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35. ハーリアル

 困惑している私を意にも介さず、目の前の白い人は手にした麻袋をぺいっと放り投げると、ミルが入っている麻袋を持ち上げ、袋の口を開けるとひっくり返して振った。


 私もこうして出されたのか。

 あの、できればもう少し優しく……。


 「ふみゃっ!?」


 騒ぎにも気付かずいまだスヤスヤと寝ていたようで、うちの子は猫にあるまじき運動神経でべちゃっと背中から地面に落ちていた。

 ミル……。


 乱暴に起こされたのがご立腹のようで、ミルは白い人に対してフシャーッと威嚇している。

 ミルの威嚇にもどこ吹く風で、白い人は私達を見下ろすとようやくその口を開いた。


 「遅い! ずっと待っていたのに! 其方ら、一体どこをほっつき歩いていたのだ?」


 開口一番なぜかぷんぷん怒っているのだが、意味が分からない。

 こんな目立つ白い人、正真正銘初対面だし、人違いじゃないだろうか?


 というかこの人、男の人だったのか。

 あまりに美しすぎて性別もわからなかったのだが、美しいテノールの声でようやく男性だと分かった。

 顔も良ければ声もいいとか、ますます作り物じみているな。


 「ようやくこの森に入ってきたと思ったら、ちっとも我の元に来る気配がないし! 我の方から会いに来てしまったぞ。……あぁ、お前たちと一緒にいた者たちは殺してはいないぞ。気絶しているだけで明日の朝くらいには目覚めるであろう。人はみだりに命を奪うとうるさいからな。そのくせ自分達は戦争だとか言って大量に殺し合うのだから、人の(ことわり)はよくわからん。……なんだ、お前たち。黙ったままで。我に会えたのが嬉しすぎて声も出ないのか?」


