス様の元に戻った時には既に深夜となっていた。

 デニスの執務室で私を待ち続けていたそうだが、リリーが見つかったと一報が入った後、夜更かしは体に良くないとベッドに無理やり押し込められ、先程眠りについたとの事だった。


 敬愛する主のあどけない寝顔を見ながら、必ず黒幕を引きずりだしてみせると私は決意を新たにした。




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