12. はじめてのプレゼン会議
「それでは、かいぎをはじめます」
私の号令に、カインがパチパチと拍手をしている。
新メニューのハンバーグが無事に完成し、今日は店の経営改革に関するプレゼン会議当日である。
教会で書類仕事をして譲って貰った紙に、ここ一月分の店の収支やカインが調べてくれた情報をコツコツまとめて、ついに今日発表できるに至った。
当店の今後の経営方針が決まる非常に重要な会議だ。
本会議の達成目標は、店主である両親にメニューの値上げに同意させること、である。
せっかく手間暇かけて作ったハンバーグを、これまで通りの低利益の価格で売る気はさらさらないのだ。
この会議、絶対に負けるんじゃないぞ。
前世の社畜の魂がそう言っている。
私は気合を入れ、作成した資料を両親に見せる。
二人は文字を書くことは得意ではないが、読むことなら簡単なものならできるとのことだったので、図や表を使ってなるべくわかりやすくまとめたつもりだ。
「まずは、こちらをごらんください。きしがっこうにかかるひようと、きげんです。ひつようなのはごじゅうまんぎるで、はんとしごまでにはらわないといけません」
急に出てきた資料に二人とも目を丸くしている。
ここです、と該当箇所に指をさしながら説明する。
そんなお金はない、と両親が何度も言うのでどれだけ高額なのかと思っていたら、私の感覚でいくと、騎士学校の学費は前世の私立大学文系の十分の一くらいだった。
他の地域よりも強力な魔物が多く出現するこの領地では、魔物を討伐することのできる騎士の増員はとても重要であり、騎士学校の運営には領地から補助金が出ているので、安い学費で平民にも広く門戸が開かれているそうだ。
そもそも魔力がないと騎士にはなれないので、貴重な魔力持ちを逃すことは領地にとっては損失だ。
武器や防具なども国から支給されるし、家が近い人は家から通えるので、入学金の五十万ギルさえ払えば、あとは何の費用もかからない。
これなら、あと半年もあれば十分に手の届く金額だった。
値上げさえ上手くいけば、だけど。
それを示すために、さらに畳みかけていく。
「つぎに、こっちをみてください。これは、みせのひとつきぶんのうりあげと、つかったおかねです」
「いつの間に、こんなものを……」
朝に店にあるお金を数えて、夜は閉店前に子供たちは寝てしまうので、閉店後には朝までお金を動かさないようにお願いして、起きてから差額を確認していたのだ。
支出に関してはわかる限り記録し、不明な部分はとりあえず使途不明金と記入してあるが、この項目は思ったよりそう多くはなかった。
実は父がこっそりお酒を買ってもわかるように、カインに監視してもらっていたのだが、貯金をすると約束してからは一度も買っていないようだった。
頑固で口数は少ないけど、有言実行、言ったことは必ず守るところが父の美徳だと知った。
「この、売掛金? てのは、なんだい?」
「おきゃくさんが“つけ”にしたぶんです。ひるまはおにいちゃんにおぼえていてもらって、よるのぶんはおかあさんにおしえてもらってひとつきぶんをまとめたら、つけでたべて、つきのおわりにまとめてはらうおきゃくさんがおおいことがわかりました。」
「本当だ。こうして見ると、結構な額がつけになっているんだねぇ」
「かくじつにはらってもらうために、きんがくをきちんときろくしておかないといけません」
「確かに、こんな大金を踏み倒されたらたまったもんじゃないね」
「そこで、つけをわすれずにきろくするためにも、これからはちゅうもんをもらったときに、でんぴょうをつけていきたいとおもいます」
これです、と紙を小さく切って作った注文伝票の見本を見せる。
「それぞれのりょうりにかんたんなまーくをきめておいて、ちゅうもんをうけたときにこれにかいておきます。さいしょにまーくをおぼえなきゃいけないのはたいへんだとおもうけど、これがあれば、おかいけいのときのまちがいがへるし、どのりょうりがどれだけうれたのかとか、つけになったでんぴょうにそのおきゃくさんのなまえをかいてのこしておけば、つきのおわりにせいかくにはらってもらえます」
「ええ!? 伝票って……。そもそも、この紙の束はいったいどうしたんだい!? ペンだって! うちにはそんなものなかっただろう?」
「しすたーのしょるいしごとをおてつだいして、つかわないかみとぺんをもらいました」
「……はぁ。シスターがリリーは天才だ、って何度も言ってくるのは、誇張でもお世辞でもなんでもなかったんだね。まさか、私たちの子供にこんな才能があるとはねぇ。すごいじゃないか、リリー」
母は驚いた様子だったが、嬉しそうに私の頭をわしわしと撫でてきた。
……よかった。
我が家の経済状況改善のためには自重する余裕なんてなく、前世の社畜スキルフルスロットルでプレゼン資料を作成したのだが、あまりに子どもらしくなく気持ち悪いと話を聞いてもらえない可能性だって全然あったのだ。
基本的に子どもに対する扱いが雑な両親だけど、きっと何があってもこの人たちが私を見放すことはないんだろうなと思えた。
「でんぴょうのつかいかたは、あとでせつめいします。このしりょうでみてほしいのは、ここです。みせのうりあげから、つかったおかねをひくと、このひとつきでのこったおかねはごまんぎるです。このおかねをまいつきちょきんしたとしても、はんとしごにはごじゅうまんぎるにはたりません」
「「「……」」」
私の言葉に兄は悔しそうに俯き、両親は気まずそうな顔をしている。
最初に父が言っていた通り、学費を用意できるとは思っていなかったのだろう。
「なので、わたしは、みせのめにゅーのねあげをていあんしたいとおもいます」
「リリー、それは……」
「それにかんしていまからせつめいするので、さいごまできいてから、ごいけんをおねがいします。こちらをごらんください」
母の言葉を遮り、私は次の資料を出す。
「これは、ここさんじゅうねんで、ぶっかがどのくらいあがったかをしめしています。おにいちゃんがしらべてくれました。うちのおみせは、そうぎょうからねだんがかわっていないとききました。ぶっかは、みせがそうぎょうしたさんじゅうねんまえのやくさんばいになっています。いっぽんよんじゅうぎるでかえたにんじんが、いまではひゃくにじゅうぎるです。」
なんと、カインは市場で食材の値段を調べるだけでなく、どのくらい値上がりしたのかも調べてくれていたのだ。
店を一軒一軒巡って、三十年前には商品がいくらだったのか聞いて回ったのだという。
推しが有能すぎる……!
