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9. 教会保育園一日目

 昔々、神様と人間はとても仲良しでした。


 楽しいことが大好きな神様に人々は歌や踊りを捧げ、


 神様はお礼にその大きな力を人間に貸してくれました。


 でも、ある時、悪いことを考えた人間がいました。


 神様を罠にはめて、その力を思い通りに操ろうとしたのです。


 そのことに気付いた神様は怒り狂いました。


 国中に激しい雷が降り注ぎ、国は滅びてしまいました。


 生き残ったわずかな人々は神様に祈りを捧げました。



 かみさま、ごめんなさい


 もうわるいことはしません


 どうかそのいかりをおさめてください



 人々の祈りは神様に届き、三日三晩降り注いだ雷はようやくやんだのでした。


 その時から、神様は人間の前に姿をあらわさなくなりました。


 人々は言います。



 わるいことをかんがえてはいけないよ


 かみさまはちゃんとみていて


 わるいこにはかみなりがふってくるよ


 みんながいいこにしていれば


 かみさまはいつか


 わたしたちのもとに


 もどってきてくれるかもしれないよ




 「おしまい」


 シスターが絵本を閉じたその時、窓の外でピカッと雷が光った。


 子供たちはきゃあっと声をあげてシスターにしがみついている。

 ぷるぷる震えながら丸くなってくっついている様子を見て、昔ニュースで見た冬の動物園のサル団子を思い出した。


 「しすたー、かみさまおこってるの?」

 「こわいよー!」

 「あらあら。ふふふ、大丈夫ですよ。あれは神の怒りじゃありません。みんながいい子にしていれば、神様は雷を降らせたりしませんよ」

 「なんでかみさまじゃないってわかるのー?」

 「だって、神様の雷は緑色ですからね。さっきの雷は違ったでしょう?」


 シスターはほら、と絵本の緑色で描かれている雷を指さして子供たちを安心させるように微笑んでいる。



 今日は教会保育園の登園初日。

 子供たちに新しいお友達と紹介され、今はシスターが絵本を読み聞かせてくれていた。


 悪い子には神様が雷を落とすぞって感じの教訓的な子供向けの内容だったのだが、ちょうど今日は天気が悪くて雷が鳴っていたので、妙に臨場感があって怖い話風になり子供たちは怯えてしまっていた。

 雷の光るタイミングが良すぎて演出かと思ったくらいだ。


 泣きながらシスターにしがみつく同年代の子供たちを見て、そっとため息をつく。


 友達を作ってこいってお母さんは言うけど、子供って未知の生命体すぎて仲良くなれる気がしないんだけど……。


 百合は一人っ子だったし、子供と接する機会なんて全くないと言っていい人生だった。

 子供が嫌いというわけではないが、関わり方がわからない。


 「あ、ほら、雷がやんで外が晴れてきましたよ。みんなでお外で遊びましょうか」


 外を見ると、雷雲が通り過ぎ、晴れ間が見えてきていた。


 子供たちは先ほどまでぷるぷる怯えていたのが嘘のように、元気いっぱいにわーっと外へ駆け出して行った。


 あのテンションは私には無理……。


 友達を作るのは早々に諦めて、当初の任務を遂行するべくシスターへと近づく。


 「しすたー、ここではおねがいしたら、もじをおしえてくれるってききました。わたしにも、おしえてくれますか?」


 子供たちの面倒を見てくれるというシスターはやはり礼拝の時の人だった。

 名前はエミリーさん。

 教会には他のシスターや修道士も数人いて、人手が必要な時には手を貸してくれるが教会保育園を主に運営しているのは子供好きのシスターエミリーなのだそうだ。


 今日も相変わらずの美人さんで、きょとんとしてこちらを見ている姿は可愛らしい。

 膝をついて私に目線を合わせて話してくれる。


 「まぁ、文字のお勉強を? 教えるのはもちろん構わないけれど、みんなと一緒にお外で遊ばなくていいの?」

 「わたしは、あそぶよりもおべんきょうがしたいです」

 「まぁ。リリーの年齢だと読み書きはまだちょっと早いかな、って思うのだけど、どうしてお勉強したいのか教えてくれる?」

 「わたしのおうちはごはんやさんだから、よみかきけいさんができればおみせのおてつだいがもっとできるとおもって」


 実際は家計簿を作りたいからなんですけど。

 本当の目的を言えるはずもないので、とりあえず家の手伝いの為とだけ言っておく。


 「まぁ……!」


 シスターエミリーは両手の指先で口元を抑え、目に涙をためている。

 え、なにこの反応?


 関係ないけど、この人「まぁ」が口癖なのかな?

