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20. ビジネスチャンス到来

 たし


 たしたし


 「みー!」


 「ふわぁ~、ミル、おはよう」


 朝、いつものように寝室で寝ていると、なんだかほっぺにふにふにした感触がするなぁと半分夢見心地で思っていたら、昨日からうちの家族になった白い子猫のミルが、優しく猫パンチで起こしてくれたようだ。


 え~、幸せ……。

 これ以上に最高の目覚めなんてこの世にあるだろうか……。


 お腹が空いていたようで、少しだけ魔力を集めた指を近づけるとぺろぺろと勢いよく舐めはじめた。

 はぁ~、うちの子、今日も最高に可愛い。


 昨日、なんとしてでも認めてもらう! と意気込んで家族にこの子を飼う事をおねだりしたのだが、特に反対もなくあっさりと受け入れられた。


 名前は「ミル」。

 実は前世で、FIREしたら白い子猫を飼って「ミルク」と名前を付けよう、なんて妄想をしていたのだが、この子は可愛さの中にも凛々しさが垣間見えてミルクでは可愛すぎると思ったのでミルになった。

 ありきたりだとか言わないでほしい。私は自分のセンスがないことを自覚しているので、下手に凝るよりシンプルが一番なのだ。


 「えへへ、ミル~」


 「みぃ」


 ほら、賢いのでもうミルが自分の名前だとわかっている。

 きっと気に入っている。


 魔力はたくさんあるから、たぁんと食べて大きくおなり。




 そういえば、家族やシスターが情緒不安定だった理由がようやく判明した。

 なんと、私は虹色病という不治の病で、洗礼式までは生きられないと思われていたのだそうだ。


 森で魔力が溢れそうになって倒れた日、私の体からは虹色の靄が立ち上っていたらしく、それを兄が両親に報告して、虹色病だと判明した。

 その日以外にも何回か私の体から虹色の靄が出ていることがあって、家族はとても心配していたのだという。


 家族が虹色病になった時の決まりで、本人には病気のことを知らせずに、楽しい思い出だけを持って旅立ってもらうために、周囲の人で協力してなるべくその子の願いを叶えてあげられるようにがんばるんだって。


 ……それで、あんなにすんなり貯金に協力してくれたり、値上げにも頷いてくれたのか。


 結果的にうちの店は繁盛したから良かったけど、私の自由にさせてくれてたのは全部私の為だったと知って、申し訳ない気持ちになった。


 すごく、心配してくれてたんだろうなぁ。


 虹色病というのは、多分体の成長とともに増える魔力が器に入りきらなくて、溢れ出しちゃうことを言うんじゃないかなと思う。

 あの時、死に物狂いで魔力循環をしたけど、そうしなかったら私は本当に死んでいたらしい。

 もし前世の漫画を思い出して実行していなかったらと思うと、ゾッとする。


 今も魔力循環は毎日続けているし、最初の頃のように苦しくなることはないので、虹色病の脅威は去ったとみていいと思う。

 家族に「もう苦しくなることはないよ、元気だよ」と伝えると、奇跡だとみんな泣いて喜んでくれた。


 虹色病の子供は洗礼式まで生きられることがないので、昨日が別れの日かもしれないと思って覚悟はしつつ、お祝いのごちそうを用意してくれていたそうだ。


 洗礼式のお祝いは、虹色病完治のお祝いパーティになり、皆で笑顔で食べたハンバーグやオムレツは、今世で食べたものの中で一番美味しかったし、新しい家族も増えて、昨日はとても嬉しい一日となった。




 「リリーちゃん、ハンバーグ定食たのむ!」


 「はーい」


 楽しかった思い出に浸ってばかりもいられない。

 今日は営業日。

 新しい家族を養っていく為にも、私は働くのだ!


 「はぁ~、やっぱここのハンバーグは最高だ! これを食うために、俺はがんばって働いてんだ」


 しみじみと、常連のヤンさんがハンバーグをかみしめている。


 「そういや、ヤンさん最近見てなかったっすね。大工の仕事が忙しいんすか?」


 「そうなんだよ。今、領主の主導で難民の仮設住宅を建ててるんだが、場所が街のはじっこでよ、そこからこの店までは遠くて、昼休憩に食いに来るにゃ時間がかかりすぎて無理なんだよなぁ。この味が恋しかったぜ」


 「わぁ! ようやくできるんすね! 難民キャンプも悪くはないけど、長く住むには結構ストレスだったんで、ありがたいっすー!」


 「そういや、お前も難民だったか。待ってろ、このヤン様が立派な仮設住宅を建ててやっからな!」


 立派な仮設住宅とは? と思ったが、残念ながらツッコミ役はこの場にはいないようだった。


 「楽しみにしてるっす! ここの領主さまは、避難してきた俺たちのことも快く受け入れてくれて、仮設住宅まで作ってくれるなんてマジぱねぇっす! めちゃ感謝してるっすよ!」


 「他の領地でも、やっぱり村の結界が壊れて街に逃げてくることがあるらしいが、基本的に放置で、食うものに困ったやつらが盗賊になったりしてかなり治安は良くないらしいぞ」


 「ひえぇ、俺、ここの領地でマジでよかったっす」


 「ああ。うちの領主さまは本当にできたお人だぜ。……俺たちも仕事がもらえてありがてぇんだが、昼飯がなぁ。建設予定地の周り、マジでなんもなくてよぉ!」


 「今はどうしてるんすか?」


 「家からパンとかハムとか適当に持ってってる。食った気がしなくて、あんなんじゃ力でねぇよ……」


 おや?


