37. ミルの正体
「ところで其方、もしかして名をリリーというのか?」
「そうですけど、どうして知っているんですか?」
「森の入口辺りで、さっきからリリー、リリーと叫んでいる者たちがいるのだ。どうやら其方を探しているらしい。知り合いか?」
「森の入口って……。そんなに遠くの声が聞こえるんですか?」
「我は森の主だからな。この森の中で起こった事ならば大体感知できるのだ」
おぉ、なんかすごい主っぽい。
攫われた時にユーリと目が合った気がするから、もしかしたら兵士に通報してくれたのかもしれない。
ユーリならうちを知っているし、家族にも伝えてくれたかも。
「私が攫われたことを知った家族か兵士が探しに来てくれたのかもしれません。すみませんが、今日はこの辺りで帰ってもいいですか?」
「むぅぅ。リリーはまだ幼いようだし、家族が迎えに来ているならばしかたない。だが、すぐにまた遊びに来るのだぞ!」
結構長々と話してしまったし家族も心配していると思うので、そろそろ帰宅したい旨を伝えると、不服そうではあるが渋々と納得してくれた。
「遊びに来たいのは山々なんですけど、ハーリアルの森は危ないから入っちゃダメって言われているし、ここはかなり森の奥深くにあって私の足で来るのは難しいかなって思うんですけど、どうすればいいですか?」
「ん? ミルがいるのに何が危ないことがあるのだ? ミルの背に乗ってくれば、魔物は勝手に避けていくし、ここまでも一瞬ではないか」
「え? ……どうやって?」
足元に目を向けると、ちょこんとお座りしたミルが毛づくろいをしていた。
こんなにちっちゃいミルに乗ったらぺちゃんこに潰れてしまいそうだ。
「契約したばかりならいざ知らず、十分に魔力を与えられていればひと月もあれば成獣の姿になれるはずだ」
「え? そうなんですか?」
「なんだ、今まで一度も成獣化しておらんのか? ……ははーん、さてはお主、小さい方が甘やかしてもらえると思って、敢えて大きくならなかったな?」
ハーリアルがニヤニヤしながらミルを見下ろしている。
ミルはプイッと顔を背けた。
え、ミルが大きくなれるって、本当に?
「はぁ、それで非力なまま共に捕らえられて契約者に害が及んでいるようでは意味が無いではないか」
「みぃぃ」
呆れたように話すハーリアルの言葉を理解しているのか、ミルはしょぼんと肩を落としている。
「忘れていただと? ミル、お主結構抜けておるなぁ。リリー、こやつは其方に甘えているだけなのだ。許してやってくれ」
「はぁ……」
許せと言われても、今までミルが大きい姿になれるだなんて知らなかったしなぁ。
小さいままでいたのは私に甘えたいからだなんて、可愛い子である。
「其方を探している人間達のところまで案内してやるから、次にここに来る時の練習も兼ねてミルの背に乗って我についてくるがよい。ミル、成獣化はできるのであろう?」
ハーリアルがしょんぼりしていたミルに声をかけると、ミルの体が白く光った。
シルエットがだんだん大きくなっていき、光が収まると獣化したハーリアルより少し小さいくらいの白い虎になっていた。
……。
……虎だったのぉぉぉぉ!?
いや、確かに足のぽってり具合とか、耳は丸みがあるし虎模様だし、言われてみればなんで気付かなかったのかって感じだけれども!
ハーリアル様が虎なんだから、その眷属のミルも虎ですよね、そうですよね!
だって、子猫サイズだったんだもん! わからないよぉ!
「……」
ちょっと衝撃的過ぎて言葉が出ない。今世で一番驚いたかもしれない。
――子猫だと思って可愛がっていたら、虎だった件について。
大混乱して前世のラノベタイトルみたいなことを考えていると、のし、と大きくなったミルが私の前にやってきて横向きに伏せた。
「ありがとう、重かったら言ってね?」
「グルルゥ」
多分乗れってことだと思うので、なんとか気持ちを落ち着かせてミルの背に乗せてもらった。
乗る前にいちおう一言断ったら、子猫の頃の原型がないほど野太い鳴き声になっていたが「全然軽いよ」って言ってくれている気がする。そうに違いない。
ハーリアルもいつの間にか虎の姿になっていて、ガオーッと大きく一鳴きすると、なんと空へと飛び上がった。
えぇ!? と驚くのもつかの間、ミルもぴょんと宙へ飛び出し、先に空を駆けるハーリアルの後を追っていく。
空、飛んでる……。
異世界に転生したとはいっても、普段の生活でファンタジーっぽさはほとんどなく、強いて言えばトイレのスライムっぽいネバネバと、兄から聞く魔法剣の話くらいだった。
それなのにここへきて急なファンタジー要素のオンパレードにそろそろキャパオーバーしそうだ。
これ、夢じゃないよね……?
