16. 大物来店
「む。満員か。出直した方が良いだろうか」
下町の昔ながらの飯屋に不釣り合いな品のある雰囲気を持つ貴族と思しき青年は、シン、と静まり返った店内を見回して満員であることを確認すると、踵を返し出ていこうとする。
「まっ、あ、あの! ここ! ここ空いてますんで、ここに座ってください!」
先程まで良い事を言ってくれていたおじさんがガタッと立ち上がってその席を進めている。
「? そこは其方の席だろう。いいのか?」
「い、いえ、俺はこっちに座るんで! 気にしないでください! ほら、そっち詰めろ」
「!? お、おい……」
おじさんはベンチタイプの席に移動して、元から座っていた客を奥に詰めさせて無理やり座っていた。元々二人用のものにガタイのいいおじさんが三人でぎゅうぎゅうに詰めて座っているので暑苦しそうだ。
「すまない。厚意に感謝する」
そう言ってアードルフ様は、おじさんが座っていた席に腰を下ろした。
「き、騎士様!?」
「騎士様が何でこんなとこに……」
突然現れたここにいるはずのない騎士様を見て、お客さんたちが騒めいている。
町中に突如現れた芸能人みたいだ。
もし今スマホがあったら皆撮影していたに違いない。
めちゃくちゃ見られてるけれど、アードルフ様は全く動じてない。
普段から注目を集める状況に慣れているのか、天然さんなのか。
なんとなく後者な気がするな……。
「きしさま、きてくれたんですね」
「ああ。約束だったからな。だが、昼休憩で抜けてきたのであまり時間がないのだ。君のおすすめを頼めるか?」
「はい、ちょっとまっていてください」
騎士団のある領主の城からは結構距離のあるこの店に、わざわざ休憩時間を使ってまでリニューアルオープンの日に駆けつけてくれたらしい。
それだけシスター情報が欲しいという事ですね。
今度厳選した推しエピソードをたっぷり聞かせてあげよう。
「おかあさん、はんばーぐ、いっちょう。このひとがまえにはなした、わるいやつからしすたーをたすけてくれたきしさまだよ。おれいにはんばーぐをごちそうするってやくそくしたの」
「あ、ああ。話は聞いてたけど、まさか、本当にうちの店に騎士様がいらっしゃるなんて……」
母が不安そうにチラチラと騎士様と厨房の方を交互に見ている。
貴族に平民の料理を出して良いものかと迷っているようだ。
「だいじょうぶ。はんばーぐはおいしいから、きしさまもきっときにいってくれるよ」
「母君。他の客達も。私は今回縁のあったそこの少女との約束を果たしに、この店の料理を食べに来ただけなのだ。何か取り締まりに来たわけではないので、どうかいつも通り過ごしてほしい」
「は、はいっ! すぐお持ちしますので、少々お待ちくださいっ!」
母は騎士様の言葉に声が裏返りながら返事をして、急いで厨房に入っていった。
厨房から顔を出して店内の様子を伺っていた兄を見つけ、手を引っ張ってアードルフ様の元に連れていく。
「きしさま。わたしのおにいちゃんです。しょうらい、きしになりたいんです」
「リ、リリー!?」
「そうか、君が。私は辺境伯騎士団に所属しているアードルフ・ボーデだ。話は聞いている。君の妹さんにも伝えたが、一人でも多くの騎士が増えることは騎士団としても喜ばしいことだ。鍛錬は厳しいものになるが、君が我らの同胞として肩を並べる日を楽しみにしている。励むといい」
「ふぇっ!? は、は、はいっ! が、がんばりますっ!」
憧れの騎士様に声を掛けてもらえて、兄は顔から湯気がでそうなほど真っ赤になっている。
この出会いが、お兄ちゃんの今後の励みになったらいいな。
「きしさま、まものとたたかうのって、どんなかんじかきいてもいいですか?」
「こ、こら、リリー! 騎士様に向かって失礼だぞ!」
「いや、構わない。私でよければ、時間の許す限り騎士について話そう。……そうだな、魔物と言ってもその特性や弱点は多種多様だ。魔物討伐戦で重要なのは、魔物の特徴に合わせた作戦と連携だ。常に死と隣り合わせの危険な仕事だが、それらを頭と体に叩き込んでおくことで、勝率はぐんと上がる。もちろん、日々の鍛錬によって個々の力を磨いておくことは大前提だが」
「たんれんって、どんなことをするんですか?」
「鍛錬に関しては、一般的な想像の通りだと思うぞ。走り込みや筋力トレーニング、素振りや模造剣を使った模擬戦などだな。ただそのどれもが求められる基準は高く、慣れないとついていくだけでも難しい。私も最初はヒイヒイ言いながら先輩たちの背を追っていたものだ。魔法剣での戦いは見た目が派手で華やかに見えるかもしれないが、魔法剣を扱う為の剣技や、それを支える体力や筋力がなければ戦えない。強くなるためには近道などなく、毎日の地道な鍛錬こそが己を強くするのだ」
兄が目をキラキラさせてアードルフ様の話に聞き入っている。
というか、店の客全員が聞き耳を立てている。
騎士の話を聞く機会なんてめったにないのだろう。ムキムキのおじさん達の瞳が、カブトムシを見つけた少年のようにキラッキラだ。