 めっちゃ似合ってるな、とどうでもいいことを考えていたら、シスターに両手をがしっと掴まれた。


 「なんて、なんて素敵なのでしょう! ご家族の力になりたいというその真摯な気持ち、神はきっと見て下さってますよ。わかりました。お勉強して、店のお手伝いができるように一緒にがんばりましょうね」

 「……よ、よろしく、おねがいします」


 シスターのあまりの圧に腰が引けてしまう。感激屋さんか。




 みんなが元気に遊びまわっている教会の庭のベンチに腰を下ろし、早速文字を教えてもらえることになった。


 文字の練習に使っているというタブレットのような形の石盤に、石筆でシスターがお手本の文字をさらさらと書いて渡してくれた。


 「まずは身近な言葉を一つ書けるようになりましょうか。これで「神様」と読みます。お手本を真似して書いてみてね」


 一番身近な言葉が神様なのか。さすが教会。


 シスターが書いたお手本の文字は、綺麗に整っていてきっと達筆なんだろうなと思った。

 文字の形はローマ字に近い。

 家計簿のためにはとにかく必要な単語と数字を書けさえすればいいので文字はなんとかなりそうだ、と考えながら神様の文字を書き写していく。


 「まぁ……! すごいわ、リリー! 初めて書いたとは思えないくらいとっても上手よ」


 私の書いた文字を見て、シスターが大げさに手を叩いて喜んでいる。

 私を持ち上げようとして言っているのではなく、心からそう思って言っているようで、このシスターはものすごくピュアな人なんだというのがなんとなくわかってきた。

 

 「しすたー、かみさまって、なんてなまえですか?」


 あまりにも手放しに褒められるので少し気まずくなって、兄にした質問と同じことを聞いて話をそらしてみる。


 「うーん、神様にもお名前はもちろんあるのだけれど、その尊いお名前を呼ぶのは不敬とされて、伝わっていないの。だからみんな神様とだけ呼んでいるのよ。誰にもお名前を呼ばれることがなくて、神様はもしかしたらさみしい思いをされているかもしれないわね」

 「かみさまって、ひとりなんですか?」

 「そうよ。そのお姿は、ものすごく美しい男性であったとも、大きな獣であったとも言われているの。もしかしたら、いろんな姿にその身を変えて、人々のことを近くで見守って下さっているのかもしれないわね。リリーが神様に興味を持ってくれて、私もうれしいわ」


 喜んでいるシスターには申し訳ないが、この神様にそこまで興味はないし、教会が怪しい宗教団体説をまだ捨てきれていないので、下手に勧誘されないように曖昧にうなずいておいた。


 神様の単語は書けるようになったので、次も宗教関係の単語を例に出される前に実用的な単語にしようと「にんじんって、どうやってかきますか」と聞いたら「まぁ、まぁ、まぁ……!」ととても感激されてちょっと引いた。

 だから感激屋さんか。


 シスターエミリーのテンションにちょっとだけ疲れるけど、なんとか肉や野菜などの必要な単語を色々知ることができた。

 この調子なら、そう長くはかからず家計簿を書けるくらいにはなりそうで一安心だ。




 そうこうしているうちにお迎えの時間となり、ちらほらと子供の保護者達が現れ始めた。

 その中にカインの姿を見つけ、駆け寄ってそのお腹にしがみつきぐりぐりと顔をこすりつけた。


 「うわっ! どうしたんだ、リリー? さみしかったのか?」


 カインの問いかけに、お腹に顔を埋めたまま無言でうなずく。


 そう、実はちょっとさみしかったのだ。毎日兄と一緒にいたので、こんなに長時間離れて過ごすのは初めてだった。

 体の年齢に精神がつられているのか、まさかこんなに家族を恋しく思うなんて自分でも思いもしなかった。


 カインは苦笑して、よしよしと頭を撫でてくれる。


 「家族と離れるのは初めてだもんな。教会は楽しくなかったか? リリーが嫌なら明日からは店で過ごすことにしてもいいぞ?」


 私はいやいやと首を振る。


 「いい。もじをおぼえるまでは、ここにかよう。さみしいのは、がまんする」


 こんなことで諦めるわけにはいかない。

 読み書きができることは、この先の人生でも絶対役に立つはずだ。このチャンス、逃してなるものか。

 若干べそをかきながらも気持ちを奮い立たせる。


 「あのね、きょうはしすたーに、もじをおしえてもらえたよ。おにくとか、おやさいのなまえをすこしかけるようになったよ」


 「えぇ、もう!? 俺も字は書けないのに、リリーはすごいな! でも俺も、今日休憩時間に近所の店を回って料金を調べてきたぞ。やっぱり、うちの店よりちょっと割高みたいだったな。」


 兄と手をつないで帰りながら、お互いに今日の成果を報告し合う。

 亀のような歩みだけど、着実に一歩ずつ目標に向かって進んでいるのを実感した。

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