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27. 世の中いろんな家庭がある

 家族には嘘をついて単独行動したことを叱られつつ、なんとか事業に関して承諾をもらい、カールハインツ商会に通う事を許してもらえた。朝はカインに、帰りは商会の人に送ってもらい、一人では行動しない事を条件に、だけれど。


 晴れて今日から本格的に事業の実現に向けて動き出すことになる。

 わくわくするなぁ。






 「では、市場調査に関してはこちらの人員で行うとして、リリー、貴女の方から何かありますか?」


 共同事業が決まった次の日、見習いの制服を着た私とユーリ、そしてヨナタンが前回と同じ応接室で顔を突き合わせていた。


 「できれば、ハンバーグに合うパンを開発したいんです。一般的なパンでも悪くはないんですけど、もっと柔らかくて酸味が少ない方が合うと思っています。うちにはパン釜がないので研究ができなかったんですけど、商会の伝手のあるパン屋さんなどがあれば力を貸してもらう事はできませんか? もちろん、私も一緒に開発します」


 「事業化するにあたってパンの製造はどこかに任せることにはなりますが、既存のパンを購入するのではなく新しいものを開発できるかどうかは、予算次第ですね。予算が下りるかどうかは商会長を納得させられるかにかかっています。リリーは、事業にとってパンの開発は重要だと思っているのですよね?」


 「はい。私の思い描くようなパンがもしできなくても従来のパンで事業はできると思いますが、新しいパンが完成すれば売上はもっと上がる自信があります」


 「あなたがそう言うのなら、開発した方が良いのでしょう。ならば、商会長を納得させられるだけの根拠を示さなければなりません。できそうですか?」


 「まだ完成するかもわからないものの魅力を伝えてどれだけ商会長の心を動かせるかはわかりませんが、できる限りやってみます。開発の方向性を具体的に考えるためにも、従来のパンの製法が知りたいのですが、教えてもらう事はできるでしょうか?」


 「事業が決定すればそのパン屋にも利益はあるのですから、多少の協力はしてくれると思います。伝手のあるパン屋がいくつかあったはずなので早速選定を始めて、候補が決まり次第話をしにいきましょう」


 さすが老舗の大手商会、話がさくさく進む。うちの店だけで事業をやろうとしたらこうはいかないだろう。

 それに、デニスさんが言っていた通り、ヨナタンは若くてもとても優秀だった。頭の回転が速く商売に精通しているので、先ほどから会議がとてもスムーズに進んでいる。

 昨日、事業の説明をした際に能力を認めてもらえたのか、ヨナタンは私の事を子ども扱いすることはなく、共同事業のパートナーとして扱われている感じがして嬉しい。


 会議中、主に発言しているのはヨナタンと私で、ユーリは黙って私たちの言葉に耳を傾けていた。

 教会にいる五才児ならとっくに飽きて外で走り回るか寝こけているはずだが、ユーリはそんなこともなくお行儀よく座っている。すごい集中力だ。


 ちなみに、ミルは私の膝でお昼寝中である。可愛い。


 「パン屋さんの選定に関してはお任せします。あと、事業を進める上で、ハンバーガーの製造から販売まで具体的にイメージが付いた方がいいと思うので、今度また工事現場に販売に行く時に良かったら二人も同行しませんか?」


 「行く」


 ユーリから即座に了承の返事がでた。心なしか嬉しそうである。

 ずっと黙って自分のできることを探していたのかな。積極的で何よりだ。


 「……正直、肉体労働は得意ではありませんが、確かに事業の理解を深めるチャンスです。仕方がありませんね、僕も同行しましょう」


 ヨナタンは何とも言えない顔をして眼鏡クイッしている。

 ……うん、あんまり体力はなさそうだもんね。工事現場はちょっと遠いけど、一緒に頑張ろうね。


 こうして、うちの店の次の定休日にヨナタンとユーリも一緒に工事現場へハンバーガー売りに向かうことが決定した。






 「わ、わ、わ。な、何ですかこれは!? 目にしみますっ!」


 定休日当日の朝。

 いつもの商会服ではなく、下町を歩いてもおかしくない動きやすそうな服を身に纏った二人がうちの店に訪れ、騎士学校に出かけた兄以外の家族とパウルと一緒にハンバーガー作りが始まった。流石に素人に売り物の料理を作らせるわけにはいかないので、ヨナタンとユーリは見学だ。


 最初は興味深そうに手元を覗き込み色々と質問をしていたヨナタンは、玉ねぎのみじん切りが始まると、近付きすぎたのか目が痛いと慌てていて、パウルに笑っておしぼりを手渡されていた。


 「ははっ、普段料理してないとびっくりするっすよね~。でもユーリ君はすごいっすね! 玉ねぎにも全然平気そうに……ってえぇ!? めっちゃ涙出てるじゃないっすか! しみるならそう言ってくださいよぉ!」


