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1. おもいだした

 「リリー! リリー!!」


 耳元で大声で名前を呼ばれている。

 うるさいし、なんだか頭がめちゃくちゃ痛い。


 重い瞼を無理やり持ち上げると、少しふくよかな女性と小学生くらいの男の子が心配そうにこちらを覗き込んでいた。二人とも茶髪にモスグリーンの瞳で、血縁関係であることがよくわかる。


 「リリー! よかった、気が付いたんだね。大丈夫かい?」


 「おかあさん……あたま、いたい」


 自分の口から子供のような高い声が出てびっくりする。


 そうだ。この人は私のお母さんだ。

 知っているけど遠い記憶のような気がしてわけがわからない。

 私はリリーのはずなのに、別の記憶が混じって頭の中がぐるぐるする。


 百合って、誰?


 「そりゃあそうだよ。リリーあんた、森で頭から血を流して倒れてたんだ。たまたまカインが見つけてくれなかったらどうなっていたことか。一人で森に入っちゃいけないってあれほど言ってあっただろう!」


 そういえば、二つ年上の兄カインを追いかけて森に入ったんだった。そこで転んで運悪く頭を打って気絶していたらしい。


 ズキズキと痛む頭に手をやると包帯が巻かれているのがわかった。

 持ち上げた時に目に入った自分の手は、ふくふくした小さな子供の手だった。


 「……ごめんなさい」


 「はぁ……とにかく、無事でよかったよ。今度からは絶対に一人で森に入らないと約束しておくれ。父さんも私もカインもとっても心配したんだよ。母さんは仕事に戻るけど、あんたは今日は部屋でじっとして動かないようにね。カイン、何かあったらすぐに呼ぶんだよ。リリーのことよろしくね」


 母アルマはそう言うと、頭の包帯の巻かれていない部分を優しく撫でてから部屋を出ていった。


 ふぅ、と小さく息をつき、情報を整理する。


 思い出した。

 私は前世、高遠百合だった。

 どうやら頭を強く打ったことで記憶が蘇ったらしい。


 今の私の名前はリリー、五才。

 父、母、兄の四人家族だ。

 家族で街の小さな食堂を営んでおり、父が調理、母が給仕、兄と私はお店の雑用係。

 自宅の一階が店になっていて、今は二階の寝室でいつもは家族全員でぎゅうぎゅうに寝ている硬いベッドに寝かされている。

 

 「リリー……」


 そうだった、まだこの部屋には兄がいたんだった。

 母そっくりの優し気なたれ目に涙をいっぱいためてしゃくりあげている。


 「リリー、ごめ、ごめん……お、おれ、そ、そんなつもりじゃ……」


 はて。なんのことだと記憶を探ると、倒れる直前の私は、父と喧嘩して飛び出した兄を追って森に入り、追いついたものの一人にしてくれと兄に振り払われてバランスを崩し、そのまま転んで気絶してしまったようだった。


 先程の母の言葉からすると、この兄は私が倒れているところを偶然見つけたのだと伝えたらしい。

 まあ、父も母も怒ると非常に怖いらしいので本当のことを言いづらい気持ちはわかるけど……。


 「い、いたいよね……ごめん、ごめんなっ……おれ、おれっ……ヒグッ、ゔ~」


 とうとう泣き出してしまった。将来イケメンになりそうな可愛いお顔が台無しである。

 両親に虚偽の申告をした件に関しては思うところがないわけではないが、前世の記憶を思い出したばかりで今は正直それどころではないのだ。こっちこそ一人にしてほしい。


 「おにいちゃん、わたしこそ、かってについていってごめんね。ついてくるなっていわれたのに」


 「リリー……ゆるして、くれるの?」


 「うん。なかなおり、しよう。けががなおったら、こんどはいっしょにもりにつれていってくれる?」


 「っ! うんっ! とっておきの場所があるんだ。おれだけのひみつの場所なんだけど、リリーは特別に案内してあげる!」


 「たのしみにしてるね。いまはもうちょっとねたいから、みせのほうにいってくれていいよ。わたしはひとりでだいじょうぶ。おきたときにのめるようにおみずをもってきてくれるとうれしいな」


 「わかった! すぐ持ってくるよ! リリーはゆっくり休んでて!」


 ゴシゴシと袖で涙を拭い、元気よく部屋を飛び出していった。

 兄を体よく追い払い、部屋に一人になった私は改めて現状に思いを馳せる。


 「わたし、しんじゃったんだ……」


 百合は目標の金額が貯まってこれからという時に、自宅で倒れてそのまま亡くなったようだ。

 せっかくあそこまで身を削って努力したのに……絶望しかない。


 百合とリリーの記憶が脳内で次々と駆け巡り頭がショートしそうだ。


 頭、痛い。

 ぐちゃぐちゃして、気持ち悪い……。


 怒涛のように襲い掛かる記憶の奔流にのまれ、私は再び意識を失った。




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