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23. 突発! 新事業プレゼン

 ユーリは大声で泣き続け、しばらくしてようやく泣き止んだ。


 私の着ているブラウスの肩口は涙でびっちょりになってしまったが、甘んじて受け入れよう。


 涙にぬれた目元を袖で拭ってあげて、再びベンチに座らせる。


 落ちたハンバーガーを拾い上げると、幸い加食部分は地面についていなかったし蟻もたかっていなかったのでまだ食べれそうだとホッとする。


 汚れていないとはいえ地面に落ちたものをいいとこの子であるユーリは食べにくいかもしれないと思い、お互いにまだ一口しか食べていないので私のものと入れ替えて手渡した。


 「はい。お腹がすいていると、余計に悲しくなっちゃうからね。美味しいものを食べるのが一番だよ」


 ユーリは少し戸惑った様子だったが、大人しくハンバーガーを食べ始めた。


 私も隣に腰を下ろしまぐまぐと落ちた方のハンバーガーを頂く。

 うん、今日もおいしい。


 ミルはまだ警戒しているようで、私の膝の上から睨みつけている。


 「お兄さんと比べられる気持ちは確かにわからないけどさ、優秀なお兄さんがいて、ラッキーっていう風に考えられないかな」


 「……ラッキー?」


 ハンバーガーを食べながら世間話のノリで話しかけると、いぶかしげな返事が返ってきた。


 「うん。私だったら、優秀なお兄さんには、その優秀な能力を活かして家族の為にたくさん稼いできてもらって、私はその間に私のできる事ややりたい事で別にお金を稼ぐかなぁ」


 「お、お金……?」


 「そうだよ。優秀ってことは、その分お給料のいい仕事に就けるってことだから、家族のお財布が潤って、ラッキーじゃない?」


 「……お金ってそんなに大事なの?」


 「大事だよ。お金があれば、将来の選択肢が増えるよ。例えば、うちが貧乏だったら、お兄ちゃんや私はうちのご飯屋さんをお手伝いするしか道はないけど、お金があれば、騎士学校にも通えるし、自分のやりたい事ができるし、もっとお金があれば、なんと働かずにのんびり暮らすことなんかもできるかもしれないんだよ」


 いいよねぇ、と夢のFIREライフに思いをはせる。


 ユーリはまるで生まれて初めて見る生物を目の当たりにしたような何とも言えない表情をして固まっている。


 ……そういえば、うちに来たばかりの頃、はじめてネズミを見たミルがこんな顔をしていたな。


 ちなみにミルはネズミは取らない。

 ネズミの方が勝手に怯えて逃げていくので、ミルと暮らすようになってからは我が家でネズミが出ることはなくなった。ついでにGのつくアイツもだ。

 お母さんが大喜びしていた。


 「君は?」


 「うん?」


 「君のやりたいことは、何なの?」


 「私はねー、今一番やりたいことは、事業を立ち上げる事なんだ」


 「じぎょう」


 「そう。今食べてるこのハンバーグをね、お店じゃなくて、お昼ごはんを買いに行く余裕がない人たちのところに売りに行く事業をやりたいんだ。うちのお店でやるには作るにも売るにも人手が足りなすぎるから、資金力のある大きな商会に助けてもらえないかと思って話をしに行ったんだけど、話も聞いてもらえずに追い出されちゃった。それで、これからどうしようかなって、考えてるところ」


 「……諦めないの?」


 「諦めないよ。どうすれば実現できるかなって、考える」


 「……」


 そこからはしばらく無言で食べ続けた。


 食べ終わりミルに指を差し出して魔力をあげながら、さてこれからどうするか、と考えていると、俯いてずっと黙っていたユーリがすっくと立ち上がった。


 「こっち」


 そう言って私の手を引くと、どこかに向かって歩いていく。


 「どこに行くの?」


 「いいから」


 困惑しながら後をついていくと、先ほどまでいた商業地区の方に戻っていく。


 ついさっき嫌な思いをしたばかりのエグモント商会の前を通り過ぎ、さらに進むと、老舗といった感じの年季の入ったこれまた大きな商会の建物の前で止まった。


 エグモント商会とは違って古いけれど品のある看板には、カールハインツ商会と書かれている。

 ユーリは無言で商会のドアを開け、私の手を引いたままスタスタと中に入っていく。


 「ええと、勝手に入っていいの? ユーリ君、ここのお店の子?」


 「まあそんなところ」


 ドアベルの音を聞いて、カチッとした服を着た壮年の男性の店員さんが姿を現した。


 「いらっしゃいま……おや、ユーリ様。そちらはお友達ですか?」


 店員さんは私を見て目を丸くしている。


 「うん。おじさんは部屋にいる?」


 「はい。商会長でしたら、今はお部屋にいらっしゃるはずですよ。書類もひと段落しましたから今は手も空いているはずです。ご案内しますか?」


 「よろしく」


 「では、こちらへどうぞ」


 なぜ私はここにいるんだろう、とわけもわからずとりあえず店員さんの後についていくと、突き当りのドアの前で立ち止まり、店員さんがノックをした。


 「商会長。ユーリ様がいらしてます」


 「入れ」


 部屋に入ると、店員さんより年上に見える男性が、部屋の隅で立ってコーヒーを入れているところだった。多分この人が商会長さんなのだろう。


 中肉中背で姿勢がよく、体型にぴったりと合った仕立ての良さそうなワイシャツとスラックス、オールバックにされた髪は白髪交じりでロマンスグレーと言う言葉がよく似合う。

 程よく整えられた口髭と顎髭はおしゃれでダンディな印象を受ける。


 同じ髭でも髭おやじとは大違いだな、とうっかり嫌なやつのことを思い出してしまい、ふるふると頭を振って脳から髭おやじを追い出す。

 嫌なことはさっさと忘れてしまうに限る。


 「おや、ユーリ。珍しいな、君の方から私を訪ねてくるなんて。どうしたんだ、ガールフレンドを紹介してくれるのかい?」

 

