その8 病院にて
翌日、目覚めた俺はやってきた研究者たちによる
検査に追われるハメになった。
少なくとも第五階層に相当する深度に
レベル1の採掘者が降りてなんともなかったばかりか、
ドラゴン級と遭遇し、これを倒して生還したのだから当然だ。
俺が来週応募するはずだった深層適性試験が行われ、
レベル2の適合は問題なく通過。
体調に問題がなければ明日はレベル3の試験が行われるらしい。
(規定により、一日に複数層の試験は行ってはならない事になっている)
覚醒者としての判定は、退院後にダンジョン内で
行われる事になったが、これはナイアとの相談の結果、
予め戦闘に直結する部分、つまり触手による
高速の斬撃のみを見せることにしている。
これは、ナイアの存在が、世界の存亡の危機の証明に使えない以上、
それを明かすメリットよりデメリットの方が大きいと判断したからだ。
午後になり、少しの時間だけ開放された俺は、妹、
彩香の居る集中治療室に向かっていた。
今日は容態が安定していて、ガラス越しに短時間という
条件で面会が許されたからだ。
ただし、背後には護衛という名の監視役が付いてきており、
俺には今回の事件に関して口外禁止と言い渡されている。
「ここにお兄ちゃんも入院してたなんて、びっくりしたよ」
車椅子に座り、インターホン越しに彩香が弱々しい笑顔で迎えてくれた。
色んなチューブが身体に取り付けられていて、見ていて痛々しく思う。
「ハハハ……ちょっと仕事でドジっちゃって、
でもこの通り、全然大丈夫!すぐに退院できるってさ」
おどけてガッツポーズを取ってみせる。
当たり障りのない、他愛のない会話をしながら俺は考えていた。
(もしかして、俺に覚醒者としての力があるなら、
その力で彩香の心臓を治せないかな……)
<それは難しいな。知ってのとおり、君たちの使う治癒の術は
体内の魔素を活性化させることで行うものだ。
ここには魔素は存在しないし、何よりこの娘が適合者とは限らない>
(分かってるよ。そんな危険な賭けはできない)
「明日は、お母さんも来てくれるんだって」
嬉しそうに彩香が話す。
彩香が入院して1年以上になるが、その間、俺と母とどちらかが
週に二度は顔を出すようにしていた。
二人とも仕事で忙しかったが、彼女が元気そうにしていると
疲れが吹き飛ぶようだった。
「俺はまだ明日もここに居るから、母さんが来るなら一緒に顔を出すよ」
十五分ほどの短い面会時間が終わった。
いつもは投薬で意識がはっきりしないことが多いから
彩香の元気そうな姿が見れて少し安心した。
母は俺が入院したことを知らされてはいるが、
俺への面会は許されていない。
今回の事件は異例中の異例であり、恐らく俺自身の
守秘義務に関する部分で制限されているのだろう。
なにせ、こんな監視が付けられているくらいなのだから。
俺は左後方を音もなく付いてくる護衛に目を走らせた。
スーツ姿の上からでも分かるほど筋肉質で体格がいい。
たぶん専門の訓練を受けたプロだろう。
深層の冒険者ともなると、
地上での活動中には護衛が付けられると聞いたことがある。
ダンジョン内では人知を超えた力を持つ彼らも、
地上でひと月も過ごせば一般人と変わらなくなる。
高レベルの冒険者は希少であり、事件や事故など
不慮の事故から守る必要がある、という事だろうか。
(俺の場合はどうなんだろう?)
<さぁな。深層の適合者に希少価値があるということは、
人的資源としてそれを欲しがる勢力もあるかも知れない。
という事じゃないか?>
(なんだよ、他の国が人さらいでもするっていうのか?)
<それは分からん。
ヘッドハンティングのような形かも知れんし、
実際に拉致する可能性もあるのかも知れん>
確かに、そう言われると、なんとなくイメージ的に
手段を選ばない国はありそうな気はする
<そうだ翔。それに少し関連することだが話しておこうと思う>
<実は、各地のダンジョンは、上層こそは
独立した構造物となってはいるが、
深層に行くほど次元の接触の影響が強く残っている>
(どういう意味だ?)
