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28. ワイルドライフ

 「うおーい! 待ってたぜ! 今日は来ないのかとヒヤヒヤしたぞ! ってそこの兄ちゃん、大丈夫か……?」


 なんとか工事現場に到着し、肩で息をするヨナタンの背中をさすっていると、私達を待ち構えていたヤンさんが声をかけてきた。


 「はぁ、ぼ、僕のことは、はぁ、お気遣い、なく……」


 「そ、そうか……? そんじゃ、みんな腹すかせて待ってるからよ、疲れてるとこ悪いが早速売ってもらってもいいか?」


 「もちろんっす! 販売は俺たちがするんで、ヨナタン君は休んでていいっすよ!」


 「い、いえ、僕もやります……! 苦労してここまで来た意味がないじゃないですか!」


 ヨナタンはそう言うと、慌てて販売の準備を始めた。体力はもう限界そうなのにナイスガッツである。


 前回販売した広場のようなところへ向かうと、大工さん達がずらりと並んでいた。心なしか目がぎらついていて圧が凄い。今にもよだれをたらしそうな人までいる。

 ハンバーガーの口コミが広がって、かなり期待値が高くなっているようだ。

 いい傾向である。


 「みなさん、お待たせしてごめんなさい。今からハンバーガーの販売を開始します」


 「うぉぉぉぉぉ!!」


 大工さん達は怒号のような雄たけびを上げ、私たちの前に我先にと整列し始めた。

 私とパウルは苦笑しているが、ユーリとヨナタンはあまりの剣幕に目を白黒させている。


 「あ、あの、僕たちが売ろうとしているのは、ただの軽食ですよね……? 軽食に見せかけた違法薬物とかではないですよね!?」


 「……人間の食にかける情熱は、侮れないね」

 

 さすがに私も驚いた、とヨナタンの問いかけに返事をすると、信じられない顔をしているヨナタンの隣で、パウルが「腹が減っては戦はできないっすからね~」としたり顔でうんうんと頷いている。

 ユーリはドン引きの表情だ。


 そこからは怒涛だった。

 前回よりも多めに用意してきたはずなのに一瞬で完売してしまった。


 前回で学んだのか、皆さんきれいに並んで順番待ちをしてくれたので、今回は整列誘導は必要なく、私はユーリと一緒に商品のお渡し係を担当した。

 ハンバーガーを渡すごとに積みあがっていく小銭たちにウハウハが止まらない。




 「ふぅ、お疲れ様っす~。今日も大盛況でしたね!」


 用意していたものを捌き切り、今は広場の隅っこに腰を下ろし、私たちも自分用に分けておいたハンバーガーで休憩ランチだ。


 「こ、これは……」


 今回の出張メンバーの中では唯一ハンバーガーを食べたことのなかったヨナタンが、一口かじり目を丸くしている。


 「おいしい?」


 「はい。ソースが今までに食べたことない味ですが、酸味があってとても美味しいです。肉も柔らかくてボリュームがありますし、肉体労働者には喜ばれるでしょうね。彼らの鬼気迫る様子にも少しですが納得しました」


 「仕事で動き回って腹減ってるときに食うハンバーガーが最高なんっすよねぇ! ヨナタン君も今日はいっぱい働きましたから、疲れた体に沁みてるんじゃないっすか? 体力ないのにみんなと同じペースでここまで来て、最後まで休まず販売もして、ヨナタン君はがんばり屋さんなんすね!」


 「うん。ヨナタン、がんばっててえらいね」


 「う、うるさいですね! あなたたちは平然とこなしていることを褒められてもちっとも嬉しくありませんよ!」


 邪気のない笑顔のパウルと一緒にナイスガッツを見せたヨナタンを讃えていると、顔を赤くして眼鏡をくいくいし始めた。

 もしかして、これがツンデレってやつなのだろうか。


 「……コホン。それにしても、今日はここへ来て正解でした。書類で見るだけよりも、具体的に事業に関してイメージできそうです。今日のこの様子なら、我々がよほど下手を打たない限り、成功すると思います」


 ヨナタンがわざとらしく話題を変えたので、それ以上は追求せず、少々気になっていたことを尋ねてみる。


 「でも、もしかして、工事現場まで売りに来るのってすごく大変? 働いてくれる人、ちゃんと集まるかな?」


 ここに来るまでかなり大変そうだったヨナタンを見て、たまにならまだしも毎日のように大量のハンバーガーを背負って街の外れまで売りに行くというのは相当辛い仕事なのかもしれない。せっかく事業を立ち上げても従業員が集まらなくては立ち行かない。


