【100話記念SS】ライラックの花言葉 <リラ視点>
100話まで連載を続けてこられたのも、読んでくださる皆様のおかげです。
ありがとうございます。
「じゃあこっちは明日までに仕上げをよろしくね」
「わかりました」
新人のお針子たちに指示を出し、彼女たちの作業場を後にした。
最初はあたしだけだったのに、うちの工房の職人も随分と人数が増えたものだ。
昔はあたしも彼女たちのようにせっせと針仕事をしていたけれど、今ではドレスやレースのデザインをしたり、指示を出したりというのが主な仕事になっている。
リリーのドレスを縫うのだけは誰にもゆずらないけどね。
あたしがデザインしたドレスが貴族に人気で、数年先まで予約がうまっているなんて平民用の靴下を編んでいた頃の自分に言っても絶対に信じないだろうな。
やりたかったことができる毎日が楽しくて楽しくて、日々があっという間に過ぎてしまう。
あ、そうだ。明日は注文していた生地がたくさん届くから倉庫のスペースを空けておくように伝えるのを忘れてた。
慌てて踵を返し、作業場のドアに手をかけたところで中の話し声が聞こえてきた。
「あ~あ、なんであんな年下の小娘に指図されなきゃなんないのよ。古株だかなんだか知らないけど、威張っちゃってヤな感じ」
咄嗟に手を引っ込めた。
もしかしなくても、その年下の小娘というのは私のことか。
「あたしの妹の友達があの子の幼馴染なんだけどさ、子供の頃からあんな感じで友達いなかったらしいよ。布地や糸をうっとりと何時間も眺めてさ、かなり気持ち悪かったって」
「なにそれー! 変態でしょ」
あははは、という甲高い笑い声が耳に障る。
「……聞こえてるっつーの」
彼女たちの前に出ていって大声で罵ってやろうかとも思ったが、そんなところに労力を使うのも馬鹿馬鹿しいのでぽつりと呟くだけに留め、走ってその場を後にした。
あたし専用の部屋に駆け込み、お気に入りのクッションにバフンと顔を埋めて思いっきり叫んだ。
「友達くらいいるし! あんたたちなんかよりよっぽど素敵で最高の友達がね! ってゆーか、幼馴染って誰よ! あたしの幼馴染はリリーとユーリだけだっつーの! お前らが気持ち悪いっていうほどの情熱があったから、今のあたしの立場があるんでしょうがーーー!!!」
前言撤回。毎日楽しいのは本当だけど、たまーにこうやって楽しい気持ちに水を差されるような出来事もある。
ふんだ、別にいいもん。あいつらに好かれなくたって、あたしの人生には何の影響もない。誰に何を言われたって、あたしは大好きなレースやフリルを作り続けるだけだ。
くっそー、新しい生地が届くから、うきうきしたいい気分だったのに、最悪。
こんな時は無心で刺繍するに限る。
円形の枠にはめられた縫い途中の布地を取り出し、一心不乱に針を刺す。
ハンカチにするつもりで刺し始めた刺繍の図柄はライラック。
最初は自分の名前の付いた花の刺繍なんて自分のことが好きすぎて痛いかとも思ったけど、昔デニスさんにライラックの花言葉は「友情」だと教えてもらってからすごく気に入ってよく使うようになった図柄だ。いつしかライラックの模様はあたしの代名詞となり、デザイナーとしてのあたしを「マドモアゼル・ライラック」なんて呼ぶ人もいるくらいだ。マドモアゼルだなんてあたしには似合わないけど、少しでもマダム・デボラに近づけた気がしてちょっと嬉しくもある。
リリー、元気かなぁ。
今は王都の貴族が通う学校に行ってるから領地にいないって聞いているけど、周りが貴族の令息令嬢ばっかりで上手くやれてるのかしら、あの子。
会いたいなぁ……。
「……ラ。リラ! 聞いていますか、リラ!」
遠慮なく肩を揺さぶられ、ハッと顔を上げる。
「あ、れ。ヨナタン? どうしたの?」
「どうしたのじゃありませんよ。さっきからずっと声を掛けているのにちっとも返事がないんですから。作業に集中するのは結構ですが、あなた、昼食はとったんですか? もう昼時はとっくに過ぎていますよ」
