14. 女神と騎士と髭②
皆のいる教会の庭へ戻ると、まだ押し問答の最中だった。
よかった、間に合ったみたい!
「わしを誰だと思っているんだ。いいから大人しくついてこい!」
「い、痛いです……! どうかご容赦くださいませ……」
「何をしている!!」
尋常でない雰囲気の二人が目に入り、騎士は先を行く私を走って追い越し、二人の間に割って入った。
「なっ、き、騎士だと!? どうして貴族がこんなところに……」
さっきまで偉そうにしていた髭おやじが、突如現れた騎士に顔を青くしている。
騎士の職に就けるのは魔力持ちに限られる。
つまりそのほとんどが貴族だ。
ごく一部平民の騎士もいるが、身につけているものの上質さや持っている雰囲気からしておそらく彼は貴族なのだろう。
いかに金持ちで権力があっても、貴族と平民の間には覆せない身分の差というものが存在するらしい。
髭おやじの態度からもそれを大きく実感することとなった。
これまでの横柄な態度が嘘のように、高速で揉み手しながら騎士に対してへりくだっている。
「こ、これはこれは、騎士様ではありませんか。この辺境伯領の誉れである騎士様が、いったいどうしてこのようなところに?」
「子供に助けを求められたのだ。シスターが攫われそうなので助けてほしい、とな」
よく鍛えられていることが分かる身体の大きな騎士様にギロ、と厳しく睨みつけられ、髭おやじは震えあがっている。
「ヒィッ! さ、攫われるなどと、大げさな! 私は晩餐にこのシスターを誘っていただけです。その子供が何か勘違いをしたのでしょう。騎士様ともあろうお方が、たかが子供の戯言を鵜呑みにするようなことはなさいませんよね?」
「嫌がる彼女の腕を強引に引いていたように見えたが?」
「誤解でございます! 私は躓いた彼女を支えて差し上げただけで、至って紳士的に食事に誘っていましたとも!」
「うそだ! しすたーははなしてっていってるのに、むりやりつれていこうとしてたもん!」
「そうだそうだ! いうこときかないときふしないっておどしてたぞ!」
往生際悪く言い逃れしようとする髭おやじに、子供たちから否定の声が上がる。
「なっ!? だ、黙れ! このっ、クソガキどもが!」
「わるものめ! どっかいけー!」
「しすたーをいじめるな!」
「ひげおやじー!」
騎士様という頼りになる味方が現れたことで安心したのか、怯えていた子供たちが元気を取り戻し髭おやじを非難し始めたので、私もどさくさに紛れて悪口を言っておいた。
「だ、そうだが? いかに子供の戯言と言おうとも、ここにいる全ての子供たちが、お前がシスターに無体を働こうとしたと言っている。これだけの数の声を無視することはできない。」
「は、はは、少々誤解があったようですな……。いつもお世話になっているシスターへのお礼にぜひご馳走したくて、つい気が急いてしまったようです。お忙しい騎士様にお手間をかけさせてしまい、申し訳ございません。私はこの後少々急ぎの予定がございますので、失礼させていただきます。それではっ」
分が悪いと悟ったのか、髭おやじは引きつった笑顔で言い訳して、足早に逃げ去っていった。
二度と来るな! べー!
「騎士様、危ないところをお助けいただき、ありがとうございました。」
「礼には及ばない。シスター、怪我はな……ッ!?」
ホッとしてお礼を言うシスターに返事をする声が不自然に途切れたので不思議に思って騎士の方を見上げると、シスターを凝視して口元を抑えながら顔を真っ赤にしていた。
……ほーん?
「騎士様?」
「い、いやっ、何でもありませんっ! け、怪我はありませんか、シスター」
急に敬語になってるし。
うんうん、わかるよー。シスター、かわいいよね。
優し気な色白美人さんで、女性らしい魅惑のボディをお持ちだし、でもしゃべるとおちゃめさんで、とにかくめっちゃくちゃ優しいんだぞー!
