105. どこかで聞いたことあるような台詞だ その2
「お前との婚約を破棄する!」
「……はい?」
豪華絢爛な夜会の会場。
煌びやかなシャンデリアの灯りの元、フローラの肩を抱いたヴィクトール王子が、私に向かって大声で宣言した。
ええと、一体どうしてこんなことになったんだっけ……?
会場全体から大注目されてしまっている現実から目をそらすように、遠い目をしながら今朝のことを思い出す。
「リリアンナ様、ヴィクトール王子より使いの方が来ております。……その、本日の夜会の衣装がまだ届いていないようだがどうなっているのか、と……」
「……はい?」
学園主催の夜会当日の朝、イングリットが怪訝そうな顔でそう報告してきた。
確かにここ最近は夜会用の小物だけではなく、リラのデザインしたタキシード一式を毎回王子に贈り、タイガーリリー商会の男性ラインの広告塔になってもらっていた。
ただ王子側で用意されるかもしれないし、贈る時にはずいぶん前からお伺いを立て、夜会の数日前には王子の寮に届くようにちゃんと手配していたのだ。
今はもうフローラがいるし、今回は当然彼女と出席するだろうと衣装を用意することはしていなかったのだが、夜会当日になってそんなことを言ってくるとは一体どういうことなのだろう。
「ええと、本日の夜会ではエスコートのお約束はしていませんし、こちらで衣装は用意していないと使者の方に伝えて下さい」
イングリットが使者にそのまま伝えたところ、それでは困ると何故か食い下がられたようなのだが、ないものはこちらもどうしようもないので、しばらくの押し問答の末、使者は渋々と帰っていったのだという。
一体なんだったんだろう……?
ちなみに、今日の私のエスコート役はユーリだ。
王子のエスコートがなくなったのでレオンかユーリに頼めないかとお伺いを立てたところ、「僕がやる!」と元気よくユーリが買って出てくれたのだ。
今日の私のドレスはユーリの瞳の色みたいなアイスブルー。
ユーリはダークグレーのタキシードに差し色でラベンダー色のタイやチーフを身に着けている。
偶然だろうけど、まるでお互いの色を纏う婚約者同士みたいでちょっと気恥ずかしい。
身支度を整えて、寮のエントランスホールでユーリやレオン達と合流する。
「レオンハルト様、お待たせいたしました」
頬を赤らめながらレオンにそう声を掛けたのは、可憐に着飾ったクラウディアだ。
そう、今日のレオンのエスコート相手は彼女なのである。
「全然待っていないよ、クラウディア。いつも可愛いけれど、今日の君はいつにも増して光り輝くような美しさだね。こんなに綺麗な君をエスコートできるなんて、俺はなんて幸せ者なんだろう」
そう言ってレオンはクラウディアの手を取りキスをした。
クラウディアは真っ赤になって俯いてしまっている。
けれど、決して嫌そうではなく、レオンのエスコートが決まってからというもの、クラウディアはずっと嬉しそうにしていたのだ。
よかったね、クラウディア。
にこにことクラウディアを見つめていたレオンが、横並びに立っていた私とユーリの方を向いて呆れたような顔をした。
「ユーリ、お前ねぇ。ちょっと張り切りすぎなんじゃないかい?」
「何をおっしゃっているのかわかりかねます、兄上」
「はぁ……。重すぎて嫌われないように気を付けなよ」
「余計なお世話です」
ユーリはそう言ってプイっとそっぽを向いた。
会話の意味はよくわからなかったが、二人の間では通じているらしく、レオンが苦笑していた。
レオン達と連れ立って新入生歓迎パーティーの時も会場だったいつものホールに入場した。
しばらくすると音楽が流れ出し、流れるような動作で手を差し出したユーリの手を取り、ダンスを踊る。ユーリとパーティーで踊るのは初めてだが、領地ではよく練習相手になってくれていたのでとても踊りやすい。
