22. 突撃! アポなし営業
プレゼン資料が無事に完成したので、今日はエグモント商会に行ってみようと思っている。
エグモント商会に伝手はないし、ダメで元々、アポなし訪問だ。
担当者がいなくても、次回のアポが取れれば御の字。
この商会がだめでも別の商会にアタックするだけである。
前世のブラック企業で営業部署にいた時の鋼の精神で臨みたいところだ。
ちなみに、何となく反対される気がしたので、このことは家族には伝えていない。
虹色病が完治したことでみんなの過保護ぶりは少し軽くはなったものの、未だに顕在なのである。
特にカインは、私が一人で行動することを絶対に許してくれない。
今回のアポなし訪問も、言えば必ずついてくると言うだろう。
しかし保護者同伴で、助けてくれる人が隣にいる状態で営業をかけても、相手は心を開いてくれないと思う。
今回は一人で行きたいのである。
今日は教会に行くと嘘をついてカインと一緒に家を出た。
教会の前でそのまま騎士学校に向かう兄を見送り、私は教会に入らず商会の並ぶ商業地区に向かう。
いつも使っている斜めがけかばんの中には、ハンバーガー事業のプレゼン資料と、朝に自分とシスターと、見回りと称してよく姿を現すアードルフ様の分と言って作ってもらったハンバーガーが3つ入っている。
定位置の肩にはミルだ。さすがに子猫はノーカウントだろう。
前世で慣れているといってもアポなし営業はやはり緊張するので、ミルがそばにいてくれるだけでだいぶ心強い。
ふんすと気合を入れて商業地区に向かって歩いていく。
しばらく進むと、立ち並ぶ店が高級感のあるものになり、道行く人も裕福そうな小綺麗な恰好をした人ばかりになってきた。
自分の場違い感が否めず、ミルのぬくもりを求めて胸にギュッと抱いて竦みそうになる足をなんとか前に進めた。
「あ、あれだ」
エグモント商会は商業地区の中でも一等地にあった。
大きくて豪華な建物、金箔の貼られた看板にどことなく成金ぽさを感じるのは私だけだろうか。
中からちょうど従業員らしき人が出てきたので声をかける。
「こんにちは。あの、突然すみません。事業のご相談があるのですが、責任者の方はいらっしゃいますでしょうか?」
「はぁ? なんだ、お前は。ここはお前のような子供の来るところじゃない。ほら、帰った帰った!」
従業員らしき男の人は、私を上から下までじろりと見ると、庶民の子供と感じ取ったようであからさまにぞんざいな態度で追い払おうとしてきた。
「あの、本当にいい事業があるんです。せめて、お話だけでも……」
「うるさい! ここは子供の遊び場じゃないんだ! ままごとならよそでやれ!」
「おい、店の前でうるさいぞ! 静かにせんか!」
取り付く島もなく声を荒げる従業員の声を聞いて、中から別の人が出てきて注意してきた。
げ。
「カ、カスパル様! 申し訳ございません! この子供がわけのわからない事を言って絡んできまして……。すぐ追い払いますので!」
中から出てきたのは、見覚えのあるカイゼル髭の偉そうな小太りのおじさんだった。
最悪だ!
ここ、髭おやじの店だったの!?
「ん? お前は、教会にいた……! ここはお前のような貧乏人のガキが来る所ではない! お前のようなやつが店の前にいるだけで店の格が下がるわ! さっさとわしの前から消えろ!」
「わっ」
髭おやじに押され、ドシャッと転んでしまう。
衝撃で飛び降りたミルが毛を逆立ててフシャーッと威嚇している。
「ふん」
髭おやじはこちらを見下すような一瞥をくれるとバタン! と大きな音を立てて店の扉を閉めた。
うぅ、打ちつけたお尻が痛い。
まさか、エグモント商会があの髭おやじの店だったなんて……。
立ち上がって汚れた服をはたいてから、まだ威嚇しているミルをなだめて抱きなおす。
ぶつけたお尻やひじが痛むし、リリーとして初めて正面から悪意をぶつけられて、悲しい気持ちになってくる。
じんわりと涙がにじんできた。
鋼の精神とか言っておきながら情けない。
前世の記憶を思い出してから今まで、周囲の人はいい人ばかりでなんだかんだ上手くいっていたので正直考えが甘かった。
髭おやじの対応はひどいにしても、このまま他の商会に向かったところで、何の伝手もない小汚い庶民の小娘が急に突撃してきても、普通は今みたいに門前払いだよなぁ。
これから、どうしよう……?
肩を落として、とぼとぼと来た道を引き返していると、道の真ん中で同じくらいの背丈の子供が立ち止まっているのが見えた。
前から結構なスピードで馬車が来ているのだが、見えていないのだろうか。
「あの、危ないよ」
声を掛けても無反応だ。
そうこうしている間にもう馬車が迫っているので、走り寄って道の脇に思い切り引っ張った。
「!?」
「危ないだろ! 気をつけろ!」
勢いよく引っ張ったため二人して尻もちをついてしまったが、間一髪、馬車は私たちのすれすれを走り去り、御者からは怒声が上がった。
またしても放り出されてしまったミルからも「みー!」と抗議の声が上がる。
ごめんね、と優しくミルを撫でてから子供に声を掛ける。
「危なかったね。大丈夫?」
「……」
わぁ、可愛い!