 慌てた声にそちらの方を見ると、無言でぽろぽろと涙をこぼしているユーリがいた。パウルにおしぼりで目元をがしがしと乱暴に拭かれているが、されるがままだ。


 「もう~、玉ねぎなんか我慢できるようなものじゃないんすから、痛かったら痛いってちゃんと言わなきゃダメっすよ~」


 ユーリはぽけっとパウルを見上げ、こくりと頷いた。


 「なんかユーリ君って、主張が薄くて、心配になる子っすねぇ。うちみたいな大家族でもしそんな調子だったら、生存競争に速攻負けてるっすよ!」


 言っていることは中々に失礼だが、パウルに悪意はなく本当に心配しているのだろう。ユーリもそれがわかるのか、気分を害した様子もなく聞き返している。


 「パウルは大家族なの?」


 「そうっすよ~。七人兄弟と両親とじじばばの十一人家族っす! 飯時なんてもう戦争っすよ! 自分の食べるものは自分で確保しないと、油断するとすぐ兄弟にかっさらわれちまうんすから。そうなると、次の飯時まで腹が減って腹が減って……。ここで働き始めてからは、美味いまかないが邪魔されずにたらふく食えるんでマジ天国かと思うっす」


 自分の育った環境とあまりにも違うのか、ユーリだけじゃなくヨナタンまで目を丸くしてパウルの話を聞いていた。


 「ははは、そりゃあ良かった! こっちとしても見ていて気持ちいいくらいよく食べて、よく働いてくれているからね。パウルがうちの店に来てくれて良かったよ」


 快活に笑う母の言葉には全面的に同意だ。

 大家族の事を悪し様に言ってはいるが、余った料理や食材を貰って家族のために持ち帰っていることを私は知っている。パウルは働き者で家族思いの良い子なのだ。


 「七人兄弟ってすごくにぎやかそうだね」


 大小のパウルがじゃれ合う姿を想像して楽しそうだなぁと思いそう言うと、とんでもないという風に大げさに否定された。


 「にぎやかなんてもんじゃないっすよ! あれは騒音っす! 七人揃うとうるさすぎて誰が何言ってるのかさっぱりわからないくらいなんすよ。こんだけ兄弟がいると、何が欲しいとか、何がしたいとか自己主張していかないと、うちの親マジで存在忘れるんすよぅ……。結果、みんなでかい声で自分の主張を通そうとするようになっちゃったんで、家族といるときは耳が休まる時がないっす」


 「あれまぁ。パウルの声は店でもよく通るからありがたいと思ってたんだが、まさか声が大きいのはそれが理由かい?」


 「大家族の中で生きていく為に必要に駆られて身についた大声っすね……」 


 「よ、世の中には、色々なご家庭があるんですねぇ」


 パウルが遠い目をして明後日の方角を見上げている。

 ホールで重宝している彼の良く通る声は、大家族の悲しき副産物だったらしい。

 生存競争の想像以上の厳しさに、ヨナタンが若干引いているように見える。


 ユーリを見ると、顔が宇宙猫のようになっていた。

 きっと今まで狭い世界で生きてきて、カルチャーショックを受けているんだろう。

 色んな人、色んな兄弟のあり方を知ることで、自分の悩みがちっぽけなものだったと思えるようになればいいな、とお姉さんぶった気持ちで心の中でがんばれとエールを送った。






 「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ……」


 ハンバーガーが完成し、今は工事現場に向かうための道中だ。

 最初はパウルの大家族トークに花が咲き、和気あいあいと進んでいたのだが、今はぜぇぜぇという荒い息遣いだけが響いている。

 調理に少し時間がかかってしまったため、ランチ時に間に合わせるために早歩きで向かっていたのだが、途中の小高い丘が荷物を背負ったヨナタンには少し厳しかったようだ。


 「大丈夫?」


 小休止を提案し、ヨナタンに水の入った革袋を渡すと、返事をする余裕もないようでごくごくと勢いよく飲み干していた。

 私は自分が体力がある方だとは思っていなかったが、日々忙しく過ごしている中で結構体力がついていたらしく、重い荷物がないとはいえまだ体力には余裕がある。

 パウルは言わずもがなピンピンしていて、瀕死状態のヨナタンを見て驚いている。


 「ヨナタン君、体力ないんすねぇ……」


 「うっ、うるさいですねっ! 僕は頭脳労働専門なんです! 肉体労働は専門外なんですよ!」


 パウルの言葉にキャンキャンと言い返す元気はあるようなのでひとまず大丈夫そうだ。


 意外なことに、ユーリも特に疲れた様子もなくケロッとしていた。

 箸より重いものを持ったことがないとでもいうような裕福なご家庭の子っぽいのに。


 「急がないと昼休憩の時間になっちゃうから私達は出発するけど、ヨナタンはもう少し休んでてもいいよ? 後は一本道だから道に迷うことはないだろうし」


 「なっ、馬鹿にしないでください! これくらい平気です。僕も一緒に向かいますよ!」


 ヨナタンは合理的な性格だと思っていたが、意外にも負けず嫌いな一面もあるらしい。

 私が代わりに背負おうと商品の入った籠に手を伸ばすと、慌てて自分で背負いなおしていた。


 ぜぇはぁと苦しそうなヨナタンをみんなで励ましながら早歩きで進み、なんとか大工さんたちの昼休憩の時間に到着することができた。



 お読みいただきありがとうございます。

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