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13. 女神と騎士と髭①

 昨日のプレゼン会議を終え、今日はいつも通り教会保育園に来ている。

 値上げの方針が確定してもすぐには変えられないので、しばらくは準備段階だ。


 今は教会の庭で元気に走り回る子供たちを横目にベンチに座って字の練習をしている。


 筆記用具を手に入れるために、私が見ても構わない範囲でシスターの書類仕事の簡単なお手伝いをさせてもらったのだが、その時にシスターが私の書いた字を見て「とても丁寧だし、もう少し優美な文字の書き方を覚えたら、手紙の代筆などのお仕事もできるかもしれないわ」と言うので、最近は優美な文字を書く練習をしているのである。


 職業の選択肢はなんぼあっても良いですからね。


 家の物置に、前世のカフェの入り口に置いてあったような自由に書いて消せるタイプの看板が埋もれているのを発見したので、あれに飾り文字で店の名前やおすすめメニューを書いてもいいかもしれない。


 えへへ、やっと価格改定と新メニューの発売だ!

 よーし、稼ぐぞー!


 「なんだか今日は機嫌がいいのね、リリー。何か良いことがあったのかしら?」


 わくわくしながらこれからのことに思いを馳せていると、シスターに突然機嫌の良さを言い当てられて驚いた。

 こう言ってはなんだけど、私は普段本当に表情が動かないらしいので、表情などから気持ちを察せられることがほぼないのだ。


 「うふふ、カイン君程ではないけれど、私も最近リリーの気持ちの変化が雰囲気でわかるようになってきた気がするの。今日はとってもうきうきしているように見えるわ」


 シスターがえっへんと胸を張っている。

 何この人、可愛い……。


 「じつは、ぷれぜんがうまくいって、おとうさんとおかあさんが、きょうりょくしてくれることになったんです。これから、うちのおみせは、きっともっとよくなるはずです」


 「ぷれぜん、というのは、リリーが作っていた資料を使って会議をするって言っていたもののことよね? ずっとがんばって作っていたものね。うまくいったのなら良かったわ!」


 「しすたーがもじやたんごをたくさんおしえてくれたおかげです。ありがとうございました」


 「いいえ、こちらこそ! リリーは書類仕事も覚えるのが本当に早くて、とても助かっているわ」


 シスターのほわほわ笑顔、癒される~。

 もうこの人が女神さまってことでいいんじゃないかな……。


 「もうすぐわたしとおにいちゃんできょうりょくしてつくった、しんめにゅーがはじまるんです。すっごくおいしくできたので、たべにきてくれますか?」


 「うーん……ごめんなさい。せっかくのお誘いなのだけど、気軽には外出してはいけない決まりなの。新メニューの評判がどうだったか、また教えてくれると嬉しいわ。」


 そう言って悲しそうな笑顔で目を伏せるシスターはまさに憂いの女神といった感じで、信者の私はなんとかその憂いを払わなければという気持ちになる。


 「じゃあ、おべんとうにして、こんどもってきます! しすたーにはたくさんおせわになっているからかぞくのみんなもいいよっていってくれるはずです。そうしたら、たべてくれますか?」


 「まぁ、いいの? 本当はすごく食べてみたかったの! ありがとう、リリー」


 はうっ、笑顔がまぶしすぎるっ!

 これは、一番おいしくできたハンバーグを供物として捧げなければ……!


 シスターの輝かんばかりの笑顔に後光のさす幻を見て、心の中で手を合わせていると、その空気を壊す乱入者が現れた。


 「やあやあ、シスターエミリー、ここにおりましたか!」


 豪奢な服を着たカイゼル髭の小太りのおじさんが、ずかずかとこちらに向かって歩いてくる。

 教会に訪問客が来た場合は、用件を聞いた上で応接室で待ってもらい、他のシスターさんか神官さんが呼びに来るのが普通である。

 他に誰も見当たらないし、この人勝手に入ってきたの?

 不法侵入では?


