その7 ナイア
「……なるほど、どっちにしても大変なことになるってことは分かったよ」
<この事態を防ぐ手段はいくつかある。ひとつは
世界を守る守護者として、深層を目指す人類を屠ることで
結晶に近づけさせなければいい>
無茶苦茶だ。
世界を守るためとはいえ、そのために
同じ人間を殺して回るだなんて、狂ってる。
それに……
「で、そうしたとしても、地上ではダンジョン絡みの
エネルギー争奪戦が続いて、その結果、戦争が勃発し、
世界は終末戦争の果てに人類は滅ぶ。と?」
<もう一つは、一切の責任を放棄し、成り行きを見守ることだ。>
<そうすれば、人類が結晶を手に入れて滅亡したとしても、
それは人類の自業自得の結果であり、君自身の責ではない>
<それどころか、適合者である君は、その後の世界で生きていく事も可能だ。
人類は今の百分の一以下になるだろうがな>
まるでトロッコ問題だ。
自ら手を下し、少数を犠牲にして多数の生存を取るか、
結果を看過して自己の保身を図るかの究極の二者択一。
だがトロッコ問題と決定的に違うのは、
どちらを選んでも人類に待っているのは破滅しかない。
ということだ。
<あるいは、人類が、どこかのタイミングで自らこのダンジョンの
危険性に気付き、理性をもって資源争奪戦を止めれば、
悲劇的な滅びを免れることもできるだろう>
あまり期待できそうにない希望的観測だと、俺は思った。
金銀財宝が目の前にあるのに、よく分からない理由で
取るのを止めましょうと言われて止める奴がいるだろうか?
もちろん全面戦争にまで発展しない可能性だってある。
しかし、ダンジョン発生後の、国連でのその取り扱いに関する
議論の紛糾や、大国のエゴイズム全開の動きを見てきた身としては、
第二次世界大戦以降の、何かひとつボタンを掛け間違えれば
核戦争に直結しかねない冷戦時代に逆戻りしそうな肌感が確かにある。
……いや、ちょっと待てよ?
「じゃあ、それならこのことを政府とか、国連に訴えれば
いいんじゃないか?そうして最深部の結晶を持ち出すことだけでも
防げれば、少なくともその滅亡パターンは避けれるだろ?
ヤバいものだって分かったら、過剰な開発だって抑制されるかも知れない」
<君は、そのことを一体どうやって証明するつもりだ?>
「あ……」
<私は君の中に間借りする意識体で、君を通して物を見、
思考することができる。その気になれば、形を変えて
脳内ではなく、実際に会話することも可能だ>
今まで不定形なイメージだったモヤが徐々に目視できる肉の塊となり、
それが触手のように俺の左腕から伸びてゆき、人型を形作った。
「来栖川……!?」
夢の中で、小さな来栖川の形状をした肉塊が口を開いた。
<だが、それはあくまで君が作り出した物体に過ぎない>
<君がどのように説明しようと、私が姿を取って語ろうと、
彼らから見ればそれは君の能力の一端であって、
君の自論を信じるべき証拠にはなりえないだろう>
そうかも知れない。
現代科学が通用しないダンジョンでの現象を、コイツを表に出して
説明させたところで、腹話術人形を出す能力を使って
意味不明かつ国益を損なう主張をしているだけにしか映らないだろう。
他の覚醒者とは異質の能力であることくらいしか
示せるものがないのだから。
深層に巨大な結晶があるということも、
それを持ち出せば世界が破滅するということも、
何一つ証明する手段はない。
それどころか、コイツの言っている事が
真実かどうかさえ確認する手段はない。
俺も、世界も、誰一人として望んでいないというのに滅びに向かっている。
この滅びから世界を救うことは、誰から見ても正義のはずなのに、
そのためには人類の意思に反し、人類と戦う必要があり、
それは人類の発展を邪魔する”悪”と見なされることになる。
俺個人が汚名を被るだけで世界が救われるなら
それでいいかも知れないが、そうして邪魔をしたところで
地上で戦争が始まってしまっては本末転倒だ。
かといって、何もしなければ、近い将来人類は地底の結晶を手に入れ、
その行為によって世界は滅ぶだろう。
きっと、母さんや、彩香も……
彩香!
そうだ、この力があれば俺は間違いなく冒険者になれる!
そうなれば妹の治療費を捻出することだって難しくはないだろう。
今の俺はドラゴンすら倒せる力を手に入れたのだから。
……だが、その行いはダンジョンを切り拓く行為であり、
深層へ至る障害を排除することに他ならない……。
俺は二律背反するジレンマに直面し、しばらく考え込んでしまう。
<まぁ、君たちが深層に到達するまでには、まだ猶予があるだろう。
妹を助ける為に行動するのは、肉親としては正しい選択だな>
「お前、俺の心を読んだのか?」
<言っただろう?私は君を通して物を見、思考をすると。
もっとも、私に見える君の思考は抽象的な形としてだがな>
<それよりも、さっきから”君”と”お前”では少々味気ないな。
これから私は君の事を”翔”と呼ぼう。君も私を好きに呼んでくれ>
「自分の体の一部に呼びかけるのに愛称を使うほうが変だろ」
<確かにな。だが、私は君の一部であると同時に一個の自我でもある。
そうだな……では、阿内を逆さにして”ナイア”とでも呼んでくれれば良い>
「こだわる割には安直なネーミングだな」
<他に適当な呼び名を思いつくならそうしていいが>
「いや、ナイアでいいよ。その……よろしくな。ナイア」
<ああ、裁定者としての君の判断に期待しよう。よろしく、翔>
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