106. 迎撃
パーティーの最中に婚約破棄宣言なんて、前世のネット小説で何度読んだかわからない。
まさか自分がこれを言われる日がこようとは、人生とはわからないものである。
なんか、以前も似たようなことを考えたような気がするな……。
「お待ちください」
あまりのことに意識を飛ばし呆然としていると、張り詰めた空気を裂くように現れ私を背に庇ったのはリュディガーだった。
え、この人、なんで急に出てきたんだろう……?
「リュディガー? 私の側近を外れたお前が一体何の用だ。今私は大事な話をしているんだ。弁えろ」
「このような注目された場で一人の令嬢を糾弾するような非道な行為、捨て置けません。婚約に関するような重要な話は、正式に場を設けて関係者のみでするべきでしょう」
「五月蠅い! 衆目のある場でその者の所業を明らかにする必要があるのだ!」
「あの、リュディガー様。わたくしは大丈夫です」
「ああ、リリアンナ嬢。強がらないでください。この場は私にお任せを。貴女は私が守ります」
「いえ、あの、本当に大丈夫です」
謎に芝居がかった口調でヒーロー然としているリュディガーより一歩前に進み出て、自分の世界に酔ってしまっているらしい方々に冷静に事実をお伝えする。
「あの、そもそもわたくしと王子は婚約しておりませんよ?」
「「「……は?」」」
王子とフローラだけではなく、リュディガーもポカンとしているし、何なら周囲の人達も驚いているようでそこかしこからどよめきがあがっている。
やはり皆そう思っていたのか……。
「学園入学前に王家から打診が来たのは確かですが、それにはお断りのお返事をしているはずです。わたくしとの婚約が成立したと、どなたかが仰っていたのですか?」
だとしたらそれを言った者は完全にアウトである。領地間の関係性における重大な事実詐称で最悪騎士団に捕らえられる可能性がある。
「え? そ、そう言われてみれば、陛下からは辺境伯に打診するので学園で仲を深めておくようにとしか言われていないような……」
「であれば、婚約の件はヴィクトール王子の勘違いかと存じます」
「そんな……」
王子は呆然として固まっている。
なんだか初めて王子にちゃんと言葉が通じた気がする。
婚約が王子の勘違いだったと知った周囲の生徒たちの騒めきが一層大きくなった。
「し、しかし、君は訂正せずに私のエスコートを受けていたじゃないか!」
「わたくしの商会が扱う衣装を王子に身に着けて頂くことはこちらにもメリットがございましたので」
「ハッ! そうだ、衣装だ! 君がいつものように衣装を用意しないから、今日は大変だったんだぞ! フローラはタイガーリリーブランドのドレスを着るのを楽しみにしていたというのに、可哀想だとは思わないのか! やはりお前は非道な奴だ!」
「ええ……? わたくしがフローラ様のドレスを準備する理由がないではありませんか。それは王子の役目だと思います」
当たり前のことしか言っていないと思うのだが、王子は予想外だったのかポカンとしている。
「あ、あのリリアンナ様の商会っていうのは……」
「わたくしが幼い頃に立ち上げた商会でタイガーリリー商会と言います。服飾や美容関係を幅広く扱っていて最近王都に支店もできましたので、フローラ様も良かったらごひいきにして下さいね」
王子とは別の部分に引っかかったらしいフローラが商会について聞いてきたので、ここぞとばかりに宣伝すると、フローラは知らなかったのか目を丸くしていた。
「なんですって!? タイガーリリー商会と言えば、今王都で一番人気の商会ではありませんか!」
「ドレスの予約は数年先まで埋まっていると聞きましたわ!」
「わたくし、敏感肌で肌が荒れて困っていたのですが、タイガーリリーブランドの化粧水で良くなったのです。もうあれしか無理なので何本か買い置きしているのですが、まさかリリアンナ様の商会だったなんて……」
「リリアンナ様はいつも全身タイガーリリーブランドで固めていらして素敵だと思っていましたが、商会のオーナーでしたのね!」
タイガーリリー商会が私の商会だと知らなかったらしい生徒たちから驚きの声があがっている。
商品の感想なんかも聞こえてきて、思いがけず参考になるご意見が聞けてありがたいことだ。この一件が収まったら他にも商品の感想を色々聞いてみたいものである。
「あー、ごほん。タイガーリリー商会に関して気になる方は後ほど僕の方で問い合わせを受け付けますので、今は話を戻しましょう。ヴィクトール王子とリリアンナ姉上の婚約の事実はないわけですが、それで、王子は一体どうされたいのですか?」
少し離れて見守っていたユーリが側に寄ってきて逸れてしまった話の筋を戻してくれた。
私とユーリは義理だが姉弟なので、公的な場ではユーリは私のことを姉上と呼ぶ。ユーリにそう呼ばれると、なんだかこそばゆい。
「こ、婚約していなかったとしても、リリアンナがフローラを虐げた事実は変わらない! 彼女は傷ついているのだ。今この場でフローラに謝ってもらおう!」
「ですからそれは事実無根であると先ほどから申しております。具体的に、一体わたくしがフローラ様に何をしたというのですか?」
