120. リュディガー
ステージ上に伏したハーリアルを見て、場は騒然となった。
「急に神がお倒れになったぞ! 一体どうしたのだ!?」
「ベアトリクス嬢が、神の乙女の証を突然神につけたように見えたが……」
「なぜ腕輪をつけて倒れるのだ!?」
「助け起こしたほうが良いのでは?」
「しかし、神のお体に触れてもよいものなのか……?」
観客たちは、何が起こったのかわからず困惑していた。
「え、わ、わたくし、一体何を……」
そしてこの騒ぎを起こした張本人であるベアトリクスでさえも、なぜか困惑した様子だ。
ベアトリクスの暴挙の理由は不明だが、この会場にいる人間の中でわずかばかりでも情報を持っているのは、私たちヴァルツレーベン陣営だろう。
ハーリアルが倒れたのは、隷属の腕輪をつけられたことが理由なのは間違いない。
「ハーリアル様!」
「お待ちください! 俺が行きます! クリストフ、リリアンナ様を頼む!」
「任せろ!」
とにかくハーリアルが心配で、慌ててステージの方に向かおうとした私を制して、カインが駆け出した。
「きゃあっ!」
カインはまたたく間にステージに上がり、ベアトリクスを引き倒し取り押さえた。
えっ!? ハーリアル様の安否を確認するんじゃなくて、そっち!?
「貴様、何のつもりだ! 誰の指示でこのようなことした!」
「わ、わかりませんっ! わたくしも、なぜ自分がこのようなことをしてしまったのか、わからないのですっ!」
「とぼけるな! 誰の指示だ! 言え!」
「本当なのです! 信じてください!」
カインの詰問に、ベアトリクスは悲鳴を上げるようにわからないと答えている。
その必死な様子を演技だとはとても思えない。
ベアトリクス様、一体どうして……。
何が起こっているの……?
「ふっ、馬鹿め。どうやって森の奥深くにいる相手に首輪を掛けたものかと思案していたというのに、まさか自らのこのこと姿を現すとは。しかも今日この日に! どうやら、天は私に味方したらしい!」
突如、客席の後ろの方からこの場にそぐわない愉快そうな声が響いた。
驚いて振り向くと、客席の一番後ろの入り口付近に、リュディガーが立っていた。
リュディガーは、見慣れない制服を着た騎士らしき男数名に守られるように囲まれている。
カインに取り押さえられたまま顔だけ動かしたベアトリクスが、呆然とした様子で彼を呼んだ。
「お兄様……?」
「よくやった、ベアトリクス! お前は本当に不出来でここまで全く役に立たなかったが、それらが全て帳消しになるほどの働きだった! これで、この国は完全に私のものだ……! はーはっはっはっはっは!!!」
リュディガーは、狂気を感じるほどのテンションで高笑いをしている。
この国が、リュディガーのもの……? どういうこと?
「お兄様……一体、何をおっしゃって……」
「リュディガー、この国がお前のものだと? 冗談にしては度が過ぎている。王族に対する不敬だぞ! 撤回しろ!」
ヴィクトール王子が立ち上がり、リュディガーの発言を糾弾した。
「んん? 誰かと思えば、無能の馬鹿王子ではないか」
「なっ、なんだと!?」
「お前は馬鹿で無能だと言ったんだ。お前の言う王族は、お前以外、もうこの世にいないよ。ああ、お前はもう王族ではなくなるんだったか?」
「は……? な、何を……」
「これがなんだか分かるか?」
「それはっ……父上の……!」
愉快そうにそう言いながらリュディガーが片手で弄んでいるものは、王様が被っていた王冠のように見える。
それを見たヴィクトールは、顔面蒼白で立ち尽くしていた。
え、まさか、本当に本物……?
「馬鹿な、リュディガーには影の者がついていたはず。何も報告は受けていないぞ……!」
カインが声を上げた。
そうだ、以前の話し合いでリュディガーには監視をつけることになっていたはず……!
