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30. 白いパンは誰のもの? <デニス視点>

 時はさかのぼり、まだハンバーガー事業が本格始動する前、デニスはヨナタンから急ぎで相談したい事があると言われ、商会長室で話を聞くことにした。


 「それで、相談したい事とはなんだ? 事業でなにかあったのか?」


 「それが……使用するパンに関してなのですが……」


 「ああ、ハンバーガーに合う新しいパンを研究する話だったな。上手くいかなかったのか?」


 「いいえ。一応できました。ただ、その出来上がったものが……」


 いつもハキハキと話すヨナタンには珍しく言葉を濁している。


 「よくあるパンでも十分に美味かったし、新しいパンがなくとも事業に支障はないとは思うぞ」


 「い、いえ、そうではなく、とにかく食べて頂いた方が話は早いかと」


 自信家で完璧主義なところのあるヨナタンは、パンの研究が上手くいっていない事をプライドが許さず言いだしづらいのかと思い問題ないと伝えたのだが、うまくいっておらず悔しいというよりはなぜか困惑したような様子で、紙袋を手渡してきた。


 中には試作品のパンが数個入っており、一つ取り出すとその感触に驚いた。


 「ずいぶん柔らかいな……」


 「はい。食べて頂くともっと驚かれると思います。」


 軽く力をこめるだけでパンは簡単にちぎれた。

 信じられない柔らかさだ。それに白い。

 従来のパンに使われているライ麦ではなく小麦を使う予定だと聞いていたから、これが小麦の色なのだろうか。

 恐る恐る一口食べてみる。


 「!!!」


 なんだ、この味は!? 

 食べた瞬間に小麦の風味が口全体に広がり、噛むほどに甘みが増しているように感じる。

 普段食べている固くて酸味の強いパンとは全く違う。


 「こ、これがパンなのか?」


 「はい。驚くほど柔らかく、香ばしい小麦の香りとほんのりとした甘さ。従来のパンとは一線を画しています。これなら、貴族の食事に出してもおかしくない程だと思うのです。果たしてこのパンを平民の軽食として売り出すのが正解なのか、僕では判断がつかず、商会長にご相談したいと思った次第です」


 ヨナタンは私の反応を見ると、我が意を得たりというようにつらつらと意見を述べ始めた。


 「……リリーは何と言っているんだ?」


 「リリーは、美味しいパンができたので発売が楽しみだとしか……。あと、こちらの白パンはライ麦のパンより日持ちしないので一、二日で消費しなけらばならないそうです。僕はそういったところも平民よりむしろ貴族向きではないかと思うのですが、リリーはさも当然のように平民向けとして売り出すつもりでいるので、僕の感覚がおかしいのかと不安になってきまして……」


 「いや、お前の感覚は正しいよ。私もこのパンは、売り方によっては莫大な富を生むと思う。ヨナタン、よく相談してくれた」


 「商会長、リリーはあれほど優秀でありながら、なぜ平民向けの商売にこだわるのでしょうか? 平民相手と貴族相手では利益に雲泥の差があるというのに……」


 「リリーは類まれな発想力と年齢にそぐわない処理能力を持っているので私も失念していたが、あの子の生まれは下町の飯屋だ。貴族相手の商売どころか、貴族に会った事すらないんじゃないか?」


 「あっ……!」


 ヨナタンは今その事実に気づいたとばかりに目を丸くしている。


 「本当に不思議な子だ。大人顔負けの言動で事業の提案をしてきたかと思えば、とんでもないものを生み出しておきながらその価値には気付いていないのだから。ずいぶんちぐはぐに思える」


 「……リリーは、あの子は一体何者なんですか? ハンバーガーを最初に作ったのも彼女だそうですし、白パンに関してもまるで完成形がわかっているかのように指示を出していました。リリーは、一体どこでそのような知識を手に入れたのでしょう……?」


 「それは私も知りたい。あまりに子供らしくないので、最初は道半ばで亡くなった敏腕商売人の幽霊でも取り憑いているのではなどと思ったものだが、どうやらそれも違うようだしな」