自分の病室に帰るつもりだったが、ちょっと思い立って
行き先を変えてみた。護衛が少し慌てて付いてくる。
<ワームホール理論とは、一説にはこちらの次元の”ある地点”と、
高次元空間の”ある一部”とを繋げることで地点間の距離を
短縮するもの、らしいのだが>
取り込んだ人間の意識から学んだと思しき口ぶりだ。
本人もこちらの次元の物理法則を全て理解している
わけではないのだから、当然ではあるが。
(あー、なんか動画サイトで見たことあるよ。
ワープ航法は可能か?的なやつで)
<実はこの世界に出現したダンジョンの最深部は、
全て君が見たあの場所に繋がっているのだ>
(繋がってるって……?何千キロも離れてる
ダンジョンが地続きで繋がってるってことなのか?)
<そういう意味ではない。
あのダンジョンの成り立ちは説明したはずだが、
深層に近づくほど、結晶に近いほど次元の歪みが残っている>
<つまり、それぞれのダンジョンは独立して存在してはいるが、
特に最深部は物理的な距離を無視して同じ結晶の元に繋がっている。
ということだ>
(三つのダンジョンそれぞれに一個づつ結晶が存在するわけではなく、
三つのダンジョンの最奥に唯一の結晶が存在してるってことか?)
<そういうことになるな>
(なるほど……何となく分かったけど、それが何に関連するんだ?)
<深層の適合者は人的資源として貴重だという話をしただろう>
<どんな手を使ってでも適合者を集めて投入する国があるならば、
深層に初めに至る者が出るのがこの国のダンジョンから。
とは限らないということだ>
確かに、ダンジョン発生以来、例えば中国では軍の兵士に
適性試験を受けさせて、適合者を全てダンジョンに送っているとか、
真偽は定かではないけどそういう噂は聞いたことがある。
人口が多い国はそれだけ高レベルの適合者を多く集めるのに有利だろう。
ダンジョンの開発競争が過熱している昨今、
人材確保に躍起になっているのは日米やEUも同様だ。
<だから、君にあの結晶を守る気があるならば、
ダンジョンの最奥で待つ必要があるわけだ。
誰がどのダンジョンからアクセスしても最終的にあの場所に辿り着くのだから>
正直なところ、俺は世界を守るためだとしても、
そのために他人を殺すことなんてできない。
だけど、悩んでいる内に誰かに結晶を手に入れられてしまうのも、
世界が戦争に向かうのも受け入れるわけにはいかない。
どちらの未来にも、たぶん、俺の家族は居ないだろうから。
ともかく、まだ猶予があるというなら、今は妹を救うために冒険者になる。
そうして金を稼いで、その間に、
人類を敵に回さず、かつ、あの結晶を手に入れさせない。
その方法を何とか考える。
戦争が起こる起こらないは俺がどうこうできる話じゃないと思うが、
ナイアの話を証明することができれば、少なくともその事態を
抑制するきっかけにはできるだろう。
どちらも不可能に近いけど、
それを見つけるのが俺のやるべき事だと思う。
そんな事を考えつつ、俺は来栖川の病室のドアの前に立った。
第三階層適合者の彼女も結構なVIP待遇で、個室を与えられていた。
(第一階層の採掘者などは、怪我をして入院しても大部屋が基本だ)
病院の一室ではあるが、妹以外の女の子の部屋を訪問した
経験などない俺は、ドアをノックするのに緊張し、少し躊躇してしまう。
とはいえ、昨日の礼を改めてしておこうと思った。
俺が今生きているのも、彼女が助けに来てくれたからに他ならないからだ。
ご覧いただきありがとうございます!
もしよろしければブックマーク登録の方と評価をしていただけると嬉しいです!
(励みになります)
批評、感想もお気軽に。お待ちしております!