112. 昼下がりのプロポーズ
「クラウディア。今日、時間はあるかな? 大事な話があるんだ」
相談事を沢山受けた次の日の朝。授業が休みの日なので、いつものように寮の食堂で朝食を食べた後、今日はどう過ごそうかな、などと考えながら部屋に戻ろうとしていた私の後ろについていたクラウディアに、レオンが声を掛けた。
「は、はい。本日はリリアンナ様のご予定も特にございませんので、大丈夫です……」
「そう、良かった。じゃあ、午後のお茶の時間に、寮の中庭で。とびきり美味しいお茶を用意して待っているよ」
レオンはそう言うと、クラウディアの手を取りその甲にキスをして、機嫌が良さそうに食堂を後にした。
こ、これはもしや……と思い隣を見ると、動揺を隠しきれていないクラウディアと目が合った。
「リリリ、リリアンナ様。どど、どうしましょう、わたくし、まだっ、何も……!」
このタイミングで大事な話なんて、婚約に関する話に違いない。
お養父様からクラウディアの家に話が行く前に、こうして直接本人に話をしてくれるのはありがたいけれども、昨日の今日でクラウディアに覚悟が決まっているはずもなく、涙目でオロオロしている。
クラウディアの背を摩って宥めながら、義兄の行動力を呪っておいた。
いくらなんでも早すぎますよ、レオン兄様……。
「あ、あの……リリアンナ様も同席していただくことはできませんでしょうか……?」
「え……?」
自室に戻ると、途方に暮れた様子のクラウディアに予想外のことを言われた。
え、多分今日、レオン兄様からクラウディアに婚約の申し込みがあるんだよね?
そんなプロポーズともいえる超絶プライベートな場に、私が……?
私、お邪魔虫じゃない?
馬に蹴られないかな……?
「わたくしはリリアンナ様を、誰よりもお傍で見てきました。何事においてもご自分で決断し、未来を切り開いていくそのお姿に憧れ、ずっとリリアンナ様のようになりたいと思っていたのです。ですがわたくしは、レオンハルト様のことに関してまだ何の答えも出せていません。今のわたくしがレオンハルト様と二人きりで会えば、憧れの方を前にして舞い上がり、その場の空気に流されてしまうような気がして……」
「クラウディア……」
普段、黙々と手の行き届いたお世話をしてくれるクラウディアは、自分から本音を話すことがあまりない。
昨日の相談だけでも驚いたのに、まさか、クラウディアが私のことをそんな風に思ってくれていたなんて。
お手本のように思ってくれていたと知り、主として誇らしいような恐縮するような、面映ゆい気持ちになった。
「昨日リリアンナ様とお話して、どんな将来に向かうにせよ、しっかりと自分で考えて決断したいと思いました。リリアンナ様がわたくしを見ていて下さると思えば、わたくしは自分の好きな自分のままでいられる気がするのです。側にいて下さるだけでいいのです。どうか、お願いできませんか……?」
「クラウディア! 主をお支えする立場の側仕えが、私的な用に主を動かそうとするのではありません! 分をわきまえなさい!」
ここまで黙って様子をうかがっていたイングリットが叱責の声を上げた。
「も、申し訳、ありません……」
「いいえ、イングリット。良いのです。わたくしは、この件に関してはクラウディアの味方をすると決めています。わたくしで力になれるなら、わたくしも同席いたしましょう。レオン兄様が良いと言えば、ですけれど」
あのクラウディアがこんなにも私を頼ってくれているのだ。主人として、力になってあげたいではないか!