「ああ、そういえばうろちょろと五月蝿い奴がいたなぁ。お前の知り合いか? しばらく放っておいたが、流石に邪魔だったので始末させてもらったよ」
「なっ……!?」
「無駄話はここまでにしようか。さて、お察しの通り、既に王城は我が手に落ち、この国は私のものとなった。目障りだった神とかいう存在も、今や無力。ここにいる貴族諸君は、大人しく投降するならば命だけは助けてやろう」
リュディガーはそう言って、手に持っていた王冠を鷹揚に頭の上に乗せた。
それを合図にしたように、入口からリュディガーを守っている騎士と同じ服を着た男たちがなだれ込むように入ってきて、扇状になっている会場の弧の部分に広がり、観客に剣を向けた。
「きゃあっ!」
「なんだ、お前たちは!?」
突然武器を向けられた観客たちの怯えた声がそこかしこから上がるのを見て、リュディガーがハハッと愉快そうに笑った。
「彼らは私の崇高な目的に賛同してくれた同士たちさ。大人しくしてさえいれば、彼らも手荒な真似はしないだろう」
「楽しそうなところ悪いが、小僧。同志たちとやらがどんな手練か知らぬが、その程度の人数で我らを制圧できると本気で思っているのか?」
観客として観に来ていたお養父様が腰の魔法剣を抜きながら進み出た。
その後ろに騎士団長であるバルドゥイーンとお養父様の護衛騎士たちも続き、魔法剣を抜いている。
彼らの広い背中には、頼もしい安心感がある。
そうだった、ここにはお養父様をはじめ、強い騎士たちが来ているんだ。
私や他の観客たちは、安心したようにホッと息をついた。
あれ? そういえば……。
お養父様たちの構える剣を見て気付いたのだが、よくよく見れば襲撃者たちの持つ剣が光っていない。つまり魔法剣ではなく普通の剣ではないのか。
私は服装を見て騎士だと思ったわけだけど、もしかしてあの人たち、騎士じゃない……?
「ディートハルト・フォン・ヴァルツレーベン……。またお前か。毎度毎度、私の計画を邪魔してくれる……。お前だけは、ここで死んでもらわねば気が収まらん」
お養父様を見た途端、それまで楽しそうにしていたリュディガーの顔が初めて憎々しげに歪められた。
しかし、それもすぐに見下すような笑顔へと変わる。
「もちろん、彼らでお前のように野蛮な筋肉ゴリラの相手が務まるなどとは思っておらん。お前の相手はこいつらだ」
そう言ってリュディガーが大きく両手を広げると、客席を囲んでいた柵、その向こうの木々の間から魔狼を始めとした魔獣たちが姿を現した。
「魔獣だと!?」
「こんな王都のど真ん中に、なぜ!?」
「王都の結界はどうなっている!?」
「ッ! 戦える者は剣を取れ! それ以外は全員ステージ付近で一箇所に集まれ! 早く!」
お養父様の指示で、観客たちは悲鳴を上げながら魔獣たちからなるべく離れるように客席の前方へと集まっていく。
「リリアンナ様、失礼いたします!」
私もいつの間にか側に来ていたアードルフに抱き上げられ、他の護衛騎士見習いに周囲を守られながらステージ付近へと向かう。
その間に魔獣たちは次々に柵を飛び越えて客席の左右へ降り立ってくる。
「ひっ……!」
領地でスタンピードがあった時もこうして騎士に抱えられて逃げたことを思い出し、恐怖で体が竦み上がる。
走るアードルフの肩越しに、逃げる客たちとは反対方向にユーリとレオンが駆けていく背中が見えた。
「父上! 俺に任せてください!」
「僕もやれます!」
「レオンハルト、ユリウス、行け!」
お養父様の許可が出た途端、二人は左右に分かれて飛び出し、各々の魔剣を抜く。
次の瞬間、客席の外側に大きく広がるように右には炎の壁が、左には無数の氷柱が出現した。