 「……そこに関しては、心配いらないと思いますよ」


 「?」


 「今、この街では働き手が溢れてしまっている状況なんです。金銭面などで余程酷い条件というわけでもなければ問題なく従業員は確保できるかと思われます」


 「そうっすね。俺は運よく茶色のしっぽ亭で雇ってもらえましたけど、難民キャンプには仕事がなくて体力持て余してるやつらがまだまだいっぱいいますから、募集掛けたらすぐ集まると思うっすよ!」


 そうか、パウルの元いた村だけではなく、他にも複数の村の結界が壊れてこの街に避難したと聞いている。

 結界の修復は目途が立っていないそうで、一時的な避難ではなく長期でこの街に住むのなら働き口が必要だ。


 「パウル君の村の人たちは、避難する前はどんなお仕事をしていたの?」


 「男の仕事は主に狩猟っすね。森でウサギやら猪やら、肉が食える獣を狩ってたっす。獲物を探して一日中足場の悪い森の中を歩き回ったり、でかい獲物を担いで村まで運んだりするんで、ハンバーガー担いでここまで売りに来るくらい村の男だったらわけないっすよ! 体力だけは任せてほしいっす!」


 どんと胸を叩いて笑うパウルにヨナタンが微妙な顔をしている。

 その肩に手を置いて励ましていると、それまで黙って皆の話に耳を傾けていたユーリが口を開いた。


 「……森には魔物が出るから結界から出ちゃいけないって習ったけど、違うの?」 


 「全然出るっすよ~。熟練の狩人なら弱い魔物くらいならなんとか倒せるっす。俺には無理っすけど。大抵は魔物に出くわしたら、息をひそめてやり過ごしたり地形を生かして巻いたりして村の結界に逃げ込むんす。けど、それって小さい頃から慣れ親しんだ庭みたいな森で、絶対安全な村の結界があってこそ成り立つんすよね。今は難民キャンプで暇と体力を持て余した男衆が、この街の近くの森に狩猟に出ようとするのを危ないってみんなで必死に止めてるんすけど、それもそろそろ限界だと思うんすよね~。だから、新事業で雇用が増えるのはめっちゃありがたいっす!」


 ヨナタンの言葉に皆がギョッとした。


 「街から近い森って、ハーリアルの森じゃないですか! 凶暴な魔物がうようよいる超危険地帯だと子供でも知っている魔の森ですよ!? 何を考えているんですか!?」


 「いや~、何度もそう言ってるんすけどねぇ。ホント、頑固おやじばっかりで困るっすよ」


 「頑固で済ませられる問題じゃない気がしますけど……」


 ハーリアルの森の名前はこの世界の地理に疎い私でさえ聞いたことがある。

 この街の北側に広がる広大な森で、とんでもなく凶暴な魔物がうじゃうじゃいて、入ったら死ぬので絶対に足を踏み入れてはいけないと親に固く言い含められている。


 同じ森でも、私が前世の記憶を思い出した街の結界内にある森林公園ぽい森とはわけが違うらしい。

 あそこにいるのは野生動物と言っても小鳥やリスなどの小動物くらいだ。

 実際に行ったことはないが、おどろおどろしい薄暗くて不気味な樹海のようなところをイメージしている。


 魔の森について想像していると、ユーリは会話の別の部分が引っかかったようで、困惑の声をあげた。


 「ま、魔物は騎士じゃないと倒せないって……」


 「高位の魔物になると騎士様の持つ魔法剣じゃないと傷一つつけられないっすけど、下位の魔物なら倒し方がわかっていれば、魔法剣じゃなくてもいけるんすよ。まぁ大怪我をしたり、亡くなっちまうこともあるっすけど……。下位の魔物相手にまでいちいち高貴な騎士様達を呼び出すわけにもいかないっすからね~。失敗すればお陀仏っすけど、成功すれば素材は売ればそこそこ高値がつくし、肉を食えるやつもいるんすよ!」


 「……魔物の肉を食べるんですか?」


 「美味いやつは結構いけるっすよ! さすがに上位の魔物は食った事ないっすけど。上位の魔物が出た時は速攻で騎士様呼んでます」


 「「「……」」」


 ジュラシックパークで嬉々として狩りをする村人さんの姿が頭をよぎる。

 想像以上に危険と隣り合わせでワイルドだった村の生活に、私たちは開いた口が塞がらなかった。



 


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