17. 光陰矢の如し
新章、新規事業編のスタートです!
「お待たせしました。ハンバーグ定食です」
ハンバーグの発売からおよそ一年。
巷で噂の大人気店へと変貌を遂げた茶色のしっぽ亭は、今日も大盛況である。
私は少し背が伸びて、言葉も前よりだいぶスムーズに発音することができるようになり、店員としてかなり戦力になれている気がする今日この頃だ。
教会保育園には毎日通うのはやめ、週に一、二回ほどシスターの書類仕事を手伝いに行っている。
ちなみに、その時は結構な確率で騎士のアードルフ様に出くわす。
約束通り、温めていた推しエピソードトークを披露し、シスターにも「騎士様のおかげでお店が大繁盛したよ!」などと事あるごとにアードルフ様を褒める言葉を吹き込んでおいた。嘘じゃないし。
そのおかげかどうかはわからないが、シスターとアードルフ様の仲はかなり深まっているように見える。
新メニューもハンバーグに続き、具だくさんのスパニッシュオムレツ、とんかつ、クリームシチュー等、再現できそうなものから次々と開発してそれらも好評なのだが、やはり不動の人気ナンバーワンメニューは“騎士様も注文した”ハンバーグである。
騎士様が来てくれたら箔がつくかな~くらいに思っていたのだが、正直、騎士様人気を舐めていた。
一年たった今でも「騎士様と同じものを」と注文する客がいるくらいだ。
あの時、アードルフ様に声を掛けた私、マジでグッジョブ!
騎士学校の学費が無事にたまり、兄は晴れて騎士学校に通う騎士見習いとなった。
毎日生傷をたくさんこさえて帰ってくるが、「アードルフ様みたいなかっこいい騎士になるんだ!」と本人はいつも楽しそうである。
店は連日大忙しで兄も昼間は騎士学校があるため、家族だけで店を回すのは難しくなってきた。
収入に余裕が生まれたこともあって、今は新しく従業員を二人雇っている。
「オムレツ定食お待ちっす~!」
元気いっぱい、今もテーブルの間を縫いきびきびと働く十六歳のフレッシュな少年パウル君と、おっとり優し気な二人の子持ち奥様のエッダさんだ。
エッダさんは元々接客業をしていたが出産を機に一度仕事を辞め、子育てが落ち着いて働く時間ができたとの事で、うちで働いてくれている。
接客も料理も得意なのでホールにもキッチンにも入れるオールラウンドプレーヤーだ。
パウル君は、近隣の村からの避難民で、「家族を食わすために何でもやります!」と最初からやる気いっぱいで、ぐんぐん仕事を覚えて今やホールリーダーを任せられるくらいの働き者である。
「給料もいいし、まかないもめっちゃ美味いんで、最高の職場っす! その分いっぱい働くっすよ!」というのはパウル君談。
二人ともよく働いてくれる大事な戦力だ。
ちなみに、商業ギルドで従業員の募集をかけたところ、若い女性からの応募が殺到した。
騎士様が来店した実績がある事と、店長の息子が騎士見習いである事で、騎士様や将来有望な騎士見習いとお近づきになれるかもしれないと、婚活女子からは魅力的な働き口に見えるらしい。
そんな不純な動機で勤務を疎かにされては困るので、結果的にうちの店の従業員は男性か既婚者の女性に限られることとなった。
まかり間違ってまだ八歳の純朴な少年である兄に肉食系婚活女子の魔の手が伸びようものなら、私はそいつを血祭りにあげてしまうかもしれない。
心配しすぎだということなかれ、騎士見習いである兄は既に街の同世代の女の子達からロックオンされていて超絶モテているのだ。
下町の騎士様人気からも、兄がこの辺りでは一番の出世株であることは察せられる。
ただ兄は元々毎日店の手伝いで忙しく親しい友人はいなかったし、今は騎士学校で忙しいのでお知り合いになる機会がない。
なので結果的に私に近づいてくるのは兄と仲良くなりたい下心が透けて見える子ばかりになり、私はいまだに友達と呼べる相手がいないのである。
……別に、いいもん。
そしてもう一つ、この一年での大きな変化といえば、なんと、年中無休だったうちの店に定休日ができたのである!
