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21. 新事業計画、始動

 両親や従業員の二人、それと数人の常連さんにもハンバーガーを試食してもらった結果、美味しい、十分売り物になる、との感想を頂いたのでひとまずこの形で工事現場に売りに行ってみることにした。


 店の定休日かつカインの休みの日に、朝からハンバーガーを量産する。

 父と兄でハンバーグを作って、それを母とパウル君と私でパンに挟んでいく。


 パウル君は休みなのにわざわざ出勤しなくていいと言ったのだが、「俺らの仮設住宅を作ってくれている大工さん達には美味いもん食って頑張ってほしいっすからね! 俺も協力するっすよ!」と笑顔で休日出勤してくれた。


 本当にここの人たちは気持ちのいい人ばかりで頭が下がる思いだ。

 パウル君の今月のお給料には追加で手当をつけなくては。

 サービス労働、ダメ、ゼッタイ!


 出来上がったハンバーガーを、森でたくさん採ってきて洗っておいたクマザサの葉っぱで包み、麻紐で縛っていく。

 なんだか前世の幼い頃、金曜日の夜にテレビでやっていたアニメ映画の、灰色のでっかい生き物がお土産にくれたどんぐりの包みみたいで可愛い。


 大量にできた包みを籠に詰め込み、カインとパウルに背負ってもらって、いざ工事現場へ出発だ。


 今日ハンバーガーを売りに行くことはあらかじめヤンさんに伝えてあるが、お昼時に間に合わなくては困るので、少し早めに店を出ようとしたところ、とととっと小さな足音が聞こえて、部屋で寝ていたはずのミルがやってきて私の体をよじ登り、肩の上に収まった。


 「ミルも一緒に行きたいの?」


 「みー」


 ミルは私が店に出ているときはほぼ部屋で寝ているが、その他の時間は私にずっとくっついて離れない。

 外出する時には、どうやって察知しているのか、すぐにやってきて私の肩に乗る。


 自分で歩いてほしいが首や頬にあたるもふもふが離れがたく、つい許してしまっている。

 不可抗力である。


 工事現場のある街の外れに向かって歩いていくと、だんだんと建物が減り、草木などの自然が多くなってきた。こんなに遠くまで来たのは初めてだ。

 途中緩やかな丘を越えたりもして、荷物を持ってくれている二人には悪いが、ハイキングみたいで楽しい。


 前世の百合は、毎日ひたすら家と会社の往復で、自然に飢えていた。 

 FIREして時間が出来たら、トレッキングなどにも挑戦したいと思っていたのだ。

 その時の願いが今叶えられているような気分になる。


 少し離れたところでは、肩から降りたミルがちょうちょを追いかけている。

 はぁ~、癒される。




 一時間程歩くと、ようやく工事現場にたどり着いた。

 林を切り開いた平地に、木でできた長屋の骨組みがいくつも並んでいる。


 「うぉー! すげぇ! 仮設住宅って聞いてたのに、結構本格的じゃないっすか! やべー!」


 「おっ! 来たな! 待ってたぜ、リリーちゃん達!」


 はしゃぐパウル君の声を聞きつけたヤンさんがこちらに気付いて声をかけてきた。


 ちょうど休憩時間だったようで、広場の中心辺りに各々丸太などに腰かけて大工さん達が集まっていた。


 「仲間にも声を掛けておいたんで、みんな楽しみに待ってたんだぜ!」


 ぞろぞろとヤンさんの仕事仲間の方々が集まってくる。

 心なしか、ご馳走を前に「待て」をされた大型犬のようにそわそわしているように見える。

 みなさん腹ペコの空気を感じて、早速販売を開始する。


 「こんにちは。茶色のしっぽ亭、出張サービスです。今日はうちの店の人気商品のハンバーグをパンに挟んだハンバーガーという料理を持ってきました。一つ五百ギルです。ご購入の方はこちらに並んでください」