やはり返事はなかったが、地面にへたり込んだ子を正面から見ると、とても可愛い子だった。
美少女にも見えるが、ズボンを履いているのでおそらく男の子だろう。
肩の上で切りそろえられた輝くような銀髪と、くりっとしたアイスブルーの瞳にけぶるような睫毛。身に着けているフリルのついたブラウスと半ズボンは仕立てが良さそうで、指には大きな石のついた指輪までしている。いかにもいいところのおぼっちゃんといった感じだ。
私とこの子では実家の経済力には天と地ほどの差がありそうだが、無表情なところにどことなく親近感を覚えてしまう。
「大丈夫? 立てる?」
先に立ち上がって手を差し伸べると、美少年(仮)は無言でこくりとうなづき私の手をつかんで立ち上がった。
よかった、意思疎通はできるみたい。
よく見ると、美少年(仮)の高そうな服が汚れてしまっているので、ぽんぽんと軽くはたいてあげる。
「せっかくのきれいなお洋服が汚れちゃったね」
「……」
むぅ、反応なし。
「君、いくつ? 私は六才」
「……五才」
しゃべった! 声も可愛い。
「そっか、じゃあ私の方がお姉さんだね。お名前は? 私はリリーで、この子はミルだよ」
「……ユーリ」
名前までなんだか親近感がわく名前だった。
「ユーリ君は、今日はお父さんかお母さんは一緒じゃないの?」
「……」
私の問いかけに、ユーリは少し傷ついたような顔をしてふるふると首を振った。
ふむ。
どうしようかと思案していると、くぅ、と彼のお腹が小さく鳴った。
「……お腹すいてるの?」
「……」
無表情でこくりと頷いた。反応は乏しいけど、素直な子だなぁ。
「私、今ちょうどいいもの持ってるよ。座れるところで一緒に食べよう。こっちだよ」
もう今日はプレゼンどころじゃなく作戦練り直しだと思っていたので、せっかく作ってもらったハンバーガーが無駄になるところだったから丁度いい。
来る途中にあった噴水広場にベンチがあったなと思い、ユーリの手を引くと、無表情で大人しくついてくる。
引き連れてる私が言うのもなんだけど、この子素直すぎない?
こんなに可愛いくて素直でお金持ちそうな子、誘拐犯にすぐ連れ去られそうなんだけど……。
教会保育園でいつも見ているちびっ子たちはみんな元気いっぱいで、体力が有り余っているくらいなので、こんなに無気力な子供はなんだか新鮮だ。
ミルは空気を読んだのか、肩には乗らずにとことこと私たちの後ろをついてきている。
おりこうさんだ。
「はい、どうぞ。いっぱいあるから、気にしないで食べてね」
「……」
噴水広場のベンチに二人で腰掛け、鞄からハンバーガーの包みを二つ取り出しユーリに一つ手渡す。
ユーリは膝の上で包みを広げたまま、ハンバーガーを凝視して食べようとしない。
もしかして、おぼっちゃんだからこういう庶民風の料理を食べたことないのかな。
「食べ方、わかる? こうやって食べるんだよ」
クマザサの包みを半分開けて手で持ち、こう、とお手本を見せながらかぶりつく。
私のお手本をじっと見ていたユーリ君は、自分のハンバーガーに視線を移し、私の真似をしてゆっくりと口に運んだ。
ぱく、と小さく一口食べると、くりっとした目が大きく見開かれた。
「……おいしい」
「ありがとう。これ、ハンバーガーっていうんだよ。私のおうちはご飯屋さんなんだけど、お兄ちゃんと私で作った新作なんだ」
お兄ちゃんという単語が出た瞬間、ユーリの顔が暗く陰ったことに私は気付かなかった。
調子に乗って兄自慢を始める。
「お兄ちゃんはね、すごいんだよ。平民だけど騎士学校に通ってて、頑張り屋さんですごく優しくて大好きなんだ。ユーリ君は兄弟いる?」
「……うるさい」
「え?」
「お兄ちゃんお兄ちゃんて、うるさいな! 優秀な兄と比べられる弟の気持ちなんて、知ろうともしないくせに!」
ユーリ君が立ち上がって、可愛い顔をぎゅうっと歪めて、こちらを睨みつけている。
立ち上がった拍子にハンバーガーの包みは地面に落ちてしまっていた。
私はどうやら、この子の地雷を踏みぬいてしまったらしい。
ミルが私達の間に立ち、ブワァッと毛を膨らませて威嚇している。
どうやら私を守ろうとしてくれているみたいだ。
うちの子がけなげで可愛い。
大丈夫だよありがとう、とミルを抱き上げてユーリ君と向き合う。
「お兄さんと、比べられちゃうの?」
「っ、そうだよ!」
「それが、ユーリ君は悲しいんだね?」
「~っ、そうだよっ!! 兄上は、天才で、何でもすぐできるようになるのに、なんで僕はできないんだって、才能がない僕を見て、みんながっかりするんだ! 父上にも母上にも見捨てられた! 僕だって、僕だって、がんばってるのに!」
兄上。さすが、いいとこのおぼっちゃん、呼び方も格式高い。
ユーリはふーっふーっと肩で息をして、ボロボロと泣き出してしまった。
正直、まだ五才で才能も何もわからなくない? と思わないでもないが、泣かせてしまったのは私なので、年上として責任もって慰めねばなるまい。
「そっか、それは辛いよね。無神経なこと言って、ごめんね」
ミルをそっと地面に下ろして、よしよしと眩い銀髪の頭をなでる。
ユーリ君は私にしがみついて大声で泣き始めた。
反応が薄かったさっきまでの様子が嘘みたいだ。
色々我慢していたのが爆発しちゃったのかな。
私は、悲しかったね、がんばったね、と声を掛けながらぽんぽんと背中を叩いて泣きやむまであやし続けた。
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