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第二話

修験者の谷の脱出——それが、那由多の最初のミッションだった。


「では、モンスターの出現ポイントを表示しますので、そこを回避しながら進んでください」


永瀬の声が、頭の中に直接響く。フルダイブ端末がもたらす神経接続を通じて、彼女はまるですぐそばにいるようだった。


「はい!……って、それ、初心者向けのやつじゃ?」


「そうですね、本来は初心者向けのチュートリアルモードで採用されている機能です。ただ、今回は緊急事態ですから、使えるものは何でも使いますよ!」


永瀬は、いたずらっぽく笑った。


「次は、前に三歩進んで、左斜め前に大きく迂回してください。その先、地面にヒビが入ってますが、そこはモンスターのスポーンエリアです。絶対に踏まないように!」


細かい指示を受けながら、那由多は日差しが照りつける砂漠を進む。


“推奨レベル80“


スズキのアバターでは、瞬殺だろう。


こいつは、なんで、こんなエリアに低レベルで転生するつもりだったのか……本当は、レベリングしてくれる仲間が来るはずだったとか?


那由多は、そんなことを考えながら指示通りに進み。しばらくして、巨大な岩陰で一息ついた。眼前に砂煙が吹き上がる。


「来たか……」


あれがエリアボス——“砂喰らいのバモス”。巨大なミミズ。修験者の谷の門番だ。エリアボスは、強制エンカウント対象……つまり、戦わなければ先に進めない。


「永瀬さん、俺、武器もろくなの持ってないんだけど」


「ですね。アバターがスズキさんのものですから……ええと、ストレージを開いてみてください」


異空間に収納されたアイテムを確認すると、那由多は目を疑った。


「……カレーの材料、ばっかり?」


スパイス、牛肉、玉ねぎ、ジャガイモ……。香辛料は何種類も揃っている。まるで、カレー屋を丸ごと持ってきたようだ。


「これでどうしろと……」


腹が減っては戦はできぬ。とりあえず、那由多はカレーライスを作ることにした。


クミン、コリアンダー、ターメリック、チリパウダー、カルダモン…数々のスパイスを調合していく。


「一応、この世界のスパイスにはステータスアップ効果もあるんですよ。でも、それでバモスを倒せるとは思えないんですが…」


永瀬も大量のスパイスの意味がわからないようだ。


「あっ、玉ねぎは、しっかり飴色になるまで炒めてくださいね」


「そこまでこだわる必要ある?」


「せっかくだから、美味しく作りたいじゃないですか?スパイスには火炎草も入れてください。ピリッとして美味しいですよ。…蠱毒草の実はちょっとクセが強いからやめておきましょう」


永瀬が不穏な食材を選び出したので、那由多は調合を切り上げてスパイスと、具材を鍋にいれて煮込む。


そのとき、永瀬がぽつりとつぶやいた。


「私、お料理が趣味なんです。この世界の食材って、まだまだ知らないものが沢山あってワクワクしませんか?ほら、怖いもの見たさと言うか……」


「マジか。俺は……ちょっと苦手かも」


カレーは、ぐつぐつと煮込まれている。


ふと、永瀬がアイテムリストの詳細を確認して驚いたように言った。


「この素材の組み合わせ……これ、もしかしたらカレーじゃないかもしれません」


「これ、武器になるのか?」


「かもしれません。よく見たら、火炎草とか、爆弾茸とか、ものすごい量がストレージに入ってます!」


目の前のカレーからは美味しそうな匂いがただよっており、那由多はグーッと腹を鳴らした。


「……食べちゃダメ?」


「ダメです!この匂いはバモスを誘い込むいい罠になりますよ!」


永瀬は、ストレージから選んだ追加食材(蠱毒草の実、爆裂茸、腐った肉など)を追加するよう那由多に指示する。


目の前のカレー鍋は、美味しく煮込まれていた。煮詰められたスパイスは空気を漂い、那由多の食欲を刺激する。思わずよだれを拭う出来だ。


「……ちょっと、色々入れる前に味見を……

うまっ!!」


異世界のスパイスが、柔らかく煮込まれた牛のバラ肉に絡み、絶妙なハーモニーを奏でている。


那由多は、皿にご飯をよそい、たっぷりとカレーをかけると、スプーンで口に書き込んだ。


「あっ!ダメですよ!これはバモス用に魔改造するんですから!」


永瀬が止めようとするが、那由多は止まらなかった。


「うまい、うますぎる!」


「こら!ダメだってば!!」


***


夜の帳が降りる頃、那由多は、鍋を両手にそっとボスエリアへと近づいた。


あの後、鍋の中身を食べ尽くした那由多は、永瀬に呆れられながら第二弾を完成させた。ヤバい食材をふんだんに入れたカレー鍋は、火から下ろした今もボコボコと不気味な音を立てている。


