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25. やりたいこと

 その後は元々着ていた服に着替えなおし、応接室のようなところに移動して、ヨナタンに事業内容を説明することになった。


 まずは簡単な自己紹介からだ。

 ヨナタンがにこやかに口を開いた。


 「改めまして、僕の名前はヨナタン、年は十六才です。同じ事業を進めていくにあたり僕には敬称も敬語も不要です。僕の敬語はもう癖なので気にしないで下さい。二人のことはリリー、ユーリと呼びます」

 

 「はじめまして。リリー、六才です。家は茶色のしっぽ亭というご飯屋さんをやっています。よろしくお願いします」


 「……ユーリ、五才」


 「……」


 無表情でお世辞にも愛想が良いとは言えない私と、ムスッとしているユーリ。

 恐ろしく場が盛り上がらない……。


 沈黙を打ち消すようにヨナタンははぁ、とひとつため息をついた後、笑顔をしまってクイッとメガネを引き上げた。


 「結構。僕達の間に愛想なんてなくても仕事はできますからね。ただ覚えておいてください。これは僕にとってやっと巡ってきたチャンス。君たちのような子供と協力して事業を始めなくてはならないのは不安でしかありませんが、商会長が決めたことはもう覆せません。絶対に新事業を成功させます。僕の足を引っ張るようなことだけはしないでください。それではリリー。さっさと事業内容を説明して頂けますか。僕は何の事業なのか全く聞かされていないのでね」


 ヨナタンは神経質そうに眉間にしわを寄せている。

 言い方には棘があるが、言っている内容は現状を受け入れて話を先に進めようというものである。

 お前みたいな子供とはやってられない、とか、もっと愛想よくしろ、とか突っかかってこられるより話が早い。

 合理的で無駄がないヨナタンに私は好感を持った。


 早速、資料を見せながら先程デニスにしたのと同じ内容の説明をする。


 「……なるほど。店を持つのではなくこちらから売りに行くのか。これまで軽食を売る屋台はありましたが、それも場所が決まっているもの。この形での販売形式なら大した競合がいない上に、味とネームバリューも保証されている。……少し考えただけでも、工事現場以外にも販売先としていくつも思いつく。いいじゃないですか! あの見る目の厳しい商会長が即座にGOを出すわけです。面白い事業になりそうだ」


 私のプレゼンを聞いたヨナタンは、先程のイライラした様子から一転、ご機嫌に資料をペラペラとめくっている。

 ハンバーガー事業がお眼鏡にかなったようで何よりだ。


 「では、明日から早速具体的な事業計画書の作成に入りましょう。これから、よろしくお願い致します」


 にこやかに立ち上がったヨナタンが手を差し出してきたので、がっちりと固い握手を交わした。

 何とか上手くやっていけそうで良かった。


 それじゃあ解散しようか、となった時、それまで無言で話を聞いていたユーリが私の前に立った。


 「送っていく」


 「え? 大丈夫だよ。まだ外は明るいし、一人で帰れるよ」


 「だめ。もうすぐ日が暮れるのに女の子を一人で帰すなんて、騎士道に反する」


 騎士道。


 思いがけない単語が出てきたので、目を丸くして見返す。

 デニスの親戚だと言っていたからユーリも商売関係のお家なのかと思っていたけど、騎士関係の家の子なのだろうか?


 「はぁ、ユーリ。騎士道は結構ですけど、君、自分も子供だという事を忘れていませんか? リリーを家まで送ったら、帰るころには外は真っ暗ですよ。そんな時間に君一人で歩かせられるわけがないでしょう」


 「僕は平気」


 「その台詞はせめて年が七つを超えてから言ってください。……仕方がないので私も一緒に送っていきます。ほら、日が暮れる前にさっさと行きますよ」


 本当に一人で平気なのだが、結局二人に家まで送ってもらうことになってしまった。


 ユーリもヨナタンも、二人とも癖はあるが思いやりのある良い子みたいだ。

 事業に優しさは関係ないかもしれないが、良い関係を築いていけそうでプロジェクトチームのメンバーがこの二人で良かったなと思った。




 三人で店を出ると、陽が傾き空が紫色に変化しつつあり、急いで下町方面に歩きだす。三人で連れ立ちながら、私はずっと気になっていたことをユーリに尋ねた。


 「ユーリは、どうして私の事業を手伝おうって思ってくれたの?」


 「……」


 ユーリは少しの沈黙の後、前を向いたままゆっくりと口を開いた。


 「……これが、リリーのやりたいことなんでしょ? 僕はこれまで周りの大人たちに言われるままに生きてきて、やりたい事なんて特にないんだ。やりたい事をやって生きるっていうのがどういうことなのか、君が見せてよ」


 「ユーリ……」


 すごい、生き方なんて五才で考えるもの?

