【62】ラスボスを兄に持ったモブ弟は大変だ
――――青い空に虚しく響き渡った号令に狂気をあらわにしていた狂犬はハァハァと息づかいをあらくしながらも弟の脚に頬を擦り付けていた。
「兄ちゃん、ちょっとそこで大人しくしてて」
「うんっ!リードきゅんきゅんっ」
よし。兄ちゃんはこれでよし。ちょっとウザいがこのヤンデレサイコラスボスを大人しくさせる唯一の方法である。そう、これが世界のためになる。
そして兄ちゃんから解放されたアレンの腕が再生しギロリとこちらを睨む。
父さんが俺たちに手を出させまいと歩を進めようとするが母ちゃんが止める。マキナがすたすたと歩を進め、アレンの前に立ち塞がるのがまるで分かっていたかのように。
「そこまでよ」
「く……っ、ぼくの魅了まで効かないなんて……何なんだ、お前はぁっ!」
「お前?それすらも分からないのに、よくも好き勝手やってくれたわね。最終警告よ。不当に奪ったスキルを全て返しなさい」
「う……うばってなんて……め、女神がくれたんだ!」
「本人を前によくもそんな嘘をつけるのね」
「え……本人?」
「私は、1つだけ選んでいいと言ったのよ。けれどあなたは好き勝手に持っていった。だけどあなたをこの世界に召喚したのはこちらの都合。だからこそあなたには猶予が与えられたの。最後のチャンスよ。奪ったスキルを全て返すのよ。そしてその姿も、顔も名前も、ジョブも」
「い……嫌だっ!ぼ、ぼくは元の惨めな姿に、生活に戻りたくなんてない!」
「そう、分かったわ。なら私はもう何も言わないわ」
マキナがそう言うと地の底から無数の黒い手が伸びてきて、アレン……いや実の化けの皮を剥がしていく。それは確かにイケメンとは言えないが、どこにでもいる普通黒髪黒目の気弱そうな少年だった。そうか、それが本来のお前の姿なんだな。
しかし、あの黒い手は……?
「うわぁぁぁっ!!?嫌だ……いやだぁっ!た、助け……っ」
「私はチャンスをあげた。でも断ったのはあなたよ」
「そ……そんな……ぼ、ぼくは……ぼくはどうなる……?」
「あなたは……冥界に落ち、女神から不当にスキルを奪った大罪と地上で働いた罪を裁かれる。覚悟していなさい。言っとくけど神を侮った大罪から逃れられることはないわ。あれは……永遠の牢獄だから」
「そ……そんな!勝手に召喚したのはそっちだろ!」
「だから、私はあなたに慈悲を与えたでしょう!」
マキナは実にスキルを返すように求めたのだ。
「そもそも私があなたに選びなさいと言ったスキルは勇者用のスキル。ほかの引き出しには触れぬように伝えたはずよ。でもあなたは欲を出して違う引き出しに手をのばした」
「なら鍵をかけておけば良かったじゃないか!」
「いくらルールを定めても、欲深い人間はいる。召喚勇者や聖女として相応しくないもの、力を手にして変わってしまうもの……様々よ。だから世界のいたるところに、大いなる力を持つに相応しいか神判を問う仕組みがある。あなたが開けてしまったのはそのパンドラよ」
「……は?」
「……不老、不死……これは創世神が定めたひとの定義に反するスキル。だからこそこのスキルは私には弄れないのよ。これを選び手にするのは欲深きもの。転生者、召喚者は時に何らかの因子で神さえも超越することがある。その時のために作られた神判を与えるひとつの仕組み。これを手にしたものは冥界神によって冥界に引きずり込まれ永遠の牢獄に囚われる」
不老不死だから、死ぬこともなく、老いることもなく永遠に……。凄まじい罰だが、欲を出す方も出す方か。
「そ、そんな!た、助けて……っ!そんなこと聞いてない!」
「あなたが欲を出さなければこんなことにはならなかったはずよ」
「……なぁ、マキナ。ひとつ聞いていいか?」
「……リード?」
マキナがこちらを振り向く。
「あのさ、ひとつ気になることがあるんだが……そいつがスキルを選んだ時、お前はちゃんと見てなかったのか?あとお前、始末書って言ってたけど、それをわざわざ地上を回って書いていたのも気になるんだけど」
「…………」
……おい、図星か?




