【37】魔女の注文書
――――その魔女の名はリリアナ・サザンウィッチと言う。
【リード。君の母親からものっそい長文メッセージが届いているよ】
え……母ちゃんから?
「んー……もしかして何か分かるかな」
むくりと身体を起こせば、隣で寝ていたふわわがむにゃむにゃと俺のお膝に乗ってきてすごくかわいい。なでなでなで。
そして母ちゃんから来たメッセージを開く。
『リードへ
惚れ薬のことだけど、詳細のレシピは教えられないわよ。けどジェイドに惚れ薬が効かなかったのは魔女としての屈辱。最強の洗脳薬も作ったのにあのヤロウ熟女にしか靡かねぇっ!そうね……原因として挙げられるのはジェイドがマジの熟女マダムオタクと言うこと。あとはレベルやスペック。それ以上にあるとしたら女神の領域かしら。解毒薬がいるなら注文してちょうだい。
リリアナ』
……母ちゃん。親父に洗脳薬まで飲ましたことはこの際息子として目を瞑ろう。親父は相変わらずの熟女マダムドル活を謳歌しているわけだし。しかし洗脳薬か。ミレイユさんは性格や好みまで変わってしまったと言った。それはまさしく洗脳じみたものなのではないか。
そして女神の領域か。そう言われてしまえば何も手が出せなくなる。ほかに何か手は……そうだ、マキナはどうだろう。マキナは不思議と博識である。アンナさんのことも知っていたからな。
朝ではあるが、マキナにメッセージを送ったら通話でいいとのことだったのでテントの外でマキナと通話する。テレビ電話である。
「マキナ、朝早くにごめん」
「まきなおねーたん!」
マキナの顔が映った途端元気にマキナを呼ぶふわわがかわいい。一瞬マキナもかわいすぎ吐血を決めた。
『ぐふ……っ。ええと……私なら大丈夫よ。旅人の朝は早いって相場が決まってるの』
確かに旅団も朝から賑やかな声が聞こえる。出立の準備やら朝食やらとせわしない。班のテントは男性陣と女性陣に分かれているがユルヤナさんとルークは朝早いらしく既にテントにいなかった。ブレイクはそのうち起きて剣の素振りでも始めそうだ。
『それで聞きたいことって何かしら』
「その……魅了について」
『……それってアレンの魅了スキルのことかしら』
「分からない。でも魅了にかかって性格も好みも変わってしまったひとがいるらしい。そのひとの目を覚まさせるために魔女の母ちゃんも頼ったんだけど……気になってな」
『そう言えば……あぁそうだったわね』
あれ、マキナに俺の母ちゃんが魔女だって話したっけ……?
『確かにそれはいい手だわ。けど、仮に洗脳や魅了スキルによるものなら厄介よ。普通の惚れ薬の解毒薬では太刀打ちできない』
「それはアレンの魅了スキルみたいなやつってことか」
『そうよ。そして抗えるのもコーデリアのような聖女くらい。しかもコーデリアは聖女としての弱体耐性が強い』
勇者への思いによって強化されるんだったな。
「対策はそれくらいってことか」
『そうなる。あとは術者の情報を集めるの』
「そうなるか。でもさ、一応洗脳の解毒薬は注文しといた方がいいかな」
『アイテムはないよりあった方がいいわよ』
「分かった」
マキナに礼をいい、メッセージを開けば母ちゃんから注文書が届いていた。
「……リード」
その時後ろから響いた声にハッとして振り向く。
「み……みれーうおねーたん!」
「ぐふっ」
しかしかわいいふわわの呼び掛けにミレイユさんが崩れ落ちる。
「うう……」
「ミレイユさん、ふわわ、なでます?」
「わ、私はそんな……そんなキャラじゃ……」
「なでなでちてー」
「ぎゃふっ」
しかしふわわのなでなでリクエストにミレイユさんが陥落した。
「ふ……ふわわちゃんたっての希望だからな」
ミレイユさんは俺の隣に腰を下ろしてふわわをなでなでする。ふわわも嬉しそうだ。
「落ち着きました?」
「……私は落ち着いている」
ふわわにメロメロになってましたが。
「それより……本当にサザンウィッチに解毒薬を頼んでくれるのか」
「ないよりましでしょう?」
