19. 洗礼式
今日は私の洗礼式の日だ。
洗礼といっても宗教的な意味合いはあまりなく、今年七才になる子供たちが街の一員として認められるための通過儀礼なのだそうだ。
「ここまで無事に大きくなれて良かったね」というお祝いでもあるらしい。
前世の七五三みたいなものだろうか。
洗礼式の参加者は子供たちだけで、白い晴れ着を着て教会に向かい、神様に向けて今後の抱負などをお祈りするらしい。
その後に個別で魔力があるかどうかの判定もあるのだそうだ。
兄と一緒に魔力循環をしているから私にも魔力はあるだろうけど、運動神経が致命的な私は騎士には絶対に向いていないし、それ以外に魔力を活かした職業というのはないようなので、あんまり意味はなさそうだ。
兄曰く、丸い石に触れると魔力がある人の時だけ石がぽわっと光るらしいので、ファンタジーっぽくてそれはちょっとだけ楽しみにしている。
服装は七五三ほど気合を入れて飾り立てるものではないが、新品の白いシンプルなワンピースを着て、髪に白い花を挿し、いつもと違った装いにテンションが上がってくる。
家族の前でくるりと回ると、みんな可愛い可愛いとたくさん褒めてくれた。
身内びいきだとしても悪い気はしないものである。
不思議だったのが、洗礼式の日が近づくにつれなぜか家族の情緒が不安定になっていったことだ。
基本的にめちゃくちゃ過保護で一人行動はさせてもらえないし、体調をものすごく心配されるし、ふとした時に家族と目が合うと泣きそうな顔で抱きしめられる。
どうしたのか聞いても絶対に教えてもらえず、気になってしょうがない。
先程も教会の入口で家族総出で見送ってくれたのだが、母は「こんなに大きくなって……!」と感極まっているし、父には無言で痛いほど抱きしめられ、兄からは「今日は洗礼式のお祝いにごちそうを用意してるから! リリーの好きなものばっかりだから! だから、ちゃんと帰ってくるんだぞ!」と泣きながら無事の帰還を求められた。
え、何、私、今日死ぬの……?
まるで死地に赴くかのような見送りに、洗礼式ってそんなに危ないものなのかとめちゃくちゃ怖くなってきた。
いつも礼拝が行われている聖堂で緊張しながら始まるのを待っていると、豪奢な刺繍の入った祭服を身に纏ったおじいちゃん司祭が入場し、洗礼式が始まった。
洗礼式はあっけなく終了した。
司祭からお祝いの言葉の後、神様へお祈りして終了だ。
会ったこともない神様には、今後の抱負として、決意表明も兼ねて「新事業を立ち上げたいです」と宣言しておいた。
……家族のあの反応はなんだったんだ?
とんでもないことが起こるんじゃないかってビビり散らかしていた私の気持ちを返してほしい。
洗礼式が終わり司祭が退場すると、シスターエミリーが壇上に上がった。
私と目が合うと、二コリと笑ってくれた。
わぁ、もしかしてこれが、レス貰ったってこと?
「みなさん、本日はおめでとうございます。みなさんが元気に、今日の日を迎えることができて、神様もきっと喜んで下さっていることでしょう。この後は、別のお部屋で一人ずつ魔力判定があります。一人ずつ行うのは、昔、魔力持ちの子供を攫って無理やり働かせる悪いことをする人がいたからです。もし、魔力判定で魔力があるということがわかっても、言いふらしたりしてはいけませんよ。おうちに帰って家族だけにお話ししましょう。シスターとのお約束ですよ。お約束守れる人~!」
「「「は~い!」」」
さすが、教会保育園を運営しているだけのことはあって、子供たちの扱いが上手である。シスターの言葉にみんな元気いっぱいお返事をしている。
ていうか、魔力持ちって人に言っちゃいけないことだったの!?
お兄ちゃんのこと言いふらしちゃったよ……。
誰か教えてよ~!
お兄ちゃんが騎士学校に通ってることはこのあたりじゃ有名だし、魔力持ちである事は周知の事実だから、もう時効、だよね……?
お兄ちゃんが悪いやつに攫われなくて本当に良かった……。
「では、お名前を呼ばれた子から、こちらのドアからお部屋に入ってきてください。終わった子はそのまま帰って大丈夫ですよ。それでは、ノーラちゃん……」
魔力判定は一瞬で終わるようで、次々と名を呼ばれてはすぐに出てくる。
大人しく自分の番を待っていると、私の名前が呼ばれたのは一番最後だった。
「では、最後、リリーちゃん」
「はい」
返事をして壇上の脇にある小部屋に入ると、そこには小さな祭壇があった。
子供の身長に合わせた背の低い台に小さめの神像と、その前にはスイカくらいの大きさの白くて丸い石が置いてあり、その周りを生花で飾りつけしてある。
あれが、お兄ちゃんが言っていた石かな?
