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31. ガラの悪い客

 イーヴォに引率してもらい、商業ギルドでユーリと私の個人口座を開設してから数日後、改めてハンバーガープロジェクトチームの三人が商会長室に集められた。


 「先日話した特別賞与だが、お前たちの口座に振り込んでおいた。こっちが明細だ。確認してくれ」


 デニスはそう言って明細の書かれた紙を一人ひとりに手渡していった。

 自分の明細に目を落とすと六十万ギル。

 毎月の利益の数パーセントを報酬として頂く契約になっていたが、その内の一部を私名義にするにあたってどのくらいの比率にするか家族に相談し、半々にすることになったので我が家全体としては百二十万ギルだ。

 なんと兄の騎士学校の入学金の倍以上の金額である。


 毎月の売り上げによって金額は変動するが、このまま事業の好調が続けば、このくらいの金額が毎月入ってくることになる。

 控えめに言って最高だ。

 この形式の報酬を勝ち取って本当に良かった。


 ちなみに報酬の割合を家族に相談した時、ほとんど私の功績なので全額私名義でいいと両親も兄も言っていたのだが、私一人ではハンバーグは完成していないと言い聞かせて何とか半々にすることに納得してもらったのだった。

 家族の力あっての事業だという思いに偽りはないが、それと同時に不安定な自営業なので別口からの収入があった方が安心だと思ったのだ。

 もしも家族に怪我や病気があっても保険も年金もありませんからね……。


 事業が予想以上に好調なおかげで、半々とはいっても平民からしたらかなり大きな金額だ。

 私はまだ子供で親に養われている状態なので、家賃や食費など生活にかかるお金は全て親持ちだから私名義の報酬は丸々貯金することができる。

 事業資金にするには心もとないが、数年もすればだいぶ貯まるはずである。

 ふっふーん、次はどんな事業をしようかなぁ。


 「嬉しそうだね」


 明細を見ながらほくほくしていると、ユーリが不思議そうにこちらを見ていた。


 「わかる?」


 「うん。無表情だけど、目がキラキラしているから嬉しいんだなってわかるよ。お金ってそんなに嬉しいものなの?」


 「嬉しいよ。このためにがんばったんだもん。ユーリは嬉しくないの?」


 「……よくわからない。お金のことなんて、今まで考えたこともなかったし」


 うーん、ユーリはいいとこのお坊ちゃんだから、そりゃあお金で苦労した事なんてないか。

 せっかくがんばって、事業もうまくいっているんだから、ユーリにも嬉しい気持ちになってほしいんだけどな。

 そこまで思うのは傲慢だろうか。


 「こんなに、いいんですか?」


 なんて声をかけようか迷ってユーリと見つめ合っていると、特別賞与は想像より多かったようで、ヨナタンから驚きの声があがった。


 「ああ。これからの働きにも期待して、少し色を付けてある。これからますます忙しくなる予定だからな。頼むぞ」


 デニスはねぎらうようにヨナタンの肩をポンと叩くと、ユーリに向き合った。


 「ユーリ。君の働きも素晴らしかったと聞いているよ。初めての事ばかりだったろうに、教えられたことをすぐに覚えて、自分の出来る事を探して自ら動くという事は誰にでもできることじゃない。事業がうまくいっているのは君の力あっての事でもある。この賞与はユーリの努力の対価だ。よくがんばったな」


 そう言うと、デニスは優しい笑顔でユーリの頭を撫でた。うちのお父さんのようにガシガシと撫でるのではなく、そっと慈しむような撫で方だ。

 ユーリはというと、まるで生まれて初めて褒められたかのように、目をまん丸にしてぽかんとしていた。


 商会長室を後にすると、ご機嫌なヨナタンがうきうきと提案してきた。


 「業務もひと段落しましたし、今日はこれから三人で食事に行きませんか? 事業がうまくいっているお祝いに、ここは年長者である僕がご馳走しましょう。臨時収入も入りましたしね」


