29. 新事業本格始動!
「我々の事業計画書に承認が下りました。何度か突き返されることを覚悟していましたが、あの厳しい商会長の審査に一度目の提出で通るとは、快挙です! 皆、拍手!」
工事現場での販売から数日後、カールハインツ商会のいつもの会議室で、ドヤァと嬉しそうなヨナタンの号令に、ユーリと私は一度目を合わせてからパチパチと手を叩いた。
ハンバーガー販売の実体験を終え、私たちは事業計画書の作成に取り掛かった。
若くても優秀というデニスさんの言葉と、頭脳労働専門という本人の自己申告に違わず、ヨナタンは本当に優秀で、彼の主導であっという間に事業計画書ができてしまった。
ハンバーガーを背負って息を切らしながら歩いていた姿とのギャップがすごい。
私は前世で社畜経験はあるものの、事業を一から立ち上げるというのは初めてだったので、よどみなくサクサク指示をしてくれるヨナタンがものすごく頼りになった。
初めてとはいっても自分はヨナタンの指示があればそこそこのパフォーマンスを出せる自信はある。
意外だったのはユーリだ。
彼は年齢詐欺の私と違って正真正銘の子供なので正直戦力にはならないかと思っていた。
しかし、基本的な読み書き計算は元々できていたし、データのまとめ等初めての作業でも一度教えればすぐに出来るようになったのだ。
このくらいできるなら、新卒採用であれば御の字である。
まさかここまでできるとは思っていなかったので嬉しい誤算だ。
戦力にならないなんて思っていてごめんね……。
「ただパンに関してなのですが、まずは試作に使っていた通常のパンで始めましょう。白パンは商会長の判断で機を見て発売したいとのことでした。通常のパンでも十分美味しいですし、今後顧客が味に飽きてくる可能性も考えて改善の余地はあった方が良いそうです。」
「改善の余地……。わかりました」
パンについては、商会とつながりのあるパン屋さんの協力を得て研究した結果、前世のハンバーガーのバンズに近い白くてふかふかのパンが完成していた。
というか、小麦の風味が非常に豊かで、食べたのが焼きたての試作品だったということもあり、正直前世で食べたもの以上に美味しかった。
ソースの時といい、材料の野菜や小麦の味がしっかりしているからかもしれない。
冷めても十分美味しかったし、白いパンは今までにはない新しいもののようだったから、これは売れるぞと自信満々だったのだが、なるほど、改善の余地か。
私はなるべく良い物を完璧に近い状態で売り出した方がいいと思っていたけれど、そういう考え方もあるらしい。
ここはこの街での商売に関して何倍もの経験値があるデニスさんの判断に従った方がよさそうだ。
白パンはしばらくお預けかぁ。
美味しかったから私ももっと食べたかったのに。
発売まで楽しみに待つことにしよう。
事業計画書が無事に通ったので、そこからは本格的な事業の準備で大忙しだった。
心配していた従業員に関してだが、ギルドに募集をかけたらすぐに予定していた人数が集まった。
話に聞いていた通りそのほとんどが近隣の村からの難民で、どうやらパウルが予め周囲の人たちに根回しをしてくれていたようだ。
事業の内容を彼から聞いた難民キャンプの人たちは、自分達の家を作ってくれている大工さんの力に少しでもなるのならと、手を挙げてくれたらしい。
パウルはうちの店の待遇の良さもばっちり宣伝してくれたらしく、信頼できるとみてもらえたのも大きい。
皆さん狩りや農業で鍛えた体力自慢ばかりなので、ぜひがんばって頂きたいと思う。
ハンバーガー事業は茶色のしっぽ亭の名前で行うので、今更だけど一目でわかる店のロゴを新しく作ることにした。
私はそういったセンスが壊滅的である自覚があるので、ロゴデザインには口を出さず、アイデア会議では聞き役に徹していた。
そこで意外な才能を見せたのがユーリで、茶色のしっぽの由来を聞くと無言でさらさらと何かを書き出したかと思うと、ポニーテールの女の子の横顔のシルエットが出来上がっていた。
私としては自分がモデルのロゴなんて流石に恥ずかしかったのだが、いくつかの候補を見たカインがポニーテールのデザインをいたく気に入り、「絶対これ!」と譲らなかったのでゴリ押しで採用になってしまった。
大商会であるカールハインツが手がける新規事業の商品を葉っぱで包んで渡すのは格好がつかないので、ロゴのスタンプを押した紙袋に入れて販売することになる。
出来上がったロゴデザインのスタンプを押した紙袋を見ると、何の変哲もないただの茶色い紙袋がそれっぽく見えてくるから不思議だ。
同じロゴの看板も作ってもらい、既にうちの店の玄関に吊り下げられている。
おしゃれカフェのような雰囲気でいい感じではあるのだが、モデルが私じゃなければもっと素直に喜べたと思う。
その他にも様々な準備に追われる中で、ユーリは驚異的な成長を遂げていた。
書類仕事に関しては元々そつなくこなしていたが、最近に至っては必要になりそうな資料や手続きを、指示される前に自分の判断であらかじめ用意することも出来るようになっていて、まるでかゆいところに手が届く優秀な執事のようだ。
この年齢でこの能力は化け物レベルだと思う。
これで実家では無能扱いされていたなんて、天才の兄とやらがよっぽどの超人だったのか、はたまた周囲の人間の目が節穴だったのか、わけがわからない。
本人としても誰かをサポートする仕事が性に合っていたのか、初めて会った時の無気力な様子が嘘のように生き生きと働いている。