 「商会長……」


 リリーと出会ったばかりの頃の自分の言葉を思い出し苦笑すると、ヨナタンは何と返せばいいのかというように複雑な顔をしている。

 荒唐無稽な話だが、普段のリリーの優秀ぶりを見ているとなくはないかもしれないと思ったのだろう。


 「まぁ、今後も付き合っていく中であの子の口から真実を聞く機会もあるかもしれない。幸い、リリー自身の気質は真面目で働き者、うちの商会にも好意的だ。今はそれで良しとしよう。あの子の頭の中には、誰も知らないとんでもない商品がまだまだ詰まっているような気がする。リリーは我が商会に金を生みだす聖女かもしれないぞ。我々はせいぜい金の聖女に見放されないよう誠意をもって接することにしよう。ヨナタン、簡単に離れられないように、リリーとは信頼関係を強固に築いておくように」


 「……かしこまりました」


 リリーとの関係強化を命じると、ヨナタンは唇をかみしめた後、悔しそうに返事をした。

 自分の力ではなく、人の力に頼らなければならないのが不服なのだろう。

 おまけにリリーはまだ幼い。

 うちの商会内では若いのに優秀だと頭角を現してきていたヨナタンのプライドが大いに刺激されたらしい。


 ふっ、まだまだ青いな。

 ヨナタンを見ていると己の若い頃を思い出し、面映ゆい気持ちになる。


 「な、なんですかっ」


 生暖かい目で見ているのがばれて、ヨナタンが顔を赤くしている。

 いかんな、これ以上は機嫌を損ねてしまうか。


 「すまんすまん。だが、リリーと自分を比べる必要はないぞ。あれが特殊なだけだ。あの子の突飛な発想をいかに利益につなげるか、それが私たちのような平凡な商売人に課せられた使命だと思え」


 「平凡……? 商会長が……?」


 励ましの言葉をかけたつもりが、疑わしいような目で見られてしまった。

 どうやらこの将来有望な若者の目に自分は平凡以上には見えているようなので、商会長の面目は保てそうで一安心だ。


 「お前は若い頃の私によく似ているよ。このまま研鑽を続けていけば私くらいの商売人にはなれるだろう。だが覚えておけ。世の中には凡人がいくら努力したところで絶対にそうはなれない天才がごく稀にいるんだ。そういった者と自分を比べるのではなく、そいつの能力をいかに利益につなげるのか頭を使うんだ。その方がよっぽど商売人らしい考え方だとは思わないか?」


 天才と呼ばれる者たちと比べ、己の無力さに打ちひしがれた在りし日の自分を思い出す。

 こう思えるようになるには自分は少々時間がかかったが、この優秀な若者であれば私の言葉を理解しすぐに切り替えられるかもしれないとも思い、さらに言葉を紡ぐ。


 「白パンに関しては私に任せてほしい。これは各所に与える影響が大きすぎる。さすがにお前たちではまだ手に余るだろう。流通させるのに十分な量の小麦を確保しようと思ったら、他領から輸入するよりも領内に大規模な小麦畑を作った方が結果的に良い可能性がある。それは領主の領分だからな、城とのやり取りも必要になってくるだろう」


 「そ、そこまで……」


 想像以上の規模だったのか、ヨナタンが驚愕している。


 「ハンバーガー事業にはひとまず通常のライ麦パンで始めるようリリーには伝えてくれ。白パンに関しては具体的に事業の目途が立ったら私から説明しよう。もちろん開発者であるあの子にも十分な利益が入るようにするつもりだ。白パンは確実に領地の経済に大きな変化をもたらすだろう。この事業は私が主導で行うが、お前にもたっぷり働いて貰うつもりだから、多くの事を学べると思うぞ。……領地の経済を動かすほどの商売人になるのが夢なんだろう?」


 そう言ってニヤリと笑うと、先程までの悔しさはかけらも見えず、炎の宿った瞳で元気な返事が返ってきた。


 「……っはい!!!」


 その返事だけで、うちの商会の未来は明るいと確信できた。

 さぁこれから忙しくなるぞ、と自分自身にも活を入れて、領地に新しい風を呼ぶ大規模な事業が始まる予感に、久しぶりに商売人の魂が熱くなるのを感じた。




 ちなみに、この世界では神は一人しかいないので、自分達にとって特別な存在を表す時に〇〇の女神(金の女神とか幸運の女神とか……)という言い方はせず、〇〇の聖女という表現をします。

 聖女に関する話はまた追々。



 お読みいただきありがとうございます。

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