クラウディアの言葉でやる気満々になったわたしは、ドンと胸を叩いて請け負った。
「リリアンナ様……! あ、ありがとうございますっ!」
「はぁ……リリアンナ様がそうおっしゃるのであれば、わたくしに否やはございません。しかし、あまり側近を甘やかしすぎると増長する者もおりましょう。側近は友人ではないのです。どうかそのことはお忘れなきよう」
「は、はい。以後、気を付けます……」
呆れ顔でため息をついたイングリットに、ブスッと釘を刺されたが一応許可は出た。
幼い頃、城にやってきたばかりの私に窮屈な思いをさせてしまったと後悔しているらしいイングリットは、よっぽどのことがなければ私の好きにさせてくれる。
そのイングリットが苦言を呈すということは、今回の事は主としてかなりグレーゾーンのようだ。
私はまだまだそこら辺の線引きがよくわかっていないところがあるので、イングリットにこうして言ってもらえるのはありがたい。
……昨日も姿絵についての発言を怒られたし。
あれは貴族令嬢としては、レッドカード即退場モノの内容だったらしく、遅れて部屋に戻ってきたイングリットに口を酸っぱくして怒られた。
色々気を付けよう……。
「ええと、どうしてリリアンナがここにいるのかな……?」
約束の時間、クラウディアと連れ立って寮の中庭に向かうと、そこには既にお茶会用の椅子やテーブルがセッティングされており、先に来ていたレオンがその傍らに立っていた。
クラウディア一人が現れると思っていたのに私もいるものだから、レオンは不思議そうに首を傾げている。
「これにはのっぴきならない事情がございまして……二人のお話の邪魔はしないと誓いますから、わたくしの同席をご了承いただけませんでしょうか? どうかわたくしのことは空気と思って下さいませ」
「? よくわからないけれど、まぁいいか。……ブルーノ」
思いの外あっさりと同席の許可が出て、レオンが近くに控えていた側仕えに目配せすると、素早く私の席が追加で用意された。
各々席に着き、側仕えたちがお茶や軽食を用意した後、声が届かないくらいの距離まで離れていった。
私たちがぎこちなく紅茶に口をつけると、レオンが立ち上がり、手にしていた花束を差し出した。
「これを、君に」
「あ、ありがとう、ございます」
クラウディアが受け取った花束は、ピンク色のガーベラ。
可愛らしいけれど、クラウディアの好きな花は、フリージアだ。
な、なんでこの花を選んだのかな!?
レオン兄様、あなた今から婚約を申し込むんじゃないの!?
困惑しているクラウディアや私の様子には気付かず、レオン兄様はその場で跪いた。
「クラウディア、この先の長い人生を、隣で君に支えてもらえると嬉しい。俺と、婚約してくれるかい?」
さすがイケメン。膝をついて手を差し伸べる様は、まるでお姫様に愛を乞う物語の王子様のようで様になっているけれど、クラウディアはすぐにその手を取ろうとはしなかった。
「クラウディア?」
「……もったいないお言葉、ありがとうございます。わたくしは以前よりレオンハルト様をお慕いしておりましたので、本当に、本当に嬉しく思います」
「クラウディア、じゃあ……」
「ですが婚約のお話をお受けする前に、できましたらレオンハルト様と少しお話したく思います。どうか、お席についていただけませんか……?」
「……それがクラウディアの望みなら、いくらでも」
クラウディアの返事が意外だったのか、一瞬きょとんとしたレオンだったが、断られるとは微塵も考えていなそうな朗らかな様子で自分の席に戻った。
「さあ、どんな話をしようか。君の知りたいことをなんでも答えるから、好きなだけ聞いておくれ」
にこにこと笑顔を絶やさないレオンに促され、クラウディアは一瞬私の方を見てぎゅっと目を瞑った後、口を開いた。
「レオンハルト様は、どうしてわたくしを選んで下さったのでしょうか? レオンハルト様と家柄や年齢が釣り合う素敵なご令嬢は、たくさんいらっしゃるのに……」
「うーん、そうだなぁ。何か大きなきっかけがあったわけじゃないけれど、リリアンナを献身的に世話するところを近くで見ていて、こんな子が隣にいてくれたらいいだろうなって思ったんだよね。それに、選定式に向けて努力する姿を見て、そういう頑張り屋な面も魅力的だと感じたよ」
「あ、ありがとうございます……」
ウインクと共に送られた褒め言葉に、クラウディアが頬を染めて俯いた。
良かった、花束を渡されたときはどうなることかと思ったけど、なかなかいい雰囲気みたい。
レオンがクラウディアを選んだ理由は打算的なものだけれど、将来領主として領地を治める立場になる彼が相手に求めるものとしては、至極当然の理由だ。
むしろレオンがそこまでちゃんと考えて相手を選んでいることにちょっと驚いた。
遊び人でも、やっぱり貴族なんだなぁ。
「……わたくしが、レオンハルト様をお慕いするようになったのは、鍛練をされているお姿を見てからです」
「鍛練?」
「はい。魔剣の主に選ばれ、次期領主としての地位を盤石にしても尚、より高みを目指し、真摯に剣と向き合い鍛練を怠らないその高潔なお姿に、いたく感銘を受けたことを覚えています」
クラウディアがレオンを好きになった時のことは、私も今初めて聞いた。
さすが美少女の皮を被った戦闘民。その理由はなんともヴァルツレーベンらしいものだった。
うちの領地の子たちはみんな、魔剣と強者が大好きだからなぁ……。
「なんだか恥ずかしいけれど、そんな風に感じてくれていたなら嬉しいよ。ありがとう」
クラウディアの言葉に、レオンは蕩けるような笑みを浮かべている。
レオンは女の子にとてもモテるけれど、学園においてモテる一番の理由は顔だろうから、こういう理由で好きになってもらえるのは彼も嬉しいんじゃないだろうか。
うんうん、今のところお互いの理解を深める、いい会話ができているような気がするぞ。この調子で、がんばれクラウディア!