思ったより大きいんだなぁ。
「洗礼式おめでとう、リリー。あなたが、今日この日を迎えられたこと、本当に本当に嬉しく思います。……神の奇跡に感謝を!」
シスターは涙を浮かべてそう言うと、胸の前で手を組んで神に祈り始めた。
このテンションの噛み合わなさにはとても覚えがある。
シスター、あなたもか……。
「魔力がある人が手を触れると、この石が光るのよ。魔力があるかどうかを見るだけだから、光らなくても問題はないわ。緊張せず、両手でそっと触ってみてね」
今こそ理由を問いただすんだとシスターに声を掛けようとしたら、さぁどうぞ、とほんわか笑顔のシスターに祭壇の方へ促されてしまったので、これが終わったら絶対に聞こうと決めて祭壇の前に立つ。
両手でと言われたので丸石を両側から挟み込むようにしてぺた、と触る。
案外しっとりしてるんだな、と思った瞬間、石がものすごく光った。
ビカァァァッッッ!!!
「わっ」
まぶしくて思わず手を離して顔を背けると光は収まったが、不意打ちの強い光に目がちかちかする。
「まぁ! こんなに強い光ははじめてよ! すごいわ、リリー!」
ピシッ
「え?」
シスターが嬉しそうに私に駆け寄ろうとしたその時、何か硬いものがひび割れるのような硬質な音が室内に響いた。
ピシピシピシッ
嫌な予感がして正面に目を向けると、丸い石の表面にバキバキにひびが入ってしまっていた。
「えっ、こ、こわれっ……えぇ……ど、どうしよう、シスター」
「えぇっ!? ど、どうしましょう……?」
教会の備品を壊してしまったぁ、と慌てる私と、初めて起こるケースにどう対処して良いか困惑するシスターで、二人しておろおろしていると、パキンッと大きな音が響いて再び石がピカッと光った。
今度は目がやられるほどの強い光ではなくホッとしたが、光が収まるとそこにはスイカサイズもあった石が跡形もなくなっていて、代わりに
「みー」
白い子猫が鎮座していた。
「え」
「まぁ」
シスターと顔を見合わせるが、お互いに何が起きたのかわかっておらず、首をかしげてしまう。
石から、猫が、生まれた?
な、なんで?
「みー、みー」
二人で困惑して固まっていると、なぜか子猫は私をガン見していて、何かを訴えるようにみーみー鳴いている。
怖がらせないようにそっと指を近づけると、子猫はクンクンと匂いを嗅いで、ぺろりと舐めてくれた。
「かっ……!」
あまりの可愛さに、反対の手で口元を抑えて悶絶してしまう。
子猫は私の指が気に入ったのかペロペロと舐め続けている。
……あれ?
「シ、シスター。なんだか、魔力を吸われている気がします」
「ええ!? い、いったいどういうことなのかしら……?」
そんなに大した量ではないが、子猫が舐めているところから少しずつ魔力が引き出されている感覚がある。よく見ると、指が気に入ったというよりは、お腹をすかせた子猫が一心不乱にミルクを飲んでいるように見える。
「お、お腹すいてたの?」
「み」
「魔力、おいしい?」
「みぃ」
本当のところはわからないが、タイミング良く可愛い返事が返ってきたので「ん~、しょうなの~、よかったでしゅね~」と内なる私がデレッデレに笑み崩れていた。
猫、ずっと飼いたかったんだよなぁ!
実家で猫を飼っていたけど、一人暮らししてからは飼う余裕が無くて、動画で我慢する日々だった。
FIREしたら真っ先にやりたいことランキング堂々第一位が、我が家に猫をお迎えする事である。
はわ、小さな丸いお耳がぴこぴこ動いて超絶可愛い……!
お手手はぽってり肉厚で、できれば、その、ピンクの肉球をつんつんさせてもらえないだろうか……!
全身もふもふの毛皮はよく見ると白にうっすらグレーのトラ模様が入っている。なんてこと、あなた、サバトラちゃんだったのね……!
