その9 来栖川 真由
コンコン
「来栖川、俺だけど、ちょっといいか?」
「えっ、せ、先輩!?ちょちょっとだけ待ってください!」
部屋の中でバタバタ、ブオーッと騒がしい音が聞こえる。
昨日の今日なのに、何だかんだで元気そうで少し安心する。
「あの……彼女は関係者ですし、少しの間なんで、
ここは二人にさせてもらって良いですか?」
後ろに居た護衛に声を掛ける。
今回の護衛は俺の能力に関する情報漏えいを懸念してのことだろうから、
本件の当事者である来栖川と俺が会っても大した問題はないはずだ。
思ったとおり、護衛は”手短に”ということで部屋の前で待機してくれた。
「ど、どうぞ入って下さい!」
数分後、案内されて部屋に入ると、患者衣の上に
パーカーを羽織った来栖川がベッドの上で身体を起こしていた。
傍らの荷物置きにはブラシとドライヤーが転がっていた。
そういえば今まで寝ていたにしては髪が整っている。
ダンジョンでは若干十七歳ながらモンスター相手に命がけの戦いを
生業にしている彼女にも年頃の女の子らしい一面が
あるんだなと、意外な一面を見た気がした。
しかし、まだ熱があるのか、少し上気した顔には汗が浮かんでいる。
「その、来てから言うのもなんだけど、具合の方は大丈夫なのか?
顔赤いけど、まだ熱があるなら明日にしようか?」
「え、こ、これは熱ではなくてですね!
いやいやいや、熱もあるにはあるんですが!
そそれより、きょ、今日は何の用事ですか?」
「いや、昨日は色々あって、ちゃんとお礼を言えてなかったからさ、
あのとき来栖川が来てくれてなかったら俺、きっと死んでたはずだし、
だから、改めてありがとうって言いたかったんだ」
「そ、そんな、お礼だなんて……私、結局何もできなかったし、
ドラゴンを倒したのも先輩の力ですし、
むしろ守ってもらったのは私の方ですよ」
「あれは自分でも驚いてるんだ。冒険者に成りたいとは思ってたけど、
こんな形で実現するとは思ってもみなかったし」
俺は今日の適性試験でレベル2適合の結果が出た時点で
冒険者への転向志望を願い出ていた。元々冒険者志望だった
こともあってか書類は既に用意されており、手続き自体はスムーズに済んだ。
明日以降の高レベル試験に適合すれば更に基本報酬がアップするらしい。
なんだか国に上手く乗せられているような気もしないでもないが、
利害が一致しているのであれば問題ないはずだ。
「でも……あの穴に落ちてから一体何があったんですか?
ケガも殆どなかったし、あの魔素濃度でも平気だったし、
短時間でここまで変化があるなんて聞いたことがないです」
朝から研究者や政府職員に何度も聞かれた質問だ。
正直、見たこと起きたこと全部そのまま話しても良かったけど、
それをしても信ずるに足る証拠がないのでは意味がない。
妙な疑念だけ抱かせて行動に掣肘を受けたり、
結晶の存在だけ信じて回収を急ぐ動きに出られても厄介だし、
(モンスターの残す結晶と混同するので地底の結晶は”コア”と呼ぶことにした)
最も有り得る反応、「証拠がないからとりあえず判断保留」をされると
政府より上、国際社会に訴える機会を失うことになってしまう。
そこでナイアと相談した結果、”転落によって瀕死の重傷を負ったことで
自己治癒術に目覚め、細胞の活性化によって急速に適合が進んだのでは?”
という、”自分でもよく分かってないが、それっぽい考察”で
お茶を濁すことにしたのだった。
実際、ケガを治癒術で治すとその部位の強靭性が増す現象は起きているらしい。
「穴に落ちたとき、あちこちぶつかって意識を失ったから、
あの深さでなんで無事だったのか自分でもよく分からないんだ。
ただ、気付いた時にはケガが治ってて、そこに来栖川が居たから
てっきり治癒の術を掛けてくれたのかと思ったんだけど」
「いえ、私が先輩を見つけたときには既に治ってた感じでしたよ。
私も、今日は自分の検査とは別に先輩のことも色々聞かれましたけど、
覚醒の条件を調べたいみたいでしたね」
「そうみたいだな。
でも、一気に深層に降りる、一度瀕死になる。そんな感じか?
ちょっと再現するのは難しそうだな」
「あの縦穴の取り扱いはまだ検討中みたいですね。
たしかにレベル5以上の深さだと探査に降りれる人も少ないし。
今潜ってる荒川パーティが帰還したら依頼するそうですよ」
現在日本でレベル5の適合者かつ冒険者は十人程度らしい。
米国側もそれほど変わらず、合計でも三十人を超えないとかなんとか。
(推測値なのは情報セキュリティ上の都合らしい。
荒川 悠里ら数名だけ特別著名なのは初期の情報戦略上の
方針によるもので、現在は秘匿する方針に切り替わっている)
探索開始から二年経過しても進捗が第五層に留まっているのも
人手不足が原因と言われているから、順応速度の加速や能力の覚醒を
人為的に操作できるようになれば問題解決の糸口になるというわけだ。
「俺の方はひと月は対モンスター戦の座学と第一階層で訓練みたいだから、
いきなり縦穴に同行しろって言われることはなさそうで安心したよ」
「じゃあ、その後はやっぱり掃除屋で慣れてから
第二階層以降に行く感じなんですか?」
「いや、そこは特例措置で、訓練を終えたらレベル3以上のベテランと同行で
実地研修って感じになるって聞いたよ。ドラゴンを倒せる奴を
レベル1に縛り付けとくのは惜しいって事なんだろうけど、
俺、昨日までレベル1の採掘者だってこと忘れられてるんじゃないかな」
「じゃあ、冒険者任務に就くのは再来月ですね。良かった!」
「良かった?」
「私、来月十八歳の誕生日なんですよ。ついでに今の掃除屋も三ヶ月の
研修期間満了になるんで、再来月からは晴れて冒険者になれるんです!
だったら、先輩と私、同時に冒険者になれるな~って」
「そっか、じゃあ誕生日もあるし、二人とも冒険者にもなれるし、
お祝いと今回のお礼を兼ねて何かプレゼントしなきゃな。
来栖川は何か欲しいものとかある?」
「プレゼントですか!?
そ、そうですね……私、誕生日が十二月の二十三日で日曜
なんですけど、先輩、もしその日予定とかなければ、その……
一緒に買い物とか付き合ってもらえたらと思うんですけど、
……駄目ですか?」
「それは……俺は構わないけど、いいのか?
だってその、クリスマス前の日曜だと、来栖川も彼氏とか居るだろ?」
「えっ!?いえいえいえいえいえ!私、彼氏とか居ませんから!
フリーです、完全フリー!ダンジョン潜って剣振り回してる
変わった女の子に男子なんか寄って来ませんって!
……なので、あの、むしろそうして貰えるとありがたいというか」
「そっか、分かった。じゃあその日一緒に行こうか」
「あ、ありがとうございます!楽しみにしてます!」
その後、いくつかやり取りをしたのだがよく覚えていない。
病室を出て行った翔の姿を見送り、独りになった病室で
真由は小さくガッツポーズを取ったのだった。