うんうん、と心の中で後方腕組みしながら推しの古参マウントをとる。
騎士様を改めてまじまじと見ると、短く刈り込んだ黒髪は清潔感があり、真面目そうな精悍な顔つきだ。
身分をふりかざすこともなく私のような子供にも誠実に対応してくれて、かなり好印象である。
黒髪に日焼けした肌、背が高くてがっしりとしていて、爽やかかつ誠実そう。
前世の世界的大スター、〇ョーヘイ・〇ータニに雰囲気がちょっと似ているかもしれない。
ふむ。助けてもらった恩もあるし、特別にシスターにお近づきになることを許してやろう。
だが髭おやじ、お前はダメだ。
「私は何ともありません。騎士様が駆けつけて下さったおかげです」
いや、かなり強く掴まれていたようだったから、もしかしたら痣になっているかもしれない。
後でしっかり確認して治療しなければ。
女神の白い肌に跡が残ろうものならあの髭、万死に値する。
「い、いえ、領民の安全を守ることが騎士の務めですから。失礼ですが、このようなことは、よくあるのでしょうか? 先程の者は何者です?」
「……あの方は、この教会に多額の寄付をして下さっている商会の方なんです。王都に本店がある大商会で、数年前にこの街に支店ができたのですが、そこの支店長さんだと聞いています。よく食事に誘って下さり、教会の決まりで外出できないとお断りしているのですが、最近はお断りしても中々納得してくださらないことが多く……。騎士様のおかげで、本当に助かりました。ありがとうございます」
うわぁ……。わしが寄付したとか言っといて、個人じゃなく商会からの寄付なんかい。
会社の金を自分の金と勘違いして好き勝手している私の嫌いなタイプの経営者だ。
しかも社長でもなく支店長……。小物臭がすごい。
髭おやじが現れてからここまでの減点が止まらない。
「そうだったのですか……。貴女が連れていかれず、本当に良かった。あのような輩は、一度ついていけば都合よく解釈してさらに要求を重ねてくるでしょう。次また食事などに誘われても絶対に同意しないようにしてください。貴女の身が危険です。そういった時にはすぐに私を呼んでください。私も、この辺りの見回りを強化いたします。」
「まぁ! そこまで騎士様に甘えるわけには……」
「いいえ! 街の治安を守ることが我々の仕事ですから! 何かあってからでは遅いのです。騎士団の詰め所に連絡下されば、万が一私がおらずとも他の騎士が対応いたします。どうか、頼ってください!」
どんと胸を叩いて請け負っているが、花形である騎士の仕事は主に魔獣の討伐だ。基本的に街の治安維持は平民で構成されている兵士達の仕事である。
ただあの髭おやじのように権力を笠に着るようなやつは平民の兵士では止められない可能性がある。
バックに貴族がついているとなれば、奴もうかつに手出しできないと思うので、今日騎士の彼と出会えたことは本当に運が良かった。
本人もやる気満々のようなので、ぜひともお願いしたい。
「私はアードルフ・ボーデと申します。アードルフとお呼びください。シスター、貴女のお名前を伺っても?」
「エミリーと申します。そんな、貴族である騎士様のお名前をお呼びするなど、不敬ではございませんか?」
「シスターエミリー、可憐な貴女にぴったりの素敵な名だ……。貴族といっても、次男で継ぐ爵位もない気楽な身です。どうか、アードルフと」
「で、では、アードルフ様。今日のお礼は後日必ずさせて下さいませ」
「騎士として当たり前のことをしただけですから。お礼など結構ですよ。貴女が無事で何よりです。それでは私は仕事に戻りますので、シスターエミリー、また」
「しすたー、わたし、きしさまをもんまでおみおくりしてきます」
「リリー、騎士様を呼んできてくれてありがとう。とても助かったわ。お見送り、お願いしますね。アードルフ様、この度は、本当にありがとうございました。」
「きしさま、こっちです」
教会の庭から門までは迷うような道ではないが、私が強引に連れてきてしまったので責任もって入口まで送ろうと思い、連れ立って歩いていく。
「きしさま、しすたーをたすけてくれて、ありがとうございました」
「いや、礼には及ばない。むしろ、よく私を呼んでくれた。」
「わたしのおにいちゃんが、きしをめざしてて、こんいろのせいふくがかっこいいっていっていたから、きしさまだってわかったんです」
「そうか。騎士を目指していると言う事は、君のお兄さんは魔力持ちか。騎士団としては、一人でも戦力が増えることは喜ばしい。決して平坦な道ではないと思うが、がんばるよう伝えてくれ」
「はい。あの、わたしのおうち、ごはんやさんなんです。もうすぐ、わたしとおにいちゃんがつくったしんめにゅーがはじまるんです。すっごくすっごくおいしいので、ぜひたべにきてください。きょうのおれいにごちそうします。」
「家の仕事の手伝いとは、君は偉いな。近くに用事があった際には立ち寄らせていただこう」
行けたら行くね、ってことですね。
まぁ、そうですよねー。
純粋にお礼がしたくて提案しただけだけど、もし、アードルフ様がうちの店に本当に食べに来てくれたら、騎士様もわざわざ食べに足を運ぶ程の料理だとハンバーグの宣伝効果としてはバッチリだろうし、騎士を目指しているお兄ちゃんも色々話を聞けるかもしれないし、いいことづくめじゃない?
そうこうしているうちに門に到着してしまった。
なんとしてでも、アードルフ様にはハンバーグを食べに来てもらわねば……!
「きしさま」
「なんだ?」
門の前で立ち止まり、ちょいちょいと手招きして内緒話をするように両手を口元に持っていく。
アードルフ様は首をかしげながらも、かがんで耳を寄せてくれた。
「あのね、おみせにたべにきてくれたら、しすたーに、きしさまはつよくて、かっこよくて、すごくやさしいって、いいところいっぱいあぴーるしてあげるね」
「んなっ!?」
アードルフ様はビクゥッと飛び上がり、顔を真っ赤にして辺りをきょろきょろしている。
気付かれてないと思ってたんだ……。
思ったよりもピュアな姿に少々生温かい目で見てしまったのはしょうがないと思う。
「……んなっ……んなっ」
真っ赤な顔でんなんな鳴く変な人形みたいになってしまった。
「しすたーの、やさしくて、かわいいところ、いっぱいおしえてあげてもいいよ」
私は追撃の手を緩めず、グッとサムズアップしておいた。
アードルフ様は再度ビクッとすると、一度咳払いをしてから神妙な面持ちで私の前に膝をつき、
「必ず、伺おう」
誘惑に屈したのだった。
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