 「じゃあ、うちの店に行く? ハンバーガー以外のメニューも美味しいよ」


 「いいですね! 茶色のしっぽ亭には一度客として行ってみたかったんです。ユーリはどうですか?」


 「行く」


 こうして、茶色のしっぽ亭でのささやかな打ち上げが決定した。






 「いらっしゃい! あらリリー、おかえり。ヨナタン君とユーリ君は久しぶりだね。今日はどうしたんだい?」


 「ただいま。今日は二人がご飯を食べに来てくれたんだよ。私も一緒に食べるから、三人座れる席はある?」


 「そういうことならこっちの席へ座りな! 二人ともゆっくりしてっとくれ!」


 夕暮れ時、店が混み始めるより少し前の時間帯に到着し中に入ると、お母さんが元気よく迎えてくれた。


 「とんかつとオムレツが私のおすすめかな。あとハンバーグはお肉のとこはハンバーガーと一緒なんだけど、ソースの味や付け合わせが違ってこっちもおいしいよ」


 テーブル席について私のおすすめメニューを紹介すると、ヨナタンはハンバーグ、ユーリはオムレツを注文した。私はとんかつだ。


 「おまちどうさまっすー! ハンバーガー、めっちゃ噂になっててうちの店でも超人気っすよ。三人とも、お疲れ様っす! こっちの揚げ芋と果実水は店長からのサービスでーす」


 パウルが注文した料理と一緒に、頼んでいない山盛りのポテトと果実水をテーブルに置いていく。私たちの来店を聞いたお父さんが気を利かせてくれたらしい。


 「おお、誰かと思ったら前にハンバーガー売りに来てた兄ちゃん達じゃねえか! あんがとよ! 売り子が街はずれまで来てくれるおかげで、しょぼかった昼飯がごちそうになって、午後も力一杯働けてるぜ」


 「ハンバーガーもいいが揚げ芋! ありゃあいい! うめぇし腹にたまるから腹の虫が鳴くことがなくなったぜ!」


 「あん時はヘロヘロしてて大丈夫なのかと思ったが、美味い昼飯がいろんなところで買えるようになったのはお前らのおかげなんだろ? やるじゃねぇか、兄ちゃん!」


 「あっありがとう、ございます……」


 「雇われてる人達やその家族からも評判いいっすよ! 給料はいいし、適度にいい運動になるからやることなくて鬱屈としていた男衆が元気になったって、奥さん方に感謝されたっす」


 「適度にいい運動……?」


 お客さんの中に試験販売を行った時の大工さんがいたらしく、私たちに気が付き声をかけてきた。

 マッチョの大工さんにバシバシと背を叩かれていたヨナタンは、パウルの言葉に顔が引きつっている。元狩人さんからしたら、あの程度は軽い運動レベルらしい。


 「そういやぁ、ガラの悪い客が売り子に難癖付けて絡んでくることがあるらしいぜ。強そうな売り子ばかりだから返り討ちにしてるらしいが、見慣れない顔のやつらで、よそからならず者が入り込んでると噂になってる。お前ら気をつけろよ」


 「えっ?」


 「ああ、そういったことがあったと報告は受けています。まずいだのごみが混入していただの根拠のない言いがかりばかりで、その都度従業員が対処しているので大きな問題にはなっていませんが、他店からの妨害の可能性があるとみて現在調査中です」


 ヨナタンの言葉を聞いてユーリと顔を見合わせる。

 私たちは知らされていなかったが、順調だと思っていた事業で、実は嫌がらせ行為があったらしい。


 「安心してください。この程度、想定の範囲内です。おそらく事業の好調を妬んだ何者かが足を引っ張ろうとしているのでしょうが、喧嘩を売った相手が悪かったですね。どなたか存じませんが、すぐに手を出したことを後悔することになるでしょう」


