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15. 新装開店! 茶色のしっぽ亭

 ーー昨今の物価上昇に伴い、当店でも料金を値上げする運びとなりました。何卒、ご了承くださいーー


 ーー新メニュー、はじめました。肉汁じゅわっと、ソースは濃厚! ぜひご賞味あれ!  ハンバーグ定食ーー


 ーー茶色のしっぽ亭ーー


 「よし、できた」


 チョークで値上げに関してと新メニューのお知らせ、店名と最後に家族四人の似顔絵を描いて、店頭に置くカフェ看板が完成した。


 うちの店は今まで店名は特についておらず、「おかみの店」とか「何軒目の飯屋」とかで呼ばれていたらしいので、これを機に新しく店名をつけることを提案した。

 家族みんなで意見を出し合ったのだが、「茶色のしっぽ亭」はカインの案で、頭の包帯が取れてからずっとポニーテールにしている私の髪型をイメージしているとのこと。


 私要素しかないので、もっと家族みんなっぽいものの方がいいんじゃないかと思ったのだが、お父さんとお母さんもなぜか乗り気で、多数決で決まってしまった。

 まぁ茶トラ猫ちゃんのしっぽみたいで可愛いし、家族が気に入っているならいいか、と諦めている。


 字は教会で練習してかなり上手に書けるようになったのだが、空いたスペースに描いた家族四人の絵が本当に子供の落書きレベルで恥ずかしい……。

 一応父の頭にはコック帽、母にはエプロン、兄にはお祈りも込めて剣、そして一番小さな私の棒人間にはポニーテールを書いておいたが、辛うじて誰かはわかる程度だ。


 そういえば、私は前世の頃から絵心がないんだった……。

 恥ずかしくて消そうとしたら家族全員から慌てて止められた。


 うまいうまい、消すなんてもったいない、とたくさん褒めてくれたのだが、そのテンションが、ハンバーグが完成した時やプレゼン資料を見せた時と同じくらいのテンションだったので、少し微妙な気持ちになってしまった。


 あんなにがんばって作ったハンバーグやプレゼン資料が、適当に描いた棒人間の絵と同列なんだ……。

 ぐすん。


 余談だが、後日、店名と似顔絵の部分だけ常連の職人さんに頼んで消えないように加工されることとなる。

 そ、そこまでする……? と困惑することになるのは数日後。




 今日はお店をお休みにして、値上げ前の最後の準備をみんなでしている。

 主にお店全体の丸洗いだ。

 うちの店は一応毎日掃除はしているものの、床やテーブルの長年積み重なったしみや汚れ、色褪せた外壁など、全体的に小汚い。


 小汚くても許されるのは安くて美味い店に限られると私は思っているので、安くなくなってしまう今後は、リノベーションとまではいかなくともせめてもう少し綺麗にしておきたいと思い大掃除を敢行することとなった。