 小さくても色々考えてるんだなぁ、としみじみ見つめていると、横からヨナタンの馬鹿にしたような声があがった。


 「はっ、贅沢な悩みですねぇ。僕が君の立場なら、家の人脈や資金力をフル活用して、今頃は毎日金貨を山と動かす領地一の実業家になっていたことでしょう。己がいかに恵まれた生まれか気付きもしないとはなんともったいない。ですが安心なさい、明日からは自分のやりたい事は何かなどと葛藤する暇もないほどこき使ってあげましょう。忙しくなりますよ」


 ヨナタンの棘のある言い方を気に留めたそぶりもなく、ユーリはきょとんとして問いかける。


 「ヨナタンのやりたい事は、金貨を動かすことなの?」


 「へ? そっ、それはそうでしょう! 大金を動かすという事は、領地の経済に大きな影響力を持つという事。男の浪漫ではありませんか」


 嫌味を言ったつもりが曇りのない真っ直ぐな瞳で返されて、少し顔を赤くしながらメガネを意味もなくクイクイしている。


 「ろまん……」


 ユーリはヨナタンの言葉を繰り返してつぶやき、ひとり納得したような顔をしてまた正面を向いた。


 「ユーリもやりたい事、見つかるといいね」


 「……うん」


 ツンデレかと思いきや、やっぱり素直な子なんだよなぁと感じ、この子の未来が明るいものであるようにと、おせっかいかもしれないが名前も知らない神様に祈っておいた。




 会ったばかりで、そんなにコミュ力の高くない私やユーリがいて話が盛り上がるはずもなく、その後は皆無言でしばらく歩き続け、家の近くまで来るころには空がすっかり茜色に染まっていた。


 うちが見えてくると、家の前に小さな人影が仁王立ちしているのが目に入った。


 「あ……」


 兄が険しい顔で腕を組み、向こうも私に気付いたようでこちらを睨んでいる。


 し、しまったー!

 お兄ちゃんの事、すっかり忘れてたー!


 どうしよう、なんて言い訳しよう、とぐるぐる考えるが特に思いつかないまま家の前についてしまった。


 無言でこっちを見てくる兄が怖すぎる。


 「あ、あの、ごめんなさ……」


 「リリー」


 聞いたことのないような低い声で遮られ、心臓がはねた。


 「教会に迎えに行ったら、今日はリリーは来てないって言われた時の俺の気持ち、わかる?」


 「ご、ごめ……」


 「この辺りや市場で聞いて回っても誰も見てないって言うし」


 「う、うぅ……」


 「もう日が暮れるし、そろそろ兵士に捜索願を出しに行こうかと思ってたところだったよ。……それで? 何か言う事はある?」


 「ご、ごめんなさい~~~」


 いつも優しい兄に初めて本気で怒られ、涙腺が爆発した。泣きじゃくりながら必死に謝った。


 「はぁ。無事でよかった。心配したんだぞ」


 そう言って、兄は優しく抱きしめてくれた。


 「ごめんなさ~い」


 兄はうえーんと肩に顔をうずめ泣く私をよしよしとなだめ、ポカンと私たちのやり取りを眺めていた二人に向き直る。


 「それで、この人たちはどちら様?」


 しまった、二人の事を忘れていた!


 私が紹介しないと、と慌てて涙を拭っていると、ヨナタンがコホン、と咳払いして自己紹介を始めてしまった。


 「僕はカールハインツ商会のヨナタンと申します。こちらはユーリ。本日は、このような時間まで妹さんを引き留めてしまって誠に申し訳ありません」


 「カールハインツ商会……?」


 いぶかしげな顔になった兄に慌てて付け加える。


 「カールハインツ商会はね、すっごく大きな商会なんだよ。ハンバーガーの事業に力を貸してくれることになったの。今日はその話をしていて遅くなっちゃったから、二人が家まで送ってくれたんだよ」


 「ええ!? ハンバーガーって……なんで急にそんな話に? あぁ、それでこの間、商会のことを聞いてきたのか」


 兄が合点がいったような顔をしてから、呆れたようにこっちを見てくる。


 「商会に売り込みに行ったのはわかったけど、なんで教会に行くなんて嘘をついたんだよ」


 「一人で行くって言ったら、反対されると思って……」


 「当たり前だろ! 一人で出歩くなんて危ないじゃないか。なんで俺についてきてって言わないんだよ」


 「お兄ちゃんは、騎士学校で忙しいから……」


 「まぁまぁ、落ち着いて。今後、事業を進めていくにあたって妹さんには当店に日参していただくことになったのですが、我々が責任もって送り届けますので。一人で出歩くような真似は絶対にさせないとお約束いたします。事業に関しては、この後妹さんからじっくりお聞きください」


 ヨナタンがうさん臭い程の笑顔で仲裁に入ってくれた。


 最後にぎろりと睨まれ「テメェ、家族に何も言ってなかったんかい。責任もってお前が家族に説明しろ。事業が立ち消えになったら許さん」という副音声が聞こえた。


 「はぁ、すみません。妹を送り届けてくれてありがとうございます。朝は俺が送っていくので、すみませんが帰りは送っていただけると助かります。この子はがんばり屋のいい子なんですが、周りが見えないほどに突っ走ることがたまにあるので、うまく手綱を握る人が必要だと思います」


 「お兄ちゃん……」


 「本当の事だろ。……妹の事、よろしくお願いします」


 聞き捨てならない事を言い出した兄に抗議の声を上げるが軽くあしらわれ、二人に向かってぺこりと頭を下げていた。


 店に戻っていく二人を見送り、家に入ると今日一日の行動を事細かに報告させられた。


 アポなしでエグモント商会に突撃していって追い出されたところで兄の怒りが再燃し、再び必死に謝ることになるのだった。

 


 次回は、商会長のデニス視点でお送りする予定です。

 お楽しみに~!


 お読みいただきありがとうございます。

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