「おまちどうさまです」
皆で騎士トークを聞いていると、ホカホカのハンバーグが到着した。
「きしさま、これがおにいちゃんとわたしでかんがえた、しんめにゅーのはんばーぐです」
「騎士様、リリーが考えたこのソースが、すっごく美味しいんです。色んなものが入ってて、リリーはすごいんだ!」
二人して身を乗り出してわくわくとハンバーグを食べるのを待つ。
「わ、わかった、すぐ食べるので、待ってくれ」
アードルフ様は私たちの勢いに押されて、慌ててハンバーグを一切れ口に入れた。
「!? こ、これは、うまいな。このソースが濃厚で、初めて食べる味だ……」
ハンバーグはアードルフ様の口に合ったようで、ぱくぱくと上品ながらも次々に口に運んでいる。
たまに手を止めて、目を閉じて味わっている。
その様子に私と兄は顔を見合わせてガッツポーズをした。
「お、おかみ! 俺も、騎士様と同じものを!!」
「俺も!」
「こっちも同じものを頼む!」
「はいよ!」
美味しそうに食べる騎士様を見た客たちが、次々とハンバーグを注文し始めた。
騎士様の宣伝効果、想像以上だ……。
「馳走になった。想像以上に美味くて、驚いた」
ハンバーグを完食した騎士様は満足そうなホクホク顔だ。
「よろこんでもらえて、よかったです。はんばーぐは、こんどおべんとうにしてしすたーにもたべてもらうつもりなので、きょうつうのわだいができましたね」
「んな!?」
騎士様はポッと顔を赤らめてまたんなんな言っている。
相変わらずピュアな反応である。
「やくそくどおり、しすたーのいいところ、いっぱいおはなしするので、じかんがあるときにきょうかいにきてくださいね」
共通の話題……と嬉しそうにする騎士様に、他の客に聞こえないよう小声で伝え、この間と同じようにグッと親指を立てる。
騎士様は真面目な顔で頷き、「必ず行く」と答えた。
「では、私はそろそろ仕事に戻る。お代はここに置いておく。釣りはいらない」
気を取り直すようにコホンと咳ばらいをすると、銀貨を数枚机の上に置いた。
「このまえのおれいなので、おかねはいらないですよ? それに、これだとおおすぎます」
「いや、子供に奢られたとあっては騎士の沽券に関わる。取っておいてくれ。私にとってはこれくらいの価値のある食事だった。ありがとう。また食べに来よう」
なんて紳士的な対応。
か、かっこいい……!
シスターの話題を出した時のピュアな反応とのギャップに風邪をひきそうだ。
帰ろうとするアードルフ様を見て、さっき席を譲ったおじさんが立ち上がった。
「騎士様! いつも領地を守ってくれて、ありがとうございます!」
「「「ありがとうございます!」」」
おじさんが頭を下げ、それに倣って他の客達も頭を下げた。
アードルフ様は驚いて目を見張っている。
「俺らが安心して暮らしていられるのは、騎士様たちのおかげです。俺らみんな、いつも感謝してるんです」
「ありがとう。そのように言っていただけるとは騎士冥利に尽きる。これからも、皆の安全は我ら騎士が保証するので、安心して暮らしてくれ」
そう言って、アードルフ様は颯爽と帰っていった。
騎士様が退席すると、大人しくしていた客たちがドッと騒ぎ始めた。
「すげぇ、こんなに近くで騎士様を見たのなんて初めてだぞ!」
「俺らみてぇな平民相手にも、偉ぶらずに普通に接してくれてたよな。かっけぇ~!!!」
「騎士様の話が聞けたなんて、こりゃあ帰って家族に自慢しなきゃなんねぇな」
「俺ら、騎士様と同じ席について、同じもん食ったんだぞ!? 信じられるか!?」
「つか、なんだこりゃ!? こんな美味いもん、初めて食ったぞ!?」
「うますぎだろ! ただの肉団子かと思ったが、柔らかくて肉汁が飛び出してきて、全然違うじゃねぇか!」
「いや、すげえのはこのソースだ! 濃厚なんだがフルーティーさもあって何でできてるのかさっぱりわからねぇ!」
「すげえ手の込んだ味だ。まるで貴族が食べてる料理みてぇじゃねぇか!? いや、食べたことねぇんだけどよ」
「馬鹿、さっき騎士様が初めて食べる味だっつってたろ! 貴族も食べたことないんじゃねぇか」
ハンバーグを食べたお客さんたちが喧々囂々と感想を言い合っている。
ふふん、そうでしょうそうでしょう。
好感触な反応に心の中のドヤ顔がとまらない。
ハンバーグの大成功を確信した私だったが、「騎士様もわざわざ食べに来るほどの店」というのがあっという間に口コミで広がり、連日行列のできるほどの大盛況で、騎士学校の学費分をわずか一週間で稼いでしまうとは、さすがに予想だにしていなかったのであった。
下町の騎士様人気、恐るべし……。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
これにて第一章、経営改革編は幕引きです。
次回からは第二章が始まります。
お楽しみに!
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