 店のテーブルと椅子は全て裏庭に出し、ぐらつきがあるものは父が直していく。

 石けんを泡立ててたっぷりの泡を表面に乗せると、長年の汚れが浮き上がり、みるみるうちに泡が汚くなってきた。


 「うわぁ、きたない」


 「ほんとだ、毎日ちゃんと拭いてるのにこんなに汚れていたんだな。うへぇ」


 カインと一緒に汚いねぇ、と言い合いながら泡を拭き取っていくとしみや汚れはほとんど落ちてだいぶ綺麗になった。

 乾かしてから、細かい傷やへこみにはやすりをかけて目立たなくして、仕上げに亜麻仁油で全体をごしごしと磨いていく。

 重労働だったが、みんなで力を合わせてなんとか全ての椅子とテーブルを磨き終えた。


 「わぁ、すごくきれいになったな!」


 「まるで新品みたいじゃないか! こんなに綺麗になるなんて、頑張った甲斐があるねぇ」


 少しでも綺麗になればいいなと思っていた薄汚れた木製のテーブルや椅子が、ヴィンテージ風の落ち着いた深みのあるオシャレな家具へとまさかの変貌を遂げた。

 汚れていただけで物自体は良いものだったらしい。

 思った以上の結果に大満足である。


 同じく汚かったフローリングの床も、綺麗に洗ってやすりがけしてからワックスを塗ってピカピカだ。


 色褪せた店内の壁と外壁は塗りなおすことにした。

 色は私が決めていいと言われたので、店内は淡いクリーム色、外は若草色を選んだ。


 塗料を塗る作業では背の低い私はあまり役に立てなかったが、手持ち無沙汰で見ていた私に気付いた父が肩車をして一部私も塗らせてもらうことができた。

 塗るだけなら絵心は関係ないし、いつもと目線が違ってとても楽しかった。

 リリーにとって、父に肩車をしてもらったのはこれが初めてのことかもしれない。

 

 塗り終わってから、ガテン系のおじさんたちが集う店にしては色合いが可愛すぎたかもしれない、と思ったが、街の雰囲気には調和しているし、家族も特に反対しなかったので大丈夫だと思いたい……。


 店の前には小さなお花の鉢を置いて彩を添えて、看板を置いたら作業の終了だ。


 外観も店内もだいぶ綺麗になって、古さが逆に良い風合いぐらいのレベルになっている気がする。

 前世でいうところの古民家カフェっぽさがあり内心テンション爆上がりである。


 うん、いい感じ!




 その日の夜は、決起集会と称してみんなでハンバーグを食べることにした。

 リニューアルした店内で綺麗に磨かれたテーブルに着く。


 ハンバーグが完成してからすぐにレシピを父に教え、力もあり料理しなれている父はあっという間に私たちよりも手早く上手に作れるようになっていた。

 ハンバーグ、特にソースのレシピは店の今後の売上の生命線なので、絶対に人には教えないようにと念押ししておいた。


 濃厚でフルーティーなソースの香りが食欲を掻き立て、父作のハンバーグは今日もとても美味しそうだ。誰かのお腹がぐぅ、と音を立てた。


 ちなみに、普段は各々まかないを食べられる時にかきこんでいるので、同じテーブルについてゆっくり家族で夕食を共にをするのは実は初めてだったりする。


 「ははっ、なんだかこうしてみんなで改まって食事をするのは、なんだか照れちまうね」


 「確かに。店もすっごくきれいになったし、なんだかうちじゃないみたいだ……」


 母と兄が気恥ずかしそうに笑っている。

 私は靴を脱いでから椅子の上で立ち上がりコップを持つ。中身は果実水だ。

 一応このプロジェクトの発起人からの挨拶が、背が小さくてテーブルの上に顔が出ないのは格好がつかないので、お行儀が悪いのは許してほしい。


 「みなさん、きょうはおおそうじ、おつかれさまでした。あしたは、いよいよねあげとはんばーぐのはつばいびです。あしたはがんばりましょう。かんぱい!」


 「かんぱーい!」


 兄がコップを掲げて元気よく復唱してくれた。

 ノリが良くてありがたい。

 みんなでコップを打ちつけ合う。


 「あはは、立派な挨拶だったね。本当にどこでそういうのを覚えてくるんだか。つい最近まで赤ん坊だったのに、子供の成長はあっという間だねぇ」


 「俺が作ったハンバーグよりずっと美味しい! やっぱりまだまだ父さんには勝てないや」


 「ふん。まだまだチビの息子には負けねぇさ」


 みんなで談笑しながら美味しいハンバーグを食べて、決起集会という名の初めての食事会は終始和気あいあいとした雰囲気で幕を閉じた。


 一日中慣れない作業をした疲れもあって、いつもより早い時間に兄と私はベッドに入り朝までぐっすり眠ってしまったので、その日の夜遅くまで店内には明かりがつき、両親が酒を酌み交わしながら、みんなで楽しく作業をした今日の思い出を忘れないようにと涙を浮かべて語り合っていたことには気付くことはなかった。