夜会ももう数回目ということもあり、初回の時ほど過度に集中しなくても普通に踊れるようにはなってきた。
「リリアンナ様、ご機嫌よう。いい夜ですわね」
ダンスが終わり食事コーナーの方へ移動すると、ベアトリクスとアガーテがにこやかに声を掛けてきた。
立ち話もなんだからと、各々料理をお皿に取り、クラウディアも含めた四人でテーブルの方へ移動することになった。ユーリは、せっかくだから友人たちと女子同士の会話を楽しんでくるといいと言って、少し離れたところで護衛と共に控えてくれている。
友人だって……えへへ。
「リリアンナ様のドレスはいつもとても素敵で、密かに憧れていたのです。本日の装いもとてもよくお似合いですわ」
「ありがとうございます。そう言って頂けますと、デザイナーも喜ぶと思います」
話題は私のドレスについてで、アガーテがドレスを褒めてくれた。後でリラに手紙で報告しなきゃ。
「……いつもヴィクトール王子と衣装を揃えていらっしゃいましたが、本日は王子のエスコートではないのですね?」
「今回は義弟のユリウスにお願いしました。王子とは毎回お約束していたわけではありませんし、これからは別の方をエスコートされたいだろうと思いましたので」
「ポシュナー男爵令嬢でしょう? 噂はわたくしも存じておりますわ。リリアンナ様という婚約者がいらっしゃるというのに、あなたはそれでよろしいんですの?」
「え? いえ、わたくしと王子は婚約しておりませんよ?」
「「ええっ!?」」
「打診があったのは事実ですが、そちらは既にお断りしているのです」
「え、で、でも、夜会には王子のエスコートでいつも参加されていらっしゃいましたよね?」
「王家に何らかの思惑があるのか、お断りした後にエスコートの申し出がありました。わたくしには婚約者がおりませんし、わたくしの商会で扱っている衣装の宣伝になりますからお受けしたのです」
「そ、そういったご事情がありましたのね……。周囲は皆お二人が婚約者だと言っていたものですから、わたくしもてっきりそうなのだと思い込んでおりました……」
アガーテが目を丸くしてそう言った。対してベアトリクスは何やら難しそうな顔をしている。
しばらく黙り込んでいた彼女は意を決したように口を開いた。
「……リリアンナ様。これまでの無礼をお許しください。わたくし、王妃になる為に育てられてまいりましたので、ヴィクトール王子の婚約者はわたくしが選ばれるものだと思っておりました。そんな中、貴女が婚約者になったのだと聞かされ、私の立場を奪った敵だと思い込んでいたのです」
確かに初めて会った頃は睨みつけられたりもしたし嫌われているんだろうなと思っていたけれど、そんな理由だったとは……。
「言いづらいことをお話しくださりありがとうございます。その……わたくしはてっきり、ベアトリクス様に嫌われているのはお父様のことがあったからなのかと思っておりました。あんなことがあったのですから、良い感情を抱かれていなくても当然だと……」
「それは……確かにそのことがあってからわたくしを取り巻く環境は大きく変化しましたが、悪いのは罪を犯したお父様です。被害者の方に申し訳ない気持ちはあれど、リリアンナ様を恨むようなことはございません」
ベアトリクスは意志の強い瞳できっぱりとそう言い切った。
こういう真面目で潔いところが、南の寮代表に選ばれた所以なんだろうなと思った。
「わたくし、北の寮代表はリリアンナ様だと思っておりました。神の乙女に選ばれれば既に決まっている婚約を覆すことも可能ですから、どちらが未来の王妃に相応しいか、正々堂々勝負するつもりだったのです。けれど蓋を開けてみれば、リリアンナ様は選定式の運営側で北の寮代表は側近任せ。しかも講師をご自身の関係者に挿げ替えたと聞いて、なんて卑怯な方なのかと思ったのです。運営権限で北の寮代表に有利な環境を作るつもりなのだと……」
「ええっ?」