 フフフ、と笑うヨナタンの笑顔が黒い……。


 「大丈夫っすよ。その話俺も聞きましたけど、絡まれた当の本人達は森の魔物に比べりゃ赤子の手をひねる様なもんだって、ケロッとしてましたから」


 さ、さすがジュラシックパーク育ちの元狩人さん達。

 お強い……。


 事件が自分のあずかり知らないところで速攻で解決されそうであっけにとられていると、バタン、と大きな音を立てて店の扉が開いた。


 「おーい、ここかぁ、噂のハンバーガーを出す店ってぇのは!」


 薄汚れた恰好のチンピラのような三人組がずかずかと入ってきて、空いている席にドカッと腰を下ろした。

 三人とも見慣れない顔である。


 あぁ、こいつらかぁ、と店内にいる全員の心の声が一致した。


 「おい、ハンバーガー三人前だ! すぐ持ってこい!!」


 「……へーい」


 自分たちが可哀想なものを見る目で見られている事にも気づかず、横柄な態度で注文してくる三人組にパウルが乾いた返事をした。


 態度は悪いが今のところは何も悪いことはしていないので、私たちは大人しく食事を再開することにした。

 ただ、みんなピリピリとした雰囲気で彼らを注視していることがわかる。

 せっかくの打ち上げなのに和気あいあいとしていた空気が台無しである。


 注文したハンバーガーが運ばれてくると、一人がニヤニヤしながら懐から何かを取り出し皿の上に乗せ、大声でわめきだした。


 「なんじゃこりゃあ!? この店じゃ、こんなもんを料理として出してんのか!? おい、店長を出せ!」


 お約束というかなんというか、やはり彼らは料理に難癖をつけだした。

 そこそこ賑わっているはずの店内がしんと静まり返っていて、何かを皿に乗せるのも皆が見ていたというのに、この人たち馬鹿なんじゃないだろうか……。


 何を乗せたのか気になって、ひょいと彼らのテーブルを覗きこむと、大きな衝撃を受けた。

 あれは、黒光りするGの名の付くあいつの死骸じゃないか!


 さ、最低……。

 食べ物のお皿にこんなものを乗せるなんて……!


 「自分が店長ですが、何の用ですか?」


 呼ばれた父が、ゆっくりした足取りで厨房からやってきた。

 三人組より体が一回り以上大きく、のし、という効果音が聞こえてきそうだ。こいつらが店に入ってきた時は怖そうに見えたが、父の隣に並ぶと小物感が凄い。

 普段の三割増しで眼光が鋭く威圧感ましましである。


 まさかこんな強面の店長が出てくるとは思わなかったのか、三人はポカンとしていたが、Gを皿に乗せた張本人のリーダーっぽい男が気を取り直したように噛みついてきた。


 「こっ、この皿を見ろ! この店じゃ、ゴキブリ料理を客に出すのかよ!? せっかく食事をしに来たのに最悪の気分だぜ。慰謝料を払いやがれ!」


 父は男の言葉を聞いてGの乗った皿に目を向けると眉をしかめた。


 「嘘だよ。この人がお皿に何かを乗せるところ、見ていたもん。それに、うちには頼れる飼い猫がいるから、ゴキブリなんて一匹もいないよ」


 「みゃあ」


 あまりの言い分に口を挟むと、足元で丸くなっていたミルが同意するように鳴き声を上げた。


 「あぁん!? なんだてめぇは。ガキはすっこんでろ! ……うぎゃあ!」


 男がいきり立ち私に手を伸ばすと、父がその手を掴んだ。


 「うちの娘に触らないでもらおうか」


 「痛え! は、放しやがれ!」


 「嬢ちゃんの言うとおりだ! お前が懐からそいつを取り出して皿に落とすところを全員が見てるんだよ! くだらねぇ難癖付けてんじゃねぇ!」


 「俺らが何年この店に通ってると思ってんだ。こんなもんが乗った料理が出てきたことなんか一度もねぇよ!」


 「つうか、お前ら誰だよ!? この辺りじゃ見ねぇ顔だが、名前と出身を言ってみろ!」


 殺気立ついかついおじさんたちに囲まれて、男達はようやくここには味方がいない事に気づいたようだ。


 「な、なんなんだよ、この店は……。こんなの聞いてねぇぞ」


 父はうろたえる三人の首根っこをまとめて持ち上げると、そのまま店の外にポイと放り投げた。


 「「「ぎゃっ」」」


 「次また変な難癖つけてきやがったら、今度は兵士につきだすからな。二度とこの店に来るんじゃねぇ」


 そう言って入口のドアを閉めた。

 さすがにこれ以上難癖をつける事は出来なかったようで、悔しそうにすごすごと退散していく姿が窓の外に見えた。


 「はぁ、噂をすればなんとやらだな。あいつら、ぜってぇさっきの話の奴じゃねえか」


 「店長もおかみも安心しろよ。あんなのがいくら来たって、信じるやつは誰もいねぇよ!」


 常連さんの言葉に小さく頭を下げると、父はのっしのっしと厨房に戻っていった。

 その後姿を見て母が苦笑している。


 「ふふっ、ありがとうってさ。すまないね、あの人口下手だから」


 「いやあ、店長がいい人だってのは俺らみんな知ってんだ」


 チンピラたちの言い分を誰も信じずすんなりと追い払う事ができたが、少し状況が違えば店の評判に大打撃となっていた可能性もある。

 ひとえにこの地に根を張り、両親や祖父母が誠実に積み重ねてきた信頼の賜物だろう。

 客商売は信頼が命だ。大事にならず本当に良かった。


 「リリー、君、何考えてるの。あんな危なそうな奴らに食ってかかるなんて。怪我でもしたらどうするのさ」


 ホッとしていると、ユーリが珍しく強めの口調で詰め寄ってきた。


 「そうですよ。君のような子供なんて、あいつらの手にかかればひとひねりなんですよ。ああいうのは、大人に任せておけばいいんです」

 