突然事業に参加したユーリだったが、死んだ魚のようだった目に生気が宿ったし、事業にとっていまや欠かせないほど優秀な人材となったこともあり、誰にとってもハッピーな方向に向かっているんじゃなかろうか。
あの日、事業に参加したいと言ってくれたユーリ、許可をくれたデニスさん、そして馬車にひかれそうになっていたところを助けた自分、みんなグッジョブである。
準備は順調に進み、ついにハンバーガー事業が開始した。
ハンバーガーの噂は事業開始前から口コミで広がっており、連日の大盛況で毎回完売となっている。
事業開始前に念入りに市場調査を行ったおかげで、街の様々な場所に体力自慢の従業員さんたちが販売に向かっている。
なんと、その販売先の中には領主の城も含まれており、城で働く平民の下働きはもちろん、噂を聞き付けた一部の貴族も最近は買い求めているという。
食堂に移動する暇もない程忙しい文官にとって、書類仕事をしながら片手で食べられるハンバーガーは重宝するのだそうだ。
さすがに城での販売は元狩人の従業員では荷が勝ちすぎるので、こちらはある程度城にも慣れている商会直属の販売員にお任せしている。
貴族には会ったことはないが、綺麗な服を着て普段はコース料理でも食べていそうなお貴族様が書類片手にハンバーガーを食べている姿を想像すると、なんだか前世のコラ画像みたいでシュールだ。
ちなみに、ハンバーガー本体の人気もさることながら、付け合わせの揚げ芋も大人気となっている。
揚げ芋。そう、フライドポテトである。
試験販売にご協力いただいた大工さん達がハンバーガーだけでは物足りなさそうだったことと、ハンバーガーにはやっぱりポテトでしょという安直な発想だったのだが、これが想像以上に好評で、初めて食べた人は「なんで揚げて塩ふっただけなのにこんなに美味いんだ……?」ともれなく驚いていて面白かった。
美味しいよね、フライドポテト。私も大好きだ。
店舗の方ではハンバーガーはやっていないのかとうちの店の方に問い合わせてくる人も多かったので、逆輸入する形で店の方でもメニューとして提供することになった。
こちらでは揚げたてのフライドポテトが食べられるので、通の間ではあえて店舗で注文するのが流行っているらしい。
おかげで店の売り上げも好調でウィンウィンである。
そして今日は、商会長室でハンバーガー事業の一月分の収支報告をする日だ。
当初の予想よりも大幅に高い利益が上がったので資料の説明をしながら報告するヨナタンは心なしか誇らしげである。
一通りの報告を受け、興味深そうに耳を傾けていたデニスが手にしていた書類を置き、にこやかに口を開いた。
「予想以上の成果だ。三人とも、よくやった。ヨナタンとユーリには特別賞与をあたえなければならないな」
「あ、ありがとうございます!」
臨時ボーナス宣言に、お金が大好きなヨナタンはわかりやすくはしゃいでいる。
対してユーリはよくわかっていないのかきょとん顔だ。
「茶色のしっぽ亭への支払いは利益の一定割合の契約になっているから、これだけの利益が上がった分それが賞与といえるかもしれないが、リリー個人として他に何か希望はあるか?」
「じゃあ、報酬の支払いの一部を店の方ではなく、私の個人名義にしていただくことはできますか?」
「それはもちろん可能だが、なぜだ?」
「次に事業を始める時の資金にしたいんです。次の事業がまた飲食関係とは限らないし、家族は頼めばお金を出してくれるだろうけど、家業と関係ない事業にお金を出してもらうのは私が心苦しいから、だったらはじめから自分の分は分けておけば、たとえ失敗しても心が痛まないかなって思って」
「ほぅ。ハンバーガー事業が始まったばかりなのに、もう次を見据えているのか。どんな事業をするのか、もう決まっているのか?」
「いいえ、全然。事業を始めたいと思った時にお金がないと困るので、今から貯めておこうと思ったんです。今のところはまだまだハンバーガー事業でがんばりますよ」
「いい心がけだな。新たに事業を始める時はぜひ私にも一枚かませてくれ。君は着眼点が斬新だから、また面白い事業になりそうだ。」
「ありがとうございます。その時は、よろしくお願いします」
やった、これでたとえハンバーガー事業が私の手から離れたとしても、事業の利益から一定割合が私の懐に入ってくる。夢の不労所得だ!
これを元手にして、もっと大きな事業を立ち上げるのだ。
そしてもちろん、最終的にはFIREである。
「ところでリリー、個人名義の口座は持っているのか?」
「ありません。子供でも口座をつくることはできますか?」
「問題ない。イーヴォを貸してやるから、あとで時間のある時に商業ギルドで口座を開設してくるといい」
「ありがとうございます。イーヴォさん、よろしくお願いします。忙しいのにすみません」
「私は構いませんよ。これも仕事のうちですから」
「僕も」
「ん?」
「僕も口座を作る。僕の分はそこに貯めて」
「あ、ああ、わかった。イーヴォ達と一緒に行ってくるといい」
黙って聞いていたユーリが突然今度は自分も口座を作ると宣言した。
何でも真似したい年頃なのだろうか。もしくは年の近い私をライバル視しているとか?
あまり自分のことを話さないユーリが何を思っているのか具体的に察する事は難しいが、これで私は自分の口座を手に入れ、また一歩夢のFIRE生活へ近づくことができたのだった。
明日は再びデニス視点のお話です。
事業を通してリリーと関わるようになったデニスとヨナタンは、一体何を思うのでしょうか。
お楽しみに~!
お読みいただきありがとうございます。
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