 「ちがうよ」


 商会長さんのからかうような物言いに、ユーリはぶすっと言い返している。


 部屋の中央にある革張りのソファに座るよう促され、めちゃくちゃ高級そうなソファなので、私今日二回ほど転んで結構汚いと思うけど大丈夫かな、と思いながらおっかなびっくりユーリの隣に腰を下ろした。

 ミルは私の足元で丸くなっている。敷いてあるカーペットもふかふかでとても高そうだ。


 商会長さんがテーブルをはさんだ正面に腰を下ろし、先ほどの店員さんがお茶を私たちの前に置いてくれたタイミングで商会長さんがにこやかに口を開いた。


 「はじめまして、お嬢さん。私はこの商会の商会長をしているデニスだ。それでユーリ、本日はどのような用向きかな?」


 「この子が、事業の話があるんだって。聞いてあげてよ」


 「ほう?」


 これまでの柔和な雰囲気から打って変わり、ギラリと品定めをするような強い視線が私を射抜く。

 さ、さすが、老舗の商会長さん。百戦錬磨の商売人といった感じで、威圧感がすごい。


 驚いてユーリを見ると、無言でこくりと頷かれた。


 さ、先に言っておいてよ~!

 心の準備が……!


 「事業、ね。さすがに何の伝手もない君のような子供の話を聞くほど私は暇じゃないが、他でもないユーリからの紹介だ。話だけは聞こうじゃないか。どうぞ?」


 にこりと笑っているが、目が「つまらない話だったらただじゃおかないぞ」と言っている。

 圧迫面接中の就活生になった気分だ。背筋が震え上がる。


 ええい、女は度胸、せっかくユーリがくれたチャンスだ。

 当たって砕けろ!


 気合を入れて店長さんに向き直る。


 「はじめまして。リリーと言います。家は下町で茶色のしっぽ亭というご飯屋さんをやっています」


 「ああ、それなら聞いたことがある。最近人気のお店だね。騎士様も食べに来たことがあるとか」


 「!」


 デニスさんがうちの店を知っていたことに驚いた。やり手の商売人ともなると街の色々な情報に精通しているのだろうか。


 「まずは、これを食べてみてほしいんです」


 鞄から残りの一個のハンバーガーの包みを取り出し、店長さんに差し出す。


 「僕も食べたから、味は保証するよ」


 ユーリ君の言葉に店長さんは一瞬意外そうな顔をして、ハンバーガーにかぶりついた。


 「これは……美味いな。肉もいいが、何よりこのソースが美味い。屋台でパンに腸詰やらを挟んで食べる料理はあるが、こういった味は初めて食べるな」


 「これは、うちの看板商品のハンバーグを外でも食べられるようにアレンジしたハンバーガーという新メニューです。これを店ではなく、お仕事などでお昼ご飯を食べに行く余裕がない人たちのところへ直接売りに行く事業を始めたいと思っているんです。ただ、うちの店だけでそれをやるには人手も資金も商売のノウハウも足りていなくて、協力してくれる商会を探しているんです」


 「ないない尽くしだな」


 「メリットはあります。こちらをご覧下さい」


 テーブルに転んだ拍子に少し折れ曲がってしまったプレゼン資料を手で皴を伸ばしながら広げる。


 「これは、事業を本格的に始める前に試験的に難民の仮設住宅建設の工事現場へ販売に行った際の結果をまとめたものです。この日は用意した六十食が即完売しました。ここがこの日の売り上げの合計、ハンバーガーの原価がここで、家族経営なので人件費は含んでいませんが、利益がこれだけ出ました。仮設住宅の建設が終わっても、別の工事現場など仕事で忙しい人たちは他にもいます。店舗型ではなく訪問販売なので、販売の機会がなくなる心配はなく、十分事業として成り立つのではないかと思っています」


 「ふむ。面白い着眼点ではあるな。だが、我々が共同で事業をする相手が、君の店である意味があるのかい?」


 「あります。うちの店は人気店です。騎士様も食べたあの料理ということで結構有名なので初めてでも購入したいと思う方は多いと思います。そして味。店長さんも褒めて下さったこのソースはうちの店の唯一無二の味で他には真似できません。ネームバリューと料理のレシピ提供、これがうちの店と組むメリットです」


 「唯一無二と言うなら、そのレシピは君の店にとって生命線とも言えるだろう。そんなものを他人に教えてしまってもいいのかい?」


 さすが商会長さん、よくわかっている。


 「大丈夫です。実はうちの店のとっておきのソースがもう一種類あり、店で出しているハンバーグにはそのソースも使われていて、また違った風味になっています。ハンバーグは出来立てがとてもおいしいので、ハンバーガーを食べた人も店にハンバーグを食べに来たくなるようで、うちの店の宣伝にもなります。こちらが、ハンバーガーを食べた人たちの声をまとめたものです。ハンバーガー事業がうちの店の経営の障害になることはないと思われます」


 「ほほう?」


 デニスさんは興味深そうな顔をして、私の作った資料を手に取った。ソファで足を組んで資料に目を通す姿が何とも様になっている。

 その目は真剣そのもので、僅かな隙も見逃さないといった雰囲気だ。


 私はドキドキしてデニスさんの言葉を待った。


 


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