 そして、とうとう商品の値上げとハンバーグの発売の日がやってきた。

 今日は私も絶対に店に出ると言い張って、無理やり出勤をもぎ取った。


 お客さんに受け入れてもらえるかどうかは、この初動にかかっているといっても過言ではない。

 家族一同、緊張の面持ちだ。


 値上げに関しては常連のお客さんにはあらかじめ説明してあるので大きな混乱はないはずだが、文句を言ってくる人も中にはいるだろう。

 値上げのお詫びと新メニューの試食ということで、本日限定で全員に一口サイズのハンバーグを無料でつけることになっている。

 ハンバーグは結構強気な価格設定をしたので、最初は注文するお客さんは少ないかもしれない。

 でも一度味わってしまったら、その値段を払ってでも食べたいというお客さんは絶対にいると確信している。

 これはいわば先行投資だ。


 ランチのお客さんが入り始め、店内が賑わってきた。

 店の変わりように皆驚いているが、おおむね好意的な反応だ。


 よかった、値上げすると伝えていても、多くの常連さんたちが足を運んでくれたようだ。

 ただ、最初は義理で来店してくれても、安さという魅力がなくなった今、徐々に足が遠のいてしまうだろう。

 今日で多くのお客さんをハンバーグの虜にしなければならない。


 ランチ客で席が埋まったところで、母アルマが声を張り上げた。


 「前から伝えてあった通り、申し訳ないが今日から値上げをすることになったんで、料金は壁のメニュー表を確認しておくれ。すまないが、よろしくたのむよ!」


 この店は昔から同じメニュー、同じ金額だったので、古びた木札のようなメニュー表が壁にかけられていたのだが、店頭のカフェ看板と同じく消して何度も使える黒板タイプのメニュー表を新たに壁に取り付けた。

 物価に合わせて値段もまた変わるかもしれないし、ハンバーグ以降も新メニューを作りたいからだ。


 「はぁ、ついにここも値上げかぁ……」


 「ごめんなさい。おにいちゃんが、きしがっこうにいくための、おかねをためたいんです。ごきょうりょく、おねがいします」


 「うっ、じょ、嬢ちゃん……」


 小声でぼやいていたお客さんを、きゅる、とチワワのような小動物をイメージして見つめる。

 この値上げ戦略を成功させるために、子供の武器だろうが何だろうが使うことを私は厭わない。


 お兄ちゃん、だしにしてごめんね。

 絶対に騎士学校の学費を貯めるから、許してね……。


 心の中で血の涙を流しながら兄に深く詫びた。


 「はっはっは! 騎士学校か、そりゃあいい! この店から騎士様が生まれたら俺らも鼻が高いってもんだ。そいつは協力しなきゃなんねえな!」


 私の言葉を聞いていた別の常連客が、からからと笑い賛同してくれた。


 「いやぁ、ここの店は安くていつも助かってたけどよ、利益が上がってんのかなって心配もしてたんだ。おかみ、今までは助けてもらっていたからよ、今後もここに通うことくらいしかできねぇが、俺も協力させてくれ!」


 今度は別の常連さんが声を上げ、思ってもみないことを言われた母が目を丸くしている。

 すると、俺も俺もと今までの感謝とこれからも通うことを宣言してくれた。


 なんて、気持ちのいい人たちなんだろう。


 今まで安い値段で買えていたものが買えなくなるのだから、不満をぶつけてくる人は一定数いて当たり前だと思っていた。

 子供の武器が通用しない相手の場合は、最終的に父に出てきてもらうつもりでいたくらいだ。

 両親もだけど、この助け合いの精神はお土地柄なのだろうか?


 暖かい心根を持つこの人たちがいるこの場所に転生することができて、本当に良かったと初めて思った。

 予想外の反応に目を潤ませている母につられて、私も目頭が熱くなってきた。


 「失礼。茶色のしっぽ亭というのは、ここで合っているだろうか?」


 感動的な雰囲気を切り裂くように、入口から声が掛かった。

 そこには、金糸で刺繍の入った紺色の制服をスマートに着こなす、まるでモデルのようにスタイルの良い長身の青年が立っていた。


 店内が水を打ったように静まり返った。




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