 一人でマシンガンのように喋り続ける白い人を地面に転がされたまま呆然と見上げていたところ、彼はようやくこちらの返事がないことに気付いたようだった。

 うーうーと声を出しながらロープが見えやすいように体勢を変え、縛られていることをアピールする。


 「ああ、話せないのか! なんだ、そうならそうと早く言えばよかろう」


 白い人はポンと手を打つと、私の手足を縛るロープと猿轡を外してくれた。

 なんか変な人だな、と思いつつも、助けられたことに変わりはないのでお礼を告げる。


 「あ、あの、助けてくれて、ありがとうございます……」


 「何のことだ? 其方ら、我に会いに来たのではないのか?」


 「え?」


 「ん?」


 会話が全く噛み合っていないのを感じて、白い人と見つめ合い二人してコテンと首を傾げた。


 「えっと、あなたは誰ですか?」


 「我が名はハーリアル。其方には特別に我を名前で呼ぶことを許してやろう。特別だぞ?」


 「ハーリアルって、この森の名前じゃ……」


 「そうだ。我はこの森の(ぬし)だからな。我が棲む森だから、ハーリアルの森というのだ」


 そう言うと、自称森の主はえっへんと胸を張った。

 なんか光ってるし、さっき人の理は~とか言っていたから人間じゃないんだろうなと思っていたけど、この森の主様だったらしい。

 うーん、異世界ファンタジー。


 「あの、主様……」


 「ハーリアル」


 「……ハーリアル様」


 「うむ」


 主様と呼びかけたらへにょんと眉を下げて訂正されたので名前で言い直すと、満足そうに頷かれた。

 さっきから思っていたけど、見た目は神々しいのに、喋ると色々残念だな、この人……。


 「私達を助けに来てくれたんじゃないなら、貴方はどうしてここに?」


 「其方らの気配はするのに一向に我の元へ来ないから、もしや森で迷っているのではないかと思って迎えに来たのだ。……違うのか?」


 「私達は誘拐されてどこかに連れていかれるところだったんです。犯人をハーリアル様がやっつけてくれたので、助かりました」


 「ふむ。そうであったか。其方らを迎えに来たら、あいつらが突然攻撃してきたので返り討ちにしたのだ。悪人であるなら、殺してしまった方が良かったか?」


 「い、いいです、いいです」


 近くでのびているチンピラ達を横目にとても物騒な事を言いだしたので慌てて首を振る。

 相応の罰を受けてほしいとは思うが、死んでほしいとまでは思わない。


 「と、ところで、迎えに来たって言っていましたが、私達、初めましてですよね?」


 「んん~? 確かに会うのは初めてだが、存在は知っておったぞ? 我が眷属とその契約者は気配でわかるのだ」


 またよくわからない単語が出てきた。


 「眷属???」


 「そこにいる小さいのだ。其方が契約したのだろう?」


 「み?」


 白い指が指さす先にいるのは、我関せずといった風に後ろ足で耳の後ろをかいていたミルだ。

 視線を感じたのか、かくのをやめてつぶらな瞳で見上げてきた。かわいい。


 「この子が眷属ってどういうことですか? 契約ってなんですか?」


 さも当然のように話されても、何が何だか分からない。


 「はぁ、其方契約者なのに何にも知らぬのだな。……よし、ここで立ち話も何だから其方らをうちに招待しよう。そこでくつろぎながら質問するがよい。何でも答えてやろう。特別に私の背に乗せて連れて行ってやるから、ありがたく思うといい」


 特別だぞっ、ともう一度言うと、ハーリアルの体がビカーッと白く光った。


 「わっ」


 まぶしさに思わず目を瞑り、目を開けると、そこには大きな白い虎がいた。


 わぁ、前世の動物園の動画で見たことがある!

 ホワイトタイガーだ!

 一度実物を見に動物園に行ってみたかったのだ。


 「も、もしかして、ハーリアル様、ですか?」


 目の前のホワイトタイガーは肯定するかのようにぐるるぅと喉を鳴らすと、まるで乗れとでもいうように私の前で横向きに伏せた。


 「の、乗ってもいいんですか……?」


 再びぐるると鳴くと、早く乗れと言わんばかりに背の方に鼻先を向けた。


 し、失礼します、と一言添えて、恐る恐る背によじ登った。


 うわ、もふもふだぁ。

 よじよじとなんとか背に跨り極上の毛並みに感動していると、ハーリアルは立ち上がりミルの首根っこをがぶっとくわえた。


 「みゃっ!?」


 ミルは驚いて足をばたつかせていたが、離す気がないとわかったのかすぐに脱力して身を任せていた。

 なんだか遠い目をしているように見えるのは気のせいだろうか?


 ミルがおとなしくなると、ホワイトタイガーはものすごい勢いでどこかへ向かって走り始めた。


 「ひぇ」


 急に走り出したので驚いたが、木々の間を縫うようにビュンビュンと猛スピードで駆けているのに、びっくりするほど揺れないし風も感じない。

 森の主の特殊能力だろうか?

 予想以上に快適だったので、きょろきょろと周辺の景色を楽しむ余裕まであった。


 ……魔の森っていうから薄暗いおどろおどろしいところを想像していたけど、思ったより普通だな。

 確かに草木が自由に生え放題育ち放題のワイルドな大自然という感じはあるが、空気は美味しいし、木漏れ日はキラキラしてきれいだし、なんだかピクニックでもできそうなほどのどかだ。

 凶暴な魔物がうじゃうじゃいると聞いていたのに、それっぽい生き物は今のところ全く見えない。


 映画に出てきそうな大自然の景色をしばらく堪能していると、白い虎はようやく足を止めた。

 目の前には茨がみっしりと絡み合っていてこれより先は進めそうにない。

 ハーリアルがその場でそっと伏せたので、よじよじとその背から降りる。


 ホワイトタイガーは再びビカッと光り、人外の美しさを持つ人型に戻っていた。

 

 「この先が我の棲み処である。しばし待て」


 ハーリアルが茨の前に立ち手をかざすと、ぎっちぎちに絡み合っていた茨がずざざざざ、と動き出し、人一人通れそうな大きさのトンネルが出来上がった。

 わぁお、ファンタジー!


 「ふふん、すごいだろう。ついてくるがよい」


 目を丸くする私の反応がお気に召したのか、ハーリアル様は得意げに笑って中に入っていった。

 長い脚ですたすたと先に行ってしまうので、私もおいていかれないようにとてとてと小走りでついていった。




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