ヨナタンの言葉に返事をする前に私のお腹がぐぅ、と音を立てたので慌てて両手でお腹を押さえた。
「はぁ、どうせそんなことだろうと思いました。僕もまだなので一緒に食べましょう」
そう言ってヨナタンは、茶色のしっぽ亭のロゴが印字された紙袋を掲げた。
「やったぁ! 揚げ芋もある?」
「もちろんです」
ヨナタンと横並びで部屋のソファに腰掛けて、遅めのお昼ご飯にありつく。
ホクホクの揚げ芋を頬張りながら、そういえば、と思い出した。
「あんた、王都の支店の方に出張に行ってるんじゃなかった? いつ戻ってきたの?」
「ついさっきです。といっても来週にはまた王都の方に戻らなくてはならないのですけど。転移魔導具というのは凄いですね。王都まで一瞬なのですから。何度使っても不思議で仕方がありません」
よくわからないが、領地のお城から王都まで一瞬で移動できる転移魔導具というものがあるらしい。ヨナタンが言うには大きな鏡の形をしていて、鏡をくぐり抜けるとその先が王都に繋がっているというのだ。意味がわからない。
そんなの、うまく想像ができないけど、あたしもいつか見てみたいなぁなんて思っている。
「リリーのデビュタントはどうだったんだろう? あたしのドレスで着飾ったところ、見たかったなぁ」
仮縫いの時に着たところは見ているけれど、アクセサリーやメイクで完璧に仕上げた姿は見ていないのだ。あたしがリリーのためにデザインしたんだから似合うのは間違いないけど、パーティーでの様子がとても気になる。
「僕も直接見たわけではありませんが、リリアンナ様があのドレスを来てデビュタントに参加した後、王都の支店に問い合わせが殺到して支店の従業員だけでは捌ききれず僕が呼ばれることになったんですから、良い意味で相当注目されたことは間違いないですよ。僕から見ても本当に素敵なドレスでしたから、当然の結果でしょう」
「ッゲホ、ゴホッ」
「……何やってるんですか」
不意打ちで褒められたのに驚いて、芋が変なところに入ってしまった。
ヨナタンに呆れた顔で手渡された水を一気飲みする。
ちょっと前まで生地の見分けもつかなかった癖に、生意気だわ。
昔はヨナタンの見る目を養うために生地屋や糸問屋などを引き摺りまわしたものだというのに、今ではこんなに自信満々にドレスの良し悪しを語るようになるなんて。
「リリアンナ様のドレス姿が気になるあなたに、いいものがあります」
「いいものって?」
「ユーリからあなたに贈り物です。今日はこれをあなたに渡すために来たんですよ」
「おくりものぉ? あいつがぁ?」
あたしとユーリは幼馴染といっても贈り物を贈り合うような仲ではなく、昔からリリーを取り合っていがみ合っていた記憶しかない。
そんなユーリがあたしに贈り物だなんて、いったいどういう風の吹き回しだ。
ハンバーガーを食べ終わってふきんで手を拭いたヨナタンが取り出したのは、くるりと丸められ、きれいな紐で縛られた何かの紙のようだった。
紐を解いて丸まった紙をテーブルに広げてみると、現れた中身に驚いた。
「これ……」
その紙に描かれていたのは、あたしが作ったドレスを着ているリリーの姿だった。
絵の中のリリーは見たことがないほど嬉しそうに笑っている。
ドレスもびっくりするほど細かく忠実に描かれているけど、この絵の感じ、どこかで見たことがあるような……。
「こ、これって、あの有名なハイトマン先生の絵じゃないの!?」
少し前に、新聞に載っていてすごく流行った騎士見習いの姿絵のタッチに物凄く似ている。その画家の名前はたしかウルリーケ・ハイトマン先生と言ったはず。
人気すぎてあたしは手に入れることができなかったけど、ツテで手に入れたというデニスさんから見せてもらったユーリの絵が別人みたいにクールでかっこよく描かれていて爆笑した覚えがある。
あの絵は新聞だから白黒だったけど、この絵には水彩で色が塗られている。
もしかしてこれ、物凄く高いんじゃないの……?