定休日を設けることにワーカホリックの気がある両親は最初難色を示したが、休んでもいまや利益は十分あることと、従業員の二人も休ませてあげなきゃ辞めちゃうかもしれない、と説得し、週一の定休日を作ることに成功したのだ。
ただ、毎日仕事だったので、急に休みができても何をしていいかわからず、かくいう私も前世含め毎日仕事しかしない日々だったので、家族全員手持ち無沙汰になってしまい、初めての定休日、困惑して全員で顔を見合わせたのは記憶に新しい。
今では結局休みの日も新メニューを考えたり、調理器具の手入れをしたり、兄は騎士学校の復習をしたりと、なんだかんだ休んでいないような気がするが、これはもう私達はそういうタイプなんだと思って諦めている。
たまにお弁当を作って皆でピクニックに行ったりすることもあり、家族と仕事以外の会話をすることも増えて、今まで仲が悪かったわけじゃないけど、家族関係は確実に改善されていると思う。
やっぱり、時間やお金の余裕は大事である。
カインの騎士学校入学祝いに店で家族と従業員達だけでささやかなパーティを開いた事もあった。
売上が安定するようになってから少しお小遣いを貰えるようになったので、それを貯めてカインと二人で今までのお礼に両親にプレゼントを贈ったら、お母さんは号泣していたしお父さんも目が赤くなっていたように見えたから喜んでくれていたと思う。
プレゼントの中身は母にはフリルのついた可愛いエプロン、好きなお酒をずっと我慢してくれていた父には父の好きな銘柄のお酒だ。
カインのお祝いなのに、と両親は恐縮していたが、もちろん、お兄ちゃんの分も用意しておいた私である。
本当はかっこいい剣とかをどーんとプレゼントしたいけど、そんなお金はないので、組み紐でできたお守りだ。
この国では、騎士や兵士に家族や恋人から「自分の元に無事に帰ってきてほしい」という祈りを込めて自分の髪や瞳の色のお守りを渡す風習があるそうだ。
家族の瞳の色であるモスグリーンと薄紫色の組み紐でできたお守りをサプライズで渡したら、なんと兄も私へのプレゼントを用意してくれていて、プレゼント交換になってしまった。
兄からのプレゼントは羽ペンで書き物をする時に使うインクだった。
無骨でシンプルなデザインのそれを見た私以外の人たちは「女の子へのプレゼントがそれでいいのか?」と微妙な顔をしていたが、私は実用性のある物の方が喜ぶということを言わずとも把握されていたことに驚いた。
「これが正解でしょ?」とでも言うように、ドヤ顔でニヤリと笑う兄がかっこかわいくて思わずギュッと抱きしめてしまった私である。
もらったインクは店の帳簿付けなどの書類仕事の時に大事に使わせてもらっている。
私は元々書類仕事が好きというわけではないので普通にめんどくさい時もあるが、そんな時に最推しからのプレゼントが目に入るとテンションが上がってとってもやる気が出るので、最高のプレゼントだったと思っている。
「ごちそーさん! これ今月のつけの分。釣りは取っといてくれ」
今は月末で、つけの分をまとめて支払ってくるお客さんがいるので控えを確認する。
「ヤンさん、これだと、三百ギル足りないです」
「うえぇ!? うそだろ、俺そんなにつけで食ってたか?」
「はい。今月は五回、つけになってます」
ほら、とつけの日付や金額が書かれた表を見せる。
常連のヤンさんは「まじかよ……」と肩を落として、三百ギル追加で支払ってくれた。
「あっはっは、嬢ちゃんはしっかり者のいい嫁さんになりそうだなぁ! ヤン、何が釣りは取っとけだよ、足りてねぇじゃねぇか」
別の常連さんに笑われて、ヤンさんは「うるせえ!」と顔を赤くしている。
実は結構こういうことがあるので、今までは悪気なく踏み倒されていたんだろうなと思う。
帳簿を付けるようにして本当に良かった。
ちなみに、一日の売上高がかなり大きくなったので、店に置いておくには怖いのと、あれば使ってしまうというのをなくすために、仕入れや生活に必要な分を抜いた残りのお金は、少々手間だが毎日商業ギルドの口座に預け入れに行っている。
この仕事は父の担当だ。
さすがに父を襲って現金を奪い取ろうとする輩はいないと思うので、ALS○Kいらずで大変助かっている。
いかつい父で良かったと思う瞬間である。
兄の騎士学校の学費を貯め終わってからも貯金は続けていて、毎月積み上がっていく貯金額にホクホクだ。
前世の時から、月初に口座残高を確認する瞬間が一番楽しい。
ただ、これだけではFIREできない。
のんびり過ごす将来のFIREライフのためには、働いて得る労働賃金だけではなく、働かずとも勝手に資産が増えていく仕組みがほしい。
前世では、FIREに向けた資産形成の方法としては、株式投資や不動産投資が主だった。
けれど、この世界には株なんて存在しないようだし、不動産も今のところ現実的じゃない。
ならば前世の知識を活かして何か事業を立ち上げて、事業のオーナーとして不労所得を得たり、事業を売却してそれを元にさらに大きな事業を始めたりできないかと思ってはいるのだが、人脈も資金もないない尽くしの現状では、今のところまだ何も思いつけていない。
だがリリー六才、人生まだまだ時間はある。この一年はとにかく、上向いた茶色のしっぽ亭の業績を安定させることに注力してきた。
騎士様人気でバズっただけの一発屋で終わらないよう、今は足場を固めるのが最優先だ。
そうして客からの信頼と資金を積み重ねながら、ビジネスチャンスを虎視眈々と狙っているリリーちゃん六才なのであった。
「ALS〇Kいらず」とは何だろうと思った方へ。
レスリング選手のCMでおなじみの〇LSOK等のセキュリティ会社は、何か起きたときに駆けつけてくれるだけではなく、小売業やサービス業の売上金を安全に輸送してくれるというお仕事もあります。私のバイト先にも、毎日防弾チョッキを着た強そうなお兄さんたちが現金を回収に来ていました。
いつもありがとうございます。