 「まぁ、カスパル様。こんにちは。本日はどうなさったのですか?」 


 「いやぁ、たまたま近くを通りかかりましてな、貴女の顔を一目見たく参上してしまいましたぞ! いやぁ、相変わらず美しい!」


 美しいと言いながら、その目は顔ではなく、その少し下あたりをニヤニヤと眺めている。


 おいやめろ、その脂下がった顔で私の女神を見るんじゃない。

 汚れるだろうが。


 誰なのか知らないが、こいつは敵だ。

 私は会って数十秒で目の前の髭おやじを敵認定した。


 「ところでシスター、つい最近年代物のとても良いワインを手に入れましてな。どうでしょう、これから我が家の晩餐にご招待させていただけませんか。貴女にも、最高級の味をぜひ堪能していただきたい!」


 「お気持ちは嬉しいのですが……私たちシスターは特別な理由なく教会の外に出ることは禁じられております。それに、教会は清貧な生活を旨としておりますので、最高級のワインなんて私などには贅沢すぎますわ。カスパル様の優しいお気持ちだけ、ありがたく頂戴させてくださいませ」


 「いやいや、そうおっしゃらずに! このように毎日子供たちに囲まれて、息が詰まっておいででしょう。毎日頑張っていらっしゃるんですから、たまの息抜きも特別な理由ですぞ! ああほら、美しい貴女の白魚のような手がこのように荒れて、おいたわしい……」


 そう言うと髭おやじはシスターの手を取り、スリスリと撫で始めた。


 きっっっしょ!!!

 お巡りさん、こいつです!

 セクハラで逮捕です!


 「しすたー……」


 「大丈夫ですよ、リリー。私はどこにも行きませんからね」


 私もいるぞ、とシスターのスカートを握りしめて不安そうな声で呼ぶと、シスターは安心させるように笑うと髭おやじに向き合った。


 「子供たちと一緒に過ごすことは私にとって喜びですので、決して息が詰まるようなことではございません。それに手の荒れは私だけではなく、水仕事をする他のシスターも皆同じですから、ご心配頂くようなことではありません。私は大丈夫ですので、どうかその優しさは、パスカル様を普段支えて下さる周囲の皆様へ」


 シスターが丁寧な口調できっぱりと断ると、髭おやじから笑顔が消え、見下すような傲慢な雰囲気に豹変した。

 こっちがこの男の本性なのだろう。


 「わしが下手に出ているうちに言う事を聞いておいた方が利口だぞ。わしがこの教会にいくら寄付してると思ってるんだ。それがなくなったら教会としても困るんじゃないのか? 今後寄付があるかどうかはお前の返答次第だぞ?」


 「そ、そんな……」


 「いいから来るんだ!」


 「いやっ、離してください!」


 しびれを切らした髭おやじが、シスターの腕を引っ張り無理やり連れて行こうとしだした。

 遊んでいた子供たちは異常な雰囲気に怯えてしまっている。


 どうしよう、女神がスケベ爺に手籠めにされちゃう!

 だ、だれか、大人の人……!


 周囲を見回すと少し離れた場所にシスターが数人いたが、気付いているはずなのに不安そうにこちらを伺うだけでシスターエミリーを助けるそぶりもない。

 私ひとりじゃ成人男性には太刀打ちできないし、教会関係者は役に立たない。

 誰か頼りになる人を呼んでこないと……!


 私は教会の外に助けを求める為に、門の方に向かって全力で走った。

 

 教会の門の外に出ると、人ごみの中に紺色の服が目に入った。

 背の高い青年だ。

 紺色の制服に、剣を腰に差していて、がっしりとした体格。


 あの人、騎士だ!

 お兄ちゃんが、紺色の制服に憧れるって前に言ってた!


 「きしさま、たすけてください!」


 通りすがりの騎士らしき人の服をはしっとつかんで大声で助けを求める。


 「む。どうした? 迷子か?」


 騎士は私に気付くと、かがんで目線を合わせてくれた。


 よかった、いい人そう!


 「ちがいます。しすたーを、たすけてください! ひげおやじにさらわれちゃう!」


 「なんだって!?」


 「こっちです、はやく!」


 騎士の手を引いて、急いで教会へ踵を返した。

 騎士は困惑しながらも大人しく後を付いてきてくれた。

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