「絶対やばいって、これ……」


那由多は、大鍋を置くと足音を立てないように、ソロソロと岩陰に向かった。


眠っていた“砂喰らいのバモス”が、鍋の香りに反応して顔をもたげた。カレー鍋に気がつくと、躊躇なく巨大な顎を開ける


那由多は、もう足音など気にせずダッシュで逃げた。


ごくり。


バズムは、まんまと魔改造カレーを飲み干す。


刹那——。


「グギャアアアアアアアアアアア!!!」


咆哮が砂嵐を巻き起こした。身体を地面に叩きつけて、のたうちまわるバモス。


「いまだ!」


那由多は弓を構えて、弱点である腹に向かって矢を放つ。——が、硬い表皮はびくともせず、矢は弾き返された。


「マジかよ!」


怒り狂ったバモスが突進する。次の瞬間。


フッと視界が暗闇になった。


そして那由多は、何の抵抗もできず、そのままパクリと飲み込まれたのだった。


***


バモスの腹の中で、那由多はゲームオーバーを覚悟した。本来は、柔らかい腹の中から致命傷を負わせるのがセオリー………しかし、全身が食道で締め付けられた那由多は、気をつけの態勢のまま身動きが取れなかった。


「……詰んだかもしれん……」


力なくつぶやきながら、那由多はやけくそでストレージを開いた。ずらりと並ぶ食材の数々、調理器具。後はキャンプ道具などの生活用品しか入っていない。


「くそ!なんか腹が立ってきたな!」


役に立たないスズキの荷物に腹を立てた那由多は、バモスに全部食わせることを決めた。


野宿のためのキャンプ道具一式、調理器具、着替えの服といったものをバモスの胃に座標を指定してストレージから取り出す。


「グギャアアアアアアアアアアア!!!」


突然、腹の中に異物感を覚えたであろうバモスは、ゴロゴロと地面をのたうち回る。腹の中の那由多も、当然巻き添えをくらう。


「痛えな!このクソミミズ!」


那由多は、残った食料を片っ端からバモスの胃の中に呼び出す。1人分とはとても思えない量の米、小麦粉、野菜、生肉や魚などがバモスの胃に詰め込まれる。大量のスパイスも、片っ端から投入した。


食道が激しく収縮するところを見ると、胃の中のものを吐き出そうとしているようだ。しかし、最初に入れたテントなどのキャンプ道具が引っかかり思うように吐けないらしい。


「ざまぁみやがれ、この野郎!」


そのときだった。


ゴボゴボ、と不穏な音が鳴り響いた。


「……え?」


バモスの腹が、膨らみ始めていた。風船のように、みるみるうちに空間が広がる。


「おい、マジか!? 膨らんでる……」


その瞬間、胃袋から強烈な圧力がかかり、那由多の身体は、水鉄砲のようにバモスの口から発射された。


放物線を描き、空へ舞い上がる那由多。そのまま砂地にドンと落下する。


ゴロゴロ転がった彼の背後で、バズムの腹がパンパンに膨れ上がり、ついには——。


パァンッ!!!


破裂音とともに、ボスの巨体が裂けた。腹の中身が飛び散り、雨のように降り注ぐ。


「い、今だ……!」


何とか這い上がった那由多は、腰に付けた鉄のナイフを引き抜き、バモスの脳天めがけて突き刺した。ズブリと沈む手応え。巨大ミミズの咆哮が途絶える。


次の瞬間、巨体は砂と化して崩れ、風にさらわれていった。


「……やった……」


那由多は、そう小さく呟く。


「あの、ほんとうにお疲れさまでした……!」


永瀬の声が、心なしか涙ぐんでいた。


ビッグキリング。那由多の視界には、夥しい経験値の文字列が流れた。レベルアップのエフェクトが何重にも重なる。


だが、今の那由多にそれを喜ぶ余裕はなかった。


「あー、もう疲れた…」


そのまま、砂に突っ伏して那由多は死んだように眠ったのだった。

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― 新着の感想 ―
タイトルの「異世界×夏」の組み合わせに惹かれて読み始めたのですが……まさかのカレー鍋でボス撃破とは!!(笑) しかもただのネタじゃなく、きっちりバトルに組み込まれていて驚きました。ストレージに詰まった…
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