 給仕しながら、パウル君たちの世間話に耳を傾けていると、私の琴線に引っかかる内容が聞こえてきた。


 とことこと二人の方に近付き、席に着くヤンさんを見上げて声を掛ける。


 「あの、ヤンさん」


 「ん? ああ、リリーちゃんか。どうした?」


 ヤンさんは辺りをきょろきょろと見まわし、少し視線を下げてようやく私に気付いた。


 「もし、ハンバーグを作って、ヤンさんたちの仕事現場に持っていったら、他の大工さんにも売れると思いますか?」


 「そりゃあ、昼飯に困ってるのは俺だけじゃねぇから売れるとは思うが……。これを工事現場まで持ってくるのか?」


 そう言ってお皿の上、ソースのたっぷりかかったハンバーグと付け合わせのマッシュポテトとにんじんソテーを見つめている。

 その目は「無理じゃね?」と言っているように見える。


 「もちろん、これをそのまま持っていくのは難しいと思うけど、味付けを変えて、パンに挟んで外でも食べやすくしたら、いけるんじゃないかと思って」


 そう、私が思い描いているのは、前世におけるファストフードの頂点と言っても過言ではない、ハンバーガーである。


 「リリーちゃん……」


 ヤンさんが目を丸くして私を見下ろしている。


 私が突拍子もない事を言うのは、家族ならもう慣れたものだけど、普通は戸惑うよね……。


 とりあえずハンバーガーを作ってみて、形になってから売り込みを掛けようかな、と思案していると、ガシッと両手を掴まれた。


 「リリーちゃん!」


 見上げると、にっこにこで目をキラキラさせたヤンさんと目が合った。


 「それ、最高だ! マジで! よろしくお願いします!!」


 「う、うん」


 物凄い圧に若干引き気味になってしまったが、ヤンさんは意に介さず、「マジで楽しみにしてる! 他の奴らにも宣伝しておくからなるべく早く頼むよ!」と超ごきげんで帰っていった。


 あまりの喜びように、今更やっぱりやめますとは言えない雰囲気だったが、やめるつもりは元よりない。

 これは中々良いビジネスチャンスなんじゃないかと思う。


 早速、ハンバーガーの開発に取り掛かることにした。




 日々鍛錬で忙しいカインを気遣って、最初は父かエッダさんに手伝ってもらおうかと思ったのだが、本人が「リリーと一緒に新メニューを開発するのは俺の役目だ!」と言い張ったので、騎士学校が休みの日に一緒にハンバーガーを試作することになった。

 カインと二人でキッチンに立つのも久しぶりで、二人でああでもないこうでもないと試行錯誤しながら新メニューを開発した日々が遠い昔のように懐かしく感じ、なんだか嬉しくなってくる。


 てきぱきと材料などを準備してくれているカインを見つめていると、パッと顔を上げた兄と目が合い、「へへ、なんだか久しぶりだな」とはにかみ笑顔を頂いた。


 うっ、可愛い……。

 以心伝心、ありがとうございます。


 今日も推しが尊くて、やる気がMAXに充電された。


 「それで、今日は何を作るんだ?」


 「ハンバーグを、外でも食べられるように、パンにはさんだ料理を作りたいんだ」


 「ハンバーグを外で売るのか?」


 「うん。ヤンさんの工事現場のまわり、ご飯屋さんがなくて、いつもお昼が家から持って行ったパンとかハムだけなんだって」


 「あぁ、それだけじゃ元気でないよな……。ヤンさんは昔からうちの店に良くしてくれてるし、喜んでくれるといいな」


 「うん」


 新メニュー開発といっても、メインであるハンバーグはあるので、やることはソースや一緒にはさむ具材をどうするかくらいだ。


 いつも食べているカチカチの黒パンを薄くスライスして、トマトケチャップを引き、マスタードを少々と玉ねぎのみじん切りときゅうりのピクルスをのせて、いつもより平ために焼いたハンバーグのせてはさむ。

 とりあえず、一番オーソドックスなハンバーガーの味付けで作ってみた。


 ちなみに、兄はもう玉ねぎのみじん切りにも慣れて、涙することなくそつなく切っていた。

 私はなぜかまだ包丁を持たせてもらえないので隣で「すごいね」って言ったら、「へへ」と得意そうな笑顔が返ってきてとてもかっこ可愛かったです。


 出来上がったハンバーガーを試食してみると、ケチャップが濃厚な分記憶にあるハンバーガーよりも美味しい気がして悪くはないけど、やはり黒パンだと硬いし酸味が強くて私的にはこれじゃない感がある。


 「わぁ、これ、美味しいよ! ハンバーグにこんな食べ方もあるんだな!」


 同じく試食していた兄には好評のようだ。


 「これ、パンが硬くて、合わない感じしない? ちょっと酸っぱいし」


 「そう? パンはいつも食べてる味だし、俺は別に気にならないけど……」


 私が本来の柔らかいバンズのハンバーガーの味を知っているから気になるだけなんだろうか?


 うちにはパン釜がないし、店で出すパンは基本的にパン屋さんで購入している。

 パン屋さんに並ぶパンは硬い黒パンオンリーなので、ふわふわの白いパンは一般的ではないみたいだ。


 白パンも研究したい気持ちはあるけど、パン釜のないうちでそれをするのはかなり難しい。

 ヤンさんがなるべく早めにと言っていたし、一旦白パン研究は後回しにして、今回は他の人にも試食してもらって問題なさそうなら、試しに一度工事現場に売りに行ってみようと思う。


 工事が終われば需要がなくなってしまうが、店舗売りではなく訪問販売形式なので、別の工事現場や他にも忙しくて昼食の用意ができない人がいる場所は他にもありそうだから、そういったところに売りに行けばいい。


 うまくいけばファストフード事業として大きくできるかもしれない。

 念願の新規事業のはじまりに、わくわくしてきた。


 ようやく巡ってきたビジネスチャンスだ。

 ようし、がんばるぞー!


 


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