お腹がいっぱいになったのかいつの間にか子猫は舐めるのをやめていて、はっと我に返った時にはモフりまくっていた。
子猫は嫌がる様子もなく、気持ちよさそうにトロンとした顔をしている。
あ、寝そう……。
「まさか……いえ、でもそんな……」
私が意識を飛ばしている間、何かを真剣に考えていた様子のシスターが何やらぶつぶつとつぶやいている。
「シスター?」
「っいいえ、何でもないの。この猫ちゃんについて、もしかしたらと思うことがあるのだけれど、確証のない事は言えないわ。私の方で調べてみるから、少し時間を頂けないかしら? それまで、リリーがその子を預かってくれたら嬉しいわ」
「もちろん、それはいいんですけど、私が連れて帰ってもいいんですか?」
「ええ。リリーが触れたら生まれてきた子だもの。リリーの魔力がご飯のようだし、ひき離すことはできないわ。きっとこの子とリリーは良きパートナーになれるはずです。大切に、仲良くしてあげてね。確かなことがわかるまでは、教会に迷い込んだ猫ちゃんを拾ったということにしておいてくれないかしら」
「わかりました。大切に育てます」
神妙に返事をしたが、食い気味になってしまった。
なんと、なんと、この可愛い小さな子をうちにお迎えしてもいいんだって!
私が名前を付けちゃっていいんだろうか!?
この子用の寝床とか、あと、爪とぎも用意しなきゃ!
一緒に遊べるようにおもちゃもいるよね!
うわ、うわー!
「あ」
唐突に長年の夢が叶うことになり内心浮かれまくっていたが、厳しい現実に気が付いてしまった。
「リリー!? どうしたの!? 気分が悪いの!?」
急に顔を青くして絶望する私の様子にシスターが慌てている。
「シ、シスター、うち、ご飯屋さんなんですけど、動物を飼う事を家族が許してくれるでしょうか……?」
「!」
シスターも「そうだったー!」という様子で口元を両手で覆っている。
え、やだやだ、一度飼えると思ったのに、やっぱり無理でしたっていうのは悲しすぎる!
「そ、そうよね。飲食店のおうちで動物を飼うというのは中々大変よね。で、でも、この子はとても賢そうだし、……お利口さんにできるわよね?」
シスターはおろおろしながら、最後は子猫に向かって「ねっ」と呼びかけると、眠そうにしながらも「みー」という返事が返ってきた。
「うち、ご飯屋さんなんだけど、料理をつまみ食いしたりしないって約束できる?」
「みぃ~」
心外だとでもいうように、不服そうな返事だ。
「じゃあ、うちの子に、なる?」
「みぃ!」
子猫ちゃんは元気よく一鳴きすると、ぴょんとジャンプして私の胸に飛び込んできた。
うちの子、賢くて可愛い! 最強では!?
決めた。たとえ家族が反対したとしても、説得して絶対にこの子を飼う。
第二回プレゼン会議をしてでも、絶対に認めてもらうんだ。
その為なら何枚資料を作ったっていい。
「今日はご家族が門まで迎えに来てくれているのでしょう? 私も一緒に行って、ご家族に説明するわ。」
心強い味方を伴い、小部屋を後にする。
子猫は私の腕の中ですよすよとお昼寝していた。
可愛い。
異世界では、魔力が主食の猫が石から生まれたりするんだなぁ。
すごい、めっちゃファンタジーっぽい!
意味なく増やし続けてきた魔力だったけど、こんなに可愛い子のご飯になるんだったら本望だ。
やっててよかったシスター式!
本格的に眠ってしまった子猫ちゃんをシスターが貸してくれたクッションを敷いたバスケットに入れて、連れ立って門に向かうと、家族がなぜか揃って青い顔をして待っていた。
私たちに気が付いた兄が弾かれたように駆け寄ってくる。
「リリー! よかった! 他の子どもたちはみんな出てきたのにリリーだけずっと出てこないから何かあったんじゃないかって心配で……」
「ごめんなさい、少しリリーとお話があって引き留めてしまったのです。……それで、リリーからご家族の皆さんに、大事なお話があるのよね?」
シスターに促され頷くと、気合を入れて家族に向き合う。
「お父さん、お母さん、お兄ちゃん。大事な、お話があります」
「ど、どうしたんだい、あらたまって……。私たちは家族じゃないか。遠慮せず何でも言っておくれ」
「……覚悟はできてる」
「リリー……」
深呼吸を一度してから、真剣な顔つきの家族にバスケットの中が見えるようにそっと掲げる。
「お願いします。この子をうちで飼わせてください! ちゃんとお世話するから……!」
家族の目が点になった。
リリーはまだ六才ですが、今年七才になるので洗礼式に参加します。
今日で連載を始めて1週間となりました。ここまでお読みいただきありがとうございます。
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