自分の将来がかかっているとはいえ、弱冠七才で指示されなくてもここまで行動出来るのは本当に凄い。
前世でこんな部下がほしかったと思ったくらいだ。
この有能さであれば、たとえ騎士にならず他の仕事に就いたとしても食っていけそうである。
ただ、本人の第一希望は騎士なので、そこはファンとして全力で応援する所存だ。
「それをふまえてけいさんすると、さんじゅうねんまえは、ろっぴゃくぎるのしちゅーがひとつうれると、よんひゃくにじゅうぎるのりえきがでていたものが、いまではろくじゅうぎるしかりえきがでません」
「そ、そんなに……」
「こっちは、このまちのいんしょくてんのめにゅーのへいきんのねだんです。これもおにいちゃんがしらべてきてくれました。このねだんは、たかいわけではなくて、むしろさんじゅうねんまえのうちのみせのほうが、りえきがおおきいです。うちのみせも、ほかのみせとおなじくらいのきんがくにねだんをかえて、こんげつとおなじくらいりょうりがうれて、おなじくらいおかねをつかったとすると、にじゅうななまんごせんぎるのこるけいさんです。これなら、ふたつきあればきしがっこうのおかねがたまります」
「に、二十七万ギル!? うそだろう!?」
「うそじゃないです。くわしいけいさんほうほうは、ここにかいてありますので、ひつようならくわしくせつめいします」
値上げしたらどのくらいの利益になるのか想像さえしていなかったのか、両親は驚愕の表情を浮かべている。色々な数値を調べてくれた兄でさえぽかんとした顔で「にじゅうななまん……」とつぶやいている。
「だ、だけど、急にそんなに値上げなんてしたら、お客さんが離れていっちまわないかい?」
「まわりのほかのおみせも、うちほどこんではいないけど、おきゃくさんははいっています。てきせいかかくにするだけだから、むしろ、いままでのねだんがやすすぎたんです」
「……そうは言ってもねぇ」
まだ渋る様子の母になんとかわかってほしいと言葉を続ける。
「ねあげしてもおきゃくさんがはなれていかないように、はんばーぐをかんがえたんです。すごくおいしくできたから、すこしたかくても、きっとたべたいとおもうおきゃくさんはいっぱいいるはずです。おきゃくさんはおいしいものがたべられてうれしい。わたしたちもちょきんができてうれしい。みんながしあわせになるとおもうんです。おねがいします、どうか、ねあげさせてください」
ぺこりと頭を下げる私を見て、カインも慌てて同じように頭を下げた。
沈黙が流れる店内で兄と私が頭を下げ続ける中、ずっと黙っていたお父さんが口を開いた。
「……わかった。値上げ、しよう」
「父さん!?」
「あんた……」
「貯金をすると約束した時、俺は騎士学校の学費が貯まるなんて、これっぽっちも思っちゃいなかった。でもリリーとカインは諦めずに、新しい料理を開発して、色々調べて計算して、誰にとってもなるべく良い方法を提案してきた。そのどれも俺にゃ出来ない事だ。子供たちがこんなにがんばってるのに協力しないのは親じゃねぇ。カイン、リリー、二人ともよく頑張ったな」
「父さん……」
めったに人を褒めない父に褒められて驚いたのだろうカインの目にどんどん涙が溜まっていく。
父は両手を伸ばし、ガシガシと私たちの頭を撫でた。
とうとう声を出して泣き始めた兄を見ていたら、私も涙が溢れてきた。
「ううぅ……」
「ふえ~ん......」
やっぱり体の年齢につられているのか、涙腺も弱くなっているみたいだ。
両親に抱きしめられて大泣きするという、後から思い返すと赤面もののオチとなってしまったが、こうして、リリーとして生まれて初めてのプレゼン会議は大勝利で幕を閉じたのであった。
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