【73】聖剣の主
――――握った聖剣の感触は思っていたものとは違う。
「バカ……お前の主人の名は柄に刻んだんじゃないのか」
その時、聖剣の柄が熱を帯びる。
「それでいい」
ゆっくりと目を閉じる。
【リード、目を閉じてしまうと私にも見えない!】
「見えるよ……GIさん」
だから大丈夫。空を斬った剣の刃には確かに感触がある。魔物の悲鳴が聞こえる。
その時周囲からも悲鳴が上がる。
「何だ!?どっからの攻撃だっ!」
「ぐ……っ、何も見えない!」
「……あっちか。GIさん、俺のありったけのMPで身体強化できる?」
【できる……が、その手はいいのかい?】
「これくらい何ともない」
その瞬間目当てのリンピダス以外の魔物を弾き、押し退けても攻撃は俺に通らなくなる。
「こっちだ……!」
見えない何かに向かって剣を振るえばまた感触がある。
「リードくん!?」
「お前何で目を閉じて……っ」
ユルヤナさんとルークさんの声がする。声の反響、足音、魔物の声から導き出す……不可視の敵。やりたくない……思い出したくない。けれどやらなければいけない。
【それは誰の記憶なのか】
俺の記憶だよ、GIさん。
「おい、こっちだ!」
「増援に来たぞ!」
新たな声だ。
「気を付けろ!見えない敵がいる!」
冒険者が叫ぶ。
「……リンピダス!」
誰かが叫ぶ。知っているものがいた。魔族は寿命が長いから。
「まずは小物を倒せ!異常を感じたら叫べ!勇者の坊主が動けるようにするんだ!」
違う、俺は勇者じゃない。しかし俺しかできない。
『おぉーっ!』
冒険者たちが雄叫びを上げる。
「こっちにいるぞっ!」
「く……っ、見えない!」
「問題ない」
身体をするりと翻し、まっすぐに突く。そこに感触がある。
「……ロイド」
「別人だ」
ふと聴こえた呟きを、俺は否定した。
「残党は!」
小物たちはユルヤナさんたちや増援も手伝ってくれた。
「大丈夫、もうリンピダスはいないよ、リードきゅん」
俺が目を閉じているのをいいことに、背中にべったりとくっつく感触を覚え瞼を開ける。
「何で分かるの、兄ちゃん」
「邪眼」
振り返ればいつもつけているはずの仮面がない。その代わり左の瞳が赤紫に光る。
こう言う時に一番便利な代物である。
「さて、小物ども……おにーたんのリードきゅんに群がるなんて死にたいの……?」
いや、違う。何もかも違うけど、兄ちゃんの魔法で残りの残党たちが一気に霧散する。
「ユリアン!」
ルークさんが叫べば、周囲も『ユリアンさま』と歓喜の声を上げる。
「ブレイクたちは!?」
「無事だ、リード!」
振り返れば、ブレイクがダガーでコーデリアを守っていた。コーデリアに腕も治療してもらったようで何より。
「けど、どうして兄ちゃんが?」
「……リードきゅんのこと呪ったの……それ?」
「ああ……そう言う」
そんなことまでいちいち察知するとは。だてにヤンデレやってないな。
「ダメだ、兄ちゃん。これは俺たちのご先祖がブレイクに託した大事な剣だ」
放せと身をよじれば、兄ちゃんが不満そうにしながらも俺を自由にする。そしてこちらにやって来たブレイクとコーデリア。
俺はブレイクに聖剣を差し出した。
「勝手に借りて悪かったな」
さすがにダガーで無理な敵だった。
ブレイクは何か言いたげにしながらもダガーと聖剣を交換する。
「俺たちの目的はセーフティーエリアだ」
「ええ、その通り。ここの魔物はユリアンが掃討しましたから。行きましょう」
ユルヤナさんの言葉に、増援の冒険者たちもセーフティーエリアに共に来てくれた。
医療物資を届け、そしてコーデリアも聖女の力で負傷者を治療してくれた。
「セーフティーエリアに避難した冒険者たちの多くは下層でリードくんたちの言うリンピダスに
遭遇したと考えるのが妥当です。姿が見えなかったそうなので」
ユルヤナさんが教えてくれる。
「ふぅん。他にもリンピダスを知っていた熟練の冒険者に聞いたけど」
あの時リンピダスと叫んでくれた冒険者だ。実際に顔を合わせれば、いわゆるイケオジと呼べそうな風貌の魔族。魔族でそのくらいの見た目ならばご先祖を知っていたとしてもおかしくはないのかもな。
「そうとう古い時代の魔物らしいね。文献には少しだけ残っているけれど、遭遇して勝ったものの記憶はほとんど残っていない」
ほとんどはできないのだ。兄ちゃんのように邪眼があればチートできるが。
「そんな魔物、リードはどうやって……」
ルークさんの疑問は尤もだ。
「……昔父さんに教わった睡剣術かもしれない」
「何でかもしれないなんだ……」
「まあいいじゃん、ルーク」
兄ちゃんが話題を反らすように告げる。
「大事なのは大昔のリンピダスがどうして復活したのかたよ」
そもそも現代ではダンジョンのレベルも下がっている。難易度的に消えたと見てもいいのだけど。
「もしくはそう言う長いスパンで湧く魔物」
かつてご先祖が倒してから現代まで復活を待つほどの強敵。
ダンジョンのレベルもまるで当時に戻ったかのようだった。
「兄ちゃん、ダークドラグーンのところ行って情報共有してきて」
「ええー……」
「今回みたいなことが起こったら困る。ロイド・ノームの生きた時代から今日までのスパンを記録しとけ次も何らかの対策がとれる」
「うーん」
「ランディにチクりましょうか?」
「はい、行きます、今すぐに」
ユルヤナさんの一言に兄ちゃんがあっさり戻っていった。やっぱユルヤナさんって最強……?
リンピダスはもういない。みな安全に地上に戻つ ていく。俺たちもだ。
「しかし明日は筋肉痛だな」
どうしたものか。
「おい、リード、掌!」
コーデリアが俺の両手を掴む。
「火傷してるじゃないか」
コーデリアがヒールを使うが治る気配がない。
「……何でだ?」
「当然だ、コーデリア。これは呪いだ。聖剣の主以外が握ればこうなるし、欲をもって握ろうとしたらこの程度じゃ済まない。だからブレイク」
「リード……」
コーデリアの後からついてきたブレイクをまっすぐに見る。
「お前の考えてるバカな考えは捨てろ。勇者はお前だろ」
マキナが選んだ正真正銘の勇者だ。




