【77】約束の指輪
――――テラスではみな休憩タイムとなったのだが。
「……リードの好きな未亡人か」
「それにしては年齢層がちょっと上な気が……」
隣の席からコーデリアとブレイクの言葉が聞こえてくる。
「こらブレイク!お前は女性に何て失礼なことを言ってんだ!ジェーンは絶対に……魔族的熟女世代もしたたかで清楚な熟女……娘時代だって素敵な熟女になれそうな女性だったんだ」
「まあ、まるで覚えてるみたいね」
「当たり前だろ?ジェーンは今も昔も変わらない……最高の女性だ」
「……あら」
ジェーンといい雰囲気になっていれば、ブレイクが呟く。
「いや……リリアナおばさんならともかく……リードは俺と同い年だよな?」
こらこら、母ちゃんの年齢にも触れるでない!
「とにかく若造っ!その方はお前が気軽に接していい方では……っ」
ジャンが再び立ち上がる。
「私の若い時代はね、指輪なんて高価な品は王妃さまやお貴族の娘さんしかつけられなかったのよ」
「それは……っ」
「さらには結婚もよ。私もあのひとも平民だったから、貴族のような結婚式なんてとてもじゃないけど挙げられないし、今ほど戸籍制度も確立していなかった。だから実質は事実婚。けれどね……ステータスシステムはあったから、私は今でも夫の姓を名乗れるの」
そう言うとジェーンはステータス画面を開いて見せてくれる。
【ジェーン・ノーム】
「そっか……ずっと大事にしてくれてたんだもん、な」
「もちろんよ。それにそれはあなたも」
「……ご先祖さまから受け継いだ姓だからな」
「あの……『ノーム』ってリードの……」
ブレイクが呟く。
「……人間側ではあまり知られていないか」
ジャンが呟く。
ドンサ村ではみんな小さい頃に聞かされて憧れるのがドンサ村の勇者ロイド・ノーム。しかし人々の間で語り継がれるのは大昔魔族と戦った偉大な勇者や魔族と和解した後の時代に国を魔物から守った勇者たちだ。
だからドンサ村の勇者のことは魔女ならともかく、他の勇者ほど語り継がれない。
「彼女の夫はロイド・ノームと言う」
「え……」
ブレイクが驚く。勇者史でも人間側で語り継がれることは稀。ドンサ村や魔女たち以外にはほとんど知られていないと思う。
ロイド・ノームはその前の時代……母ちゃんたちが魔女結社を作る前の時代の勇者だ。
「……私はあの人を喪ってからは魔神さまにお仕えしながら、もう二度と会えないひとを待ち続けてる。おかしいわよね」
「そんなことはない」
「……」
「ここで出会えたのにも意味がある」
「確かに不思議な縁だ。彼女はリードのご先祖の伴侶だったのだな」
コーデリアが呟く。そうだな……。
「だからジェーン、これを」
俺はジェーンのくすり指に今度こそビーズの指輪を嵌める。
「ジェーンの指に指輪を嵌められなかったのも、きっとご先祖の心残りに違いない」
今ではドンサ村の夫人たちも普通につけている結婚指輪。もちろんビーズではなく月給3ヶ月分の金属製の指輪を奮発するのも結婚する男の務めである。これは金属製ではないが……。
「ありがとう……嬉しいわ。ロイ……いいえ、リードくん」
「うん……それでいい。ジェーン、会えて良かったよ」
「……私もよ。でも、また会いに来てね」
「それはもちろん……!でも……ジェーンもドンサ村に来てみるか?ご先祖の生まれた村だ。サンドイッチも旨いしいいところだよ」
「だが大巫女さまはこの山からは出られないと決まって……」
ジャンが言いかけた時、扉がバンッと開き現れたのはマキナだった。
「え、マキナ?」
「いいわよ、ドンサ村なら!ブレイクのゲートで里帰りしなさい!魔神の許可は取ったわよ!」
「いや、待て!魔神さまの許可って貴様何者だ!」
ジャンが戸惑うが。
「いや、女神」
「は?」
そう教えてやれば目が点になった。
「あら……本当に……?魔神さまが今私にも仰ってくださったわ」
「大巫女さま!?魔神さまからの声を……」
「ええ、ジャン。それじゃあ頼んでもいいかしら?ドンサ村の勇者ブレイク」
「は、はい!もちろんです!その……以前のお礼もしたいです!」
「ん……?ブレイク、彼女に何か世話になったのか?」
「そうだね、リード。その……魔の山に勝手に入り込んでコーデリアと一緒に説教されてる時に……ジャンさんから助けてくれた」
「そんなこともあったわね。ナビゲーターさんは……放っておいたけど」
「それは正解だ、ジェーン」
一堂が苦笑したのは言うまでもない。
※※※
――――そして俺たちはブレイクのゲートで、ジェーンをドンサ村まで連れていった。最初は驚いた村長たちも、彼女がロイド・ノームの妻だと知り彼の碑まで案内してくれた。
コーデリアやブレイクたちは久々の両親や村人たちとの交流を楽しんでいる。側で見守るジェーンも楽しそうだからジャンもやれやれといった様子だ。
「さて……俺は」
未だロイド・ノームの碑の前にひとり立つ彼女を見付けた。
「てかマキナ、どうして魔神神殿に?」
「……その、人妻になろうとして、魔神に結婚して欲しいって迫りに言ってたの……」
「何やってんだおめえは」
「だってぇっ、押し掛け女房とかあるじゃない!同じ神だし、それなら結婚できなくもないし……」
「それは愛があるから成立するんだよ!神同士だからって押し掛けんなお前は!」
「……ひえぇん、魔神にも説教された」
「魔神がまともなやつで何よりだ。それにジェーンのことは感謝している」
「リード!……そうね、ジェーン・ノームはロイド・ノームの愛した女性だもの。だから放っておけないじゃない」
彼女を心配していたのは魔神だけじゃなかったわけか。
「それにロイド・ノームには邪神をどうにかしてくれた礼もあるのよ。人間の間にはあまり語り継がれてないけど、彼の打ち立てた功績は神をも納得させるもの。だから……夫の故郷にくらい、いいんじゃないかって」
「そっか。ありがとな。ジェーンのこと」
「……ねえ、リード。あなたはまさかロイドのこと……」
「そうだな……」
「……え?」
マキナが目を見開く。
「俺の自慢のご先祖さまだよ」
ニッと笑えばどうしてかマキナがホッとした表情を浮かべる。お前は何を心配してんだ?心配することなんて何もないぞ。
【本当に……そうなのですか。あなたのなかには時折靄がかかったように見えない記憶がある】
ふと、GIさんが俺の中で囁いてくる。
【女神があなたに勇者のジョブを与えようとしていたのは本当に……顔が好みだったから、それだけですか?】
アイツが面食いなのは確かだろ?ただしイケメンではなくフツメン専だが。それにしてもGIさんすら見えない記憶ねえ……。
お前の主が過保護なのか、秘密主義なのか、どちらだろうな。