「そんな卑怯な方には絶対に負けないと、気負っておりました。しかし練習が始まってみると、リリアンナ様は候補者全員を平等にサポートしようとなさっていました。わたくしやアガーテ様のことも気遣って下さいますし、フローラ様のことも常に気にかけていらっしゃいました。講師のデュッケ夫人も、指導はとても厳しいですがみな平等に厳しいものでしたし」
「ベアトリクス様……」
「確かに、デュッケ夫人の指導はとても大変ですよね……。最初は全身筋肉痛でとても辛かったのですが、最近は声の芯が安定したというか、これまでより楽に歌えている気がします。それもこれも皆様がいてくださるおかげですわ。同じ指導を受けるベアトリクス様やクラウディア様、サポートして下さるリリアンナ様がいなかったら、耐えきれずに逃げ出してしまっていたかもしれませんもの」
「というか、なんですの、アガーテ様のあの歌声は! 練習初日にあなたの歌を聞いて、わたくし心が折れかけましたわよ! 一体どんな練習をしてきたらあんな風に歌えるようになるんですの?」
そうして話はデュッケ夫人の指導の厳しさやアガーテの歌の秘訣、ものすごい勢いで成長しているクラウディアの話になり、和気あいあいと雑談しながら豪華な食事を楽しんだ。
もしも前世の私がこういったパーティーに参加したとしたら、ぼっちの私は壁の花となっていたことだろうが、今は私にたわいもない会話を楽しむ相手がいることに感慨深い気持ちになった。
正直言って、今までで一番楽しい夜会だったのだ、この瞬間までは。
「リリアンナ・フォン・ヴァルツレーベンはいるか!」
ヴィクトール王子がホールの中心に立ち、大声で私の名を呼んだ。
傍らには王子に守られるように肩を抱かれたフローラもいる。
二人とも夜会用に着飾っているが、なんというか全体的に野暮ったいような印象を受ける。
衣装の質自体は良い物ではあるようだが、デザインがなんだか古めかしいのだ。
王子の方は、まるで公務で式典に出席するかのように、腕章などのごてごてした飾りがたっぷりついている。
私から贈られる衣装を当てにして用意していなかったため、あれしかなかったのかもしれない。
そうなんだとしたら、フローラのドレスは一体どうするつもりだったのだろう。
今フローラが着ているクリーム色のドレスは、首元まできっちり詰まっており手袋で二の腕まで覆われていて、肌色部分が顔しか出ていない古典的なデザインだ。
年配の王族女性が公式行事で着ているならTPOはバッチリだろうが、若者が集う学園行事の比較的フランクな夜会で着るにはちぐはぐな感じが否めない。
こちらもありあわせの物を急遽準備した感がビシバシする。
王子はドレスの準備に関してよく知らなそうだったから、もしかしたら今日になるまで頭になかったのかもしれないな……。
そんなことをつらつらと考えていたら、王子と私の間にいた生徒たちがまるでモーセが海を割るかのごとく左右に割れ、こちらを向いた王子と目が合ってしまった。
ものすごく嫌だったが諦めて前へ進み出た。
「ヴィクトール王子。一体何の御用でしょうか」
「何の用か、だと? しらばっくれるな! お前が行ったフローラへのいじめのことに決まっているだろう!」
「それは誤解でございます。いじめなど、神に誓ってわたくしはしておりません」
「お前が何と言おうとも、他でもないフローラがお前からのいじめの被害を私に涙ながらに訴えてきたのだ。言い逃れは許さない! 立場の弱い者を虐げるのその心根は、未来の王妃として不適格と言わざるを得ない。私はここで宣言する。リリアンナ・フォン・ヴァルツレーベン、お前との婚約を破棄する!」
「……はい?」
というのが本日のここまでの流れである。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回、第106話「迎撃」お楽しみに~!