 「……ごめんなさい」


 「もっと言ってやっておくれ。大人しそうなのは見た目だけで、突然突拍子もない行動を起こすんだから。しかもやると決めたら一直線だからね。よおく手綱を握っといておくれよ」


 「お母さん……」


 ヨナタンにも怒られて素直に謝ると、母にまで呆れた声で普段の行動を暴露され、情けない声が出て皆に笑われた。

 うぅ、そんなに笑わなくてもいいじゃん……。


 「さぁ、いらぬ横やりが入りましたが、食事を再開しましょう。せっかくの料理が冷めてしまいます」


 ヨナタンがパンと手を打って皆を促すと、各々席に戻って食事を再開し始めた。


 二人とも料理が口に合ったようで、上品ながらもテンポよく口に運んでいる。

 ふと何かを思い出したようにユーリがヨナタンを見た。


 「稼いだお金をリリーは次の事業資金にするって言っていたけど、ヨナタンは何に使うつもりなの?」


 「これと言って今のところは特に使う予定はないですね」


 「あんなに嬉しそうだったのに?」


 「わかっていませんねぇ。自分の目の前に金貨が積みあがっていく、それが嬉しいんじゃありませんか!」


 ヨナタンの言葉にユーリはわけがわからないといった顔をしているが、その気持ち、私にはよくわかる。


 「わかる。貯金が増えていくと嬉しいよね」


 「わかってくれますか! 毎月、自分の口座残高を確認する時が至福の瞬間です」


 うん、すっごくよくわかる。スマホで確認できるのに、形に残すためにわざわざ通帳記入しに銀行まで行ってたくらいだし。

 こくこくと首を縦に振って完全同意する。


 「貯金が増えてるの見ると、がんばってよかったって思う」


 「リリー……!」


 感動に打ち震えるヨナタンと見つめ合うと、どちらからともなくガシッと固く握手を交わした。

 二人の心が通い合った瞬間である。


 君は今日から同志だ。

 親愛を込めて心の中でヨナたんと呼ぶことにしよう。


 二人で熱く友情を交わしていると、ユーリがぺいっと私とヨナたんの握り合った手を外し、私の手を握り込んできた。


 「ユ、ユーリ? どうしたの?」


 「僕だって貯金してるんだから、僕も仲間でしょ」


 ユーリはそう言うと、ぷくっと頬を膨らませてそっぽを向いた。

 どうやら自分だけ仲間はずれが気に入らなかったようだ。

 普段子供らしい姿をほとんど見せないユーリが拗ねている姿は、申し訳ないがとてもかわいい。


 そういえば、ちゃんと感謝の気持ちを伝えてなかったなと思い、ユーリの手を両手で包み込んで目を合わせた。


 「ユーリ。遅くなっちゃったけど、ありがとう。デニスさんに会わせてくれたこともそうだけど、事業を一緒にやってくれて、いつもいっぱい助けられてるよ。ユーリがいてくれて、よかった。だから、本当にありがとう」


 伝われ、と願いを込めてぎゅっと両手に力をこめた。

 ユーリはデニスさんに撫でられた時と同じようなポカンとした顔をしていたが、みるみるほっぺが赤くなっていき俯いた。


 「……僕、こんな気持ちになったの、はじめてだ。おじさんに褒められた時も、ハンバーガーを食べた人にお礼を言われた時も、今も。やってよかったって、嬉しい気持ちになるんだ」


 「そういう気持ちを、達成感と言うんですよ。その優秀さで、今まで一度も達成感を感じたことがなかったなんて、一体どんなストイックな生活を送ってきたんですか」


 ユーリの言葉にヨナたんがやれやれと呆れた声をあげた。


 「誰かに言われてやらされるんじゃなくて、ユーリが自分で決めて、がんばって、それが結果に繋がったからうれしいんだよね。みんなが喜んでくれて、よかったね」


 ユーリは真っ赤な顔で目に涙を溜めながらくしゃっとした笑顔でこくりとうなずいた。




 ただ私がそう呼びたいが為に、彼はこの名前になりました。



 お読みいただきありがとうございます。

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