 集まってきたきた大工さん達にがんばって声を張り上げ、籠の前に列を作るよう促す。


 「一つくれ!」


 「五百ギルになります」


 「はい、どーぞ! お仕事お疲れ様っすー!」


 すぐに行列ができて、どんどん売れていく。

 慣れない作業ではあるが、カインとパウルの接客に慣れた最強の二人はすぐにコツを掴み、連携を取って客を捌き始めた。

 うちのスタッフが頼もしすぎる。


 私はひたすら待機列の整理に徹するのみだ。

 ヤンさんが声を掛けた仲間の人たち以外にも、騒ぎを聞きつけた人がなんだなんだと集まってきて、みなさん興味を示して買ってくれた。


 多めに作って来たつもりだったが、合計六十食、一瞬で完売してしまった。


 気付くのが遅くなって買えず、悔しそうにしている人までいたので、次回はもっと多めに持ってこようと思う。


 即完売したので、私たちも自分用に持ってきたお弁当のハンバーガーを広げ、ヤンさんたちの近くに腰を下ろして一緒にランチをとることになった。

 ミルは私の膝でお昼寝だ。


 「これだよ、これこれ! これが食いたかったんだ俺は! 味付けがハンバーグとは違うが、これもいけるな!」


 「うめぇ! 今まで味気ない昼飯ばっかだったから肉がマジでありがてぇ!」


 「はじめて食ったが、このソースがうめぇな!」


 「ピクルスもいいアクセントになってるぜ!」


 「みなさんありがとっすー!」


 皆さん大絶賛してくれるので少し気恥ずかしいが、パウルやカインはにっこり笑顔で素直に受け取っている。

 ここの人達は、基本的に人を褒めるのに躊躇がなく、褒めるときは手放しで褒め、褒められた人は笑顔で受け取るのがデフォルトだ。

 口下手なうちの父の方が少数派らしい。


 「これが、騎士様の好物って噂のハンバーグか! ずっと食ってみたかったんだが、こりゃうめぇな!」


 「いやいや、ハンバーグはまた違う味だぜ。すげえ手の込んだ複雑な味がする茶色いソースがこれまたうめぇんだ! できたてのハンバーグは肉汁があふれ出してよ、このソースと付け合わせの潰した芋と合わせて食べるとまた合うんだこれが!」


 ごくり、と誰かがつばを飲み込む音がした。


 「やっぱここまで持ってくるのにどうしても冷めちまいますからねー。ハンバーガーも美味いっすけど、やっぱできたてのハンバーグはマジ格別なんで、ぜひ店にも食べに来てほしいっす!」


 大工の皆さんがハンバーグに興味を持ってくれたところで、パウル君が絶妙なアシストをしてくれたので、心の中でサムズアップを送る。


 パウル君、グッジョブ! 休日手当は奮発しちゃう!


 こうして、ハンバーガーの売り上げと同時に店の新規顧客ゲットに成功したのであった。



 

 茶色のしっぽ亭出張サービスの試みは大成功に終わった。


 大工さん達にはぜひ定期的に来てほしいとお願いされたが、わかっていたことではあるがうちの人手では週一の定休日に来るのが精一杯だ。

 事業として回していく為には、外部の力が必要となってくる。


 「ねぇ、お兄ちゃん。この街で、お金がありそうな大きな商会ってわかる? できれば食べ物をあつかってるところがいいんだけど」


 「うーん……。俺も詳しいわけじゃないけど、食品を扱ってるでかい商会っていうと、やっぱりエグモント商会じゃないか? 塩の卸売を一手に担ってるでかい商会でかなり儲かってるって聞いたことがあるよ」


 ふむふむ、エグモント商会か。

 生活に必要不可欠な塩の卸売りを牛耳っているとなると、かなり資金力がありそうだ。


 ハンバーガー事業の次なるステップ、それは資金力や商売のノウハウがある商会に運営を丸投げすることである。

 うちは日々の店の営業で手一杯。

 ならば他の人に任せてしまおうと考えたのである。

 事業の実際の運営は商会に任せて、うちからは事業のアイデアとレシピ、少しばかりの資金を提供して、事業の利益から数パーセント入るような形にするのが理想だ。


 そうと決まれば、私は早速エグモント商会にプレゼンするための資料作りを始めた。


 ハンバーガーの原価と、工事現場で販売した際の売上をまとめて、後は実際に食べた人たちの感想と移動販売のメリットや需要のありそうな場所などを書き出していく。

 事業化するにあたってかかる費用に関しては、むしろ商会側の方が詳しそうなのでご相談させていただきたいところである。


 「みぃ~」


 客のいない店のすみっこでプレゼン資料を作っていると、ミルがかまえ、とばかりにテーブルに広げた資料の上にごろんと横になった。


 「こら~、ミル。邪魔しちゃだめでしょお」


 そう言いながらも、手が勝手にミルの気持ちいいところを撫でまわしてしまう。


 ここか?

 ここが良いのか?

 うりうり~。


 このもふもふを維持するために、今度ミル用の柔らかいブラシを買いに行こう。そうしよう。

 ここ最近より一層甘え上手になってきた罪深いもふもふに癒され、この子にさらなる供物を献上するためにも、がんばって事業を成功させるぞと決意を新たにした。




 次回、「突撃! アポなし営業」お楽しみに~!


 お読みいただきありがとうございます。

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