「それはそうだが。あと、野暮なことを聞くようだが先程の通話の相手は……」
「マキナです。マキナは旅の途中で出会った友人ですよ」
「そ、そうか……すまん。盗み聞きみたいなことをしてしまった」
「聞こえてしまったなら仕方がないですよ」
テントは頑丈だし魔法で強化されているとはいえ、音を遮断するなら結界などの魔法や魔道具がいるのだ。
でもま、テントの中ではブレイクが寝ていたから気を使って外に出ただけだ。
「お前はいいやつだな。それから……勇者ブレイクもガーバルフで愛されている勇者だと聞いたがそれも分かる。コーデリアも……いいこだな」
「そうですね。いいやつら過ぎてたまに心配になりますが」
「……うん。やはりアイツとは違う」
「アイツって……?」
「先程リードたちの会話に出てきた『召喚勇者アレン』だ」
嘘だろ……?まさか魅了にかけられた子はアレンのハーレムの中にいる……?思えばエルフやハーフエルフの子がいた。
「アレンのパーティーの中に……その、ハーフエルフって言い方が合ってるのか分かりませんが、耳が尖っていて短い女の子がいました。あとエルフの女の子も」
「……ハーフエルフか。それは主に人間たちの中で使われる表現だ」
「エルフの中では使わないんですか?」
「当然。エルフは寿命が長いから子ができにくい。だから子は大切な存在だ。たとえ人間の血が入っていようが魔族の血が入っていようが、寿命が私たちより短かろうが大切な子宝。我が子。ハーフエルフだなどと呼ばない。混血だろうがあの子はエルフだ。私にとってもそうだ」
そう言う考え方なのか。前世の異世界ファンタジーだとエルフからもハーフエルフと蔑まれることがあった。しかしながら考えてみれば出生率の低いエルフにとって子ができることはこの上ない喜びのはず。そしてそれはミレイユさんも同じ。ミレイユさんには地球で言うハーフエルフ……こちらで言う混血のエルフの娘さんがいるのだ。
「それに魔族もそうは呼ばないだろう?」
「あ、俺も確かにそうですね。人間の見た目だから人間ですけど、兄ちゃんは魔族の特徴で魔王国在住なので魔族です」
そしてルークさんも……か。
「昨日はユリアン・サザンウィッチの弟だと知って驚いたが……考えてみればお前も混血か」
「ええ」
魔族らしいところなんて何もないから普段は気にもしていないし、ステータスでも俺は人間だ。恐らく人間として洗礼を受けたからであろう。
「しかし……」
再びミレイユさんの顔が曇る。
「あの召喚勇者は娘をハーフエルフと呼び、魅了にかけて連れ去った」
まさかあの子はミレイユさんの娘?
「追い掛けて何度も目を覚まさせようとしたが無駄だった。それどころかあの召喚勇者は娘を使って私に攻撃させた。私が娘に手を出せないのをいいことに」
……聞く度に最低なやつだと思う。しかも魅了で操るだなんて。
母ちゃんも親父に惚れ薬や洗脳薬を飲ませた常習犯だけど、親父にそれが本当に効いたのならきっと俺たちが生まれる前に別れている。母ちゃんだって分かってるんだ。本当に効いたところで意味はないんだって。
「それに相手は勇者。古来非力な人間が魔王に挑むために女神から授かったジョブ。たとえエルフとは言えかなわない」
今は争っていないしダークドラグーンは普通にいい魔王で友だちだけどな。
「でしたら俺がミレイユさんの力になります」
「私もだ」
その時聞こえた声に驚いて見れば、ブレイクとコーデリアが起きてきたいた。いつの間に。
「……すまない。礼を言う」
今のところ抗える可能性があるのはブレイクとコーデリア。ダークドラグーンや兄ちゃんあたりももしかしたら……だが。
「それじゃ、母ちゃんに注文書を送ります。ないよりあった方がいいです」
「分かった」
母ちゃんからの注文書にミレイユさんに教えてもらった情報を打ち込んでいく。種族はエルフ。人間とエルフの混血で年齢、見た目年齢、術者の情報など。
母ちゃんに注文書を送った後はミーティングと鍛練に出ていたユルヤナさんとルークさんもまじえて朝食となった。