「ユーリが学園の同期生であるハイトマン先生に自分用に注文した時に、追加で貴女の分も用意してもらったそうです。このドレスで着飾ったリリアンナ様の姿を見たがっているだろうから、と」
「ハイトマン先生に個人的に注文したの!? 今を時めく人気作家に頼めるなんてあいつ何者よ!? ……って領主の息子だったわ」
いまだに昔のように接しているし、仕事で関わっているのであまり貴族というイメージがなかったけど、そういえばあいつも貴族なんだった。しかも高位の。
「ドレスや表情にも細かく指示を出して、下書きから何度もリテイクを出してようやく完成した力作らしいです」
「何やってんの、あいつ。なんか、年々気持ち悪くなってない……?」
「そう言ってあげないでください。長年こじらせた初恋を成就させようと、彼も必死なんですから」
「……あんたの言ってることも大概だけどね」
ユーリのリリーに対する執着ぶりにはドン引きだが、この姿絵は普通に嬉しい。
綺麗に額縁に入れてこの部屋に飾ることにしよう。
「そうだ、ちょうどいいわ。これ、ユーリにあげるつもりだったの。ハンカチなんだけど、もうすぐ完成するから今度会った時に、この絵のお礼に渡しておいてよ」
そう言ってさっきまで刺していた刺繍を見せる。
「ほう、ライラックですか。もちろん構いませんが、リリアンナ様用ではなくユーリ用に作っていたんですか?」
あたしたちが贈り物をし合うような仲良しではないことはヨナタンもよく知っているので、元からユーリにあげるつもりだったと知って不思議そうにしている。
「……だって、もどかしいんだもの、あの二人。リリーは超鈍感なんだから、ユーリが積極的にならなきゃなんにも始まらないじゃない。ライラックの花言葉には“初恋”っていうのもあるから、あんたもっとがんばりなさいよって発破をかけようと思って」
「ああ、それで……。ふふ、ユーリの初恋が成就したら、二人でずっと取り合っていたリリーが彼のものになってしまいますが、それはいいんですか?」
「うるさいわね。一番の親友の座は永遠にあたしのものなんだからいいのよ。別に、ユーリのことを認めたわけじゃないわ。リリーは自分のやりたいことに突っ走る性質だから、下手な男に捕まるより、ユーリみたいに隣でサポートしてくれるような男がいいんじゃないかって思っただけ!」
「……それは、あなたにも言えることだと思いますけどねぇ」
「なんか言った?」
「いいえ何も」
「ていうか、ヨナタンこそどうなのよ? 年で言ったら一番相手がいてもおかしくないのはあんたじゃないの」
目の前の男はたしか今二十五才。恋人どころか奥さんがいてもおかしくないような年齢だ。
「僕だってモテないわけではないんですよ。仕事が楽しくて、そちらにばかりかまけていたら気が付けばこの年になっていただけです」
それは知ってる。
若くして今一番勢いのある商会を実質的に動かしている実力者で高収入。そんな男が未婚で恋人もいないとなれば、ハイエナのような婚活女性達が群がらないはずがない。
あたしが一部のお針子たちに嫌われているのだって、理由の一つはヨナタンと仲が良いから、である。
「仕事が楽しすぎて、恋人なんてつくる暇がないっていうのはホントそれね。まぁあたし達は仕事が恋人ってことでいいんじゃない?」
「そうですね。腹も膨れたことですし、もう一仕事することにしましょう。騎士団から新しい素材にできないかと、いくつか魔物素材を預かってきたんです。商会の方に置いてありますから、今から見に来てくれませんか?」
「なんですって!? それを早く言いなさいよ!」
新しい素材というのはいつだって心が躍るものだ。
今回はユニコーンの鬣の時みたいにときめく素材はあるかしら、とうきうきしながらヨナタンと連れ立って廊下を進む。
「そういえばあいつ、最近ハンカチにライラックの刺繍なんて刺してんのよ」
作業場の前を通りかかった時、さっきのお針子の声が聞こえて思わずびくりとしてしまう。
「ライラックって、花言葉は“恋の芽生え”だっけ? はっずかしー! 誰にあげるつもりよ」
「あんな気持ち悪い子にもらっても迷惑なだけよねぇ」
女の子たちの笑い声が響いている。
早くここを立ち去らないとと思うのに、足に根が生えたみたいに動くことができない。
「随分と従業員の質が落ちたものですね」
ヨナタンの声が聞こえガバッと顔を上げると、ヨナタンの背中と開け放たれたドアの向こうにポカンとした新人針子たちの顔が見えた。
「ちょ、ヨナタ……」
「勤務中に悪口に花を咲かせるとはいい度胸です。それもよりにもよってリラのことを悪く言うとは……」
「ヨ、ヨナタンさん! ち、違うんです、あたしたちは……」
「言い訳は結構。ここが誰の工房だと思っているんです? かの“マドモアゼル・ライラック”の工房ですよ」
例に漏れずヨナタンの恋人の座を狙っているらしい彼女たちは、性格の悪いところを見られて顔を青くしている。
けっ、ざまーみろ! お前らなんか振られてしまえ!