ステージ側から見ると、まるで客席に炎と氷の翼が生えているかのようだ。
「やった!」
「すごい……!」
魔剣の威力に驚きながらも、魔獣の脅威が去ったことに安堵する声が上がる。
しかし、一撃では全ての魔獣を仕留めきることはできなかったようで、炎と氷の後ろからさらに次々と新たな魔獣が現れ客席へと降り立つ。
「我らも戦うぞ! 魔剣の攻撃に巻き込まれぬよう、お二人の邪魔にならぬ距離から加勢するのだ!」
「「「応ッ!」」」
騎士団長の指示で、他の辺境騎士たちも魔獣の元へ向かう。
この場には来賓としてたくさんの高位貴族たちが来ていたため、その人たちの護衛騎士もいるのだが、辺境以外の騎士たちは魔獣の前に出ることができないでいるようだった。
辺境騎士ほど魔物との戦闘経験がなく、尻込みしてしまっているのかもしれない。
魔獣の数に対して、騎士の数が圧倒的に足りていないように見える。
「リリアンナ様。私も加勢に向かってよろしいですか?」
「待て。敵の勢力がこれだけとは限らない。リリアンナ様の守りを手薄にすることはできん!」
メラニーの言葉を、アードルフが即座に却下した。
でも、戦える騎士は一人でも多いほうがいいはずだ。
「いいえ、行ってください。わたくしにはケラウノスの守りがあるので大丈夫。今この場で魔獣と戦えるのは辺境の騎士しかいないようです。わたくしの護衛騎士は皆加勢に向かってください」
「リリアンナ様……ッ承知いたしました。しかし、護衛騎士が一人残らず離れるわけには参りません。カイン! お前はリリアンナ様のお側に!」
「しかし……」
アードルフの指示に、カインは押さえつけていたベアトリクスを見て逡巡する。
「その者は危険だが、この期に及んで何かするとは考えにくい。主の護衛が最優先だ!」
「ッ了解!」
カインはベアトリクスを放し、すぐに私の側に立つ。
するとすぐに、アードルフ、クリストフ、メラニーの三人は自分の魔法剣を抜き、駆け出していった。
その先では、すでにユーリやレオン、辺境騎士たちが魔獣たちと戦っている。
私は皆の無事を祈りながらその背中を見送った後、恐怖を振り払うようにステージの方を振り返った。
「カイン、わたくしをハーリアル様の元へ」
カインはすぐさま私を抱き上げてステージの上へと飛び上がり、ハーリアルの側で降ろしてくれた。
「ハーリアル様、ハーリアル様!」
呼びかけて軽く揺すっても、その瞳は固く閉じられピクリとも動かない。
腕輪を外そうと試みたが、腕に接着されてしまったかのようにビクともせず、外すことはできなかった。
確かハーリアルの話だと、昔この魔導具をつけられた時は完全にハーリアルを隷属させることはできなかったはず。時間はかかるけど、自力で支配下から逃れられるって話だから、今回も大丈夫、なんだよね……?
「ベアトリクス様、これは、一体どういうことなのですか?」
カインの拘束が解かれ、所在なさげにしていたベアトリクスに問いかける。
「わ、わたくしにも、何がなんだか……。ただ、本番直前に控室にお兄様が激励にいらして、その時の記憶が酷く曖昧なのです。関係があるかはわかりませんが……」
ベアトリクスの言葉に、カインが顔を寄せて耳打ちしてきた。
「リリアンナ様、洗脳の魔導具を使われた可能性があります」
誘拐事件の時にメラニーから報告のあった洗脳の魔導具らしきものは、最後まで発見できなかったと聞いた。
シュヴィールス公爵が持っていたそれが、息子のリュディガーの手に渡っていても不思議じゃない。
でも、血の繋がった自分の妹を洗脳するなんて……。
作中では獣形の魔物のことを魔獣と言っています。
魔獣と、ゴーレムなどの獣形ではないモンスターをまとめて魔物と呼びます。