「選定式の練習中にフローラを仲間外れにし、まだ未熟な彼女を寄ってたかって笑い者にしたと聞いている」
「フローラ様は練習初日から体調不良を理由に一度も歌っておられませんのに、どう笑い者にするというのですか? フローラ様の歌を聞いたことがないので、未熟かどうかなんて存じません」
「……そうなのか?」
王子が驚いてフローラを見るが、当の本人はプルプルと小動物のように震えるばかりだ。
「ヴィクトール王子。お話中失礼いたします」
「なんだ」
人垣を分けて進み出たのはボダルト先生だった。
「わたくしは生徒会の顧問を務めておりますので、リリアンナ様よりフローラ様の度重なる練習の欠席に関して相談を受け、関係者全員に事情を聞いております。わたくしが口を挟むことをお許しください」
「……許そう」
「ありがとうございます。フローラ様が初日から一度も歌っていないことは確かです。お疑いでしたら、リリアンナ様と講師であるデュッケ夫人のお二人が練習内容を記した日誌を作成されていらっしゃいますから、後ほど証拠として提出することも可能です」
「その講師のデュッケ夫人は、リリアンナ様の幼い頃からの先生だって言うじゃないですか! リリアンナ様が指示して、私に不利になるようなことが書いてあるに決まっていますっ!」
キッとこちらを睨みつけて、フローラが声を上げた。
ああ、あの時に怒っていたのは、以前のベアトリクスと同じように私が自分の思い通りになる人物を講師にしたと思っていたからなのか。
「日誌にはそのようなことは書いてありませんでしたよ。フローラ様に関して書かれていたのは、一度も練習に参加していないので貴女が進捗についていけなくなることを心配した記述だけでした。そして他の候補者にも確認を取り、それが事実であることの裏付けもされています」
前世で離婚裁判などにおいても、普段から日記などをつけておくと証拠となり得るとどこかで見たのを思い出して日誌をつけておいたのだが、用意しておいて正解だったようだ。
「だ、だって、みんなして私のことを仲間外れにするんだもの。そんな辛い状況で練習に参加する事なんてできるわけないじゃない!」
「自分から練習室の隅で小さくなっていたのではありませんか。気遣ったリリアンナ様が何度もお声を掛けていたのに、邪険にしたのは貴女の方でしょう」
そう言って前に進み出たのはなんとベアトリクスだった。まさか、彼女が私を助けるために前に出て証言してくれるだなんて……!
感激してベアトリクスを見つめると、彼女は気恥ずかしそうにそっぽをむいた。
私知ってる、こういうのをツンデレって言うのよね。
「フローラ様は練習に顔を出してもいつも隅で俯いていらっしゃいましたから、わたくしたちは交流の持ちようがございません。わたくしたちが仲間外れにしたと言われるのは心外です。どちらかというと、フローラ様の方が周囲に壁を作っていたのですから」
ベアトリクスの隣にアガーテも進み出て、そう補足した。
伏兵の登場にフローラはカッとなって更に大きな声を出した。
「そ、それに、わざわざ教室まで来て馬鹿にされたわ! 平民のくせにって!」
「リリアンナ様はそのようなことはおっしゃっていませんでしたよ。歩み寄ろうとされていたリリアンナ様に対して、逆にポシュナー男爵令嬢の方が突然『元平民だからって馬鹿にしてひどい』と叫んでいたのを私の他にも聞いた者は何人もおります」
「わたくしも聞きました」
「私もです」
毅然とした態度で歩み出たダミアンの言葉に数人の生徒が賛同している。
「なっ、なっ」
四面楚歌の状態にフローラは口をパクパクさせている。
「なんで……みんなひどいっ! ヴィ、ヴィクトール様! ヴィクトール様は、私のことを信じてくれるわよね? ねっ?」
フローラは最後に残ったたった一人の味方である王子に縋りつく。
しかし、返ってきたのは彼女にとって突き放すような返事だった。
「いや……これほど大勢の者が証言しているんだ。いじめというのはリリアンナの言う通り君の誤解なんじゃないのか?」
「そ、そんな……」
いや、そうなんだけど、もっと他に言い方はないのか。フローラさんはあなたの恋人でしょうが。
王子と付き合いは短いが、空気が読めない上に人の言葉に流されやすい彼の悪いところが思いっきり出ている気がする。
「ひどいわっ! みんなして私を悪者にして!」
「フローラ!?」
王子の言葉がトドメとなり、もはや味方が誰もいなくなったフローラは泣きながら会場を出て行ってしまった。
王子が後を追っていったが、あの二人、これから大丈夫なんだろうか。
シン、と静まり返ったパーティーホールで、参加者全員がお騒がせコンビが出て行った出入り口の扉を呆然と眺めていた。
この空気、どうするの……?
「チッ、使えない奴らだ……」
リュディガーがそう小さくつぶやいたことに、私は気付くことができなかった。
颯爽と登場するも、途中から空気になってしまったリュディガーさん……。
次回はヴィクトール視点でお送りします。
お楽しみに~!