「そ、それはわかっています。あたしたちはべつに、ライラック様を悪く言ったわけじゃなくて、その子に偉そうに指示されるのが許せなくて……」
「あなた達は何を言っているんですか? 彼女の工房なのですから指示を出すのは当然ではありませんか」
「えっ?」
「……まさか、あなた達、“マドモアゼル・ライラック”が誰かわかっていないんですか?」
「ど、どういう意味ですか?」
ヨナタンにグイっと手を引かれ、隣に立たされた。
「こちらが、“マドモアゼル・ライラック”です」
「「「え、ええーーーーー!?」」」
新人針子たちの絶叫が作業場に鳴り響いた。
結局その後、ヨナタンは他の先輩針子たちも集めてこの状況はなにごとかと新人針子たちとまとめて叱りつけた。
今はヨナタンの執務室で私もお説教をされているところだ。
「はぁ、他の従業員に新人の教育を任せておけば、あんな勘違いをされることもなかったのではないですか? なんで工房長自ら新人の指導なんてしようと思ったんです?」
「だって、他のお針子たちにはたくさん仕事振っちゃってて忙しそうだったし、あたしはちょうど大型案件が終わったところだったから、じゃああたしが教えればいいかと思って……」
「せめて自分がマドモアゼル・ライラックだと言っておけば良かったでしょうに」
「そんな名前を自分で名乗った覚えはないし、自分で言うのめちゃくちゃ恥ずかしいのよそれ! たしかに、工房長だと言い忘れた気はするけど……」
そう、事の顛末は、あたしがちゃんとあたしの立場を明確に伝えないまま新人に指示を出していたことによって、ただの小娘に偉そうに命令されたと思った年上の新人たちに嫌われていたということだったのだ。
あたしが望めばあの子たちは解雇にもできると言われたけど、ちゃんと伝えていなかった自分も悪かったし、そこまではしなくていいと答えた。
ただ、あの子たちからしたら狙っていたヨナタンからの好感度は爆下がりしたわけだし、知らなかったとはいえ工房長の悪口を言っていたことが工房の皆にバレてしまったので、気まずくて自分から辞めてしまうかもしれないとは思った。そうなったら引き留めるつもりはない。
「彼女たちが勘違いしていることに、気付いていなかったんですか?」
「あたしが人から嫌われるのなんて、そんなのしょっちゅうだし……」
「はぁ~~~。普段は強気なくせに、なんでそんなに自分に自信がないんですか」
ヨナタンが呆れたように大きなため息をついた。
うるさいな。これがあたしなんだからしょうがないじゃない。
「確かにあなたは口調がきついし目つきも悪いですが、人から嫌われるのが当然だなんてあなたのことをよく知る者なら誰も思っていませんよ。特にあなたの仕事における誠実さには、僕は信頼をおいているんです。もっと自分に自信を持って下さい」
「へっ!?」
突然の褒め言葉にボッと顔が熱くなった。
ふとさっきのヨナタンの広い背中を思い出し、体中が熱くなってくる。
ち、違う! ヨナタンはヒョロガリだ! 背中なんて広くない!
「リラ? どうしたんですか?」
突然ブンブンと頭を振り始めた私を見て訝し気にしているそんな表情でさえ、なんだか輝いているように見える。
――ライラックの花言葉は、“恋の芽生え”
「ち、違うから!」
さっきのお針子の言っていた言葉が頭をよぎり、勢いよく立ち上がる。
「はい?」
「ちがうからーーー!!!」
「リ、リラ!?」
もういっぱいいっぱいでそれ以上ヨナタンの顔を見ていられなくて、執務室を飛び出した。
ち、違うもん! ぜったいぜったいちがうもん!!
絶対に違うけど、さっきのヨナタンの言葉でほんの少しだけ自分のことを好きになれそうな気がした。
お読みいただきありがとうございました。
現実の季節は冬ですが、異世界FIREの世界では春の風がビュンビュン吹きまくっているようです。
尚、リラはデニスには幼い頃に既にアタックして玉砕している模様……。