呆然と森を見下ろすと、どこまでも緑が続いていて、この森が広大であることがよくわかる。
向かう先に小さく街のようなものが見えるので、あそこが私たちの住む街なんだろう。遠目で見るとなんだか不思議な感じだ。
私達の街はぐるりと城壁に囲まれていて、でもこの森に面している部分だけ城壁がなくお椀のような形になっている。
なんでだろう? 魔物が入って来ないように、むしろ森側の守りの方が重要な気がするんだけど。
空を駆ける二匹のホワイトタイガーはあっという間に街の近くまでたどり着き、手前の木々の間に降り立った。
二匹がしゅるるる、と人型と子猫型に戻っていったのを見て、空を飛んでいる間ずっと気になっていたことを尋ねてみた。
「あの、空が飛べるなら、おうちに入るときにわざわざ茨のトンネルを通らなくても、空から入れたんじゃ……?」
「普段はそうしておるぞ? 契約者ではない人間が来る時だけあそこを使うのだが、来訪者は皆目を丸くして驚いておって、特に幼子には大人気でなぁ。せっかくだからリリーにも見せてやろうと思ったのだ。あれは我の魔力に反応して開けたり閉じたりできるのだ。面白いだろう」
人外の超絶美形がドヤァと胸を張っている。
茨のトンネルを通ったのは彼なりのサービスだったらしい。
確かにテンションは上がったけど、なんだかどっと疲れて「はぁ、ありがとうございます……」となんとも気のない返事になってしまった。
「このあたりで待っておればそのうち向こうから見つけてくれるだろう。我はあまり人の子の前に姿を現さない方が良いのでここまでだ。あぁ、そうだリリー。眷属の契約者であることや我の事、知る者がおらぬならばあまり人には言いふらさぬ方が良いぞ」
「なんでですか?」
「眷属の契約者に選ばれた者は、人の世では持て囃され良い待遇を受けると聞く。だがその一方で良からぬことを考える者に利用される対象にもなるのだ。其方の前の契約者も心優しき良い人間であったが、その最期は痛ましく非常に哀れであった。我はリリーやミルに同じような目にあってほしくないのだ……」
しゅん、と悲しそうな顔をするハーリアル様。
とんでもない美形の憂い顔は破壊力が凄い。
私が何かをしたわけではないのに、罪悪感でなんとか励まさねば、という気にさせられる。
「だ、大丈夫ですよ。私は今の生活に不満はないし、ちやほやされることにも興味はないですし。どちらかというと、注目されるのは苦手な方なので。誰にも言いません」
「そうか、ならば良いのだ! では、周りの目を盗んでこっそり会いに来るのだぞ。あんまり待たせると我の方から会いに行くからな!」
虎の姿で会いに来られたら魔物と間違われて騎士様を呼ばれそうだし、人の姿で来られても美しすぎて目立ちまくるのでどちらにせよ大変そうだ。
それだけは阻止しないと……。
「今日はありがとうございました。誘拐犯から助けてくれたことも、色々教えてくれたことも、このリボンも、とっても嬉しかったです。お礼の品を持って、ミルと一緒にまた会いに行きますね」
またすぐに会いに行くことを約束すると、ハーリアル様は絶対だぞっ、と念を押して帰っていった。
神々しいほどの美貌なのに中身はちょっと変な森の主様だったけど、多分素直で優しい人だと思う。
おしゃべりで寂しがり屋さんの彼がさみしくならないように、手土産を持ってまたすぐに会いに行こうと思った。
どんなものなら喜んでくれるかな、とプレゼント案を考えていると、大声で私を呼ぶ声が聞こえてきたので、こちらも大きな声で返事をした。
「ここにいます!」
「!? 今声が聞こえたぞ! こっちだ!」
がさがさと藪をかき分けて鎧を着た騎士様が現れた。
「良かった! 君がリリーだね? 怪我はないかい?」
騎士様は私の前に膝をついて怪我がないことを確認すると、ほっと息をついた。
捜索されるにしても平民で構成された兵士かと思っていたのに、まさか騎士様が探しに来てくれるなんて。
たかが平民一人が攫われたところで正直見捨てられると思ってた。
「リリー!!!」
騎士様が現れたところの藪でまたがさがさとかき分ける音がして、勢いよく出てきたのは父だった。
手にはうちにある中で一番大きい出刃包丁を握っている。
そ、それで魔物と戦うつもりだったの?
ほっとしたように膝をついた父にガシッと抱きしめられた。
肩で息をしているし汗もかいていて一生懸命探してくれたことが伝わってくる。
「リリー、良かった……」
お父さんの声が震えている。
魔獣がうじゃうじゃ出るという魔の森に包丁一つで探しに来てくれるなんて、無茶苦茶だけど、愛されているんだなぁと感じる。
「心配かけてごめんなさい。探しに来てくれて、ありがとう」
抱きしめる腕の力がさらに強くなった。
ちょっと苦しいけど、抗議はしなかった。
「リリー!?」
さらに現れたのはなんとカインだった。
「お兄ちゃん!?」
まさかカインまでいるとは思わず驚いていると、父の手が緩んだと思ったら今度は兄にガシィッと思い切り抱きしめられた。
普段の丁寧な扱いからすると考えられないほどの乱暴さだ。
「よ、よかった……リリー、リリー……うぅ」
お兄ちゃんが泣いている。
そうだ、私誘拐されたんだった。
お兄ちゃんの匂いに包まれて安全なところに帰ってきたんだという実感が湧いてきたのと同時に、先程までの心細い気持ちがフラッシュバックする。
街の外のどこかもわからない場所に連れていかれるところだったのだ。
なんだか、安心したら急に怖くなってきた。
「うっ、うぅー、怖かったよー! ふえーん!」
こうなったらこの体はもう止まらない。
この世界で一番安心できる場所で、疲れて眠ってしまうまで泣き続けた。
この作品を書き始めた頃、ジェラートピケ(ルームウェアのブランド)でなんとホワイトタイガーの赤ちゃんのシリーズが販売されているのを偶然見つけました。これは運命だ! と思い、さらさらのルームウェアの上下を購入しました。着心地が良くて愛用しています。その時はお財布事情的にそれしか買えなかったので、再販してくれないかなぁと常々思っています。
お読みいただきありがとうございます。
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