その6 夢の狭間にて
<改めて、君に話しておくことがある>
九死に一生を得て、縦穴の奥底から救助された俺と
来栖川は、さすがに怪我と疲労の極みであり、
そのまま救急搬送されることとなった。
妹の真由も入院している大学病院に運び込まれた
所まではおぼろげながら記憶しているが、そこで深い眠りに
落ちた俺の頭の中に、あの声が再び聞こえてきたのだ。
「あの時いきなり頭に響いてきた声……お前は誰なんだ!?」
<誰とは心外だな。君に請われて命を救ってやったじゃないか>
「じゃあ、あれはやっぱり夢でも何でもなかったのか……」
夢の中で夢の話をしているような、妙な感覚がある。
闇の中でイメージが像を結び、自分の姿が作り出された。
目の前の声の主は不定形で、霞のようでもあり、
汚泥の中の不快生物のような気配もあるが、ハッキリしない。
邂逅したとき俺は死んでいて、実際に見ていないのだから当然ではある。
<そうだ。だいたい、あれだけの高さから落ちて無事で済むはずがないだろう?>
「思い出してきた……自分を”意識”だとか、”異界の神”だとか。
あれは本当なのか?」
<それをこれから説明しようと思う>
自らを”ダンジョンの意識”、”異界の神”と名乗った声は語り始めた。
<私が生まれたのは君たちの時間でいえば三年前のあの日だ。>
「ダンジョンが発生した日ってことか?」
<元々私が居たのは、君たちの生きる四次元宇宙より更に高次の宇宙。
……この次元の言葉で表現するのは難しいが、
仮に、高密度のエネルギーが漂う海のようなものだと捉えてくれればいい>
<あの日、我々の次元と、君たちの次元のこの場所とが偶然繋がった。
君たちの世界で言うところの”ワームホール”が一瞬生成されたというわけだ>
「繋がった……?ワームホール……?」
<その結果、あちらの次元からこちらの次元へと、
高次のエネルギーが流れ込むこととなったのだ。
それは例えるなら一滴の水程度の量ではあったが、
この宇宙を支配する法則とは全く異なる性質を持つ、
途方もなく巨大なエネルギーの塊だ。
君も地底で見ただろう?あの巨大な結晶のことだ>
「あれが、異次元のエネルギーだっていうのか」
<ある宇宙の法則が支配する領域に、異なる法則が投げ込まれたことで
空間が捻じ曲げられ、引き伸ばされ、取り込まれ、引き合い、
やがてルールの辻褄が合わされ、均衡がとれた結果、
このダンジョンという空間において一応の安定化をみた>
「辻褄?どういう意味だ?」
<地上では当たり前の事が地下では通用しない事がなかったか?>
確かに、地上でなら当たり前に使えるスマホなどの電気製品は
ダンジョンの中では機能せず故障してしまうし、
(磁気による電磁誘導障害に近い原理で破壊されると見られている)
弾丸や爆薬の類は燃えるだけと聞いている。
<地上では有り得ない現象が地下では当然となる。
高次エネルギーが持つ性質は、君たちが知る法則では
本来説明がつかないようなものだ。
それがこの宇宙のルールの中で干渉しあった結果
魔素の存在する空間限定で整合性が取られ、
君たちでも理解可能な現象の範囲に落ち着いた。これが”辻褄”だ>
「それがあの結晶のせいだとして、それを知ってるお前は何者なんだ?」
<高次エネルギーがこの次元に流入し、宇宙のルールが書き換えられた時、
その巻き添えとなった数多の生命があったが、
それらは原子に還元され、エネルギーに取り込まれた。
我々の次元には存在しなかった”生命の意識”とエネルギーとが反応し、
それらは安定化するために一方は結晶となり、
一方は”空間の意識”として自我を得ることになった>
<つまり、私はあの結晶体から分かたれた”意識”を司る者ということだ>
「あのダンジョンを作ったのは結晶の力で、それと同一の存在である
お前はダンジョンの造物主、だから”異界の神”ってことか」
<そういうことだ。ただ、私は神の力そのものではない。
”意識”といったように、私は原子に還った生命達の思念の
残滓から生まれた、偶然の産物であって、
あのダンジョンを創造した力の根源は結晶によるものだ>
<だから、私の本質は主体のない傍観者であり、ダンジョンに挑む
君たち人間の存在に気付いたときも、最初は成り行きを見守るつもりだった>
「それが状況が変わったと?」
<”事故”で取り込まれた人々の意識と、ダンジョンに挑み
そこで死んだ人々の意識を取り込む内に気付いたのだ>
<”このままでは表の世界は滅ぶ”とな>
「たしか、滅亡とか、終末だとか言ってたな」
<日々新たに取り込まれる人間の意識に触れ、知識を得ていく内に
私は、人間が結晶を用いてエネルギーを抽出しようとしていることを知った>
<かつて人類が核兵器による終末戦争の危機を迎えた歴史のこともな>
<考えてもみるがいい。圧倒的なエネルギーと、未知の鉱物資源。
これらを産出するダンジョンは世界にわずか数箇所しかない。
ダンジョンを持つ国は世界の覇権を握ることも不可能ではないだろう。
持たざる国はひれ伏すしかない。
だからこそ他の国々もこれを欲しがる。危険視する>
「そういえば、ダンジョンが出来た他の国じゃ
防衛のために国境に軍隊を派遣して、それに隣国が反発して
一触即発とか言ってたような気がするな」
<結晶を利用すれば、今お前達が所有する核を遥かに凌ぐ
兵器が作れるだろう。しかも放射能汚染の懸念もない。
つまり、威力を調整すれば、気軽に使える大量破壊兵器が
出来てしまうということになる>
「……」
<どこかで間違いが起きれば、それが連なって戦火は拡大し、
終末戦争へと繋がるだろうな>
「なんだか歴史の講義を受けてる気分になってくるな。
主体のない傍観者にしてはずいぶんと人間の心配をするんだな」
<人の意識との邂逅によって生まれた私は、
表の世界の行く末はヒトの意志によって決められるべきだと結論付けた>
「それが世界の選択ってことか?
でも、言ってる意味が分からなかったんだが。
人類を守るために人類と戦うとかさ」
<それに関してもう一つ、伝えるべきことがある>
<遅かれ早かれ人間達はあの深層に辿り着くだろう。
そして、鎮座するあの結晶を見つければ持ち帰るに違いない>
<私は、あの結晶は表の法則と地下の法則の均衡によって生じたと言った>
<恐らく、結晶が地上に持ち出されれば、薄氷の上に立つような
バランスで成立している均衡は再び崩れるだろう>
「……何が起きるっていうんだ?」
<法則が裏返る>
<ダンジョンを支配していたルールが表となり、
君たちが言う”魔素”が地上に浸透する。
それによって人類の大半は死滅し、モンスターは地に溢れる。
今の文明は失われ、数百、千年も退行することになるだろう。
そしてそれは永遠に発展することはない>
電気も、車も、飛行機もなく、科学は失われ、
モンスターが跳梁跋扈する剣と魔法のファンタジーのような世界
フィクションの中でなら楽しげではあるが、
実際にそこで暮らすとなるとどんなに過酷な環境か。
機械が使えないダンジョン内で、ツルハシを振るって
肉体労働に従事していた翔にはリアルに想像ができた。
これが世界の当然になるということがどれほど絶望的な事態か。
ご覧いただきありがとうございます!
もしよろしければブックマーク登録の方と評価をしていただけると嬉しいです!
(励みになります)
批評、感想もお気軽に。お待ちしております!