私は仲人のような気分で、心の中でエールを送りつつ、二人を邪魔しないよう空気に徹した。
「わたくしたちの婚約が結ばれたとして、その先にレオンハルト様はどのような未来を思い描いていらっしゃいますか? わたくしとどんな関係性を構築できたら、好ましいと思われますか?」
おおっ、さらにつっこんだ質問を!
お互いの望みや、されて嬉しいことや嫌なこと、そういったことを共有しながら、その二人だけのあり方を模索していく……昨日私が話したことを覚えていて、実践しようとしてくれているのがわかる。
クラウディアは精一杯の勇気を振り絞っているのだろう、膝の上に置かれた彼女の手が白くなるほどぎゅっと握られているのが見えた。
「ずいぶんと難しい質問がきたね……」
レオンは困ったような顔をしている。
たしかに、とても答えづらい質問ではあると思うし、こういうことを聞かれたくないという人もいるだろう。
でも、どうか、クラウディアの勇気を汲み取って、寄り添った返事をしてあげてほしい。
具体的じゃなくても、かっこよくなくてもいい、ここで少しでもクラウディアに歩み寄る姿勢を見せてくれたら……!
「そうだなぁ……。二人の未来と言われると、正直まだわからないけれど……」
いけ、レオン兄様! ここが正念場だ! よろしく頼むよ!!
顎に手を置きながら思案しているレオンが口を開くのを、固唾をのんで見守る。
「俺は風だから。ひとところに留まることはできないけれど、最後に帰る場所は君のところでありたいと思うよ。君が、俺の帰る場所を守っていてくれると、助かる」
…………。
………………え!?
そ、それはつまり、自分は他の女と浮気はするけど、本命は君だから家のことはよろしくねって意味!?
私は貴族の婉曲的な会話の表現はまだよくわからないことが多いけど、これはそうとしか思えないんだけど!
どこにプロポーズの現場で浮気宣言する人間がいるんだよ!?
何が風か!
あなたの属性は火でしょうが!!
抑えろ、私は空気、私は空気……!
まさかの返答に頭に血が上った自分をなんとか落ち着かせようと、二人に気付かれないようにゆっくり深呼吸する。
な、なんか……初手から好感度が下がるような選択肢ばかり選んでいるような気がするんだけど、レオン兄様ってこんな人だったっけ……?
この人、ほんとにプレイボーイ……?
レオンにドン引きしつつクラウディアの方を見ると、目に涙をためてプルプルと震えていた。
やっぱり、今のは私の解釈で間違っていないようだ。
「クラウディア?」
クラウディアの様子を見てレオンが不思議そうにしている。
そりゃこうなるよ! なんでわからないの!
もう、レオン兄様は女好きの肩書は返上した方がいいと思う。女心がわかってなさすぎる。
「あ、あの……レオンハルト様の婚約者は、わたくしには、分不相応、みたいです。せ、せっかく、お声掛けいただいた、のに、申し訳、ござい、ません……」
「え?」
「ごめんなさいっ!!」
こらえきれなかった涙が頬を伝い、クラウディアは中庭から走り去っていった。
プロポーズ大作戦、失敗……!
表面上は空気に徹しつつも、内心では荒ぶりながらツッコミを入れまくるリリーの様子をお楽しみいただけましたら幸いです。




